【トレンド研究】デリバリー市場の裏に潜む革命──クイックコマースと最新技術が変える「生活の新常識」

インタビュイー
矢野 哲
  • 株式会社出前館 代表取締役社長 

外資系証券会社の投資銀行業務に12年間従事後、2016年LINE株式会社に入社。日本初の日米同時上場のIPO責任者を務め、M&A、ベンチャー投資、IR等のコーポレートファイナンス業務に携わり、出前館への出資も担当。LINEとヤフーの事業統合のM&A責任者を務めた後、2021年出前館のCFOに就任し、管理体制・統制強化、ビジネスモデルの転換、資金調達などを実行する。2024年9月代表取締役(CEO)に就任。

森山 海太
  • 株式会社出前館 執行役員 戦略事業開発本部 本部長 

2015年に新卒で商業デベロッパーに入社。本部と店舗で自社スマートフォンアプリのサービス企画や利用促進などを担当。2019年にLINEへ転職し、EC向け広告ソリューションの営業などを経験。2020年より出前館に出向、その後転籍し、シェアリングデリバリー本部で配達代行事業の戦略立案・実行をリード。2021年に部長、2022年に本部長に就任。2024年6月より現職。

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「デリバリー市場なんて興味ない」「単に食べ物を運ぶだけでしょ」。

こんな声を耳にすることがある。しかし、その認識は大きく現実とかけ離れている。2023年、日本のデリバリー市場規模は8,622億円に達し、前年比11%増、さらにコロナ禍前と比較すると106%増という驚異的な成長を記録した。この成長は「コロナ特需」だけでは説明できない。では、なぜデリバリー市場がこれほどまでに伸びているのか。その答えは、400年の歴史を持つ日本の「出前文化」と最新テクノロジーの融合、そして人々の生活様式の根本的な変化にある。本記事では、デリバリー市場の過去から未来まで、当領域をリードする出前館のコメントも交えながら、その全貌に迫る。

若きイノベーターたちよ、このダイナミックに変化し続けるマーケットは、君たちの次なる挑戦の舞台となるかもしれない。デリバリー産業が秘める無限の可能性に、今こそ目を向けるときだ。

  • TEXT BY YASUHIRO HATABE
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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日本のデリバリー浸透率は5%未満。
高い成長ポテンシャルを秘める

注記:本稿では、「デリバリー市場」という表現について、特に指定がない場合はフードデリバリーおよびリテール(クイックコマース)を含む広義の市場を指す。また、中国や米国の市場データは一般に「フードデリバリー」のデータが多く、リテールデリバリー(クイックコマース)を含まない場合があるため、その点に留意されたい。

確かに、2020年の新型コロナウイルスの流行はデリバリーサービスの需要を急増させる契機となった。しかし、その後の成長は予想を遥かに上回るものである。

冒頭に記した通り、2023年のデリバリー市場規模は前年比で11%増加。さらに、コロナ禍前と比較すると106%増という飛躍的な成長を遂げた。これは「コロナ特需」と片付けるにはあまりにも力強い成長と言えるだろう。

「いやいや、それでも今は伸び悩んでいるのでは?」と食い下がる人がいるかもしれない。しかし、出前館の矢野代表の言葉は、そんな疑念を払拭する。

矢野日本におけるフードのデリバリー市場だけをみても浸透率はまだ5%未満です。一方で、世界のフードデリバリー市場に目を向けてみると、韓国や中国では30%、アメリカでも10%以上に達しています。これは、日本市場にはまだまだ大きな成長の余地があることを示しています。

下の図から見てもわかる通り、日本市場にはまだまだ大きな成長の余地があるということだ。

「市場規模や成長率で見る世界のデリバリー市場動向」提供:株式会社出前館

ではなぜ、デリバリー市場はこれほどまでに成長を続けているのか。その答えは私たちの生活様式の変化にある。デリバリーサービスは今や単なる便利さを超えて、新たな社会インフラとしての役割を担い始めているのだ。

