「組織文化を“プロダクト”として進化させよ」──元プレイド・現RightTouch佐瀬ジェームズ氏が描く、組織と事業の循環的成長モデル
創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを"Shaper"と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤豊の著書『Shapers 新産業をつくる思考法』にて)。
Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。
連載企画「事業成長を生むShaperたち」では、現在スタートアップで躍動するShaperたちにスポットライトを当て、その実像に迫っていく。今回は「あらゆる人を負の体験から解放し、可能性を引き出す」をコーポレートミッションに掲げ、カスタマーサポート領域で新しい価値創造に挑む株式会社RightTouchの佐瀬 ジェームズ幸輝(以下:ジェームズ)氏。
7年間在籍したプレイドで「非言語」を重視した組織文化に深く携わり、その価値と限界を見極めてきたジェームズ氏。その経験を活かし、独自の「カンパニーマーケットフィット(CMF)」という概念を提唱。これは、組織自体が市場や顧客と同じ方向性を持ち、共に価値創造を実現できている状態を意味する。さらに、組織文化をプロダクトとして捉え、進化させていく新しいアプローチで、持続的なイノベーションの実現にも取り組んでいる。
組織と事業の循環的成長を追求するジェームズ氏の思考と実践から、スタートアップにおける新しい組織モデルの可能性が見えてくるはずだ。
- TEXT BY TAKASHI OKUBO
- EDIT BY TAKUYA OHAMA
「非言語」重視の組織から学んだ、持続的成長のための「言語化」の重要性
2024年9月、顧客体験(CX)プラットフォーム『KARTE』を展開するプレイドおよびそのグループ企業のARR(年間経常収益)が、100億円を突破したというニュースが話題を呼んだ。そんなプレイドグループの中で、独自の組織文化で急成長しているスタートアップがある。プレイドからスピンオフし、現在は同グループ内で独立したSaaS事業(カスタマーサポート領域)を展開するRightTouchだ。
ジェームズRightTouchではミッションや大事にしている価値観を、そのプロセスを含めて可視化・言語化し、全員の共通基盤としています。目指しているのは、特定個人ではなく会社全体でミッション達成のための新しい事業を生み出し続ける状態を作ることです。そのために、あいまいなものでも一度プロトタイプのように形にし、可視化・運用していく。そういった、カルチャーが会社のシステムとして駆動しやすくなる状態を目指しています。
こうした「徹底した言語化」が生まれた背景には、スピンオフ元であるプレイドに約7年間在籍した経験が関係している。プレイドはアーリーフェーズでは「データによって人の価値を最大化する」というミッション以外は、あえて言語化することを最低限に留めていた。そこには、多くを形(言葉)にすることは縛りになる、例えば解釈の歪曲化が生じたり、定められた枠から出られなくなることへの懸念があったからだという。
ジェームズプレイドは、ミッションを軸にあらゆることを考え、行動するバックキャスティング思考の強い会社です。ただ、それはあえて抽象的なままとして、わかりやすくするための言語化やガイドラインを置くのではなく、日々の会話・対話のなかで共通認識を醸成していくものでした。
個々のプロダクトビジョンや会社としての目指す方向性、登り方、行動規範などはあえてわかりやすい言語化をせず、メンバー一人ひとりの解釈と考え方に委ねる方針を取っていました。バラバラにならないように日常的な対話機会や全社会、合宿などをして個々人の思考と会社の方針をつなげていたように思います。
その結果、“今”ではなく“一定の遠い地点”での共感値が極めて高いチームになりました。
では、なぜRightTouchは異なるアプローチを選んだのか。プレイドのような密なコミュニケーションを通じて抽象的なミッションを共有できる組織形態は、比較的メンバーが少数かつ深く対話できるフェーズで成立しやすい。一方、RightTouchは設立から1年で組織が倍増し、複数の新規事業を次々に生み出す状況にあった。こうした急拡大・高スピードな環境下では、全員が素早く共通の方向性を理解・共有するために「言語化」による即時的かつ明確な基盤構築が必要だったのだ。
プレイドが「非言語」を重視した背景には、言葉で固定化することへの慎重な姿勢があり、RightTouchは、むしろ積極的に言語化を進めることで、組織の持続的な成長を目指しているといった構図だ。
ジェームズ組織の方向性を示す言葉は、時に制約として働くこともあります。しかし私たちは、その言葉自体もプロダクトのように進化させていけばいいのではないかと考えました。大切なのは、一度決めた価値観や行動指針を固定化せず、組織の成長に合わせて柔軟に更新していくこと。そのためにも、まずは“今”の状態を明確に言語化し、全員で共有できる土台を作る必要があったのです。
自身の経験から組織が成長するための独自の概念を構築し、RightTouchの強力な屋台骨をつくり上げているジェームズ氏。こうした彼の判断は、具体的な成果となって表れつつある。詳細は後述するが、まず彼が提唱する「カンパニーマーケットフィット(CMF)」という概念から紹介させてほしい。
事業と組織の循環的成長を生む「カンパニーマーケットフィット」という発想
ジェームズ氏のRightTouchへのフルコミットでの参画は2023年10月から。「再現性のある非連続」、つまり非連続的なイノベーションを持続的に生み出すことを自身のテーマに掲げるジェームズ氏は、コミュニケーションを基軸に主に事業サイドとコーポレートサイドを横断して担当。無形の組織文化や価値観を明確に言語化し、全員が参照できる共通基盤をつくることで、会社全体で新しい事業を生み出し続ける状態を目指す。
そんなジェームズ氏が提唱している独自の概念が「カンパニーマーケットフィット(CMF)」だ。プロダクトのマーケット適合度合いを表す「プロダクトマーケットフィット(PMF)」という概念があるように、会社自体も市場との適合が必要なのではないか。
言い換えれば、PMFが「顧客ニーズに対するプロダクトの適合度合い」を示す概念だとすれば、CMFは「企業が提供する価値観、組織体制、人材像が、市場や顧客の期待・ニーズとどれほど噛み合っているか」を測る視点である。これにより、採用戦略や組織文化の更新が、市場の変化に合わせて調整しやすくなり、会社と顧客が同じ方向を向き続けられるのだ。
ジェームズよく「PMFに終わりはない」と言われます。顧客や市場の競争環境は変化し続けるため、PMFは一度起こして終わりではなく、起こし続けるべきもの。これはCMFも同じで、終わりはありません。だからこそ、カルチャーをはじめとした会社基盤もプロダクトのようにアップデートし続ける必要があるんです。
このCMFという概念と先ほどのカルチャーの言語化。これらの関係性について、ジェームズ氏は2つの観点から説明する。
ジェームズ1つはRightTouchの事業特性にあります。コンパウンド型の事業では、ビジネスにおいてもプロダクト開発においても、全体性・連携性が肝要。マルチプロダクトで異なる市場にそれぞれ事業展開するよりも、事業の目指す方向性やAs Isの理解が揃っている必要性が高い。だからこそ、言語化と言語を会社に溶かすこと、全社での深い理解に投資するんです。
もう1つはアップデートにおいて「たたき台」が不可欠だということ。どういう目的で、どんなプロセスを経て、どんな要件のアウトプットになったのか。この土台が定まっていなければ当然改善活動はできません。プロダクトのPRD(Product Requirements Document)や具体的な機能仕様が固まっていないまま改善を試みるようなものです。
このように、CMFは単なる理論ではなく、実践的な組織運営の指針としても機能している。
ジェームズ当初、プレイドからスピンオフしたばかりのRightTouchは、事業から興った特性もあり、会社の求心力が事業の可能性/機会に寄っていた感覚がありました。事業の方向性が大きく変わってもブレないような、RightTouchが会社として目指すことやこの会社でやること自体に求心力を生み出したかった。だからこそ意識的にカルチャーの言語化を進めてきました。結果として、社内の自律駆動的な事業開発文化だけでなく、顧客との関係性も含めた好循環が生まれています。
会社のミッションづくりが事業と組織に循環的に作用すると考えています。事業側(顧客、市場)の方向性と、組織側(採用候補者、人材市場)の方向性は、別物ではなく循環的につながっている。コーポレートブランディングや採用ブランディングと、マーケティングは分けて考えるべきではありません。私たちの事業価値、そしてカスタマーサポートの本来価値をお客様と共有することは、結果として採用市場での魅力にもつながっていきます。
私たちが展開するカスタマーサポート事業は、幸運にも、この考え方が適合しやすい領域でした。しかし、他の領域でも、企業と顧客が共に目指すべき未来像を明確に描き、その実現に向けて協働していく活動ができれば、企業からの新しいソリューション提案が生まれ、より大きな価値を創出できる市場をつくることができます。それは必然的に、会社の求心力も高めていくことにつながると考えています。
組織文化を“生きたプロダクト”として育てる。
RightTouchが実践する新しい組織開発
このように会社と市場の方向性を合わせ、循環的な成長を目指すジェームズ氏だが、そのためには従来型の組織運営では十分ではないと考える。
