連載ユナイテッド株式会社

これが塾!? 残業ゼロ・紙ゼロなのに売上23億円──東北の“異端すぎる教室”をユナイテッドが買収した理由

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インタビュイー
樋口 隆広

1990年新潟県上越市生まれ。2012年、株式会社スパイア(現ユナイテッド株式会社)に入社。インターネット広告代理事業に従事した後、2015年より新規事業開発室にて新規事業開発を担当。2016年よりグループ会社であるキラメックス株式会社に参画し、経営企画室に従事。2018年6月、同社代表取締役社長に就任。2022年6月よりユナイテッド株式会社取締役を兼務。

井関 大介
  • 株式会社ベストコ 代表取締役社長 

1975年秋田県大仙市生まれ。秋田大学教育学部卒業後、ベスト学院株式会社へ入社。企画部長、取締役を経て、2009年株式会社Global Assistを創業。教育現場にいち早くICT教材を導入し、データに基づいた高品質の指導を低価格で実現。現在では東北エリアを中心に、110以上の教室を展開している。

「従来の塾の在り方とは、少し違う道を歩もうと思ったんです」。

凍てつく仙台の冬空の下、FastGrowはある塾の教室を訪れた。正午、まだ生徒たちの姿はない。しかし、ここで目を引くのは、生徒の「不在」ではない。教室の壁に、どこにも見当たらないものがある──合格実績を誇る垂れ幕も、偏差値アップを謳う派手なポスターも、一切存在しないのだ。

この潔い空白に、創業者・井関大介氏の革新的な教育哲学が凝縮されている。紙の掲示物どころか、コピー機さえほとんど使わない完全ペーパーレスの世界。デジタル変革による業務効率化は、講師と生徒との対話時間を最大化する。この異端とも言える経営スタイルで、創業以来13期連続増収を達成。2024年6月期には売上高23億円という快進撃を続けるベストコの真骨頂だ。

そして2025年1月、この異彩を放つ教育ベンチャーは、IT業界の雄である上場企業ユナイテッドにグループインし、事業を加速させることだった。一見、唐突にも見えるこの組み合わせ。だが、両社の胸には教育界の構造的革新という共通の志が息づいていた。

いま、福島の地で生まれた個別指導塾と、日本のインターネット革命を牽引してきたテックジャイアントが手を結び、教育界に新たな波紋を投じようとしている。この異色の化学反応は、日本の教育にどんな地殻変動をもたらすのか──。

  • TEXT BY SHUTO INOUE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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伝統市場に切り込む異端児。
地方発の塾が13期連続増収、年商23億円の快進撃

株式会社ベストコ 代表取締役社長 井関 大介氏

井関教育業界は独特の世界なんです。「生徒第一」という理念を掲げるあまり、現場の生産性が度外視され、教職員の働き方がおざなりになってしまう。結果として、熱い想いを持って教育業界に飛び込んできた優秀な人材が次々と離れていく。そして、教育の質も低下していく──。このネガティブスパイラルを断ち切るには、業界の常識そのものを根本から疑う必要があったんです。

提供:ユナイテッド株式会社

福島県を拠点に産声を上げた個別指導塾・ベストコは、経営者なら誰もが驚くであろう数字を叩き出している。2009年の創業以来、独自の経営手法で13期連続の増収を達成。2024年6月期通期では売上高23億円、純利益6,200万円という快進撃を続ける。東北から始まった教室展開は、今や岡山県や香川県にまで及び、110教室以上を展開。同社の調査によれば、福島県では1位、宮城県では2位の個別指導教室数を誇る規模にまで成長を遂げた。

しかし、その「教室」の姿は、一般的な「塾」のイメージとはまるで異なる光景を見せる。

まず目を引くのは、教室に一歩足を踏み入れた時の違和感だ。そこには、よくある合格実績を誇る垂れ幕も、点数アップを謳う張り紙も見当たらない。コピー機さえほとんど存在しない。限りなくペーパーレスに徹し、生徒の競争意識を必要以上に煽るような要素も、意図的に排除されているのだ。

提供:ベストコ

この異色の経営を手掛けるのが、創業者の井関大介氏である。大学で教育学を学び、家庭教師のアルバイトを経て進学塾へ。その後、ベストコの前身となる会社を立ち上げた。ここまでは典型的な「塾経営者」の歩みに見える。

