戦略思考と実行力でグローバル展開の舵取り役を担う──元BCG、Ubie鈴木氏に学ぶ事業成長の肝
創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを“Shaper”と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤豊の著書『Shapers 新産業をつくる思考法』にて)。
Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。
連載企画「事業成長を生むShaperたち」では、現在スタートアップで躍動するShaperたちにスポットライトを当て、その実像に迫っていく。今回は「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」をミッションに、ヘルスケアプラットフォームを提供し、国内だけでなくアメリカ(以下:US)市場への進出に挑戦しているUbieの鈴木 晶子氏だ。
Global PdMの他、US法人のバックオフィス、経営企画、そしてDEI(Diversity, Equity & Inclusion)の取り組みにも着手する鈴木氏。その視点と行動から、グローバル市場に挑むShaperの思考法と実践を紐解きつつ、事業成長のリアリティと挑戦のリアルに迫ろう。
- TEXT BY TAKASHI OKUBO
US市場進出後、約1年でサービスの200万人ユーザーを獲得
Ubieは医師の阿部 吉倫氏とエンジニアの久保 恒太氏が共同で代表取締役を務めるヘルステックスタートアップである。症状検索エンジン「ユビー」を筆頭に、医療機関向けや製薬企業向けのソリューションを展開。2024年5月には俳優の賀来 賢人氏を起用したテレビCMを放映し、同月に月間利用者が1,200万人を超えた。
Ubieは2020年にシンガポール法人を設立し、グローバル進出に力を入れてきた。そして、2022年後半からはUS市場に集中する決断をし、挑戦を続けている。
鈴木氏は2022年1月にBizDevとしてジョイン。シンガポールで現地パートナーの開拓とプロダクト開発に従事した。彼女の入社当時、Ubieはシンガポール市場を開拓していた頃だったが、そこからUS市場1本化を決断した経緯をこう語る。
鈴木エンジニアの一人が「いつかやるのなら試してみたい」と言って、2022年4月、US市場にローンチしました。すると、シンガポールのユーザーよりも断然メトリクスが良かったんです。USは医療費が高くて、国民皆保険じゃないことから医療へのアクセスが限られていることもあって、オンラインで症状や病気について検索する機会が多い。そこに伸び代を感じたので、シンガポールからUS市場への展開に切り替えました。
そしてUS市場へ進出して約1年で累計利用回数200万回、ユーザー数200万人を達成。この成果の裏には綿密な戦略と実行力があった。
鈴木プロダクトをローンチしたものの、それからどう進めていくのかはほぼ白紙の状態。どのようなチームを構築し、どういう戦略で市場に入っていくのか、競合状況はどうなっているのかなどの問いを洗い出すところから始めました。そして、各問いに対する検証方法を設定するなど、最初の3ヶ月はこれらの業務に集中しましたね。
ただ、定量データはもちろん重要ですが、同じくらい定性的な情報を収集することが重要です。例えば、競合他社の元従業員にLinkedInでメッセージを送り、彼らの戦略や苦戦したポイントについて話を聞くこともしました。
また、USのさまざまな層のユーザーに調査も行いました。経済的に苦しい状況にある人々から大企業で働き充実した医療保険を持つ人々まで、Patient Journeyにおける医療サービスの利用プロセスを明らかにし、どこにペインがあるのかを聞き取り、ニーズや行動パターンを把握する。そこから潜在的なマネタイズの方向性が見えてきました。
こうした結果を基に、鈴木氏はUSでのチーム構築に着手する。これまでグローバルの舞台で事業開発に取り組んでいたからこそ、「BtoBの営業はネイティブでなければ厳しい」ことを実感していた彼女は現地での採用にこだわった。
