圧倒的インプットと顧客思考。新卒2年目にして世界的ブランドのプロモーション戦略立案を牽引──次世代の若手たちよ、Natee山田氏の思考と行動から何を学ぶ?
創造性を発揮し、新しい価値を形づくろうとする人たちを“Shaper”と呼ぶ(詳しくはスローガン創業者・伊藤豊の著書『Shapers 新産業をつくる思考法』にて)。
Shaperはイノベーターやアントレプレナーに限らず、誰もがなり得る存在だ。一人ひとりがShaperとして創造性を発揮し活躍すれば、新事業や新産業が次々と生まれ、日本経済の活性化を促す原動力となるだろう。
連載企画「事業成長を生むShaperたち」では、現在スタートアップで躍動するShaperたちにスポットライトを当て、その実像に迫っていく。
今回、紹介するのは「人類をタレントに。」をミッションに掲げ、クリエイターを起用した包括的なマーケティング支援事業を行うNateeでアカウントエグゼクティブとして活躍している山田 大輔氏だ。
かつて、「スタートアップに来たのに、コミットしない人は許せない」と思っていたこともあった──。その言葉の裏には、創業以来の経営危機(詳しくはNatee代表小島氏の2024年11月のnoteを参照してほしい)により、「あと半年で倒産するかも」という状況の中で奮闘する男の矜持が込められている。
SNSの競合分析では、データの自動取得ができない1,405件の投稿を精査・分析し、その圧倒的な情報収集力と尋常ではないコミットメントで、会社と自身のキャリアを切り拓いてきた。現在は世界的な大手ブランドの戦略立案を一任され、全商品のプロモーション予算を10倍規模に成長させるまでになった。AI分野にも注力しているスタートアップでありながら、徹底的な情報収集と地道な分析で成果を積み上げる山田氏。新卒2年目にして、他の追随を許さないほどの努力を極めることで掴んだ成長の本質とは。
- TEXT BY KANA ASHIHARA
- EDIT BY TAKASHI OKUBO
経営危機?これは会社を大きくするチャンスじゃないか。圧倒的な情報収集力とコミット力で貢献
「人類をタレントに。」をミッションに掲げるNateeは、クリエイター共創型SNSマーケティングの新しい価値を創造し続けている。2024年11月には、クリエイターへの報酬還元総額が累計22億円を突破。4Qの3.6億円は過去最高を記録し、業界の注目を集めている。
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出所:プレスリリース
しかし、この成長の裏には、会社存続の危機があった。2022年、事業成長と組織拡大のバランスが崩れたことで、月次赤字が数ヶ月続くことに。(Natee代表小島氏のnote参照)。社内に暗い空気が漂っていたなかで台頭したのが、当時まだインターン生だった山田氏である。
山田危機的な状況でしたが、私にとってはむしろ変革の好機でした。「これは会社を成長させる絶好のチャンス」だと、ワクワクしていたくらいです。
この時期、起業経験のある上司から「目的から逆算して行動計画を立てることの重要性」を徹底的に学んだ。そこで身についた「目的思考」「想定力」「期待値を尋常じゃない水準で超えること」は、現在でも仕事の土台となっている。そして、その思考を支えたのが、並外れた情報収集への姿勢だった。
山田特別な情報収集術があるわけではなく、とにかくたくさん読んで、それをNotionにまとめています。SNSはもちろん、業界誌やニュースを徹底的にチェック。最近はYouTubeもAIに要約させてから視聴する価値があるか判断するなど、効率化も図っています。本当にシンプルで、たくさん見て、まとめて、時々見返す。それ以上でも以下でもありません。
純粋に知識欲が高いんです。中学生の頃から読書少年で、新しいことを知るのが好きなんですね。それに加えて、私たちの市場には「正解」が存在しないんです。SNSのトレンドは本当に移り変わりが激しく、3カ月前の手法が今日では全く通用しない。だからこそ、"いま”の一次情報をもとに提案を作ることが重要なんです。
この圧倒的なインプット量とその整理された知見が、後の大型案件獲得への布石となる。山田氏は後に、ラクスル木下氏の記事から大きな影響を受け、「スキル」ではなく「結果」で価値を証明することの重要性を学ぶことになる。
1,405件の投稿を精査──自分で発見した根拠を元にしてプロモーション戦略を立案。狂気的なホスピタリティによる10倍返しのアプローチ
インターンから正社員となった後も、山田氏の徹底した姿勢は変わらなかった。社内では「狂気的なホスピタリティ」と呼ばれるほど徹底した、クライアントからの依頼に“10倍返し”を行うアプローチだ。
山田たとえば、競合視しているブランドのSNS戦略を正確に把握するために、そのブランドの年間のPR投稿を全て調べ、出稿金額や戦略をまとめ上げました。終わってみると1,405件にも及んでいます。