しかし、起業後にグロービス経営大学院で100社以上のケーススタディ(HRM、オペレーション戦略、サービスマネジメントなど)を徹底研究。さらに、スターバックスの立ち上げ期の人事部長や、創業期のオリエンタルランドの幹部から直接指導を受けてきた経歴は、もはや教育者の域を超えた、経営のプロフェッショナルとしての側面を浮かび上がらせる。

井関日本有数の高付加価値サービスを提供する企業で活躍されてきた、組織づくりのプロフェッショナルから学んだ知見を、教育現場で実践する。デジタル化で業務効率を極限まで高め、講師が生徒と向き合う時間を最大化する──。こういった、他業界では当たり前の視点が、なぜか教育業界には根付いていなかったんです。

この新しい教育ビジネスモデルにいち早く可能性を見出したのが、ユナイテッド取締役の樋口隆広氏だった。

ユナイテッド株式会社 取締役 樋口隆広氏

樋口井関さんとお話をする中で、経営者としてのお考えや実践されていることなどに素直に衝撃を受けました。

他業界のベストプラクティスを教育現場で実践し、事業を急成長させている。既存の教育スタイルをDXしていくことは簡単ではありません。そこで、「初めからデジタル化された新興の塾」を地方から次々と開いていくというアプローチを進めたわけです。ユーザー(塾の生徒)も、従事者(塾の講師)も、いずれもデジタルの恩恵を強く受け、変化が生まれている。まさに私たちが求めていた「善進投資」の理想形でした。

『善進投資』とは

ユナイテッドが掲げる独自の投資哲学。同社のパーパス「意志の力を最大化し、社会の善進を加速する。」に基づき、社会課題の解決と経済的リターンを同時に追求する──。一見ESG・インパクト投資に見えるこの取り組みは、しかし単なる社会貢献では終わらない。徹底的な経営支援により投資先の成長を加速させ、社会的意義と事業性の両立を目指すのが特徴だ。

(※ユナイテッドの善進投資については詳細はコチラ

なぜ、プロ経営者の井関氏は塾業界という伝統的な市場に挑戦し続けるのか。そして、なぜユナイテッドはベストコを次なる投資先として挙げ、子会社化にまで踏み込んだのか。その答えは、日本の教育システムが抱える深刻な課題への危機感にあった──。

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「30年間、教育は1ミリも進んでいない」。
変えたくても変えられない、教育業界の課題

「変化のスピードが、あまりにも違う」。

井関氏の表情が曇る。30年という時の流れの中で、日本の教育システムだけが取り残されているという危機感が、その言葉には滲んでいた。

井関IT業界を見てください。私が大学生だった90年代、インターネットはまだ黎明期でした。それが今や、AIやブロックチェーンが日常を変える時代です。小売りは実店舗からEコマースへ、医療現場はデジタル化で効率化が進む。しかし、教育の世界は……。

言葉を噛みしめるように、井関氏は続ける。

井関確かに、GIGAスクール構想でタブレットは入りました。プログラミングの授業も始まった。でも、それは表面的なUIの変更に過ぎません。本質的な教育の在り方は、私が講師として現場に立っていた頃となにも変わっていないんです。

この停滞は、井関氏だけの危機感ではない。文部科学省から地方自治体まで、教育行政に携わる人々は皆、同じ課題と向き合っている。しかし、現場は依然としてレガシーな面影を色濃く残したままだ。

大学時代から教育一筋で歩んできた井関氏は、その事実を、身を乗り出すようにして語り始めた。

井関30年この業界にいて痛感するのは、世界の教育改革から、日本だけが取り残されているということです。

例えば韓国。1997年のアジア通貨危機を経て、「英語力は国力だ」という危機感から英語教育を必修化しました。2008年には英語の授業を英語で行うTEE(Teaching English in English)を導入。今では多くの大学生が英語で手帳を書けるまでになっています。TOEIC平均スコアを見ても、日本の561点に対し、韓国は677点。この差は単なる数字の問題ではないんです。