出前館森山執行役員は、「今すぐ欲しい」という消費者ニーズに応える新たな選択肢として、デリバリーサービスの重要性を指摘する。

森山料理中に足りない材料、子どもの急な発熱時の薬、自宅で映画視聴中の軽食など、日常生活で即時性が求められる場面は潜在的に多くありました。

こうしたニーズに応え、出前館を筆頭にデリバリーサービスを提供する企業は、食事だけでなく日用品や食料品の即時配達へとサービスを拡大している。“30分以内で幅広い商品を届ける”「クイックコマース」の展開により、これらのサービスは人々の生活に深く根ざしつつある。「コロナ特需」で片付けられないデリバリー市場の成長。それは、我々の生活様式の根本的な変化を反映しているのだ。

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日本では江戸時代に起源をみるデリバリー。
今やライフラインの一つに

「デリバリー = 単に食べ物を運ぶだけ」。こうした認識は、歴史的に見ても大きな誤解だ。日本のデリバリーの起源は、実に400年以上前の江戸時代にさかのぼる。当時は「出前」という形で蕎麦や寿司が届けられていた。この伝統が現代のデリバリーサービスの礎となっていることは想像に難くない。

しかし、現代のデリバリー市場を形作ったのは比較的最近の出来事である。1985年、ドミノ・ピザの日本上陸を皮切りに、デリバリー専門店という新しい業態が誕生した。2000年代にはインターネットの普及により注文方法が電話からウェブへと進化。そして2010年代、スマートフォンの普及が「いつでもどこでも手軽に注文できる」現在のデリバリースタイルを確立させたのだ。

2010年代後半には、出前館やUber Eatsなどが新たなビジネスモデルを確立。例えば、出前館は2017年に配達を代行するサービスを開始。出前館が配達員を用意し、飲食店に代わって配達を行うことで、これまで出前サービスを提供できなかった店舗もデリバリーに参入できるようになった。こうしたプラットフォームが配達業務を専門化したことで、多くの飲食店がデリバリーに参入。消費者の選択肢は飛躍的に拡大した。

そして読者の記憶にも新しい2020年のコロナ禍は、こうした進化を遂げていたデリバリー市場をさらに加速させた。外食が制限される中、デリバリーは新たなライフラインとなり、多くの人々の食生活を支えてきたのだ。

江戸時代から続く日本の「出前文化」は、時代時代のテクノロジーや仕組みと融合し、今や私たちの生活に欠かせない存在となった。また、この進化は新たな競争の舞台も生み出している。意外にも、この市場では日本企業が世界のライバルを退け、優位に立てる可能性が見えてきているのだ。

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デリバリー領域は、日本企業がグローバルジャイアントに勝てる最後の領域

「日本企業が優位?いやいや、普通にUber Eatsの一強じゃないの?」。

そう思っている人も多いだろう。確かに、Uber Eatsの存在感は大きい。しかし、実際の日本のデリバリー市場は意外にも競争が激しい状況にある。

日本のデリバリー市場を牽引する主要4社、それぞれの特徴を簡潔に見てみよう。

  1. 出前館
    1999年創業の老舗。2016年のLINE出資、2020年のグループ会社化により、巨大な顧客基盤を獲得。矢野代表は「LINEヤフーグループとの連携で良いシナジーを形にしていく」と期待を寄せる。
  2. Uber Eats
    アメリカ発、2016年に日本進出。グローバルな展開と豊富な資金力を武器に、特に都市部の若年層に浸透している。
  3. Wolt
    フィンランド発、2020年に日本参入。使いやすいUIと効率的な配達システムが特徴。食事以外の配達にも注力。
  4. menu
    2018年設立の日本発のサービス。約91,000店舗(2022年8月時点)が登録。アプリ特化型で、テイクアウトにも対応。

こうしたプレイヤーたちがせめぎ合う中、出前館の矢野代表は「デリバリー市場こそ、日本企業がグローバルジャイアントに勝てる最後の領域だ」と語る。

「日本のデリバリー市場」提供:株式会社出前館

その根拠は何か。同氏はこの点について次のように述べている。

矢野出前館は日本に開発拠点がありますし、地方にもコンサルタントがいる形をとっています。したがって、本当の意味で日本が抱えている課題を現場で直に聞いて、それをテクノロジーで解決することができる。これは大きなアドバンテージになると考えています。

さらに、日本企業は地域に根ざしたきめ細かいサービス展開が可能だ。例えば出前館は、地方自治体と包括連携協定を結び、買い物難民問題などの地方の社会課題解決にも取り組んでいる。また、国内最多のドローン配達実証実験の実績を持つなど、地域特性に合わせた革新的なアプローチも展開中だ。これらの取り組みにより、冒頭で森山執行役員が指摘した「今すぐ欲しい」というニーズに、よりスピーディーに応えられる体制を整えている。

このように、デリバリー市場は日本企業の底力が試される最後の領域となるかもしれない。グローバル企業vs日本企業。この競争がサービスの多様化と品質向上をもたらし、私たちの生活を大きく変えようとしている。

しかし、この現象は日本市場に限ったものではない。世界各国のデリバリー市場でも、それぞれの地域特性を反映した独自の競争が繰り広げられていた──。

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ローカライズ戦略が鍵。グローバルで見ても国や地域の特性により主要プレイヤーが変化

「日本市場の状況はわかったけど、世界ではどうなのか?」。 デリバリー市場は、一見すると世界中で同じようなサービスに思えるかもしれない。しかし実際は、国や地域によって主要プレイヤーが大きく異なる。この特性は、各国の文化、法規制、消費者の嗜好の違いを如実に反映している。

例えば、アメリカではDoorDashが65%という圧倒的なシェアを持ち、Uber Eats(23%)を大きく引き離している。しかし、この強さは必ずしも他国に通用するわけではない。実際、DoorDashは2021年に日本市場に参入したものの、わずか1年後に撤退を余儀なくされた。

次に中国市場、ここは規模が桁違いだ。2023年の市場規模は30兆円を超え、「美団(びだん)」と「餓了麼(ウーラマ)」の二強が市場を牽引している。特徴的なのは、これらのサービスが大手テック企業のスーパーアプリの一部として提供されていることだ。

東南アジアでは、配車サービスのGrabが展開する「Grab Food」が市場シェアトップを走る。「foodpanda」や「GoFood」、「ShopeeFood」などとの競争が続いているが、Grabは配車サービスとの相乗効果を活かし、優位性を保っている。

そして日本市場。先に挙げた通り、出前館やUber Eats、Wolt、menuなどが主要プレイヤーとして競争している。出前館の矢野代表が「我々は日本が抱えている課題を現場で聞いて、それをテクノロジーで解決する組織体制ができている」と語るように、同社は特にテクノロジー活用や地域に根差した戦略で強みを発揮している。

このように、デリバリーサービスは各国の特性に深く根ざしたサービスであることがわかる。日本市場では誰が覇権を握るのか、それとも独自の均衡状態を保ち続けるのか。この答えは、各社がいかに日本の特性を理解し、ローカライズされた戦略を展開できるかにかかっているだろう。

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「配達時間の最適化」から「他業種の連携」まで。
デリバリー市場を勝ち抜く6つのポイント