通常、組織制度や文化のアウトプットとしてのバリュー(行動規範)は、一度策定すると固定化されがちだ。特に、昨今の急成長スタートアップにおいてはプロダクトや事業の進化スピードが加速しており、バリューを固定化してしまうことは、その進化の足枷になる可能性もある。そこでジェームズ氏は「組織文化をプロダクトとして扱う」という斬新なアプローチを考案する。
ジェームズ私はこれからも事業のマーケティング・コミュニケーションと、会社のカルチャーや採用ブランディング・コミュニケーションの両方を一気通貫して扱っていくつもりです。具体的には、会社とカルチャーを「プロダクト」として扱うアプローチを取りたいと考えています。
ジェームズ氏が提唱する「組織文化をプロダクトとして扱う」とは、ミッションやバリューといった組織の基盤となる要素を、固定的なものではなく、市場や事業の変化に応じて継続的に進化させていくべき“プロダクト”として捉えることを意味する。例えば、半年ごとにバリューを更新し、組織の成長フェーズに合わせて具体的な行動指針を見直していく取り組みなどだ。プロダクト立ち上げやプロダクトマネジメントを長らく行なってきたジェームズ氏だからこそ、組織運営にそのエッセンスを溶かすことができるのだろう。
RightTouchでは、コストセンターとして捉えられやすい従来のカスタマーサポートに対する認識や役割を超えた新しい価値創造を目指している。カスタマーサポート領域の構造的な課題を解くためには、既存プロダクトの改善(1→10)と並行して、新規事業の種(0→1)を見出し続けることが事業成長の核であり極めて重要だ。そのため、職種の垣根をなくし、全メンバーがプロダクトと顧客に密に関われる横断的な体制を整えている。
組織文化をプロダクトとして捉え、継続的にアップデートしていく。こうしたアプローチは、具体的な成果と共に非連続な成長の原動力になっている。1年で20名から40名への組織成長を実現し、さらに2023年秋には単一プロダクトだった事業が、現在ではリリース直後のものを含めて5つにまで増加し多角化。また公開前の事業開発が複数同時並行で進行しているのだ。
カスタマーサポート改革から始める新しい組織モデルの展望
CMFの追求と組織文化のプロダクト化を通じて、持続的なイノベーションの仕組みづくりに挑むジェームズ氏。その先に見据えているのは、カスタマーサポート領域における抜本的な改革だ。
ジェームズ私たちが目指すのは、“受け”中心の従来型カスタマーサポートからの転換です。『RightSupport by KARTE』は、問い合わせが発生する前の段階からの価値提供を実現し、企業の生産性向上に貢献しています。例えば、Webサイトやアプリで顧客(エンドユーザー)がつまずきそうな瞬間をデータで事前に特定し、適切なサポートアクションを自動提示することで、自己解決を促進。これにより、企業側の問い合わせ対応コストを低減しながら、顧客体験価値の向上も実現しています。
原点となったWebサポートの取り組みを核に、RightTouchでは「コンパウンド型」の事業開発を展開。カスタマーサポート領域において、既存の事業に留まらず、新しいプロダクトを継続的に開発し、解決できる課題の幅を広げ、より多くの顧客や業界に価値を提供していく考え方だ。
ジェームズカスタマーサポートは、データやAIによる恩恵を受けやすく、伸び代が非常に大きい領域です。さらにはこれからの時代、既存の顧客関係を大切にする重要性は不可逆的に高まっていく。その中でサポート接点は機能や価格、ブランドと同等に企業の競争力の源泉になっていくはずです。
CMF、組織文化のプロダクト化、そしてコンパウンド型の事業開発。これらの取り組みは、単なる組織づくりの手法ではない、とジェームズ氏は語る。
ジェームズ多様な価値観を受け入れながら、「カスタマーサポートを企業経営の中心に」という一つの価値創出の方向性を共有する。それが私たちの目指す組織の形です。働き方やキャリアパスを重視して入社する人もいれば、カスタマーサポートというドメインの可能性に共感して参画する人もいる。始まりは違えど、サポートの価値を信じる目線はみんな一緒。その多様性を活かしながら、「持続性のある非連続性」を実現できる組織でありたい。
組織と市場の適合性を追求しながら、組織文化そのものを進化させ続けるというジェームズ氏の取り組みは、スタートアップにおける新しい組織モデルの可能性を示している。既存の枠組みにとらわれず、独自の概念を打ち出し、それを実践に移していく姿勢は、まさにShaperと呼ぶにふさわしいのではないだろうか。
こちらの記事は2025年01月07日に公開しており、
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執筆
大久保 崇
編集
大浜 拓也
株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。