連載事業成長を生むShaperたち

“個の成長”と“企業理念”をつなぐ人事制度──note、ラクスを経て飲食業界のアップデートに挑む辻田氏に訊く、組織づくりの肝

インタビュイー
辻田 弘基
  • 株式会社スープストックトーキョー HR拡充部 ・マネージャー 

大学卒業後、2012年より東京メトロにて人事労務や人材育成に従事。その後、ラクス、noteにて人事企画を担当。2023年2月に株式会社スープストックトーキョーに入社し、現在はHR拡充部のマネージャーとして、人事戦略の策定、人事企画、採用、組織開発などのHR業務に従事。

創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを“Shaper”と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤 豊の著書『Shapers 新産業をつくる思考法』にて)。

Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。

連載企画「事業成長を生むShaperたち」では、現在スタートアップで躍動するShaperたちにスポットライトを当て、その実像に迫っていく。今回は、「世の中の体温をあげる」という理念を掲げ、全国に約60店舗(2024年9月現在)のスープ専門店を展開するスープストックトーキョーHR拡充部・マネージャーの辻田 弘基氏だ。

スープストックトーキョーに参画する前からnoteやラクスの人事部に所属し活躍を続けてきた辻田氏。これまでの経験を生かし、社内でも大きな課題だった人事評価制度の刷新や、本社、店舗スタッフの中途採用に取り組んだ。

「事業成長に寄与しない人事施策は独りよがりの施策である」──。

そう語る辻田氏の経験や取り組みから、Shaperとなる人事の資質を学ぼう。

  • TEXT BY TAKASHI OKUBO
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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「制度はまず“Why”を説け」。
前職noteやラクスで培った組織づくりの肝

スープストックトーキョーに入社して1年半、辻田氏は人事制度の刷新に取り組んだ。というのも、これまでは主に店舗で働く社員向けに考えられた制度をサポートセンター(以下、本社)にも適用していたため、業務の実態とそぐわない部分があり、長年の課題となっていたという。そこで制度の核となるグレード制度、評価制度、報酬制度の3つの柱を刷新した。2024年4月から制度運用を開始したばかりではあるが、確かな手応えを感じているようだ。

辻田氏が行った制度刷新

  1. グレード制度
    本社で働く社員の期待役割を再定義し、会社として求める成果の度合いや行動の水準を明文化
  2. 評価制度
    積み上げ式の評価ではなく、行動指針に沿った行動や、個人の成果・チームへの貢献が適切に評価される仕組みに。また、マネジメントの役割を定義し、マネジメントをより機能させることで個人と組織の成長を促進する形に
  3. 報酬制度
    経験年数に関わらず、評価に応じたメリハリのある報酬体系に

辻田本社で働く社員の期待役割を再定義し、会社として求める成果の度合いや行動の水準を明文化しました。そして「グレードを上げる=マネジメントを担う」のみとせず、キャリアの幅を広げるためプレイヤーとしての共通グレードをつくり、その先で「マネジメント」と「スペシャリスト」のグレードに分けました。

また、これまで会社として明確に示せていなかった”マネジメントの役割”を定義し、マネジメントの要件を満たしているかどうかを評価する仕組みにしました。マネジメントを現状よりも機能させることで、個人と組織の成長を促進させるのが狙いです。

報酬に関しても、店舗業務であれば経験年数に合わせて上がっていくモデルでもいいのですが、本社業務においては経験年数よりも実際のパフォーマンスを重視したかったので見直しをしています。

グレードの図(提供:スープストックトーキョー)

辻田まだ適用したばかりなのでこれからですが、特に本社のコアメンバーたちから好意的に受け止められたのは大きな手応えでしたね。ミドルマネジメントの強化は、さまざまな組織課題にアプローチする上で避けては通れないプロセスなので、そこが変わっていくのはポジティブに捉えられたのだと思います。

辻田氏によれば、制度づくりの最重要ポイントは「なぜ新しい制度をつくるのか」をしっかりと組織メンバーに伝え、納得感を持ってもらうことだという。でなければ、制度を策定したは良いが、まったく活用されない結果に陥ることが少なくないからだ。

そこで辻田氏は人事制度に対する3つのスタンスを明文化し、メンバー一人一人が人事制度を“ジブンゴト化”することを狙った。具体的には次の3つである。

  • 人事制度は“不変”ではないこと
  • 人事制度は”万能”ではないこと
  • 人事制度は人事だけでつくるのではなく、働くメンバーみんなでつくっていくものだということ

これらを示し、人事がどういう思いで新しい制度を取り入れようとしているのか、伝えることを重視した。

辻田人事制度と聞くと、評価や昇給がイメージしやすく、人によっては”面倒なこと”だと感じている人もいると思います。でも私は、個人の成長のために人事制度を使い倒してほしいと思っています。

一方で、スープストックトーキョーは「世の中の体温をあげる」という企業理念に共感し、実現したいと本気で考えている人たちの集まりです。そこで、「企業理念の実現と個人の成長がどう紐付いてるのか」という点を重点的に説明しました。

具体的には、個人の成長が会社の成長にどうつながるのか、そして最終的に社会にどのような価値を提供できるのか、というストーリーを描きました。

私たちは「世の中の体温をあげる」というスープストックトーキョーの理念を本気で実現したいと思っていますが、まだ本当の意味での世の中に届いているとは言えません。今まで通りのやり方で届かないのなら、今までできなかった新しいことができるようにならないといけない。つまり、企業として成長しなければいけないのですが、そのためには社員の成長が必要です。一人一人がその意識をもって実践しなければ、本当に世の中の体温をあげる会社にはなれない……。

そんなストーリーを描き、そのために新しい制度が必要であることを伝えました。スライドの内容も「なぜ」の部分を厚めにして、丁寧に伝えることを心がけましたね。

こうした進め方をした背景には、前職noteでの失敗が糧になったと辻田氏は語る。

辻田noteでは、等級制度そのものがない状態からのゼロイチの制度構築をしました。各現場のマネージャーにも協力してもらったので、制度自体は決して悪いものではなかったと思うのですが、「なぜグレード制度が必要なのか」の議論や説明が丁寧にできていなかった。そのため、現場からのハレーションが大きかった点を反省しています。

そのことが今回の人事制度のスタンスの明文化につながっています。特に今回は既に制度があるところを変えるので、納得感は絶対に必要だと感じていました。

noteやラクスといったIT系ベンチャー / スタートアップの人事を担い、制度設計を行ってきた辻田氏。過去の経験やナレッジを生かし、丁寧な進め方を怠らなかったからこそ新しい制度設計は順調に滑り出したといえるだろう。

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ベンチャーパーソン獲得に向け、自身の繋がりを活かしたSNS採用に全振り

また、辻田氏は採用活動においても、独自のアプローチを展開する。特徴的なのは本社の中途採用を『YOUTRUST』に振り切った採用戦略だ。

辻田YOUTRUSTに振り切った理由は2つあって、1つは私の考える理想の採用を行う上で最も適したサービスだったからです。極端な例ですが「100人の母集団を形成して1人を採用する」よりも「一緒に働きたいと思う1人を探す採用」をやりたいと思っていました。その点で、YOUTRUST の「信頼でつながるキャリアSNS」という思想がマッチしました。

もう1つは、YOUTRUSTというプラットフォームにベンチャーマインドのある方が集まっていたことです。まだまだ伸び代だらけの会社なので、ベンチャーマインドがある方を必要としていました。だからここに投資するのが一番理にかなっていると考えたんです。

この戦略は実を結び、実際に中途採用者の50%をYOUTRUST経由で採用できた。また、辻田氏の見込み通り、今ではいずれも事業成長の牽引する主力メンバーとして活躍している。まさに狙いどおりだったわけだが、こうした戦略は合理的な判断だけで決めたわけではなさそうだ。

辻田私はこれまで人事として制度設計に関わってきたからこそ、採用人数という“数”をゴールに設定するのは好きじゃないんです。入社後、その人が「しっかり活躍しているか」「うまくフィットしているか」を、自分の中では目標として持っています。

その観点で見た時に、YOUTRUSTなら自分のソーシャルネットワークから人材を探すため、その人の人間性をより理解したうえで採用ができそうだと感じたので、思い切ってリソースを集中投下したという具合です。

実は辻田氏は、専任の担当者として採用に携わるのは今回が初めて。そんななか、店舗スタッフの中途採用も担うことになった。YOUTRUSTを活用して成功した本社の中途採用と違い、こちらは本当に手探りだったという。

飲食業界の採用は、どこも人材不足の状況で求人数が増えており、採用難度は非常に高まっている。今現在も、採用活動は辻田氏にとって重要度の高い役割であり、大半のリソースを割いて対応しているという。採用ターゲットに合わせた募集記事のブラッシュアップや選考フローの修正など、地道な努力を続けており、少しずつではあるが成果の兆しは見え始めているようだ。

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事業成長に寄与しない人事施策は、独りよがりの施策である

辻田氏は、人事の役割を制度設計や採用にとどめず、事業成長に直結する戦略的な位置づけで捉えている。特に飲食業界が直面する厳しい経営環境の中で、人事がどのように貢献できるかを常に考えている。

辻田飲食業界は、利益を上げることが本当に難しい業界になってしまっています。そのなかで、人の配置や組織体制のブラッシュアップなど、人事の視点から事業貢献できる領域を模索しています。

難度が高いですが、自分にとってはチャレンジしがいのある領域でもあります。人件費は上がり、食材費も高騰している今しかできない経験がある。企業として生き残るために、何をどうするのかを考えるのは面白いですよ。

事業成長に寄与をしてない人事施策は、独りよがりの施策だと思っています。

局所的に見ると効果があっても、俯瞰して会社の業績や成長にどう寄与しているのかを常に考える必要があります。新しい評価制度を導入する際も、それが最終的に会社の業績向上にどうつながるのか、社員のモチベーション向上を通じて生産性がどう上がるのかなど、大局的な視点を持つように心がけています。

例えば、多くの社員が喜ぶであろう施策であっても、「衛生要因」か「動機付け要因」かは注意しています。衛生要因が整っていないと不満につながりますが、いくら整備してもモチベーションは向上しません。社員と会社、両者のバランスを意識しつつ、動機付け要因に投資することで、エンゲージメントの向上や組織力の底上げに効果を出して事業成長に繋がるように意識しています。

人事施策は業績にダイレクトに寄与できるわけではないので、組織や人の成長にどう波及させていけるのか。経営陣ともよくそんな話をしています。

人々の生活様式が変わりつつある今、駅前に店舗を出せば人が来るという時代ではなくなっている。店舗を軸に、ECや法人営業を伸ばすことで新たなチャネルを開拓することが求められている。

そして当然、そのためには必要な人材を採用、育成し、適切に配置することが必要だ。スープストックトーキョーとしても、事業推進のための組織作りは今後1、2年の大きなテーマだと考えているという。

また、辻田氏は事業の発展だけでなく飲食業界全体の課題にも目を向ける。

辻田飲食で働く人のステータスというか、価値をもうひと段階あげていく仕事をしなければいけないと考えています。賃金や働き方の改革に取り組み、スープストックトーキョーで働くということは、これまでの飲食業界で働くのとは意味合いが違うぞ、というのを出していきたいですね。

例えば、「飲食店は休みづらい、休みが少ない」というイメージが固定観念としてあります。確かに、カレンダーどおりの休みは取れません。でも、カレンダーと同じだけ、もしくはそれ以上のお休みが取れるようになれば、家族や大切な人との時間を増やしたり、旅行に行ってさまざまな文化に触れたり、いろいろなことにチャレンジして生活を“拡充”することができます。「体力的にツライ」、「休みが取りづらい」といった理由で、飲食業が好きだけど飲食業で働くことを諦めてしまう人を減らすことに本気でチャレンジしたいです。

私たちが一つのモデルを提示し、他の飲食店も追従して業界全体の水準が上がり、飲食業界の当たり前をアップデートするところまで行きたいです。

この課題をなんとかしないと、飲食業界で働きたい人が減っていってしまうので、業界が元気になることの一端を担えたら、やってて良かったなと思える仕事になると信じています。

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個人の「Will」を追うことをやめ、企業理念の実現に全力を注ぐ

そもそもIT企業に身をおいていた辻田氏が、なぜスープストックトーキョーに入社したのか気になる読者もいるだろう。最後はそんな辻田氏のこれまでの変遷に触れていく。

入社理由は「企業理念を実現したいと心から思えた」こと、「専門領域を深め、拡げられる環境」だと過去のnoteにも綴っているが、本記事で注目したいのはさらにその奥。辻田氏がどのようなマインドで今のキャリアに至ったのか紐解いていこう。

辻田何年後にどうなっていたいか考えるのは正直苦手です。「3年後に何かのポストについていたい」「こういう仕事をしていたい」という気持ちはあまりありません。

Willが明確でないのは駄目なことだと思ってきましたが、最近はキャリアは後付けでもいいのでは、と思うようになりました。目の前の熱量をかけられることに集中し、後で振り返ってみるとできることが増えていた、でもいいと思って。

例えば、私が店舗の採用に注力しているのも、従来のやり方のままでは人が増える兆しが見えず危ないと感じたからです。この業務自体はちょっと特殊で他への横展開が難しいかもしれないことをしているので、自分のキャリア軸だけで考えるともっと別の仕事をした方がいいと思うのかもしれません。でもそういうことを考えると、「この仕事が自分のキャリアにどう結びついてるのか」といった利己的な姿勢が優先されてしまい、携われる仕事を制限してしまう気がします。

それよりも、自分がワクワクできることや、会社の中にある「解決しないと事業が伸びていかない課題に手を着けている」方が面白い。3年後、自分の行動を振り返って「面白かったな」と思えたらそれでいいと考えています。

もちろん、キャリアを逆算して考えられる人はそれでいいと思うし、最短ルートでWillに向かえるのであればそれはそれで素晴らしいと思います。キャリアの正解は人それぞれですから。

働く場所を選ぶ際、特にスタートアップ・ベンチャーにおいては企業が掲げる理念、ミッション・ビジョンに共感、賛同するというのは根本的な動機として持っている人が大半だろう。辻田氏もその一人であるが、その視点は個人に留まらず、企業が目指す未来をよりジブンゴト化し、組織の一員となったのが特徴的だ。

辻田スープストックトーキョーの「世の中の体温をあげる」という企業理念に感銘を受けました。この会社がもっと良くなるために、ここで働いてる人たちがもっと働きがいを感じられるために、何か自分がやれることはないかなと考えて入社を決めたんです。

これまでの転職は、例えば「小さな規模の会社でゼロイチで制度をつくりたいから」など自分のスキルアップが主目的でしたが、今回は違いました。会社の理念に心から共感し、その実現に貢献したいという思いが強かったんです。

スープストックトーキョーが本当の意味で”世の中”の体温をあげられるようになるところまで伴走してみたい。そんな思いで、日々の業務に取り組んでいます。

スープストックトーキョーは、世間から一定の期待を背負っているブランドだと実感しています。一方、まだまだベンチャー感のある会社です。その知名度とベンチャー感の絶妙なバランスの難しさのなかで働くのは結構痺れる部分があると思っています。「整ってそう」と言われることがとても多いのですが、実際はやりたいこと、やれることが盛りだくさんです。

できること、出せるインパクトの大きさを考えると本当に面白いフェーズにいると思っています。

認知度と期待値という「重し」を背負いながらも、ベンチャーのようなスピード感を持って仕事に取り組める環境。そんな「矛盾」を楽しむ辻田氏は、Shaperとして、人事の枠を超えて会社全体の変革に取り組んでいる。

その姿勢と情熱は、間違いなく次世代の Shaper たちを引き付け、スープストックトーキョー、そして飲食業界全体に新たな風を吹き込んでいくだろう。

こちらの記事は2024年10月11日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

大久保 崇

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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