連載事業成長を生むShaperたち

「編集」力で事業を伸ばす──元『SELECK』編集長、現Gaudiy・山本氏に訊く、コミュニケーションドリブンな事業グロース術

インタビュイー
山本 花香
  • 株式会社Gaudiy HR/PR 

新卒で住友商事に入社、国際貿易業務に従事した後、ベンチャー企業へ転職。2019年よりWebメディア『SELECK』の編集長を務める。2021年にGaudiy入社。人事・広報領域の立ち上げ、組織拡大をリード。現在はHR/PR責任者としてコーポレートコミュニケーション領域を管掌。

創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを“Shaper”と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤豊の著書『Shapers 新産業をつくる思考法 』にて)。

Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。

連載企画「事業成長を生むShaperたち」では、現在スタートアップで躍動するShaperたちにスポットライトを当て、その実像に迫っていく。今回は、「ファンと共に、時代を進める。」をミッションに掲げる、Web3業界のスタートアップGaudiyの山本花香氏だ。

『SELECK』の編集長経験で培った編集スキルを武器に、企業と社会をつなぐコミュニケーションと日々向き合い続ける。その独自の視点と実践から、ステークホルダーとの信頼関係を構築するための要諦に迫る。

  • TEXT BY TAKASHI OKUBO
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
SECTION
/

信頼というアセットの蓄積と強い組織風土。
コミュニケーションの力でグロースさせる

HR/PRとして、Gaudiyのコーポレートコミュニケーション領域を管掌する山本氏。資金調達のPR活動によって認知を高めたり、リファラル採用を取り入れ新しい採用文化を根付かせたりと、幅広い領域で実績を残す。Gaudiyにきて約3年が過ぎた今、自身の役割を振り返りつつPR活動の意味を問い直す。

山本振り返ってみると、私はステークホルダーとのコミュニケーション全般を担ってきました。なので、自分の役割はPRとは言わずに「コミュニケーション」と表現するようにしています。それは、自分の役割を表現するだけでなく、世間的にもPublic Relationsを単なる宣伝、プロモーションと勘違いされていることが多いと感じるからです。

本来のPRとは、企業とそれを取り巻くステークホルダーときちんと信頼関係を構築していく活動のこと。私がやりたいのは、まさにこのステークホルダーと信頼関係を築く領域です。

なぜPRという役割が必要なのか?根本的なその意味を問い直すことは、長年PRに携わっているものほど必要なことではないだろうか。そのうえで、コーポレートコミュニケーションと向き合う必要がある。

山本企業のコミュニケーションへの取り組みは、ステークホルダーとの関係構築による企業価値の向上とリスク低減の両面でとても重要です。ただ、人それぞれに異なるコンテキストがあり、そのうえ感情を持つ生き物である以上、コミュニケーション自体がかなり難度の高いものだと思っています。それは企業に置き換えても同じです。SNSの普及により、企業だけでなく社員個人も発信可能となったのは利点でもありますが、同時にコーポレートリスクにもなり得ます。

また、コミュニケーションは企業目線から見ると外部向けと内部向けの2種類に分けられますが、相互に連動させて考える必要があります。

対外的なコミュニケーションによってステークホルダーとの信頼関係が構築されれば、その信頼関係が企業のアセットになる。こうしたアセットは、採用活動、顧客獲得、投資家との関係など、あらゆる場面で複利のように効いてきます。

Gaudiyが行っている「ファンベース採用」は、まさにステークホルダーとの信頼関係を築くコミュニケーションを意識した採用活動と言える。詳しくは山本氏のこちらのnoteをご覧いただきたいが、端的に説明すると佐藤尚之氏の著書『ファンベース』の考え方を参考にし、候補者との継続的な接点をつくり、自社のファンを増やすことを意識した採用活動のことだ。

山本ファンベース採用を提唱し、一度辞退した候補者とも継続的に接点を持ち続けるようにしています。

選考でのお見送りも、スキルやカルチャーのミスマッチに原因があるのではなく、タイミングの問題なだけの場合も多いんです。そのため、SNS上でつながり定期的な情報発信を続け、資金調達など重要なイベント時にはDMで自社の近況をシェアさせていただくなどして関係性を維持してきました。その結果、一度辞退されたエンジニア3名とPdM1名が再度、弊社に興味を持って入社してくれた例もあります。

そして山本氏は、スタートアップにおける内部向けコミュニケーションの重要性を強調する。組織の成長に伴い、経営と社員との信頼関係の構築を諦めないことが強い組織づくりに不可欠だからだ。