そうして自分で分析したデータを元に仮説を立てたり、最適な予算配分や投資対効果の検証を行ったり。クライアントの本質的な課題に向き合うために、必要なことは全てやり切る。それが私たちの考える「狂気的なホスピタリティ」です。
この姿勢は着実に結果を生み出していく。山田氏がプロモーション設計を担当したある大手ブランドでは、再生数などのデジタル指標の達成はもちろん、POSの大きな伸長にも寄与した。そこで信頼を得たことで、ブランドのターゲット設定のための消費者調査やSNS全媒体の戦略立案を任されるなど、ブランドの戦略の根幹まで相談を受けるまでに。現在はNatee全社の売上の2割、自身がリーダーを務めるユニットの中では4割を占めるまでの成果を出している。
山田 SNSの恐ろしさは変化が激しいことです。今だとショートドラマが流行っていますが、早いブランドは数年前から取り組んでいて、今は市場が発見されてしまったからこそコストが上がってROIが合わなくなったりします。今日のトレンドは、3カ月後にはそうではない可能性も高い。だからこそ、確かな根拠に基づいて、数年単位で変わらないメガトレンドと短期で消えるトレンドを見極めて、提案を重ねていく必要があります。
このように、感覚や経験則だけに頼るのではなく、徹底的なデータ分析と仮説検証によって再現性を追求する姿勢。それこそが、山田氏の真骨頂と言えるだろう。
ここでしかできない経験を求め、大手内定を辞退して追い求めたNateeという舞台
ここまで語ってきた山田氏の圧倒的な行動力と成果の背景には、キャリアの分岐点となる重要な選択があった。それは、大手広告代理店の内定を辞退してNateeを選んだ決断だ。
実は、Natee以前にも別の会社でインターンを経験していた。そこはドラッグストアのデータを使った広告効果検証、いわゆる「リテールテック」の会社だった。その経験から「効果を出すためにはどうすればいいのか」という興味が芽生え、当時プランニング職のなかったNateeで、プランナーやディレクターとしてブランドの成功に向けた訴求やクリエイティブを担当することになる。
山田Nateeにインターンで参画した当初は正直、「どうせ入社するわけじゃないし」という気持ちでした。でも、入社して数カ月後から外資系クライアントのデジタルマーケティングの責任者に、フロントとしてプレゼンする機会なども与えてもらえるように。自分で自由に提案を考えて、そのレイヤーの方と一緒に仕事をしていく経験は、電通や博報堂だと少なくとも1~2年目ではできないと思います。私は教えてもらうよりも自分で作っていく、そういう環境に身を置きたかった。
ただし、その道のりは決して平坦ではなかった。施策成果や実現性にまっすぐに向き合いすぎた結果ではあるが、相手の気持ちを考えないコミュニケーションを取ってしまい、クライアントや社内メンバーから反感をかってしまったことも。こうして数々の修羅場を経験しながら成長していった山田氏だが、正社員として本格的に活動を始めた頃、新たな課題に直面する。
山田「スタートアップに来たのに、コミットしない人は許せない」という思想に陥っていました。そんな時、セールス責任者の大塚(*)から「そんなことを考えていられるほど暇なんだね。本気で成果を出したいなら、メンバーの行動も感情も全て掌握して、成果が出るように動かすことを考えるべき」と指摘されたんです。
(*)セールス責任者の大塚氏もまた、クライアントの期待を上回る成果を出すために日々のインプットを惜しまない。そんな同氏のインタビュー記事、興味があれば是非、本記事とあわせて読んでみてほしい。
時代を変える当事者になろう。SNSマーケティング事業を牽引する大塚が考える“新時代”とは
それまでの山田氏は、結果を出すことだけを突き詰めてきた。だからこそ、成果に対する意識の差は許容できなかった。しかし、より大きな成果を生み出すためには、個々の価値観の違いを受け入れ、チーム全体を動かしていく必要があると痛感する。
山田チーム全員がモチベーションの高い組織なんて存在しないんです。モチベーションの低い人を切り捨てるのは簡単ですが、それでは自分個人の能力以上の成果は出せない。まずは対話を重ねて、その人の特性を理解する。そして、高い基準値は落とさずに、その人が動きやすいようなパスを出す。それができてこそ、プロジェクトマネージャーとしての真価が問われるんだと気付きました。
仕事を離れて学んだ、“驕り”と“勘違い”。
ターニングポイントが訪れた瞬間
プロジェクトマネジメントのスキルを磨いた山田氏は、次なるステージとしてSNS事業部長のサポート業務を担当。媒体横断の提案型づくりや、リテールとの広告パッケージ開発、POS分析手法の開発など、0から1を作り出す経験を重ねていく。
しかし、そこで思わぬ壁にぶつかる。仕事が面白く夢中になりすぎてしまったことに、体調不良も相まって、2週間ほど休みを取ることに。