また、プログラミングやロボット教育も当たり前になっています。2025年にはAIを活用したデジタル教科書の導入も決まっています。

日本の教育行政に対して、こうしたスピード感や先進性を感じる読者は少ないのではないだろうか?「それもそのはず」と、井関氏は言葉を選びながら、その背景について語る。

井関文部科学省が方針を決め、地方自治体の教育委員会がそれぞれに導入を進め、各学校の教師が実際に取り組む。まるでバケツリレーのように、一つひとつの政策が何重もの層を通過していく。その過程で、新しい取り組みの導入スピードは地域によってバラバラになってしまうんです。

この構造の中で、特に深刻なのが地方における環境整備の遅れだ。

井関特に地方では、優秀な講師との出会いが圧倒的に少ない。これは単なる学力の問題ではありません。ハイレベルな勉強を教わることができないだけでなく、そもそも「勉強の大切さ」や「勉強の続け方」を身に着けることすら難しくなってしまうからです。その結果、中学・高校時代の学力差が開き、そのまま将来のキャリアの選択肢の幅まで狭めてしまう恐れがあるのです。

その言葉に、ユナイテッドの樋口氏も深くうなずく。彼もまた、地方の教育現場を見てきた一人だ。

樋口ベストコが展開する福島県や宮城県でも、都市部とそれ以外では、まるで異なる教育風景が広がっています。都市部では中学受験や早期の塾通いが当たり前。「相性の良い講師」との出会いも豊富です。一方で、町村部では中学受験どころか、中学3年になって初めて塾に通うというケースがまだまだ多いのが実情です。

もちろん「早く塾に通い始めることだけが大事」というわけではありませんが。機会の差は確実に存在しています。

井関高校受験で思うような結果が出ないとき、「中1から塾に行きたかった」という後悔の声を、何度聞いたことでしょう。生まれ育った場所が違うだけで、こうした機会損失が起きている。この現実を、私たちは見過ごすわけにはいきません。

オフィスに沈黙が流れる。教育行政による改革を待っているだけではいけない──その危機感が、空気を重くする。

しかし、その重苦しい空気を、井関氏は意外な比喩で打ち破った。

井関海のウミガメやクジラがマイクロプラスチックで苦しんでいる問題を考えてみてください。理想は国レベルでのペットボトル規制でしょう。でも、それを待っているだけでは、目の前で苦しむ生き物を救えません。誰かが、一つずつペットボトルを拾っていく必要がある。教育もまさにこれと同じなんです。

大きな制度改革は難しくても、民間レベルで、課題を抱える地域に塾を一つひとつ新設していく。それ以外に、私たちにできる道はないと考えています。

樋口この考え方こそ、私たちの「善進投資」の本質を表していると思いますし、個人的にもとても共感する話です。

大きな制度変革は難しい。でも、誰かが一歩を踏み出さないと何も変わらない。井関さんは、その一歩を踏み出す勇気と覚悟を持った経営者だと確信しました。

しかし、ここで新たな問いが浮かび上がる。労働集約的な個別指導塾という事業モデルで、この深刻な課題に立ち向かえるのか。その問いは、井関氏の胸の内でも渦を巻いていた。

「20年かければそれなりの規模になる。でも、地方の教育現場に、そんな猶予はない」。

その切迫感から生まれたのが、2024年11月に発表されたユナイテッドとのM&Aだった。冬の陽が傾きはじめる仙台の教室で、新たな教育革命の第一歩が、静かに、しかし確実に踏み出されようとしていた。

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「地方の塾講師」から「プロ経営者」へ。
ユナイテッドを動かした異色の経営者の正体

「まさか、こんな展開になるとは」。

井関氏は、初めてユナイテッドの経営陣と対面した日のことを、今でも鮮明に覚えている。

井関ローカル塾の代表の話を、東京のテック系上場企業の経営者さんたちが本気で聞いてくれたんです。とても印象的な出来事でした。

スタートアップとして立ち上がったわけではないベストコ。だからこそ井関氏は、ユナイテッドとの初めての面談の前、普段は感じない緊張感を抱いていた。

井関投資家の前でピッチをするのは人生初めての経験でした。それに、会ってくれた早川さん(ユナイテッド代表取締役社長)は、サイバーエージェントでもご活躍されたまさに“インターネット業界の重鎮”。私にとっては経営書で読んで知る憧れの存在だったんです。

しかし、その緊張は徐々に解けていった。新潟出身の早川氏、樋口氏は、井関氏が語る地方教育の課題の深刻さを、肌感覚で理解していたのだ。

樋口東京の企業が“ニアショア”の発想で地方を見る。つまり、東京の仕事を安くアウトソースする先としか見ていない。そんな状況が一定存在しているように感じています。ただ、それでは地方に未来はありません。私たちが探していたのは、地域に根ざしながら、新しい価値を生み出せる経営者でした。

その期待に、ベストコは確かな実績で応えていた。完全ペーパーレスによる業務効率化、本社機能の集約による現場解放。そして特筆すべきは人材定着率だ。業界平均で3割を超える離職率に対し、圧倒的な定着率を実現している(離職率は10%以下とのこと)。

樋口ベストコの強みは、働き方改革と教育の質向上を両立させ、他地域に展開可能な「新・塾経営モデル」を成立させた点にあります。

講師が生徒と向き合える時間を最大化する。その結果、生徒一人ひとりの成績が向上するだけでなく、講師一人ひとりの指導力も年々向上。同時に、生徒との信頼関係も深まっていく。「あの先生が辞める」というショックを、子どもたちに味わわせることはほとんどありません。

そして、投資や買収も見据えたデューデリジェンスの過程で、両社の価値観の共鳴は決定的なものとなる。3ヶ月間にわたるやり取りの間、両社が最も時間を費やしたのは、事業に関する数字の精査ではなく、教育の未来についての対話だった。

井関普通のM&Aなら「この施策で売上が〇〇%上がります」「コストが××%下がります」という具体的な話になるはずですよね。でも私たちは「こんな教育があったら地方は変わる」というビジョンの話でもちきりでした。

周りからは「話が全然進んでないよ…」と心配されましたが(笑)、その時間があったからこそ、本気で未来を変えたいという想いが共有できたんです。

樋口確かに異例の進め方でしたね。でも、私たちが投資先や買収候補の企業に求めているのは、まさにそういう本質的な対話ができる経営者なんです。数字は結果であって、その前にビジョンの共有が必要だと考えています。

実は井関氏の元には、他企業からも提案は届いていた。

井関もちろん、他社様からのご提案も魅力的でした。でも、私たちが重視したいのは、「少子化が進む地方の危機的な状況を考えると、5年以内に新しい教育の形をつくり上げなければならない」という使命です。その想いに本気で共感してくれたのが、ユナイテッドだったんです。

教育のあり方そのものを変える──。この野心的な挑戦は、両社が出会った瞬間から既に始まっていたのかもしれない。

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オンライン教育は、オフライン教育と融合してこそ意味をなす

教育のデジタル化が進む中、ベストコが確立した「新・塾経営モデル」には、ある深い洞察が隠されていた。それは、教育の“本質”をめぐる、意外な発見だった。

井関小中学生が持つ教育課題は、「九九がうまく覚えられない」とか「英語の単語はわかっても構文はなかなか使いこなせない」という部分への対処じゃないんです。勉強が「わからない」以前の問題があるんです。

具体的には、勉強時間の確保、モチベーション、何から始めればいいのか……。今では、YouTubeで解説動画を見れば、テストで点を取るための情報は得られます。でも、実際にそうしたことを「やり始める」「やり続ける」こと自体が難しい。こうした課題を解くことこそ、教育の本質なんです。

この指摘に、オンライン教育プラットフォーム『テックアカデミー(TechAcademy)』を運営してきた樋口氏も深く頷く。

樋口大人向けオンライン教育の継続率は3〜5%程度と言われています。目的意識があり、熱量の高いはずの大人でさえ難しいんです。子どもにとってはさらにハードルが高いはず。

そこで大事になるのが、「講師の目を見て、頑張りますと約束した」のようなやり取りが存在すること。そういう“人的接点”がないと、継続は難しいものなんです。

井関そうですね。オフラインとの融合が大事ですよね。もちろん、オンライン教育の活用は、間違いなく地方の教育を支えるキーになります。

例えば私たちは、仙台にいる東北大の学生をZoomでつなぎ、生徒は各地域の教室でそれぞれ指導を受ける、という試みをしています。自宅ではなく教室に来て受講してもらうこと、これが決定的に重要なんです。なぜなら「環境のスイッチ」という要素が不可欠だからです。

これは部活動と同じ原理です。一人では継続が難しいことも、同じ志を持つ仲間が集まる場所があれば、自然と頑張れる力が生まれる。そういった「場」の持つ力を、テクノロジーと組み合わせることで、より効果的な学習環境をつくり出せるはずなんです。

地方と都市部を単にオンラインでつなぐだけでは、無機質で持続性のない取り組みとなってしまう。「オンラインにすべきこと」「オフラインにすべきこと」を、生徒の体験向上という視点で冷静に切り分けたところに、井関流の革新があった。

そして今、その視野は勉強以外の価値提供にまで広がっている。地方の子どもたちが直面しているのは、学力面での格差だけではない。将来の可能性を想像する機会そのものが限られているのだ。

井関子どもたちが今熱中して見ているのはTikTokやYouTubeです。世界中の情報を得ようと思えばいくらでも得ることができる。ですが、表示されるコンテンツには偏りが生じてしまう。必ずしも、視野が広くなるとは限らないんです。

私たちが目指すのは、学びの場を通じて子どもたちの視野を広げることにあります。

例えば、トヨタ自動車の水素自動車開発や、OpenAIのChatGPTの活用事例。その話を聞いた子どもが「自分もこんな最先端の技術開発に関わりたい」と感じる。そんな新しい夢との出会いをつくり出したいんです。たとえ1,000人に1人でも、その子の人生が大きく変わる可能性がある。教育プラットフォームには、そういった「機会との出会い」を創出する役割があると考えています。

個別指導の強みとテクノロジーの掛け算。それは地方にいる子どもたちの「機会格差」を解消する鍵になる。そんなベストコの強みに、テクノロジーの活用でさらなるレバレッジをかける役割を担うことができるのが、ユナイテッドというわけだ。

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塾からコピー機が消えた日。
ペーパーレスが実現した真の理由

子どもたちが勉強を「始める」「継続する」という状態を実現するのが、教育の本質だ。そのためにオンラインとオフラインの融合がカギを握る──。これが前章の教訓だった。そしてもう一つ、「講師の質の向上」に本気で向き合っているという点も、ベストコが持つ大きな強みだ。

この話は、意外な問いかけから始まる。「ペーパーレス化って、単なるコスト削減だと思っていませんか?」

一般的な塾では、教材のコピーや成績管理に大量の紙が使われる。しかし、ベストコの教室にコピー機がほとんどないことに気付いた樋口氏は、思わず目を疑ったという。

樋口私たちが通ってきた塾では「プリントを印刷して、生徒に解かせて、丸をつけて返す」というのが当たり前でしたよね。でも、この教室には紙がない。最初は「これで本当に授業ができるの?」と思いました。

実は、このペーパーレス化は氷山の一角に過ぎない。ベストコはこうした教室改革を徹底し、本社への機能集約を進めることで、各教室における塾講師の事務作業を最小限に抑えているのだ。

従来の「講師が全てを担う」というモデルから脱却し、より効率的で質の高い教育を実現するヒントが、そこには隠されていた。

井関教育以外のサービス業では、専門性に基づく分業化が当たり前のように進んでいます。しかし、不思議なことに教育の世界では未だに「講師が、教室運営の全てを担うべき」という固定観念が根強く残っています。

ベストコでは、成績向上に直結しない業務を極力なくしています。講師は本来最も重要な「生徒との対話」に時間を集中投下できる。結果として、教育の質自体が向上するんです。

一見、巨額の投資が必要に思えるシステム開発だが、実は規模の経済が効くという。

井関サービス業は規模の経済が効きにくいと言われますが、実は塾には効く部分が多いんです。システム投資もマーケティング、社員育成も、結局は割り算。ほぼ同じ仕組みの教室数をひたすら増やしていくモデルになるので、1箇所あたりのコストは確実に小さくなっていく。生徒や講師を募集する際のウェブマーケティングも、規模があるからこそ効率的になっていきます。

樋口井関さんの経営手法は、明らかに一般的な塾経営の域を超えています。サービス業の成功企業のケーススタディを多く研究し、スターバックスやオリエンタルランドの元幹部から直接指導を受けてきました。

でも、本当にすごいのは、それらの知見を教育現場で見事に実践できる応用力です。私もこれまでたくさんの経営者の方々と会ってきましたが、これほど理論と実践を高いレベルで両立できている人は稀有だと思います。議論をする中で、私も非常に多くのことを学ばせていただいています。

井関優れたビジネスモデルの本質は、業界を超えて応用できるはずなんです。

例えば、サービス業における「顧客体験」の設計や、組織文化のつくり方。これらの知見は、実は教育現場でこそ活きると感じます。経営において大切なのは、理念があり、そこから戦略が生まれ、組織構造が決まり、具体的なマネジメントや組織の形がつくられていくこと。これらのパーツが美しく噛み合って初めて、組織は機能する。その完成度の高い仕組みを教育現場で実現すれば、子どもたちの幸せにもつながる。そう思って取り組んできました。

樋口これは常日頃から私自身も気をつけていることなのですが、立ち上げ期のスタートアップではどうしても「適切にデジタル化すれば全てが解決する」という幻想を追いかけてしまいがちです。しかし、井関さんの描くビジョンは全く異なる。

デジタル化は、あくまで講師(あるいは教職員)が、児童・生徒としっかりと向き合うための手段であって、目的ではない。その明確な哲学があるからこそ、110を超える教室でも高い教育の質を維持できているんだなと思います。これから、全国にもっと早いスピードで教室を増やしていくわけですが、間違いなく成果を出し続けると確信しています。

おそらく旧来の塾経営の世界に、井関氏のような"経営オタク"はほとんどいなかっただろう。多くの場合、塾講師として優秀だった人物が複数の教室を展開するというパターンであり、大企業の経営理論を採り入れる例は少なかったはず。そんな前例にとらわれず、自身の興味関心の赴くまま、理想の経営手法で成長を遂げてきたベストコの姿。それが、鮮明に見えてきたのではないだろうか。

だが井関氏の経営論は、これで終わりではない。次に語られた「組織づくり」こそ、最も重要な論点であり、ベストコの成長ポテンシャルを象徴する点なのである。

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「合格実績の張り紙は一切ない」。
人が育つ組織の真髄に迫る

「教育業界の離職率は3割が当たり前」。

この言葉は、教育現場の人材マネジメントの難度の高さを表している。大手進学塾でさえ、人材の定着が難しいとされる業界で、井関氏は早くからその構造的な問題を見抜いていた。

井関塾って、生徒第一を掲げるあまり、講師がどんどん消耗していく。でも、それでは結局、生徒側に不安が残ってしまいますよね。目指すべき教育の形とは相いれない状態だと思うんです。それで私たちが目指したのは、講師も成長し続けられる環境づくりです。

そこで最も注力したのが、企業文化への投資です。惜しむことなく、リソースを費やしてきました。毎年、一流企業の元経営幹部の方を顧問として招き、経営幹部、マネージャー層が組織づくりを学び続けています。講師一人ひとりに対する理念浸透のためのワークショップを、定期的に開催。社内SNSを取り入れ、日々の気づきを全社員で共有する仕組みもつくりました。

樋口井関さんは、「講師が本来やるべきこと」と「それ以外」を徹底的に切り分けています。これが大きな差別化につながっていると思いますね。

多くの塾で、当然講師は生徒一人ひとりと向き合いたいはずです。でも実際には、事務作業や、親御さん向けの資料づくり、成績管理の手入力・集計など、本質的ではない業務に追われている。ベストコはこの観点において、デジタル化や分業化を徹底し、付随業務を極限まで効率化・削減しています。

樋口その結果、講師は目の前の「この子の将来」「この子の可能性」を本気で考えながら、成績が上がる支援に時間を使っていける。一見、当たり前のようですが、実現しきるのが難しかった。それができているからこそ、ベストコは毎年成長を続けることができているのだと思います。

その哲学は、教室の空間そのものにも表れている。先にも紹介した通り、一般的な塾でよく見られる「合格おめでとう」の垂れ幕も、「目指せ○○高校」「集中!」といった張り紙も、一切存在しない。

井関たとえば合格実績を誇示することは、親御さんに対するアピールにはなっても、実際に通っている生徒たちには劣等感やプレッシャーを与えてしまうかもしれません。講師が夜遅くまで張り紙をつくることに時間を使っても、生徒の点数や成績は上がりません。

張り紙よりも大切なのは、一人ひとりの成長に寄り添う時間を確保すること。そのために我々は、あらゆる無駄を省こうとしているんです。この価値観が、今では組織文化として定着しています。

この文化が育んだ成果は、意外な形で表れている。

井関卒業生が頻繁に教室を訪ねてきてくれるんです。「○○先生、美容師になったので髪を切らせてください」「今度、私が出る格闘技の試合があるので、見に来てください」などなど。一見、塾の成果とは関係ないように思えるかもしれない。でも、人生の節目で思い出してもらえる。それこそが教育の本質だと思うんです。

樋口点数を上げることは大切ですが、それは手段であって目的ではない。「この子の10年後」を本気で考え、時には厳しく、時には優しく寄り添う。それを一人ひとりの講師全員が、当然のこととしてやっているんです。

また、こうした価値観による教育は、将来を見通しにくい現代社会において、より重要になっていくのではないかとも思います。ChatGPTをはじめとした生成AIを活用したさまざまなツールが増えていき、「単なる知識の習得」「単純なアウトプット」が人間には不要になるかもしれません。自分ならではの視点を洗練させ、深く考え、学び続ける力こそが重要になってくる。

そんな時代に必要な、いわば“学びの作法”を、人間同士で向き合いながら育んでいける。それこそが、ベストコが今、この社会に必要な企業になり得る理由なのではないでしょうか。

教育の本質を追求する姿勢は、事業成長だけでなく、働く環境の改善に、そして未来社会をかたちづくる企業像の実現にまで繋がった。妥協することなく「本質」へと回帰しようとする井関氏の姿勢から、ビジネスパーソンが学ぶべきことが、非常に多くあると言えるだろう。

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人口減が続く地方から、日本の教育を変える。
地方発の“反常識”で描く未来図

「人口の少ない地方でこそ、やる意味がある」。

その信念は、13期連続増収という実績となって結実していた。地域に根ざしたベストコの歩みは、教育のあり方そのものを問い直す挑戦でもあった。

井関自分でも時々、教室の周りの風景を見て、「よくここに教室をつくって、うまくいったな……」と感じることがあります(笑)。

たいていの企業は、人口密集地に店舗を構えます。それは、ニーズを持つ人が少しでも多い場所でビジネスを行う方が、集客効率が絶対に良いと考えるためですよね。

井関ですが私は、確実に存在するにもかかわらず、叶えられていない「質の高い教育を求めるニーズ」に応えたいんです。他の誰もが「この場所は市場が小さいから」と言って参入しない場所に、独自の経営で教室を展開し、利益を創出しながら社会課題を解決する。そんな地道なイノベーションを起こしていきたいと考えています。

そして今、ベストコとユナイテッドの協業により、その可能性はさらに広がろうとしている。

井関私は、教育現場の知見や、塾経営についての経験には自信がありますが、テクノロジー活用の面ではまだまだ不勉強を痛感する日々です。例えば、学習データの分析基盤の整備や、より効率的な教務システムの構築など、伸びしろは感じるものの、どのように進めればいいのか、模索する日々です。

これらはユナイテッドさんの知見や経験をどんどん頼り、進化させていきたいと思っています。

両社の連携は既に動き出している。

樋口少子高齢化によって引き起こされている、地方の教育課題の数々は、近い将来、世界中で発生しうるものだと思います。つまり、裏を返せば、この課題に向き合うことで、世界に先駆けた教育イノベーションを生み出せるチャンスでもあるということですよね。

ぜひ、「教育」への問題意識はもちろんですが、「人の可能性」というテーマに関心がある方であれば、ベストコで一緒に地方教育の未来をつくっていけたらと思います。

井関そうですね。「塾の先生がやりたいんです」という人よりも、「人の人生に大きく関わりたい」「地方、世の中を善くしたい」という想いを持った方がいれば、ぜひ仲間になってほしいと思います。共にイノベーションを起こしましょう。

地方から、教室を一つひとつ増やし、その蓄積で教育変革をかたちづくる。

途方もなく長い道のりにも思えるが、井関氏と樋口氏は、それが可能だと本気で考え、熱い議論を交わし続けている。その“愚直”とも言える姿勢こそ、根深い社会課題を解消していくために必要なものなのかもしれない。別の表現をすれば、そんな愚直さがなければ、この混迷する社会において新たなイノベーションなど起こせないのかもしれない。

教育の未来を変えようとする両社の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

こちらの記事は2025年02月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

井上 柊斗

写真

藤田 慎一郎

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