ヒットへの近道は「失敗すること」。
人気コスメアプリLIPSを生んだAppBrewの開発スタイル

インタビュイー
深澤 雄太

1994年生まれ、2013年度東京大学入学。中学時代に独学でプログラミングを習得。大学入学後の2013年に友人らと共に「東大無料塾」を立ち上げた後、大学を休学しfreee株式会社で1年間インターンを経験。個人でのシステム開発の受託などを経て、2016年2月に株式会社AppBrewを設立。コスメのコミュニティアプリ「LIPS」を2017年1月にリリース。

松井 友里

1994年生まれ。2013年度東京大学入学。7歳から高校卒業までニューヨークで過ごす。Ashoka Japan、ウォンテッドリー株式会社等でインターン後、クラウドファンディングで得た資金で世界を巡ってスタートアップを取材するなど勢力的に活動し、2016年2月に代表の深澤と株式会社AppBrewを共同創業。現在はLIPSのプロダクトオーナーとしてプロダクト開発全般を担当。2018年8月、Forbes JAPANが選ぶ「30 UNDER 30 JAPAN」に選出。

関連タグ

若年層からの圧倒的な支持を集め、2018年6月に100万DLを達成したコスメアプリ「LIPS」。コスメアイテムの口コミを投稿、閲覧できるSNSのようなサービスで、10代後半から20代前半を中心にコスメファンが集まる一大コミュニティを形成している。サービスを展開する株式会社AppBrewは、2016年に立ち上げられた若い企業だ。すでに5.5億円の資金調達にも成功した。

しかし、LIPSがヒットするまでの間に、何度も事業をピボットさせていたのはあまり知られていない事実だろう。会社の創業からLIPSをリリースする1年間に、5つのサービスを立ち上げ、クローズさせている。

「最速でリリース、失敗だと感じたら速やかに撤退する。意思決定を遅らせるのが一番非効率的です」と語るのは現役東大生でCEOの深澤雄太氏。今回はCPO松井友里氏とともに、ヒットするアイデアの見つけ方、事業におけるスピードの重要性を伺った。

  • TEXT BY MASAKI KOIKE
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
SECTION
/

「アイデアの良し悪しは市場が決める」AppBrewが高速でサービスをリリースする理由

LIPSの開発に到るまで、1年間で5つのサービスをクローズさせたと伺いました。これは少人数のスタートアップにしては、かなり速い開発のサイクルだと思います。なぜ、スピード感のある開発スタイルをとっているのでしょうか?

深澤事業アイデアがイケているかどうかを判断するには、実際にプロダクトを市場に投下し、ユーザーの反応をみるのが最も手っ取り早いからです。なので、開発すると決めたら2ヶ月以内にはプロトタイプをリリースしていましたね。逆に2ヶ月かかっても完成しないのであれば、そもそもアイデアが良くなかったと判断し、リリース前にクローズしていました。

開発もさることながら、事業アイデアにもスピード感が求められますね。

深澤「いまこんなトレンドがあるから、こんなニーズがありそうだよね」と感覚ベースでアイデアを出しあっていました。ただ、市場が立ち上がってからサービスを作り始めたのでは後手にまわってしまうので、常に「次のトレンド」を意識はしていました。

松井新しいサービスに対して感度の高いメンバーが多いので、雑談がそのまま事業アイデアに直結することもありました。あえて「アイデア出し」と意識することもありませんでしたね。

「LIPS」以前には、どのようなプロダクトを開発されていたのでしょうか?

深澤全てBtoBサービスですね。企業のチャットボット導入をサポートする開発支援サービスや、カスタマーサポート支援サービスなどを開発・提供していました。

BtoBからBtoCへのピボットで難しい点はなかったのですか?

深澤特になかったです。むしろ、BtoBサービスの事業推進は、企業の意思決定プロセスなどを多分に考慮しなければならず、学生起業家にはハードルが高かった。社会人経験のない僕らにとっては、想定ユーザーとの感覚が近いLIPSは非常にやりやすく感じました。

SECTION
/

リリース2日でのクローズも。可能性のないサービスは素早く撤退

プロダクトの撤退判断はどのように行なっていたのでしょうか?

深澤明確な基準を設けていなかったのですが「時間をかけない」ことだけは強く意識していましたね。サービス構想段階での仮説が崩れたり、ニーズが想定よりも弱いことが判明したら、すぐに判断を下していました。悪いアイデアに固執するのが、最も時間の無駄です。

松井2ヶ月近くかけて開発して、リリースから数日でクローズすることもよくあります。創業して最初につくったサービスは、リリースして2日でクローズしましたね(笑)。

深澤リリース時点での感触が良くても、グロース目処が立たなかったら撤退も考えます。資金調達も含めて3ヶ月以内に次のステージへの見通しが立たないのであれば、その時点でイケていないサービスですから。そして、その“3ヶ月ルール”をクリアしたのがLIPSだったんです。

撤退可否をめぐり、メンバー内で意見が割れたりしたことはありましたか?

