“不安”を軸にした意思決定は、もうしない
── 一休・土屋氏が見つけた、“ワクワク”で測る「成功論」
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「一休を退職をした時は、肩の荷が降りて安堵感がありましたね。ただ、その後、自分にとってのプライオリティに気付かされたのですが(笑)」
そう語るのは、一休のレストラン事業部のマーケティング責任者を担う、土屋美佐子氏だ。2011年の入社から順調に実績を積み上げるも、家庭の事情で2018年に退職。関西地方の公務員に転身したものの、その1年後に大阪支社長として一休にカムバックしたメンバーだ。現在は、本社のある東京と居住地の関西を行き来しながら、責任者としてマーケティングの強化に尽力している。
事業成長の命運を握る部署で責任者として活躍する土屋氏。その話には、社の中心的な人材として、成功するためのヒントが隠されているのではないかという考えのもと、FastGrowはインタビューを敢行した。
だが、同氏の転職からカムバックの経緯を紐解くなかで見えてきたのは、自分にとってのプライオリティを見誤ったからこそ得られた、土屋氏ならではの学びだ。「将来」に目を向けすぎて、目の前のことをおろそかにしていないか──そう問いかけられたように感じられる。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
始まりは、漠然とした興味。志望企業の中で異色だった一休
土屋私、昔からそこまで成功願望が強くないんです。「年収がいくら欲しい」とか「出世したい」とか、考えたことすらないかもしれませんね。
一度退職したものの、仕事の能力の高さから、30代にして大阪支社長としてカムバック。現在は事業成長の中核を担う部署で部長としてマーケティング施策の責任を負う。この経歴を聞いた時に土屋氏に抱いた印象は、「上昇志向が強く、野心のある人材」だった。だが、同氏のキャリア観は、私たちが思い描いたものとは遠く離れている。
土屋氏が就職先で一休を選んだ理由も、「野心」や「上昇志向」とは無縁のものだった。同氏は大学卒業後に、大学院進学の学費を貯めるために一流ホテルに就職。大学院では都市環境科学を学んだ。
就職活動の時期を迎え、「自分が楽しそう、面白そうだと思えるサービス」を主軸に置き、将来の進路を模索。多くは建設関係の企業だったが、異色だったのが一休だった。
土屋一休を選んだのは、ほぼ直感でしたね。もともとホテルで働いていましたし、旅館などの宿泊施設が好きで、サービスを身近に感じられたことも大きかったです。
「強い志望動機はなかった」と振り返る土屋氏だが、入社後は仕事にのめり込んでいく。
入社当時の一休は、創業から13年のタイミング。人数も今の1/3ほどの100名前後で、職種も明確に分かれていなかった。土屋氏は営業職として配属されたが、その仕事の幅広さに面白みを見出していった。
土屋もともと漠然とした興味から入ったので、インターネットビジネスに関心があったわけではないんです。でも、入社してみたら意外と面白かった。営業として顧客である宿泊施設やレストランのサポートだけでなく、ユーザーに情報を届けるサイト作りにも携われました。「顧客が持つ魅力や価値を引き出し、ユーザーとの出会いを促すためにはどうすればいいのか?」を考え抜く日々。自分が考えた施策を実行してみると、その結果が数字に表れ、改善されていくのが非常に面白かったですね。
特集の企画やメールマガジンの内容も営業自らが考え、「全員でサイトを作っている感覚があった」と当時を振り返る土屋氏。日々、改善と検証を重ねることにのめり込み、マーケティング部の創設とともに異動した。
「まさに天職だと思った」。
充実したキャリアの中に生まれた葛藤
異動後、土屋氏はレストラン事業と宿泊事業のマーケティングを横断的に担当。レストラン予約アプリのリニューアルや、『一休.com』のサイトの主要導線のリニューアルのディレクションなど、社内でも重要度の高いプロジェクトにアサインをされていった。任された仕事に丁寧に取り組み、着実に信頼を積み重ねていった結果、30代前半で宿泊事業本部のマーケティング部長に任命される。
役職が上がっていく中でも、土屋氏らしい「執着のない軽やかさ」は健在だ。昇格や昇格による承認ではなく、その目は純粋に顧客に向いていた。
土屋責任のある立場に立った時に感じたのは、「ユーザーにとってベストだと思える施策を、自分の判断でできること」「責任範囲が広がることで、施策の影響力が大きくなること」の面白さでしたね。管理職になったことによって、自分の判断に責任と自信を持っていいのだと、背中を押してもらえたような感覚でした。
一番近くで様子を見ていた母にも「天職だ」と言われるほど、充実したキャリアを歩んでいた土屋氏。だが、徐々に将来のキャリアプランに対して迷いが生じ始めた。
土屋仕事に対しては満足感はあったものの、徐々に「地元の関西に帰りたい」という気持ちが膨らんでいったんです。30代に入って結婚もしましたし、そろそろ子どもが欲しいな、と。そのためには、家族の支援が受けられやすい地元で、ワークライフバランスが充実している仕事に就くべきなのではないかと考えました。
夫も、月の半分ほどしか家にいない仕事をしていました。将来を考えると、このまま東京で、仕事をしながら暮らし続けるのは難しいのではないか……としばらく悩み続けましたね。
会社ではマーケティング部長として施策の責任を負う一方で、将来への不安に押しつぶされそうになる日々。その状況を打破するため、土屋氏は「将来のワークライフバランス」を考慮し、公務員を志望した。試験に挑戦したところ、見事に合格。転職か残留か選択を迫られることになる。
土屋私が受けた自治体は、当時の受験資格に「34歳まで」という年齢制限があったんです。当時は33歳。ギリギリの年齢でしたし、最後にトライしてみようと思ったら受かっちゃって(笑)。
地元に帰りたかったとはいえ、仕事に愛着もあったので、迷いましたよ。けれど、夫とも話し合って「負担が減るのであれば、転職をしてみては?」と言われ、入庁を決めました。母には、「一休での仕事は楽しそうだったのにね」と残念がられましたけどね(笑)。でも、自分の中での迷いを断ち切る決断ができて、スッキリしました。
当時のことを知るメンバーからも、「最終出社日の土屋さんは本当に晴れ晴れとしていた」「壮絶な環境からの開放感に溢れていた気がする(笑)」などといった声が聞こえてくるほど、転職前の土屋氏は、何か思いつめていたのかもしれない。
「働きやすさ」を優先させたことで見えた、大切な価値観
そうして、念願の地元・関西での生活を始めた土屋氏。女性の就業支援を行う部署へ配属された。一休の在籍時とは打って変わり、「職場を一歩出たら、仕事のことは考えることがなかった」。
「働きやすさ」という観点では文句なしの状態だったが、土屋氏の心の中には「このままでいいのか?」という疑問が募り始める。一休で働いていた時のような、達成感や高揚感が見出せなかったのだ。
土屋一休にいた時は、純粋に「このサービスをもっと良くしたい」という一心で進んできました。でも、転職をしてから、目標を見失ってしまったんです。
公務員の仕事もやりがいはありましたし、ワークライフバランスも取れていました。決して悪くはありませんでしたが、徐々に「私は本当にこの自治体の課題を解決したいのだろうか?」と感じ始めたんです。自分がこの先、どんな目標を持って定年まで仕事に向き合っていけばいいのかが見えませんでした。
事業会社が営利を目的とした経済活動をするのに対し、官公庁は公共の生活基盤を守り、発展させていくために存在する。仕事の特性上、事業会社に比べて仕事の成果が短期的には定量的に測りにくく、成果主義とは言えない実情に対して、土屋氏は自分の望みとの乖離を感じた。違いは理解していたつもりだったが、明確な目標が見えないことに対する歯がゆさは日に日に強くなっていった。
そうした葛藤に誰よりも早く気づいたのが、一休の仲間たちだった。土屋氏は、退職後も代表の榊氏(代表取締役 榊淳氏)やCHROの植村氏(執行役員CHRO 植村弘子氏)をはじめ、役員やメンバーとの交流を続けていた。新卒入社時から共に仕事をし、土屋氏のことをよく知る植村氏と大阪で食事をしていた際に、ある指摘を受けたという。
土屋「いま、仕事楽しくないでしょ?」「無理して我慢している気がする」とストレートに言われました(笑)。私の中では、一大決心をして、8年勤めた一休を辞めたんですね。公務員の仕事がイマイチしっくりこない、と言ってしまうと、その決意を否定するような気がしてしまったんです。
でも、私自身よりも、私のことをよく知る人たちのほうが、全部お見通しだった。素直に相談をしてみたら、「みんな待っているから一休に戻っておいでよ」と誘ってくれて、とても嬉しかったですね。
戻る場所ができ、土屋氏はあらためて今後の進退を考える。まだ起きてすらいない「先のこと」を考えすぎるのではなく、“今”もっともやりがいを感じられることに向き合うべきではないか。そう気づいた土屋氏は、一休へ戻ることを決意した。
先を描くよりも、今、心が踊るものに飛び込む
再び一休に入社した今を、土屋氏は「アルムナイ(出戻り)というよりも、産休や育休を経て戻ってきた感覚」と表現する。わずか1年ではあるが、退職時に仕掛けた案件がリリースされたり、構想段階だった施策が実行されていたりと、変化を感じる場面もあった。復帰後は、レストラン事業だけでなく、宿泊事業や『Yahoo!トラベル』のマーケティングを担当。土屋氏の責任範囲はさらに広がりつつある。
そんな一休は今、独自に開発したレコメンドエンジンを活用しながら、ユーザーへの情報のデリバリーを強化し、パーソナライズ化をはかるタイミングだ。ユーザー自身も気づいていない、行動履歴やビッグデータから導き出されるインサイトに基づいた出会いを促す上では、まだまだ課題も山積している。
土屋サービスの改善って、本当に終わりがないんですよね。私たちがいいと思って取り組んだ施策でも、数値を見るとお客様の支持を得られないことも多くあります。いくら改善をしても、他に気になる箇所も出てきてしまいますし、不思議ですよね。「より良いサービスを作りたい」という思いを持った人たちと、同じ目標に向かっていく毎日は刺激的ですし、自分があるべき姿に戻ったような感覚です。
一度、一休を離れたことで、土屋氏は豊かなキャリアを重ねていくうえで欠かせないプライオリティに気づけた。再び、自分が心から楽しみを見いだせる場所に戻ってきた土屋氏に、今の20代に向けて伝えたいことを聞いた。
土屋何が起きるかわからない「将来」に目を向けすぎるのではなく、「今の自分」にとってのプライオリティを大切にしてほしいなと思います。
一休を離れたことによって、今の私にとって大切なのは、いわゆる「働きやすさ」よりも、「愛着を持てるサービスの成長に貢献すること」と「成果を出すための営み」だと気づいたんです。自分の本当の気持ちに蓋をして、「漠然とした未来への不安」から、働きやすさを重視して転職をした結果、ミスマッチが起きてしまった。この経験を通して、まだ来てもいない未来を妄想し、心配しすぎるよりも、今この瞬間の心の状態に意識を向け、楽しいと感じられる気持ちに素直に生きていきたいと感じましたね。
土屋今は、再び一休に戻ってきて、ユーザーに向き合えていることがとても楽しいです。私にとっては、この楽しさこそが重要。「成功しているね」「稼いでいるね」と、私の肩書や立場を見た人に言われるよりも、友人や知人に「楽しそうにしているね」と言われることの方が、何百倍も嬉しいんですよね。長い目で見て、幸せな人生だったなと思える生き方をしていきたいですし、いわゆる「社会的な成功」もその先にあるのではないかと思います。
一休には、「メンバー全員で人生を一緒に楽しむ」カルチャーが根付いています。20代の頃は責任を背負いすぎていましたが、色々なものが吹っ切れたからこそ、今は以前よりも楽しく取り組めていますね。
やりがいや楽しさが最重要だとわかったからこそ、「一休がつまらないなと感じたら、すぐにやめる覚悟はできています(笑)」と、土屋氏は笑いながら加える。その言葉とは裏腹に、一休への不満は微塵も感じられない。清々しい表情が印象的だった。
社会的な成功を実現させるためには、時に仕事と幸福をトレードオフのように感じてしまうこともあるだろう。だが、土屋氏の姿からは、心理的な幸福と社会的な成功は相反するものではない、むしろトレードオンできるものなのだ、と感じさせられる。
社会が求める評価軸ではなく、自分にとってのプライオリティや評価軸を見つけられた先に、私たちが求める本当の意味での「成功」はあるのかもしれない。
こちらの記事は2021年08月19日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
写真
藤田 慎一郎
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