連載事業成長を生むShaperたち

カオスに飛び込み道を切り拓く「鉄砲玉」──リクルート出身 GoToトラベル事業を陰で支えた、IVRy川波氏の挑戦

川波 佑吉
  • 株式会社IVRy BizDev 

リクルートグループにて18年間、主に旅行領域の行政事業組織において、企画・営業マネージャーとして従事。国や地方自治体との連携による地域活性化、観光振興に貢献。その後、株式会社ANAじゃらんパックの代表取締役副社長として、経営戦略の策定・実行、事業成長を牽引。2024年IVRy入社。

創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを“Shaper”と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤豊の著書『Shapers 新産業をつくる思考法』にて)。

Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。

連載企画「事業成長を生むShaperたち」では、現在スタートアップで躍動するShaperたちにスポットライトを当て、その実像に迫っていく。今回は、対話型音声AI SaaS「IVRy(アイブリー)」の開発・提供を手がけるスタートアップIVRy川波佑吉氏だ。

川波氏は、前職時代から現場の最前線に「鉄砲玉」として飛び込み、人と人を巧みにつなぐ“人たらし”的な手腕を発揮してきた。カオスな環境下でも多様な人たちを巻き込みながら新たな価値を創出する。そんなShaperたる川波氏が、これまでの経験から得てきた知見や学びとは何か──。

  • TEXT BY YUKO YAMADA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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国や競合をも巻き込む推進力は、言わば「鉄砲玉」

川波氏は2006年に新卒でリクルートに入社。旅行事業を主軸にキャリアを重ね、のちにリクルートと航空会社のの合弁会社の代表取締役副社長を務めた。

そんな川波氏が真価を発揮したのがコロナ禍でのこと。彼はGoToトラベルや全国旅行支援などのコロナ復興支援の対策で現場の最前線に立ち、国や他企業を含めたステークホルダーたちとの折衝役を担った。

詳細は後述するが、川波氏は厳しい状況にあった旅行業界全体の利益の最大化を図るために粘り強く各方面との調整を進め、その結果、国内の旅行需要の喚起や観光地の復興に大きく貢献したのだ。

川波20代半ばまでは、所属企業のアセットを活用して自身のケイパビリティを高めたり、独自のソリューションで顧客企業に貢献したりできる環境に大きな価値を感じていました。要は、リクルートという環境の中でキャリアを築くことに重きを置いていたわけです。

しかし、20代後半から30代に差し掛かり組織の運営を任される機会が増えていくと、社内のリソースやノウハウだけでは社会課題の解決に向けたインパクトの創出に限界を感じるようになっていきました。

特に、複数の複雑な社会課題に取り組む中では、課題の全体像を的確に把握していくことが不可欠です。そのためには社内の知見にだけ頼るのでなく、他社や他団体のリソースや知見、ノウハウを取り入れながらコラボレーションしていかなければならないと考えるようになりました。この考えの転換によって、新たな面白い挑戦を続けていけるようになったと感じています。

つまり今、振り返って表現するなら、私は常に「鉄砲玉」のように率先して現場に飛び込み、社外の人たちを巻き込んで人間関係を構築し、地道に事業を前進させてきたということです。

自社のリソースだけでは社会に与えられる影響の範囲が限られる。より大きなインパクトを創出するために社外とのコラボレーションが鍵だ──、とはいうものの、文化や業務習慣の異なる企業が協業する現場では調整が難航することも多々あるだろう。

川波バックグラウンドが異なる者同士が同じ場所で協働する際、放っておけばどうしても認識齟齬や衝突が起こり得ます。大事なことは、お互いの価値観や強みを理解し尊重し合うことです。

私がその重要性を実感したのは、リクルートと航空会社の合弁会社で副社長を務めたときのこと。

当然別の企業ですので、リクルートとは異なる点もありましたが、航空会社は重要な交通インフラを支える企業であり、その企業にしかできない社会的な役割がある。実際、業務を行う上でその知識や経験がなければ乗り越えられない場面も多々ありました。

先方の組織文化や価値観を理解せず、リクルート側の視点で一方的に協力を仰いでもうまくはいかない。お互いの企業の強みを活かし、それぞれの価値観を尊重することこそが、新たな価値を生み出すことにつながるのだと気づいたのです。

こうした体験を経て、2024年4月にIVRyに参画した川波氏。GoToトラベルの事業や航空会社との協働で得た学びは、現在取り組んでいるIVRyでの仕事にも大きく活かされている。

川波IVRyは、多様なバックグラウンドを持ったメンバーが集まっており、お互いの強みを活かしながら価値を生み出せる環境です。

現在私は、IVRyのCOOを務める片岡慎也と同じチームで仕事をしていますが、旅行事業時代の私の立場では彼のような経営メンバーと直接仕事をする機会はほとんどありませんでした。

スタートアップと大企業では組織構造が異なるため一概に比較はできませんが、IVRyでは経営経験者や突出したスキルを持った人たちと「どうすれば自分たちが価値を発揮できるか」と同じ視点で事業に取り組むことができる。