山田有給中は様々な企業のIRやスタートアップの成長ストーリーを読み漁ったりしていました。特にFastGrowのラクスルの木下さんの記事には大きな影響を受けました。
その時間の中で、自分の中にいくつかの大きな勘違いがあったことに気付いたんです。一つは「新しいことを作れる人がすごい」という思い込み。私は「難しくて新しくて面白いことが好き」なドーパミン人間で、仕事の軸も「自分や会社にとって新しいか」を重視していました。でも、それは顧客の課題解決につながらなければ意味がない。リテールとの広告パッケージやショートCMパッケージなど、新しさだけを追求して失敗した例は少なくありません。
二つ目は「全部一人でなんでも解決できる人がすごい」という考え方。「クリエイター選定」「プランニング」「効果測定」など、できることを増やすことが成長だと思っていました。でも今は違います。課題を発見し、適切なリソースを集めて解決できる人の方が、圧倒的に価値が高い。
山田氏のこの気づきは、単なる反省に終わらなかった。お客様からすれば、一人でやろうが大勢でやろうが、課題が解決されることが重要なのだ。その本質を見抜いたからこそ、より大きな視点で仕事を捉えられるようになっていく。
山田振り返ってみると、全ては顧客思考が足りていなかったことに行き着きます。前は、SNSの最先端企業として自社で考えられることに固執していた。極端な話、クライアント側でインハウスでクリエイターを起用すればそれで成果が出ると思っていたんです。
でも本当の価値は、顧客の課題を正しく捉え、解決に向けて必要なリソースを結集させること。「これはうちの成果だ」と心から思えることが、以前はほとんどなかった。でも、今は違います。「ここで成果を伸ばせなかったら、自分はNateeに存在する意味がない」という覚悟と、「自分が成果を出さなければ、クライアント側の人たちのキャリアにも影響を与えてしまう」という責任感を持って仕事に取り組んでいます。
今後は、与えられた責任を全うするのは当たり前として、自分で決めて、自分で背負って、自分で成果を出していく。それが次のステージでの覚悟です。
仕事を離れたことで、より本質的な気づきを得た山田氏。その思考の変遷は、成長に向き合う全てのビジネスパーソンにとって、気付かされることが多いのではないだろうか。そして今、彼は次なる挑戦へと歩みを進めていく。
「広告代理店は“DJ”のような役割を担う」
次代のShaperが描く、価値創造の未来
この1年、広告業界は大きな転換期を迎えている。SNSマーケティングは「オプション」から「デフォルト」へと変化し、プラットフォームを横断した統合的な施策が求められる時代となった。その中で、山田氏は広告パーソンの新たな役割を見据えている。
山田これからの時代、ソーシャルファーストの流れは不可逆的です。しかも、趣味趣向の多様化がメガトレンドの中で、かつてのようなデモグラ起点(デモグラフィック:年齢、職業、家族構成など人口統計学的な属性)での差分や、メインストリームのトレンドは存在しなくなってきている。
Z世代同士で好きな有名人を語り合っても「誰それ?」「へー、そんな人いるんだ!」という会話が当たり前に起きますよね。年齢や世代による価値観の違いが小さくなる一方で、個人の趣味・嗜好は多様化しているんです。
物価は上がるのに収入は減少し、会社も社会も個人を守ってくれない時代。だからこそ若い世代は「好きなことで生きていく」を肯定し、自分らしい生き方を追求する。その結果として、外部からのカテゴライズや一方的な価値観の押し付けを嫌う。AIやメタバースの発展により、この傾向はさらに加速するだろう。
そんな時代に、広告パーソンは何を目指すべきなのか。山田氏は“DJ”という表現を使う。
山田もはや「マスに対して1つのことをする」という従来の手法は通用しません。それぞれのコミュニティの空気を察知し、ブランドの戦略に沿いながらその場を盛り上げていく。まさにDJのように、前の空気感を崩さず、フロアの状況を見ながら、適切な“音楽”をつないでいく。それが広告パーソンの新しい役割だと考えています。
こうした役割を果たすために、山田氏はまず短期的な課題としてクリエイティブ提案の領域強化を挙げる。自身のインプットを深めつつ、独立系クリエイティブディレクターとのアライアンスや、社内でのクリエイティブプランナーの育成も進めていくという。
山田氏の歩みは、単なる若手の成功譚ではない。それは、本質を見極め、愚直に実行し、常に自己を更新し続ける“Shaper”としての生き方そのものだ。今この記事を読んでいるビジネスパーソンも、新しい時代に求められる価値、そして自分は組織や顧客に対してどんな価値を提供できるのか、考えを巡らせてみてはどうだろうか。
こちらの記事は2025年02月21日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。