では、日本のデリバリー市場で成功を収めるためにはどのようなローカライズ戦略が求められているのだろうか。

「ただ早く届ければいいんでしょ?」というのは大きな誤解だ。実際は、市場を勝ち抜くためのポイントは多岐にわたる。ここではその主要な6つのポイントを挙げたい。

  1. ネットワーク効果の最大化
    ユーザー、加盟店、配達員の増加が好循環を生む
    例)Uber Eats:都市部での高い認知度と若年層ユーザーの獲得で急成長
  2. 価格設定と収益バランス
    ユーザー向け価格、飲食店手数料、配達員報酬、自社収益のバランスが重要
    例)出前館:ユーザー送料に対する「ダイナミックプライシング」導入でピーク時の需給調整
  3. 配達時間の最適化
    単なる速さではなく、正確な予測と遵守が鍵
    例)Wolt:効率的な配達システムで短時間配達を実現
  4. テクノロジーへの投資
    AI活用による配達員アサインや最適経路算出
    例)出前館:森山執行役員は「日本の飲食店オペレーションの深い理解と、テクノロジーの融合が重要」と強調
    例)Uber Eats:ライドシェアで培ったテクノロジーをデリバリーに応用
  5. UI/UXデザイン
    日本の消費者の高品質要求に応えるきめ細かな設計
    例)menu:アプリに特化したサービス展開で使いやすさを追求
  6. 他業種との連携
    フードデリバリーを超えた、日用品・食料品の即時配達へのサービス拡大
    例)出前館:LINEヤフーと「クイックコマース」サービスを展開し、生鮮食品や日用品の即時配達に注力

これら6つのポイントは互いに密接に関連しており、総合的な強化が求められる。各社はこれらの要素を駆使して、デリバリーサービスの可能性を広げようとしている。

出前館の矢野代表は「『出前館がないと困る』といった、社会に不可欠な存在を目指す」と述べており、この方針が他業種との連携を後押ししている。例えば、LINEヤフーとの提携による『Yahoo!クイックマート』は、最短30分で商品を届けるサービスだ。これは単なる配達の高速化ではない。

森山執行役員は「クイックコマースの何がすごいのかというと、生活に必要なものを、必要な時に即座に届けられること。これは新たな社会インフラの構築につながります」と語る。

デリバリー業界の競争は、これら6つのポイントを軸に展開されている。しかし、この競争は単なるビジネスの勝敗を決めるだけのものではない。その先には、私たちの生活様式を大きく変える可能性が秘められているのだ。

では、デリバリーサービスが進化を続けることで、私たちの社会はどのように変わっていくのだろうか。そして、そこには新たにどんな課題や機会が生まれてくるのだろうか。

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デリバリー市場とは、未来の社会インフラを構築できる領域だ

デリバリー市場が「料理の配達」から今は「生活必需品のデリバリー」。そこからさらに「社会インフラ」へと進化しつつある──。 その可能性について紹介してきたが、最後に、今後の当領域において解決すべき課題や挑める事業機会についても探ってみよう。それはまさに、読者にとっても今後デリバリー市場で手腕を発揮するチャンスとなるかもしれない。

先のセクションで見た6つの競争ポイントは、単なる企業間競争のためだけではない。各社の取り組みは新たな課題と機会を生み出しているのだ。

まず挙げられる課題は、配達員の労働環境。個人事業主として扱われることが多い彼らの安定収入や事故補償の問題は、業界全体で取り組むべき重要な課題となっている。

次に、環境問題も無視できない。包装材の増加やCO2排出への対策が急務となっており、環境配慮型の包装材や電動自転車の導入など、持続可能なサービス提供への取り組みが求められている。

一方で、先に記した通り、日本のデリバリー浸透率がまだ5%未満であることは、この市場に大きな成長の余地があることを示している。出前館における新たな成長戦略としては、他業種との提携によるサービス拡大、ドローンなどの新技術の導入、そして地方展開が注目されている。これらは同時に、買い物難民問題の解決や災害時の物資輸送など、社会課題への対応としても期待されている分野だ。

「未来の出前館」提供:株式会社出前館

出前館の矢野代表が「デリバリーを通じて時間価値を高める」と語るように、これらのサービスは人々の生活の質を向上させる潜在力を持っている。デリバリー市場の進化は、単なるビジネストレンドを超えた社会変革の可能性を秘めていることがわかるだろう。

この成長市場で、あなたはどのような可能性を見出し、どのような貢献ができるだろうか。デリバリー業界の挑戦は、まさに始まったばかりなのだ。

こちらの記事は2024年11月08日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

畑邊 康浩

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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