松井ありましたね。特に深澤は撤退の意思決定がものすごく速いタイプなので、わたしを含めたほかのメンバーは「こんなに頑張って作ったのに、もうやめるなんて早すぎる」と感じることも多かったです。

深澤実際、行動指針が合わず、途中で退職してしまったメンバーもいました。

松井とはいえ、そうした深澤のスタンスのおかげで、今のLIPSがあるとも思っています。サービスの状況を客観的に判断し、遠慮せずきちんと口に出してくれる。深澤のスピードとサービスへの強いこだわりがあったからこそ、可能性のないアイデアに固執せずにすみました。

SECTION
/

市場トレンドよりも、ユーザーニーズが大事。スピーディーな開発サイクルをまわす中で学んだこと

このような開発スピードを保つためのポイントはありますか?

深澤エンジニア主体のスモールチームだったことは要因のひとつだと思います。大組織だと実装に着手するまでの承認フローが複雑ですし、セールス主体のチームだと、エンジニアとのコミュニケーションコストがかかって開発スピードが遅くなりますからね。

また、分業をしないのもポイントです。LIPSリリース後に組織が大きくなっても開発のコアであるスピード感は大切にし、一人のエンジニアが「企画→実装→検証」のプロセスをすべて担当するチーム編成を行っています。

事業をピボットさせていくことで、どういった気づきがありましたか?

深澤一番大きかったのは「トレンドからはユーザーニーズは測れない」と痛感させられたことです。世の中のトレンドに沿ってプロダクトを作ったこともあったのですが、想定よりもユーザーニーズがないことが多かった。なので、リリースまでのスピード感は大事にしつつも、今では開発に着手する前にユーザーインタビューなどで、もう少しニーズを精査するようにしています。

具体的に、どのようにしてユーザーニーズを掴んでいるのでしょうか?

深澤僕と松井で方法が違いますね。僕はユーザー数や滞在時間といった明確な数値からニーズを抽出します。松井は自身の経験とユーザーからの反応を照らし合わせて、感覚ベースでニーズを掴むタイプです。

松井LIPSは、もともとSNSで美容関連のアカウントをみるのが好きだった、わたしの個人的趣味から着想を得ています。自身の体験から、少なくとも数万人はユーザーさんがつくだろうなと実感していました。定量的に考える深澤と、定性的に考えるわたしで補完しあいながら事業作りをしていますね。

今年5月には、デザインの全面リニューアルも実施されています。

松井はい。リニューアル前のLIPSは10代女性を対象にしたデザインで、20代女性からはやや「子供っぽい」印象を抱かれてしまっていました。そこで、デザイナーのタカヤ・オオタさんや制作会社のFuturizeさんにも協力してもらい、より多くのユーザーに支持されるようUIを変更したんです。

具体的には、全体的にポップな色合いだったUIから、デパートコスメの写真も映えるような白ベースのUIに刷新。あわせてテーマカラーもビビッドな赤から大人っぽいピンクに、またロゴもポップでかわいらしい顔の子鹿から、スリムでクールな大人の鹿へと変更しました。

従来の開発手法の見直しも行いました。今まで一人体制を前提とした使い回しにくいデザインデータになっていたところを、複数人でのデザイン制作が可能な構成に変更したので、今後はより一層スピード感を持って開発を進められると思います。

SECTION
/

サービス立ち上げ後、早く「失敗」することが成功の秘訣

最後に、お二人が経験から学んだ、「0→1」のサービス立ち上げを成功させるためのポイントをお伺いできますか?

深澤僕らもまだ何も成し遂げていない立場なのですが……スピード感を持ってチャレンジし「失敗」をすることですね。結局、なにが正解かは自分で体験しないとわからないんです。「成功するためのノウハウ」といった情報は世の中に溢れていますが、本当に必要なものを取捨選択することは難しい。だからこそ、体験を通じて自分で知識を身につけていく必要があります。

開発したサービスを出さずにお蔵入りさせてしまうことや、うまくいっていないのに惰性で続ける“リビングデッド”状態が一番もったいないです。ちゃんと自分の手を動かして失敗すれば、小さくても確実に学びが得られますし、何より最も貴重な資本である「時間」を節約できます。撤退すべきアイデアに時間を浪費してしまわないことが大事です。

松井そういった意味では、メンバー全員が事業責任者の視点を持つことも大切です。なんでもかんでもトップに意思決定を仰いでいるようだと実装までに時間がかかり、アイデア自体が古くなってしまうこともあります。全員が「事業成長につながるか?」といった軸で判断できるようになると、スピーディーに開発が進められるのではないでしょうか。

こちらの記事は2018年09月10日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

執筆

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

写真

藤田 慎一郎

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン