連載20代マネージャーのロールモデル
20代マネージャーのロールモデル<後編>──FastGrow注目のCxO・Mng4事例に学ぶ
早期に事業責任や経営ポジションへ。スタートアップで働こうと考える若者が揃って目指すのは、そんなキャリアだろう。FastGrowの読者にも多くいるはずだ。
そこで、注目すべき20代の経営層・マネジメント層のキャリアを紹介する記事を企画。前編では上場/未上場含めたスタートアップのマネージャー層を中心に取り扱った。今回はマネージャーだけでなく、CxOクラスも交え、特筆に値する20代の活躍を集めた。
紹介するのはSmartHRの取締役CFO森氏、ファンズの取締役CFO前川氏、PKSHA Technologyグループのマネージャー松橋氏、ラクスルの事業本部CTO岸野氏の4名だ。
20代で国内ユニコーンのCFOに。
156億円調達の牽引者──SmartHR森氏
CEO交代で2021年末、話題をさらったSmartHRにおいて、今度はCFOの交代という大きな出来事があった。しかも、新取締役CFOの森雄志氏は就任時まだ20代。その裏側に、まずは迫ろう。「経営層への道」はもちろん、上場企業を中心に課題感が大きい「経営のサクセッション」というテーマでも大きな学びが得られるはずだ。
前任の玉木諒氏は2018年1月にCFOとなり、約6年間の企業成長をファイナンス面・監査面で支えてきた。「SmartHRのファイナンスと言えば玉木氏」と誰もが強くイメージしていたであろう中で、なんと2020年ごろからサクセッション(後継者育成、選任)を進めていたという。
CEOだけでなくCFOまでもサクセッションが進んでいくその経営体制には驚きを禁じ得ないのだが、そうした考察は有識者らに譲ろう(具体的には、社外取締役も務めるシニフィアン村上誠典氏のnote「なぜSmartHRは社長交代を決断できたのか」や、創業者宮田氏のブログ「VCから見たSmartHRの取締役会(社内文章を公開します)」に掲載されたシニフィアン小林賢治氏の考察が、非常に学び深い)。
さて、新たに取締役CFOとして就任した森氏は、楽天(現楽天グループ)のIR部で国内外の投資家面談を始め、決算や株主総会、M&Aといった多岐にわたる業務を経験。大企業の規模となりつつもベンチャーマインドに基づいた非連続的な事業拡大が求められる環境で腕を磨いていたと言えよう。そんな環境から2020年にSmartHRへと転職する。
プレスリリースで強調されたのは「2021年6月に実施した約156億円のシリーズD資金調達の牽引」や「日々の投資家との面談を通して当社の財務戦略に大きく貢献」といった経験。まさにCFO候補として素晴らしい貢献をしてきた様子がうかがえる。
だが、それだけではないようだ。CFO就任にあたってのコメントをここで引用しよう。
当社に入社して3年半の間にSmartHRは労務管理の単一事業からマルチプロダクト化・グループ経営へとフェーズが進化し、私自身も財務・IR担当として刺激的な経験をしてきました。日本の「働く」をアップデートする当社グループに経営メンバーとして携わることはチャレンジング且つ意義のある機会であり、非常に身が引き締まる思いです。SmartHRグループの次の10年を創っていくための戦略実行・経営管理基盤の構築に注力し、労働にまつわる社会改題の解決に貢献していきたいと思います。
マルチプロダクト化やグループ経営といった企業フェーズ上の進化に伴い、CFO人材としての刺激的な経験を感じているという。日本のスタートアップエコシステムがさらに進化していくためにも、こうした経験や成長を若きCFO人材たちが得られる環境の整備も重要になっていくのではないかと感じられる。
各所で少しずつ明かされていた森氏の手腕。ついにCFO就任となり界隈のざわめきは小さくなかった。創業者の宮田氏はX(旧Twitter)で「20代でユニコーン企業のCFOすごい」とコメント。社内外の期待を一身に背負い、どのような企業成長を牽引してくれるのか、楽しみだ。
事業家として、CFOの新たなロールモデルへ──ファンズ前川氏
森氏と同じく、この2023年に20代で取締役CFOに就任したのがファンズの前川寛洋氏だ。
だがそのキャリアを見ると、好対照をなしている。先述の通り森氏は、楽天という巨大企業でIRやM&Aの経験を積むなど、まさに事業会社のファイナンス畑というイメージ。一方の前川氏はスタートアップの執行役員として経営企画やIPO準備を担った後、自ら起業して大手企業への事業開発コンサルティングに従事してきた。あくまでファイナンスはその管掌の一部であり、スタートアップの経営や事業を広く見てきた。「事業家」と呼ぶのがふさわしいかもしれない。
そんな前川氏がめざすCFO像について、先の取材での発言を引用しよう。
前職で経営企画を担っていたこともあり、改めて経営企画は何を担う役職なのか考えてみた結果、私がやっているのは「意思決定を通じてインパクトを最大化する」仕事なんだという答えにたどりつきました。
意思決定は決して合理的なものばかりではありません。そのときの意思決定において誰かが感情的になっていると判断に影響しますし、定性的な情報はあるけどファクトがない、逆にファクトばかりあって情熱がないなど、さまざまな要素が合意形成の中に絡み合っています。それを客観視して、議論に足りていないパーツを探り当てるのが私の役目だと認識しています。
この取材で他に強調されたのは、「めざすビジョンと今あるボトルネックから伸びている意思決定をミックスして最適解を導き出す」といった、事業推進目線の考えだ。活動がファイナンスに偏ることなく、企業成長に向けたさまざまな手段にバランスよくコミットする。そんなCFO像を追究しているのだ。
昨今は森氏のようなキャリアに加え、PEファンドで躍動してきた「ファイナンスのスペシャリスト」とも呼べるCFOがスタートアップでも増えてきている。そんな中、前川氏のような事業家人材がCFOとしてどのような成果を上げていくのか、注目したい。
「自分の成果」より「組織へのコミット」が、企業に貢献するキーワード──PKSHA松橋氏
AIの登場で、仕事観がガラッと変わった──。
昨今の生成AIトレンドにおける話ではなく、2020年頃の話だ。現在、PKSHA Technologyの中核子会社であるPKSHA WorkplaceでField Sales部の部長を務める松橋岳氏は、ランサーズ在籍時にAIの衝撃を目の当たりにし、そこからAIベンチャーへの転職を決断。以降、さまざまな苦労をしつつも躍動するキャリアを送っている。ショートインタビューでお聞きしたその振り返りを、このセクションではまとめよう。
松橋今になってやっとそれなりにフラットに振り返れるという感覚ですが……ランサーズ時代にはトップセールスとして成果を残した事で、どのようなお客様でも価値を提供できると考えていました。
その営業スキルを、PKSHAでも発揮していこうと張り切っていたのが転職直後ですが、空回りし続けました。営業でまったく成果が出ないばかりか、組織をゼロから生み出すフェーズだったので営業以外の業務も担う必要があり、思うような仕事ができず、もがき続ける日々。事業の立ち上げというのは総力戦であり、それまでの働き方やマインドを変えなければいけないのだと思い知りました。
「成果を出せなかった」と語る松橋氏がマネージャーとして辣腕を振るうまでに、どのような変化があったのか。キーワードは「組織に対するコミットメント」だ。時系列を追って見ていこう。
松橋転職してすぐ、立ち上げフェーズにあったエンタープライズ向けDXプロダクト事業における一人目のビジネスサイドのメンバーとしてアサインしてもらいました。「ビジネスサイド」と言っても、何はともあれ受注が必要ですよね。当初は「何が何でもフィールドセールスとして成果を出したい」と思っていました。
ですがまだまだ立ち上げフェーズの事業で、営業の型もなければ、顕在化したニーズも市場にほとんど存在していない状況。しかもお客様のほとんどは大企業様です。それまでに経験していた商談は、1か月ほどで終わるものばかり。それが半年~1年もの時間をかけて向き合うものばかりとなり、自分の過去の成功体験が全くはまらないジレンマに陥りました。
自分には、「営業としての価値がないのではないか」と感じる期間が続きました。
それで、事業責任者だった先輩から「一旦、フィールドセールス(FS)ではなくインサイドセールス(IS)に絞って取り組まないか」と言われたんです。正直悔しかったのですが、「まずはISを突き詰めて、FSとしても成果を出せるようになろう」と切り替えて取り組むことを決めました。
ゼロベースで取り組んだのが良かったのか、多くのアポイントを獲得することができたという。プロダクトの価値がまだ固まり切っていない新規部署にとって、商談創出は何よりも重要なものだ。しっかりコミットしたことで、初めての成果を創出していった。
松橋それまでの経験も活きたのか、特に多い時には1カ月で80件ものエンタープライズのアポを創出できたんです。多すぎて、私自身がFSとして対応しなければならない状況も生まれてきました(笑)。
ですがISの「ほんの短い電話の中で、経営層のニーズを聞き取り、アポイントを設定する」という仕事と比べれば、30~60分も喋ることができる対面のアポイントがなんだかすごく気楽に思えてきました。
これ以上の説明は不要だろう。ISでとにかく「量」にこだわった地道な取り組みが奏功し、FSとしても多くの成果を上げられるようになった。意識していたのは「キーエンスのセールスが1日に4~5件の商談をこなす」という情報だ(こちらの書籍等を参考にした)。それを上回ることで成果を追い求め、時には1日に10件以上に対応することもあったとか。そうしてSaaSのエンプラセールスとしての型を確立し始め、事業責任者と二人三脚で事業立ち上げを進めることができ、ビジネスサイドの人員拡充とともにセールスマネージャーの肩書を得ることとなった。
松橋今は自分自身の成果よりも、組織が2倍3倍とだんだん大きくなり、中身も変化していく段階を喜ぶようになりました。
とにかく、あらゆるコミットメントを大切にして仕事をしています。自分・お客様の成果、そしてなによりも最近は「組織に対するコミットメント」ですね。FSのプレーヤーとしての仕事はありますが、それよりもメンバーレイヤー一人ひとりの成長や成果を積み重ねていく支援をすることで、組織がより大きく、より強くなるのだと思っています。
中でも、組織のカルチャーづくりを担っている中では、まず私自身がそれを誰よりも強く体現しなければなりません。特にマネージャーを担うタイミングではプレイングで背中を見せて、その上で進め方を言語化し、メンバーに伝え続ける。そうしてチームに伝承していくことが、「組織に対するコミットメント」の一つの形だと思います。
また、SaaS企業の一員としてのスキルを求められる一方、PKSHA TechnologyのAIの研究開発を行うチームとも連携しながら新しいものを生み出す動きがある点も、これからの自分のキャリアアップにおいて可能性を感じています。
この実践と工夫を通して、組織として大きくなるという感覚を、初めて強く持つことができました。
この感覚を大切に、これからマネージャーとしての成果を積み重ねていきたいですね。そうすることでPKSHAグループ全体の成長に直結するということも感じられていますし。
20代でマネージャー(部長)へと就任するといっても、順風満帆なキャリアを積んできたとは限らない。松橋氏のように大きな挫折を経験したとしても、それを乗り越えた先に本当のやりがいが得られることがあるのだろう。
松橋氏のより詳細なストーリーや業務内容に興味が湧いたら、こちらの記事もぜひ合わせて読んでみてほしい。
「ビジネス的思考」で、変革を生むテクノロジー活用を──ラクスル岸野氏
この2023年、あのラクスルで、CxOに20代の新卒入社メンバーが抜擢された。
印刷関連事業を束ねるラクスル事業本部の中でCTOを務める岸野友輔氏だ。FastGrowではさっそく2回にわたって取材を実施し、これまでの経験や、これからの取り組みに向けた想いを深く聞いた。まずは印象的な話を引用しよう。やや長くなるが、ラクスル事業のこれからを知るという意味でも重要な話となっている。
CTOの役目は、経営とテクノロジーをリンクさせることだと認識しています。経営陣の中で最もテクノロジーに精通した存在であり、テックチームの中では誰よりも事業や経営に精通している人間。それがCTOではないかと。
自分の強みはビジネスに対する興味や感度、ビジネス的思考にあると思っています。どうすれば現場のオペレーションを改善できるかといった気づきに加えて、プロダクトとしてインパクトを最大化するにはどうしたらいいかを考える。今回、ラクスル事業本部が新体制を築くにあたってフォーカスしたのが、「テクノロジーでどう価値を出すか」。そうした経緯でCTOに任命してもらえたと思っています。
お客様に寄り添ったサービス展開をしていかなければならないというのが僕の仮説ですね。それを行うためにシステム的にどうするかが現状の課題で、ECサイト上で商品の管理をうまく切り分けることがいまやりたいことの1つです。
そうした発想はコードに向き合っているだけでは生まれません。僕自身、ビジネス側のメンバーと対話をすることで着想を得ています。
ラクスルがこれまで産業変革につながる事業をいくつも実現できた理由は、「どのようなポイントに、どのようなテクノロジーを、どのように導入するのか」を突き詰めてきたからです。このことを多面的に理解し、徹底的に検討して、失敗を乗り越えながら最大の“レバレッジポイント”となる仕組みをつくり切ることが必要なんです。仕組みであればなんでもいいわけではありません。
プロダクトやシステム1つで、産業構造を変えるような大きなインパクトを創出することを目指しています。これが、エンジニアとして取り組むべきことです。
私はBizDevの先輩たちとは、新卒1年目からかなり細かく、変革を実現するために何をすべきかという話をしてきました。「非連続成長を生み出すためのアクション」を考えて実行し続けるのがBizDevですから、刺激や学びが多くありました。
たとえば「事業やプロダクトとしての収益性(ビジネスモデルの最適化)」や「社会に必要な変革の理想形」といった意識は、明らかにビジネスサイドのほうが高いです。でも、一緒に考えながら話す機会を何度も経験することで、収益性につながるエンジニアとしてのアウトプットとはどういうものなのだろうか?という思考が鍛えられている感覚が強くあります。
特に後段の引用部分で強調されている「エンジニアとして取り組むこと」に、意外性を覚えた読者もいるのではないだろうか。この記事でも言及しているように、世の中一般的には、ラクスルと言えばBizDevの会社というイメージが強いはず。
だがその中で実際に価値を生み出しているのは、エンジニア一人ひとりの動きなのだ。経営陣やBizDevからの指示待ち状態は一切なく、むしろ議論をリードし、産業変革や非連続成長に直結する成果を上げてきている。岸野氏はそんなエンジニアの代表格であるとも言えるからこそ、この抜擢につながったわけだ。
昨今は多くのITスタートアップが「ビジネスサイドとプロダクトサイドの融合」を謳うようになっている。ラクスルはやはり、その中でも先駆けて実践を進めてきた企業だと言えるようであり、新卒入社メンバーのCTO就任は象徴的な結果だとも感じられる。
同社ではCEO交代も行われ、岸野氏と同様に新卒入社メンバーである木下治紀氏が執行役員に就任するなど、新たなフェーズを迎えつつある。若い世代が、ラクスルの次なる非連続成長をどのように実現していくのか。改めて注目していきたい。
こちらの記事は2023年11月09日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
連載20代マネージャーのロールモデル
2記事 | 最終更新 2023.11.09おすすめの関連記事
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