それは年齢に関係なく、20代~30代のメンバーも同様。私のこれまでの経験から見れば、IVRyの環境は非常に刺激的で、「とんでもないことが起きている」と感じるほどです(笑)。

今はメンバーの商談に同行してSaaSビジネスのスキルをゼロから学んでいる一方で、自ら培ってきた観光業界のセールススキルを活用しながら事業に邁進している最中です。

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「ここを乗り越えないと、次はない」。
困難を乗り越えた先に掴んだGoToトラベル事業

リクルートで18年間実績を積み重ねてきた川波氏だが、その言動からは決して驕った態度は感じられない。今もなお謙虚に学び続けられる理由を尋ねると、彼は笑みを浮かべ、以前の経験を振り返った。

川波特に謙虚でありたいと意識しているわけではないんです(笑)。強いて言えば、前職時代にポストオフを経験したことから、自分自身の価値が発揮できることを模索する必要性を感じていて、常に“学び続けなければならない環境”に身を置いてきたことが影響しているのかもしれません。

前職では3年ごとに新たな業務領域に挑戦する機会があり、その都度、既存の知識やノウハウでは通用しない場面に何度も直面しました。

「ここを乗り越えないと、次はない」という危機感から、周りに頭を下げてでも一から学び直す必要があったんです。

その過程で何度も失敗を経験し、後輩含め周囲から厳しい指摘を受けることもありました。それでも必死に食らいつき、どうすれば結果を出すことができるのかを考え抜いてきた。そうした経験が私自身の成長につながったと実感しています。

川波氏は新卒で配属された人事部から営業部に異動し、旅行事業の旅館営業や美容事業の地域開拓など、さまざまな部署で経験を積んだ。その後、行政との協働プロジェクトに携わるようになり、「ふるさと割」や観光支援の業務を担当。これらの経験が、のちにGoToトラベルの事業へとつながっていくのである。

GoToトラベルは、コロナ禍で打撃を受けた観光産業を支援するための国の一大施策であり、国家予算は1兆3,542億円にのぼった(国立国会図書館「Go To トラベル事業の経緯と論点―令和3(2021)年度末の状況」などを参照)。

川波氏は「ふるさと割」の施策から行政関係者と事業を進めてきた経験を活かし、GoToトラベルでは事業の立ち上げから関与。他社も含めた観光庁との折衝の中で、GoToトラベル事業の当初の運用案ではオンライン旅行会社の参画が困難な状況であることを共有し、ルールづくりの見直しを促すことで旅行会社全体の公平性の確保に努めた。

さらに、不正防止の検討にも携わり、旅行者が安心して利用できる運営体制の整備をサポートしたのだ。そして、GoToトラベルのルールを基に川波氏が取り組んだ施策が次の2つだ。

川波1つ目は、GoToトラベルの運用ルールを深く理解し、旅行事業の内部システムに反映させていったことです。国の方針を見据えつつ、自社だけでなく観光業界全体の復興を目指す上で「こういった仕組みがあれば、より効果的に集客ができるのではないか」と社内で議論を重ね、旅行事業のプラットフォームを改善していきました。

2つ目は、GoToトラベル事業を運営するコンソーシアム内での調整役を務めたことです。このコンソーシアムは、大手旅行会社や関係機関が集まる事務局として設立され、事業の運営サポートとルール解釈の調整などを担っていました。

コロナ禍で各社が厳しい状況に置かれる中で、新規参入となるオンライン旅行会社に対しては、補助金配分において慎重な意見も少なくなかったのです。

そこで私は社外も巻き込みながら、「今こそ観光地の復興に力を注ぐべきではないか?」と共に声を上げ、他のステークホルダーと対話を重ねながら、観光業界全体の復興につながる政策を進めていきました。

これまで自社の枠を越え、社外との協働に力を注いできた川波氏だからこそ、国や競合他社と丁寧に調整を重ねながら、観光業界全体の復興という大きな目標に向けて尽力することができたのだ。

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「企画力」に優れた人材が溢れるリクルートの中、打ち出す強みは「実行力」

IVRyには、前職時代に川波氏と共に奮闘した仲間がいる。旅行事業での営業戦略責任者と、当時の開発や仕組みの設計を担当したネットビジネスの責任者だ。一方、川波氏は「鉄砲玉」となり国との交渉など実行部分を担った。

そして、川波氏が国との交渉から戻ると、仲間たちと綿密にリクルート側の運用計画を練り上げていく。こうした連携が数ヶ月にわたって続き、彼らの中で強い絆が生まれていた。

次のキャリアを考えていて何社か見ていたタイミングで、そんな仲間たちが働いているIVRyではまた一緒に楽しいことができそうだと感じた。

川波正直、心が踊りましたよ。彼らは私の「鉄砲玉」としての強みを理解し、その力がIVRyで必要だと話してくれたのですから。

もちろん、そのまま前職にとどまることや、転職先として他社で営業本部長や営業マネージャーという安定したポジションを選ぶこともできたんです。しかし、まだ自分をアップデートさせられる仕事に挑戦してみたい。40歳というタイミングは、ここから10年間現場でハードワークができるラストチャンスだと考えました。今は役職のない平社員のセールスとして新たに挑戦を始めています。

川波氏の「鉄砲玉」としての資質は、前職時代の上司も早くから見抜いていた。

川波上司から「川波は企画職の素養がゼロとは言わない。けれど、この会社には企画に秀でた人材が溢れている。むしろ、君の真価は企画以外のフィールドで発揮されるはずだ」とはっきりと言われたんです。

そして、「君は誰とでも打ち解け、親しみやすい『人たらし』的な部分が優れている。現場で人と人とをつなぎ、価値を提供していくこと。それこそが川波の強みだ」と。20代、30代と生きてきた中でなかなか自分の強みが見えず、葛藤する日々の中で、いつしかその言葉が自分の核となっていきました。

だからこそ、前職で一緒だった仲間たちから「戦略はできた。あとは川波に任せる。事業の成功に向け、現地で最大の成果を上げるために尽力してほしい」と言ってもらえることが醍醐味であり、やりがいを感じる瞬間です。

川波氏の成長を支えたのは、厳しくも愛情を持って指摘をしてくれる周囲の存在。前職での若手時代に手厳しいフィードバックを受けた苦い経験も、今となってはありがたい教訓となっている。

川波どんな組織にも経営方針に疑問を呈する人は必ずいると思うんです。若い頃の私も、経営の裏側にある意図を理解せずに不平不満ばかり口にしていました。そんなとき先輩から「君の話し方ダサいよ。結局どうしたいの?文句を言うなら代案を示せ」と言われてハッとさせられたんです。

それ以来、「これがダメ」「あのやり方は気に入らない」といった感情論ではなく、事実をもとに具体的な解決策を考えて建設的な提案を心掛けるようになりました。つまり、表面的な批判に終始せず、課題の本質を見抜くこと。それが問題解決の第一歩だと学んだのです。

IVRyでは経営情報がオープンに共有され、意思決定の背景もすべてNotionに明記されています。自ら情報を取りにいき、その意図を深く理解した上で建設的な意見を述べる。これも前職時代の学びが今に活きていると実感しています。

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話題の“カスハラ”問題。
国と同じベクトルを向いて社会課題に挑む

IVRyに参画してから3ヶ月(2024年7月現在)。川波氏はすでに「鉄砲玉」としての真価を大型セールスで遺憾なく発揮している。その手腕は、これから続々とプレスリリースで明らかになっていく予定だ。そんな川波氏がこの先、IVRyで成し遂げたいことは何だろうか。

川波AIを活用して、従来の電話対応の課題を根本から解決したい。そして、より多くの人たちが本来の価値提供に集中できる環境をつくり出したいと考えています。

それは個社の課題解決にとどまりません。地域や業界が一丸となって問題解決に取り組むためのソリューションを提供したいと思っています。

例えば、京都のような人気の観光地ではオーバーツーリズム(観光地にキャパシティ以上の観光客が押し寄せること)によって、宿泊施設が電話の問い合わせ対応に追われ、本来のおもてなしができないという問題が生じています。こうした課題は、個別の宿泊施設だけでなく地域全体で協力し合って、観光客の体験価値を高めるための仕組みづくりが不可欠です。

私がIVRyに可能性を感じているのは、多様なバックグラウンドを持つメンバーが知見を活かして地域や業界全体の課題解決に取り組めること。多様な人材がIVRyに集まることで、業界の垣根を越えてさまざまな社会課題に貢献できると期待しています。

観光業界での経験を土台に、社会に対してより大きなインパクトを生み出そうとする川波氏。その挑戦は、まさに新事業・新産業を生み出すShaperを体現しているとも言えるだろう。最後に、IVRyで働く魅力について尋ねると、川波氏はこう答えた。

川波社会課題の解決に直接アプローチできることです。IVRyのサービスは、今期の国会でも取り上げられているカスタマーハラスメントの問題に対して、「入口を止める」ことができる数少ないサービスの一つ。国が目指す方向性と一致しており、社会的意義の高い事業に取り組めることに面白さとやりがいを感じています。

ただし、私たちの挑戦はまだ始まったばかり。日本の事業者数は約500万社に対して、現在のアカウント数は15,000と、まだ全体の1%に満たないのが現状です。私たちが目指すのは音声データとAIを活用し、ありとあらゆる領域でイノベーションを起こしていくことです。

私たちの事業に対して「IVRyの事業はすでに確立されていて、これから参画しても貢献できないのでは?」と思われがちですが、私に言わせればむしろ逆。やるべきことが山ほどあると感じています。志高く、社会課題に切り込んでいきたいという人たちと共に切磋琢磨しながらチャレンジしていきたいですね。

こちらの記事は2024年10月15日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

山田 優子

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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