盛られたエピソードトークの見極めがUS採用の肝
UbieはUS市場においては完全にゼロイチのフェーズにある。このフェーズにおいて採用がどれほど重要であるかは言うまでもないが、USと日本にはどんな違いがあるのか気になるところ。
鈴木氏は「レイターフェーズにおいても人材に妥協しないからこそ、Ubieは伸びている」という。そんなUbieの姿勢から日々学んでいるという鈴木氏が、USでの採用において特に気をつけているのは、初対面において相手のファクトを徹底的に見極めることだ。
鈴木これは私も過去の留学やグローバルプロジェクトでの経験から感じたことですが、アメリカでは一般的に自分の成果を主張することが推奨されているので、自己アピールが得意な人が多いです。特にBizDevのような職種ではその傾向が顕著です。
「僕はアメイジングな成果を出した」とほぼ全ての候補者が自信満々に言うのですが、「それはLTVを伸ばしたこと?ユーザー数を増やしたこと?何をもってアメイジングと定義しているの?」など、具体的な事実や数字を徹底的に確認します。
また、カルチャーフィットも重要です。Ubieはヒエラルキーがなく、マネージャーもいないホラクラシー型の組織構造を採用しています。このような環境ではどれだけ自律的に働けるかが重要です。私達はUbieness(ユビネス)という人材要件を定義しており、カルチャーに合わない人はどんなにスキルが高くても採用しません。例えば、ブリリアントジャーク(優秀だが人間性に問題がある人)と呼ばれるような人材は一番の落とし穴。そこはかなり気をつけて見極めるようにしています。
自己アピールに長けた文化圏の人々を相手にしながら、見極めを行うのは難度が高い。それでも、「人材に妥協しない」Ubieの採用姿勢を踏襲し、あらゆる手を尽くして採用を進めた。また、現地での仲間を集めるにあたって、もう一つ重視しているのが入社したメンバーとのコミュニケーションスタイルだ。
鈴木私自身、いい聞き手であることを心がけています。
これは私の個人的経験からですが、東アジア以外のビジネスシーンにおいては、発言力の強い人が多い反面、聞く力が弱い傾向にあります。
例えばミーティングでは、参加者全員の意見を全部聞いてから、最後に重要なポイントをまとめる役を担う。前職のBCGではじめてアメリカ・シンガポール・インドと多様なメンバーがいるプロジェクトに参加したときに、私が話している途中なのにガンガン割り込まれたり、議論に関係ない話を何分も語り続ける人を止められなかったりと、コミュニケーションで苦労していました。
そんなとき、当時の日本オフィスの上司から「ずっと自己主張することを訓練してきた人たちに、日本で教育を受けた我々が同じ手法で勝つのは難しい。他の人の話を聞いている人は少ないから、議論の内容をよく聞いて、意見が相違しているポイントを把握し、それを元にこれだと思う解決策をシンプルな言葉で簡潔に提示するのがいいよ」というアドバイスを受け、その通りにしました。すると徐々に「あいつはあまり発言しないけど、発言したときはいいこと言うから聞こう」ってなっていったんですね。それが当時の同僚に「Shokoの喋り方は映画に出てくるSamuraiみたいだ」と言われたんです(笑)。
今は議論の内容や場に応じて違うスタイルをとるときもありますが、この“侍ムーヴ”はグローバル・コミュニケーションで苦労している全ての日本人におすすめしたいですね。
鈴木氏のいるグローバルチームに所属するメンバーは文化背景やコミュニケーションスタイルが多様である。そのため、細かいルールを言語化し、オンボーディングにはかなり力を入れている。DMの使用方法から、時差のあるチーム間でのミーティングの設定方法までと多岐にわたる。
これらの取り組みを通じて、チームの多様性を活かしながら強いチームを構築し、US市場での成功をより盤石なものにしているのだろう。
鈴木氏は、US市場への挑戦を振り返りをこちらのnoteに記している。今後、グローバル展開に関わるのなら、ぜひ一度読んでおくことをおすすめしたい。
BCGで学んだコンセンサス形成とシェルフィーで経験したゼロイチ
鈴木氏は、事業と向き合う上で「WHY」と「WHAT」を決めることが自分の役割だと話す。
例えば、ユーザーリサーチから得られた定量・定性データを基に課題の優先順位を決め、どの程度のリソースが必要か判断する。そして、その後の具体的な実行、例えばABテストの設計方法やUIのデザインなど、「HOW」には極力口を出さない。だからこそ、信頼して背中を預けられるメンバーの採用に注力する。
こうした貢献を可能にしているのは、大局的な視点と具体的な実行力のバランスを取ることができているからだろう。そしてその土台は、BCGでの経験と、新卒でスタートアップ1人目社員となりゼロイチを経験したことによるものが大きい。このセクションでは、そんな彼女の軌跡を紐解く。
新卒で入社したのは、書類管理サービス『Greenfile.work』を運営するシェルフィー。ここでの5年間は、まさに「ゼロイチを一通り経験」する貴重な機会となった。
鈴木ゼロからの創業を経験できたことは本当にラッキーでした。当時のインターン先の上司が起業に誘ってくれなかったら、外資系の大手IT企業に入社してサーバーを売ってましたから(笑)。
シェルフィーでは、営業、PR、人事、PdMなど、さまざまなロールを短期間で経験しました。世の中のベストプラクティスを調べ、実際に試してまた壁に当たったら本読んだり、色んな人に会って話聞いたり、そしてまたトライして。そのおかげで「新卒で経験がなくても、学習と行動さえし続ければ成果は出せる」という自信を得ました。
こうした経験によって得たリアルな「手触り感」。この後に入社するBCGにおいて、営業からプロダクト開発まで現場への解像度が非常に高かった鈴木氏は、コンサルしか経験のないものと比べると話の説得力が違った。そして彼女はこのBCGでコンセンサス形成の肝を学ぶ。
鈴木BCGで学んだのは大人のゲームの進め方、コンセンサス形成とはこうやるのだということです。大きな組織や大きなお金を動かすには、どういう人とどんな調整をして進めていくのかを体感しました。それまではスタートアップでの経験しかなかったので、この点を全然理解できておらず「いいプロダクトやサービス作ってそれがユーザーに愛されてお金を生めばいいんでしょ」くらいに思っていたんです。ですが関係者がアラインしていないと、後からプロジェクトが燃えることもあるのだと身を以て学ばせてもらいました。
例えば大企業のトップと話をする際には、単に新しいUIの提案をするだけでは不十分で、その企業の経営戦略に沿った新規事業の可能性について議論することが重要です。経営者は往々にして海外の事例や競合他社の動向に強い関心を持っているため、そういった情報を一貫したメッセージとして伝えることが求められます。至極当然のことですが、実際にたくさん経験したことで非常に鍛えられたと感じています。
そして現場の人と話す際には当然、話の粒度が変わります。日々の業務がどのように改善されるかや、こちらの提案を受け入れ事業が成功した場合、その人のキャリアにどのような好影響を与えるかなど、個人の視点まで踏み込んで説明する必要があります。
このように、聞き手に応じて適切な情報の粒度を選び、価値ある対話を構築することの重要性を学びました。これらのスキルを身につけられたことは、その後の自身のキャリアにとって非常に貴重な経験となりました。
BCGで学んだコンセンサス形成、シェルフィーでのゼロイチ経験。この両方の経験が、現在のUbieでの活躍につながっている。大局的な視点と具体的な実行力、そしてスタートアップならではのスピード感。これらのバランスを取りながら、UbieのUS市場進出を牽引しているのが鈴木氏なのである。
面白い舞台を見つけたいのならアサーティブであれ
鈴木氏は、現在のUbieの方が過去のアーリーステージのスタートアップよりも面白いと断言する。
FastGrowの読者の中には、「ゼロイチがなくなったレイターフェーズは落ち着いてしまっていて面白くない」と考えるものも少なくないのではないだろうか。だが一言でレイターフェーズと言っても、組織の中にはアーリーフェーズのようにゼロイチの事業開発を行っている部門もある。鈴木氏が今のUbieを面白いと感じる理由の一つもまさにそれだ。
鈴木同じ会社の中に、全く違うフェーズの組織があるんです。
例えば私は、US市場進出というゼロイチのプロジェクトと並行して、DEIの取り組みも推進しています。DEIの取り組みが始まったのは、「同じような属性の人たちが集まっているだけではブレイクスルーは起きない」という組織の課題を解決するためでもあります。
こうした取り組みはまさにレイターステージならではの課題に挑戦するもの。違うフェーズの取り組みを同時に進められる経験は中々ないので、かなり面白いですね。
「それはUbieだからでは?」と思われるかもしれないが、過去、FastGrowでも『FastGrow厳選!BizDevがいま注目すべき企業たち<後編:レイターフェーズ、IPO etc.>』と題して取り上げたことがある通り、国内には読者の皆を熱くさせるスタートアップはある。ぜひこの機会に、視野を広げてみてほしい。
また、読者の中には「自分はどういうフェーズの組織で活躍できるだろうか」と思った人もいるかもしれない。そこで、さまざまなフェーズを経験してきた鈴木氏から、次世代を担うビジネスパーソンへのメッセージを贈ろう。
鈴木キャリア選択について、単純にアーリーかレイターかといった分け方で答えるのは難しいですね。私が最も重要だと考えるのはアサーティブであることです。自分の意見や希望をはっきりと声に出して表明し続けてほしい。
日本人の価値観や美徳として、努力して頑張れば誰かが気づいてくれて引き上げてくれるという考え方がありますが、これはある意味で幻想ではないかと思っています。私もグローバルな環境で働く中で学んだのですが、「自分はこれがしたい」「これを達成したらこれが欲しい」といったことを常にコミュニケーションし続けることは非常に重要です。
私自身、Ubieに入社できたのも、LinkedInやX(旧:Twitter)で「シンガポールで職を探しています」と発信したからです。BCGの時も同様で、「こういうプロジェクトがやりたい」「その代わり自分はこういう価値を出せる」と言い続けたことで、ずっとやりたかったインターナショナルプロジェクトにアサインしてもらえました。
新卒だろうと実力がなかろうと、「こういうことがしたい」「これに興味がある」と積極的に発信することでチャンスが生まれてくるはずです。
鈴木氏のキャリアは、まさにこの言葉を体現したものだといえよう。シェルフィー・BCGへでの経験、そして現在も続くUbieでの挑戦。常に新しいチャレンジを求め、自分の望むことを明確に伝え続けてきた。その結果、ヘルステック領域でグローバル進出を目指すUbieにおいて、重要な役割を担うまでに至ったのだ。
鈴木氏の言葉と経験は、スタートアップ業界に身を置く人々、そしてこれからキャリアを築こうとする若者たちに、大きな示唆を与えてくれるだろう。
最後に鈴木氏は今後の展望についてこう語った。
鈴木大きく2つの目標があります。1つは、日本発で世界に通用するサービスを作ること。ヘルスケアというのは国を問わず人々の生活にダイレクトに関わってくる分野であり、その中で患者という視点からプラットフォームを作ろうとしているUbieのプロダクトには大きな可能性と価値があると確信しています。
そしてもう1つは、新しいスタートアップの成功モデルを提示することです。
DEIの話にもつながるのですが、「元々仲が良い男性創業者が数人いて、そこに猛烈に働く若手や独身者が入社して会社が成長していくようなモデル」だけではないという事例を作りたい。女性比率や外国人比率の向上、障害者の方の活躍など、多様な人材による多様な視点があったからこそ事業成長できた、と示すことが私の興味でもあり、情熱を注ぎたいことです。
こちらの記事は2024年10月23日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。