山本組織のフェーズに合わせたコミュニケーションを怠ってしまっては一枚岩になれず、イノベーションを生み出しづらい組織風土が根付いてしまう可能性があります。初期の頃は創業者がビジョンを語るだけでも組織の熱量を高められましたが、規模が大きくなると思想だけでなく、具体的な戦略・戦術を求める声も増えていきます。

私も、今まさに内部向けのコミュニケーション設計に取り組んでいるところです。全員に刺さるようなワンメッセージはもはや存在しないので、伝えたい社員の層を意識し、コミュニケーションの場を分けるなど、今のフェーズに相応しいコミュニケーション設計をしています。

SECTION
/

創業者に「伝えることを諦めないで」と進言。
シリーズB資金調達PR成功に導いた立役者の行動

コーポレートコミュニケーションと向き合い続け、最前線で活躍する山本氏。その手腕が最も発揮されたのは、GaudiyのシリーズB資金調達の時だろう。

このPR活動は大きな成功を収めた。プレスリリースはPR TIMESの「旬速」「いま話題」ともに1位を獲得。Gaudiy代表の石川氏のnoteは500スキ以上、PV1万以上を記録。さらに、3週連続で開催した特別イベントには累計780人が申し込むなど、業界内外で大きな話題となった。シリーズBの資金調達でGaudiyの存在を知ったという読者も少なくないはずだ。

当時の取り組みは設計戦略から実行、成功のポイントから反省点まで、約1万4,000文字に及ぶこちらのnoteにまとめられている。具体的な取り組みの全容はそちらを参照してほしい。

当時、Gaudiyの認知度はまだ低く、まずは社名を広めることが急務だった。山本氏は当時をこう振り返る。

山本社員規模30名だった当時、私1人ではとてもできませんでした。デザイナーや他職種のメンバー、内定者も含めてさまざまな人を巻き込みながら、コーポレートサイトやサービスサイトの刷新、イベント、コンテンツなど、考えうるものすべてをやり尽くしました。全社一丸となって取り組めたからこそ、うまくいったんだと思います。一連のPR活動を約1か月かけて行い、その時に会社のフェーズが変わったなという実感がありました。

それまでブロックチェーン企業の一社であったGaudiyは、まだスタートアップ界隈に入れてない感じがあったんです。ですがこの資金調達を機に認知の層が広がり、潜在的な採用候補者となるスタートアップに興味ある人たちとコミュニケーションが取れるようになりました。

資金調達のPR活動の大きな目的は採用だった。「Web3の大本命、世界を狙えるスタートアップ」というスローガンを掲げ、Web3に対する懐疑的な見方を払拭するためにも、先述した500を超えるスキを獲得した石川氏note『「カネくさいWeb3.0」は嫌いだ。』をプレスリリースと並行してリリース。こうした戦略はターゲットとしていた層も含め、好意的な反応を多く得ることに成功した。

大きな反響を獲得できたのは、Gaudiy創業者である石川氏の言葉の力が大きかったのは間違いない。だがそれは、決して一人ではできなかったように思う。その理由は山本氏がしてきた石川氏との関わり方を聞いたからだ。

山本「経営者であっても、その伝え方だと失敗する」と感じたコミュニケーションを編集するのが私の役目です。

石川さんの脳内と自分の脳を可能な限りシンクさせたうえで、石川さんの言葉を編集します。「最近の関心ごとや、今ホットなトピックはありますか?」などのヒアリングをしていき、もらった材料を組み合わせて伝わるメッセージを考えています。

ちなみに、私が入社した当時は、石川さんは相手に伝わらないと思うと伝えるのを諦めてしまう人でした(笑)。でも創業者がそれではコーポレートコミュニケーションは成り立たなくなってしまうので「伝えることを諦めるの、やめてもらえませんか」とはっきり言ったこともあります。そのことがきっかけとなって、いい関係性が築けたのだと思っています。

しっかりとメッセージを届けるには、社会への見え方、伝えたい相手、今の自分たちの状況をメタ認知しないといけません。それを経営者が1人で俯瞰して見るのは難しいと思っているので、そこに自分の介在価値があると思っています。

組織全体の巻き込み、経営者との緊密な協働などを行ってきた山本氏の取り組みは、まさにコミュニケーションの力でグロースさせるShaperの本質を体現しているといえるだろう。

SECTION
/

ひよっこだった頃に継いだ編集長の重責。
厳しい環境下で身につけた編集というスキル

山本氏が語るコミュニケーションの本質と重要性。コミュニケーション戦略の設計や経営者との関わり方など、その視点の背景には、ビジネスメディア『SELECK』の編集長としての豊富な経験がある。

山本さまざまなコミュニケーションにおいて編集スキルが生きているのを実感しています。スカウト文、求人票、コーポレートサイト。どういう情報設計をすれば伝わるのか、コミュニケーションをうまく生かすためのHowの1つとして、編集スキルは、かなり使えると思っています。

スタートアップという不確実性の高い環境において、山本氏は編集スキルが予想以上に役立つことを実感した。こうしたスキルがどのようにして得られたのか、当時を振り返る。

山本 正直、編集長になった1年目は“病み期”でした。メディア未経験で入社してわずか1年半。まだ「ひよっこ」だった自分が、すでに読者がついているメディアの舵取りを任されたわけです。「自分にどんな付加価値がつくれるのだろう」と悩みました。

こちらのnoteにも綴られている通り、編集長就任から1年経っても、UU数は横ばいで数値的な成長に苦戦していた。しかし、「SELECKゆるのみ」という読者との交流会を通じて、直接的なフィードバックを得ることで新たな可能性を見出す。この取り組みから、山本氏は従来の編集部の枠を超えた「開かれた編集部」という新しい価値を創出。この経験から自信をつかみ、メディアの事業価値向上に向けて突き進んだ。

山本編集長になってからはメディアの見方が変わり、ただいいコンテンツを作るのではなくコンテンツの先、事業価値につながるかどうかを意識するようになっていました。当時、SELECKはメディア単体でマネタイズをしておらず、リード獲得によって事業価値を持たせていたんです。OKRで新規リード獲得数を設定し、ホワイトペーパーやウェビナーなどを駆使して、数字で示せる成果を追っていました。

自身の判断が事業価値に直結する、責任の重さ。この経験を通じ、山本氏は大きく成長することができた。

「今のGaudiyでも自信を持って取り組めているのは、あの頃の経験のおかげかもしれません」と語る山本氏。編集長としての経験と知見が、現在の仕事に存分に生かされている。

SECTION
/

「そのビジョンいいよね」という空気を世の中に浸透させる

コミュニケーションの力で事業をグロースさせる──。

山本氏のマインドと実行力はPR担当者や採用担当者だけでなく、その他のビジネスパーソンにも大いに参考になるのではないだろうか。

何より、事業責任者などのリーダーは、もっと自分の言葉で世の中とコミュニケーションを取っていくべきではないだろうか。人任せにせず、自ら積極的にステークホルダーとの信頼関係をつくるために動く。なぜなら、そうしなければ事業をグロースさせるために必要不可欠な仲間は集められないからだ。

実際、いい仲間が集まらない、採用が上手くいっていないと悩みながらも、自ら発信にコミットしない事業責任者は少なくない。そんな事業責任者に代わって、コミュニケーションという観点からどのようにすれば採用課題を解消できるか山本氏に聞いた。

山本経営者だけでなく、事業責任者クラスの人はそれぞれがきちんと想いや美学を持つべきだと思います。受け身的に創業者のミッションに共感するだけではなく、そこに自分の想いを乗せて「自分はこの領域においてこうしたいんだ」というのを自分の言葉で発信する。その想いに共感する仲間が集まってきます。

実際、私のチームはほとんど私のスカウトやリファラルから採用に至っています。「ニュースタンダードな採用活動がしたい」「ファンベース採用いいですね!」と、思想に共感した仲間が集められているので、すごくいいチームができています。発信ができてないとエージェントさん頼みになったり、採用したもののうまくパフォーマンスを引き出せなかったりするという話はよく聞くので、やはり事業責任者クラスの人が自分で想いを伝えて仲間を集めるのは大事ですね。

HR/PRの領域を担い、コミュニケーションと向き合い続ける山本氏。今後はどんな価値創造をしていこうとしているのだろうか。

山本Gaudiyは、自分の好きなことや夢中になれることで生計が成り立つ社会の実現を目指して「ファン国家」というビジョンを掲げています。マイナスをゼロにするのではなく、新しい未来を創造するビジョン。コーポレートコミュニケーションに責任を持つ私が、「そのビジョンいいよね」という空気を世の中に浸透させていく必要があると思っています。

まずは社内からGaudiyのファンの熱量を高め、一緒にファン国家をつくりたいと思ってくれる人たちへ伝播させていく。そんなコミュニケーションの肝は「対話」です。

例えば、世の中で炎上するコミュニケーションは主義・主張が強いがゆえに燃えてしまっているように思います。コミュニケーションにおいて、発信する側は絶対ではありません。どれだけ気をつけていても、何かの視点が抜けているかもしれないので、気づきがあればどんどんフィードバックしてほしい。そういう関係性を意識しながら、コミュニケーションしていきたいですね。

こちらの記事は2024年09月30日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

次の記事

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

大久保 崇

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン