生成AIプロダクトのカギは「スピード」だ──BizDev×AIで急拡大中のAlgomatic、PeopleX、ストックマークが考える「AI時代の事業開発」とは
2025年2月にFastGrowは「BizDevホンネ学会」という大型イベントを開催。さまざまな事業開発テーマを掲げたセッションを企画したうち、特に動きの激しい「生成AI(GenerativeAI)」に関するテーマを、最終セッションとして展開した。
このセッションで取り組みや考え方を紹介してくれたのは、まさに旬である生成AIプロダクトを連続創出している3社。Algomaticからは代表取締役CEO・大野峻典氏、PeopleXからは代表取締役CEO・橘大地氏、そしてストックマークからはCMO・田中和生氏が登壇した。
生成AIにまつわる事業開発の実情から、過去の失敗事例、そして新規ビジネス創出における注力ポイントの考え方まで、広くさまざまなテーマで語り合ってもらった。生成AIプロダクトに携わる人はもちろんのこと、事業に向き合うすべてのビジネスパーソンにとって刺激の多い記事となっているのは間違いない。ぜひじっくり読んでほしい。
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY TAKUYA OHAMA
“AI×資金”で挑む、次なる時代の先駆者たち
大野私はもともと東京大学で機械学習系の研究に取り組んでいました。卒業後はその流れで、機械学習・深層学習を用いたソリューション開発を行うスタートアップを立ち上げ、2020年にM&AによりDMMグループ入りし、『DMMチャットブーストCV』という事業を展開してきました。そんな中で2022年11月のChatGPT登場をきっかけに生成AIのブームが一気に訪れ、2023年4月に新たに創業したのがAlgomaticです。
Algomaticでは「AI革命で人々を幸せにする」をミッションに掲げ、「時代を代表する事業群を創る」というビジョンのもと、スタートアップスタジオのように活動しています。現時点で、SalesTechやHR Tech、エンターテインメント、AIコンサルティング/受託開発という4つの領域で事業を展開しており、それぞれの領域で複数のサービスを同時に開発・提供しています。

登壇時のスライド
大野私たちが大事にしていることが3つあります。生成AIを事業開発の基点にすること、どこよりも最高のサービスを最速で出すということ、そしてそれらの事業を同時多発的に量産することです。そのためには多くの資金が必要になることもあり、創業資金として20億円をDMMから調達しました。
橘PeopleXも創業まもない時期に16億円超の資金調達を実施しました。質や量という点、それから生成AIを生かすという点も同じような思いで、プロダクトをどんどん開発しています。

橘事業領域としては、「採用の支援」と「入社後の活躍支援」がメインです。複数事業に広げていく中で、営業ターゲットを人事に絞り、マーケティングチャネルを広げすぎなくてよいというところは意識していますね。
今もステルスで2つの生成AI事業を立ち上げています。社内ではシードフェーズとも呼んでいますね。これらはエンジニアのリソースを使って開発し、それが製品化に耐えられるかどうかを検証していくというプロセスで進めています。
ちょうどAI面接のプロダクト『People XRecruit』は、検証が終了し、2025年4月にリリース予定です。すでに複数社からの受注をいただいています。「採用面接の一部をAIに任せてしまう」というのは、間違いなくHR Techを取り巻く次のトレンドになると考えています。時代を振り返れば、ビズリーチさんがダイレクトリクルーティングを一般化させ、タイミーさんがスポットワークを一般化させた、その次に来るビッグトレンドだと見ています。この2025年から、QRコード決済サービスのような資金力勝負が始まる可能性もあり、次のユニコーンも生まれる市場なのではないでしょうか。なので大量の資金を投下できるようにするということも大切だと考えて経営しています。
田中私は10年ぐらいコンサルタントをやった後、「コンサルをAIで自動化できないのか?」といった課題意識から、2020年にストックマークに入社し、自然言語処理技術を活用したプロダクト開発に携わってきました。入社当初はまさに、今のChatGPTやDeepReserchのようなプロダクトを創りたいと考えていたんですよね。
ストックマークは、製造業を中心に300社を超える大企業の皆様に導入いただき、R&Dに資するアイデア出しや情報収集を支援するプロダクト『Anews』を開発しています。

登壇時のスライド
田中我々の特徴は、「生成AIを自らつくりながら、大企業向けに事業開発をしている」という点です。やはり他の2社さんと同じく資金は必要な事業だと認識しており、シリーズDラウンドまで進んで累計88億円を調達しています。
AIの精度よりも、「ラストワンマイルのデリバリー」こそが重要
──ではアジェンダにある程度沿って進めていきます。一つ目のアジェンダは、「AI・LLMで何か作れないの?」という問いの難しさや、AIネイティブなプロダクト開発のよくある課題というかたちで掲げました。大野さんから順に、いかがでしょうか?

登壇時のスライド
大野これまでのソフトウェア開発と比較して、ドメインエキスパートの必要性が高まっていると感じています。たとえばAIネイティブなプロダクトをSalesTech領域でつくる場合、AIを理解できるエンジニアやプロダクトマネージャー等のほかに、「営業の経験や知見を多く持つ人」の存在が不可欠になると感じています。なぜなら、人間に代わりAIに営業してもらえるようになるために、AIに営業を教え込む必要があるからです。営業を長く経験してきたセールスパーソンでなければ、教え込むことはできませんよね。
このようなドメインエキスパートとの連携が、AIネイティブなプロダクトの開発過程で非常に重要になっていくだろうと考えています。これから各社がAIエージェント事業の開発競争に入っていくと思うのですが、その際にも、技術開発力に加えてドメインエキスパートの経験値こそが、事業の明暗を分ける大事なポイントになるのではないでしょうか。
田中ストックマークのプロダクトについて、ここ最近ずっと聞かれるのが「マイクロソフトのCopilotと、何が違うの?」という問いです。確かに情報収集を対象にしているという点は似ているので、問われるのも仕方がありませんが、大きく異なる点があります。それは、先ほどの大野さんの「ドメインエキスパートの存在が重要」という話と近くて、日本のお客様のユースケースにおけるラストワンマイルの成果・価値に繋げられているという点です。
ドメインエキスパートと一緒に協力してやるのは当然です。そのうえで、「本当に誰もが簡単に使えるプロダクトにする」という点を強く意識しています。AIプロダクト開発においてドメインエキスパートになれるような方って、時にプロフェッショナリズムが強く出てしまうんですよね。その人の言う通りにつくったプロダクトでは、機能が高度になりすぎて、たとえばSalesTechプロダクトなのに経験不足の若手セールスパーソンでは使えないという事態に陥ることがあるんです。ユーザーに対してちょうど良いレベル感をどう捉え、プロダクトにするか、そこが難しいところであり、面白いところでもあります。

ストックマーク 田中氏
大野たしかにそもそもAIプロダクトを使うと、現場で感じる体験の変化はかなり大きくなるものなんです。
今までのソフトウェアによるパラダイムのような変化ではありません。たとえて言うなら、「○○に気を付けて、○○を意識しながら、○○な順番で業務を進めてください」と口頭で依頼する際の解像度や雰囲気に似ているところが多いですね。
それに伴い、現場で感じられる価値も大きく異なるものになります。Algomaticでは今、SalesTech領域において「営業担当の代わりにAIエージェントが企業専属のインサイドセールス担当として商談アポイントを獲得する」ようなプロダクトとして、営業AIエージェント『アポドリ』を開発・提供しています。その中で、プロダクトを導入いただくと同時に、人間による手作業を適宜交えながらのハイブリットな対応で、先方が得られる商談アポイントの設定自体を納品物としてお渡しするケースもあります。そうすると、商談アポイントの獲得状況だけを見ているような場合、その裏側でプロダクトがどのような価値を発揮したのか、導入企業の方々にはほとんど知られていないこともあります。
プロダクトの導入や利用そのものを目的化せず、そもそも目指すべき成果(≒アポイント獲得や受注)に向かっているという意味で、象徴的な事例でした。とはいえ、そればかりになるとスケールしにくいため、あくまで、初期段階の一つのやり方として良いのではないかと思います。

Algomatic 大野氏
──ところで、橘さんご自身は、どのような難しさや変化を感じてこられましたか?
橘私が思っているのは、「これまでのSaaSよりも、生成AIプロダクトのほうが、開発の難易度が低いという点」です。有望なアイデアさえあれば、すぐにプロンプトベースでプロトタイプをつくれるようになりましたよね。思い立ったら、最速で30分後には形ができて、検証を始められる。このテンポでトライアンドエラーを繰り返せるのは魅力的だと思います。
そのうえで、顧客からのフィードバックをいただいたら、それも仮説検証の結果として捉え、開発方針を細かく検討する前にすぐにコーディングしてしまいます。以前までは、「開発方針を決めて、実装して、顧客に当てて仮説検証して、良ければリリースして……」というプロセスが数週間~数カ月かかっていたこともありましたよね。それが1日のうちに終わるなんてこともあるわけです。
このようなスピーディーな仮説検証プロセスが当たり前になっていくので、以前のようなペースで進めていては競合から置いていかれるでしょう。そこで、BizDevとプロンプトエンジニアが一緒に進めるというのが大事になります。大企業でそういう体制をつくるのは難しそうですが、スタートアップにとっては簡単で、すぐに実現できるのではないかなと思いました。
ちょうど日本でも、「SaaSってどうだったんだっけ?どういう特徴があると伸び続けやすいんだっけ?」という振り返りをすべき時期になったと感じています。その中で言うと、まだ成功者のような存在はいない状態です。そんな中、AIネイティブなプロダクトがどんどん出ていますが、ARRが10億円を超えるサービスはまだ生まれていないですよね。組み込み型の海外サービスがそれくらいの規模になっているかもしれない、というくらいでしょう。なので、まだまだ余白が大きい。まだまだこれからなんですよ。だから、経営者も正解はまだわからない。それだけ、AIに関する市場の未来像はわからないものなんです。

PeopleX 橘氏
大野今はまだ、精度について過度に評価していくフェーズではないと思うのですが、日本企業はどうしても精度を気にしてしまいがちですよね。私たちも過去の商談において「ハルシネーションが見られるのであれば、導入はそう簡単に進められない」といったフィードバックをお客さまからいただくことがありました。アメリカなどと比較すると、マーケットを伸ばしにくいという構造があると感じています。
橘ただしアメリカが絶対に良いというわけでもないとは思います。精度に伸びしろがあるプロダクトの導入にトライする一方で、その後の解約も早く決断されますよね。どちらが良いとか悪いという話でもない気がします。
生成AIはまだまだ黎明期、ライバルは意外と少ない?
──では次のアジェンダでは、3社さんが実際にどのように生成AIプロダクトをつくっているのかをお聞きしていきたいです。その前に一つ、参加者さんから届いた質問に触れます。皆さんに聞いてみたいと思ったのが、「教師データの整備が面倒くさい問題、各社どうアプローチしていますか?(例:未更新で間違った情報のマニュアル)」というものです。こちらは、AI開発を進めるうえで絶対に通る道だと認識されているのかもしれません。いかがでしょう?
田中活用するデータの品質は、大前提として非常に大事にしています。我々の例で言うと、ユーザーの皆さんとユースケースに深く踏み込んでデータの利用方法、求められる正確性を話し合い、生成AIを作る過程で細かく検証しながら進めています。その過程で「この出力で価値があるだろうか?」と一つひとつ丁寧に確かめています。データ整備に対して特別なことはしていないかもしれませんね。もはや日常的になりすぎてしまっている感覚です(笑)。
──データの整備が大変で面倒というのは当たり前の大前提であり、面倒くさかったとしてもやるしかないものだと(笑)。とはいえ、「こうやってやったらうまくいきます」というようなお話を期待されているとも思うのですが、橘さんは何か思うことはありますか?
橘昔と違うのは、教師データを生成AIにつくってもらうケースが増えているという点でしょうか。以前は、ゼロからアノテーション作業で教師データを一つひとつ丁寧につくっていくというのが大事でしたが、今ではそれが一定程度は進み、最低限のデータは巷に存在しています。そのうえで生成AIを活用すれば、最適な教師データを新たに組み上げることができます。
もはや最近は、ベンダーが個社ごとに独自の教師データを多く活用しているという状況が減っている印象もあります。
大野もしかすると「学習に必要なデータ」と「実際にAIが推論する際に参照するデータ」で、扱い方が異なるという点を考えることが大事かもしれません。後者は、運用の際のプロンプトも含め、成果を見ながら改善し続ける必要があります。
──では、ここから二つ目のアジェンダにしっかり入っていきます。「AIで事業価値の非連続成長を実現する3社、その秘訣は?」という内容です。

登壇時のスライド
田中我々が提供している『Anews』というプロダクトでは、各企業さん向けの支援を細かく進めることも重要視しています。日本市場では、ユースケースを尖らせていかないと、良い成果につながらず、利用や導入が進みにくいと感じます。案件一つひとつで妥協せず、コンサルティングの部分も泥臭く対応し続けるようにしていますね。
AlgomaticさんもPeopleXさんも、そうですよね?いや、むしろもっと細かくやられている印象もあります。
大野実は私たちは普段、もっとシンプルに考えています。LLM(大規模言語モデル)が生まれて世間を騒がせたのは、まだほんの2年ほど前です。なので「これがあれば十分だ」という認識に至ったサービスなんてまだまだ存在していない状態のままです。
そうした状況では、できるだけシンプルに「この業界で絶対に必要なものを、その領域において最も良いチームと最も良いポジションを取りながらつくる!以上!」ぐらいに考えておくのがいいんじゃないかな、と。
外からAI関連市場を見ると、たくさんの企業やサービスが増えている印象を持つかもしれません。ですが中にいる立場からは、事業領域はそれほどかぶっておらず、ある程度すみわけしながら取り組んでいる印象です。SalesTechもHR Techも広い事業領域で、各社それぞれの仮説のもと、異なる挑戦をしている状態です。だからみんな、まだシンプルに「誰よりも頑張るぞ!」という意識で取り組んでいるだけだと思います。
ただし、シンプルですが簡単ではありません。資金をしっかり集めて、優秀なメンバーを集めて、失敗を乗り越え続けてやり切る必要があります。そうして、選んだマーケットにおいてNo.1の認知を取りつつ広げていくわけですね。ひたすらこの繰り返しだと考えています。

橘生成AIスタートアップって、増えているように感じるかもしれませんが、実際にはぜんぜん少ないですよね。イベントとかに行くと多く見えることもありますが、そのほとんどが松尾研出身だったりもします(笑)。
シードフェーズのスタートアップは増えてきた印象もありますが、シリーズAに進むのが難しいみたいですね。マーケットを取り切るためには、アーリーフェーズでも二桁億円の調達は必要だと思うのですが、そこまで進めているのはせいぜい、両手で数えられる程度の数しかないと思います。
また、私が普段見ている景色の中では、上場企業の経営者の中にも、生成AIに注力する人が増えていない印象です。まだまだ余白だらけなので、妥協せず大きな投資を行い、良いプロダクトをつくり切れれば、マーケットで一定の規模にはなれる気がします。
──たとえば「この領域ならこれぐらいの額は投資しないと成り立たない」というような金額感のイメージなどもあるものですか?
橘生成AIに限らず、SaaS事業でもメディア事業でも同じで、市場の黎明期において新たにイメージをつくって浸透させていくためには、累計投資額が50億円くらいは必要になるのではないでしょうか。タクシーCMを5,000万円分くらい打って、テレビCMを2億円分くらい打って、それでも「なかなか浸透していかないね」という世界線なので。
ここまで投資している生成AI事業はまだないですよね。
大野生成AIプロダクトで、たまたまニュースになって認知が広がり、インバウンドのリードから多く受注ができて、「さあ次のラウンドだ」となっている企業さんは増え始めているのではないでしょうか。ここからまた、大型調達も見えてくるんじゃないかと思うので、楽しみです。
──ちなみに大野さんも数十億円は必要だと考えて、DMMさんからの投資のお話をまとめていったということになるのでしょうか?
大野そうですね。
──ストックマークさんも認識は近いのでしょうか?
田中はい。私たちもやはり、生成AIを使って新たなプロダクトを世間に浸透させていくことを目指しているので、約45億円を調達したシリーズDのラウンドくらいは必要だと考えています。大きく張れないと負けてしまうという感覚は強く持っていますね。
かつ、先ほどドメインエキスパートが重要だと話したように、個性やスキルも強い専門家集団が必要になるので、人材投資も積極的に行っています。

ストックマーク 田中氏
──なるほどです。採用においても、「どのような人をどのように集めるべきか」についてのお考えをぜひお聞きしたいです。
大野当社は「1仮説1プロダクトで戦うのではなく、最初から複数領域で同時多発的に事業を立ち上げる」というスタンスを掲げており、事業責任者を経験した方々や、それに近しい経験の持ち主である方々をとにかく多く集めようという方針で採用活動に取り組んでいます。ビジネスサイドでも開発サイドでも、0→1の経験があり、カオスの中でうまくいかなければすべてが無になるという虚しさを楽しめるようなメンバーを集めたいと考えています。
そういった方々は転職市場に多くいるわけではないので、バイネームでターゲットとなる候補者を挙げていき、私からも積極的に声をかけさせていただくかたちで、採用を加速させています。
橘はい、やはり「生成AIに詳しい人」よりも「事業立ち上げ経験者」のほうが大事だと考えています。新規事業では、AIエンジニアも不要かもしれないくらいですね。これについては皆さんどう思いますか?
田中たしかに、いろいろなサービスとのAPI連携を活用すれば、AIのモデル開発スキルがなくても事業の立ち上げは進む認識です。初期フェーズで重視すべきことは、とにかくニーズを確認しながら仮説検証を速く回すことですからね。
一方で、事業フェーズがある程度進み、お客様の現場からの声が多く集まるようになったら、生成AIに詳しいエンジニアが活躍することになります。最終アウトプットの精度をしっかり高めるためには専門知見が不可欠で、BizDevの手に負えない課題も増えるはずです。
大野生成AI自体がまだ新しいので、知見を持っていたとしてもそれが事業の差別化にすぐ直結するわけではありません。
ただし、「生成AIの技術はまったくキャッチアップしていません」と平気で話すエンジニアさんに対しては、今なら不安を覚えるでしょう(笑)。今もまだキャッチアップしていないとしたら、今後の技術の進化についていけなくなってしまうのではないかと。
もちろん、ほとんどのエンジニアさんは強い好奇心をお持ちで、生成AIには当たり前のように触れ、知識を収集している印象がありますね。
SaaS事業におけるMoatは、兎にも角にも“第一想起”だった
──ここでまた、会場からの質問に触れたいと思います。「0からLLMネイティブなプロダクトをつくる際のMoatのつくり方は?特定分野の海外プロダクトを見ていても似たようなサービスが乱立している気がする」とありますが、いかがでしょうか?
大野まず前提として、まだまだ市場にサービスが出揃っていないという認識のもと、「価値あるサービスを誰よりも早く出す」ことが重要です。Moatについて現時点で強く意識する必要性はないと感じています。
そのうえで、今後の差別化において生成AIをどう活用すべきか、という論点は当然あります。細かな事業領域によっても異なるわけですが、共通するのは「持っているデータの質」だけでは差が生まれにくくなっているということですね。
昔の機械学習では、持っているデータの質によってMoatを築くという考えが一般的でした。しかし、LLMにおいては独自データがなくてもある程度動きます。ここでは、データによる差別化が難しい。
なので「AIだからデータを」と考えるよりもまず、「ビジネスにおける差別化とは?」という一般的な議論に立ち返ることが重要だと思います。事業領域によってはブランドイメージが最重要になることもあるでしょうし、ユーザーのネットワーク効果が最重要な場合もあるでしょう。そうした論点をいかにして見極めるかというビジネスセンスこそが問われるでしょう。
──たとえば、貴社の『アポドリ』でいえば、何が差別化につながると考えて進めているのでしょうか?
大野そこはまだちょっと、秘密ですね(笑)。
──なるほどありがとうございます(笑)。
橘この議論では、「SaaS事業のMoatとは、結局何だったのか」についての答え合わせを考えるといいのではないかと思いました。私が思うのは、結局、第一想起のブランドになることが最重要だったということです。
私が『クラウドサイン』で電子契約市場を創出し、一定の規模まで事業を成長させられたのは、ブランドマーケティングに大きく投資したことが要因です。今でも、広告宣伝費をゼロにしても、問い合わせが届き続ける状態なんですよ。そうなれば、受注率も当然トップになりますよね。相見積もりで値段を比較されることもありますが、多くの場合は「CMで見た!」という印象が強く影響し、値段どころか機能面の違いも相対的には影響が小さいわけです。結局のところ、そうなっていくんです。
田中全く同じ感覚ですね。結局、第一想起をとれるかどうかだなと思います。やはり「このサービス、聞いたことあります」という反応をもらえる状態は強い。きっちりコストをかけて取り組んできた事業がうまくいっている印象ですね。
橘それでいうと、DMM.comグループ会長の亀山さんから、大野さんはどのようなことを言われてるんですか?
大野「もっと広告投資のアクセルを踏んだほうがいい」と言われ続けています(笑)。今日のこれまでの話とほとんど同じで、資金をしっかり投資して、赤字を出してもいいから大きく成長させようよ、想起を取ろうよ、という感じです。僕らがなんだかんだ、売上を着実に伸ばそうとしてしまっている部分があるのは否めないところでして、そこに突っ込みが来るんです。
というのも、亀山さんから見れば、生成AI市場にライバルがまだ多くない状態ですから、第一想起の獲得という観点で大きくそのアクセルを踏み込めないことのほうがリスクを感じてしまうみたいですね。これだけの技術革新が起きているのだから、数十億円くらいならちゃんと投資して挑戦したい、という感覚なんです。なるほどと思いました。
ただし、細かいところには特にコメントもなく、私たちに任せていただいていますね。信頼いただけていると感じています。

Algomatic 大野氏
市場が成熟し得るタイミングを見極めよ
──会場からの質問でも深い話をお聞きできて面白いですね。ここで最後のアジェンダに触れたいと思います。「つぶしたアイデア、うまくいかなかったもの、経営戦略や意思決定プロセスについて」、できるだけ具体的にお聞きしたいです。

大野ライトなものからいくと、僕、ちょうど2年前ぐらいに『Chatify』というサービスを実はつくりました。今で言うGPTsそのものなんですよ。でもこれは2カ月ぐらいでクローズしました。潰したアイデアですね。
ノーコードで、ChatGPT搭載のチャットボットを作れるサービス「Chatify」をリリースしました!
— 大野峻典 | Algomatic CEO (@ono_shunsuke) March 28, 2023
プログラミングやAIの知識がなくとも、"人の言葉"だけでAIの役割・タスクを定義し、自由なアイデアをチャットボットにし、Web/LINEにリリースできます! https://t.co/PuDrWls06k…
当時のポスト
──なぜですか?OpenAIが今やっていて、多く使われているイメージもあるので、続けていたら良かったのではないかと感じる人も多そうです。
大野そうなのですが、「OpenAIがやるんだったら、やらなくてよかった」とも振り返っています。
当時、それなりに使われはしたのですが、目立ったのが「英会話で筋トレを教える」といったニッチなものでした。面白い使い方ではあったのですが、そこから大きくマネタイズできるイメージは持てなかったんです。『ChatGPT』のようにアプリケーションとして誰もが使う未来も見えなかったので、継続はしませんでした。
──田中さんはいかがですか?
田中『Asales』というプロダクトを、4年前にクローズしました。これは商談資料を蓄積し、マルチモーダルで検索・組み替えができるプロダクトでした。
その意思決定には主に二つの理由がありました。一つはプロダクトマネジメント面での課題です。複数のプロダクトを同時に運営する中で、私たちの力が足りなかった点がありました。もう一つの要因として、時代的にお客様の環境が整っていなかった点もあります。当時は営業資料の電子化やクラウド化が進んでいなかったことから、いま想像するよりもかなり利用するまでの準備が必要なプロダクトでした。
しかし、コロナ禍とLLMの進化により、市場環境は完全に変わりました。このアイデアが今では再び価値を持つ可能性があります。今後、何かしら検討するかもしれません。
新しいプロダクトは、展開するタイミングの見極めが肝心なのだと、改めて感じます。先進的なアイデアを早く出したくなってしまいますが、市場の準備が整っていなければ、大失敗になるだけです。
──なるほど、分析も含めありがとうございます。橘さんはいかがですか?
橘まだ起業して1年ほどなので、自分のことではわからないですね。
ですが、世の中の事業開発におけるPDCAはよく観察しているので、その中での気づきについてせっかくなのでお話しします。たとえばLINEで何か要望を送ったら画像が返ってくるとか、生成AIでVTuberを生み出していくだとか、そうしたものは短い間に消えていきましたよね。今の社会において価値はなかったということかもしれません。
また、プラットフォーマーによる規制については注視しています。TikTokは生成AIコンテンツへの警戒が強く、かなり広い規制を進めています。その結果として撤退を余儀なくされた企業もいますよね。
こうした動きから学びを得て、自社の事業立ち上げにおいてもより良い形を検討するようにしています。

PeopleX 橘氏
プロダクトのクローズとチームマネジメント
──「つぶしたアイデア」に対する反応が多く見られますね。「エキスパートがいるサービスをクローズするときなどプロダクトへの想いが強いメンバーがいるときは、どのように対応していますか?」という質問が来ています。大野さんと田中さん、こちらいかがでしょうか?
大野これはとても難しい問題ですよね。
特にエキスパートの採用は、事業がそれなりに波に乗ってから取り組むべきものだと考えています。サービスをクローズすることになったり、ピボットすることになったりすれば、そのエキスパートであるメンバーのポジションに大きな影響が出てしまうことを懸念しているからです。
そうはいっても立ち上げフェーズでも、ドメインエキスパートの存在は重要です。なので、場合によっては選考段階で「もしかしたら、サービスを完全にピボットする可能性がある」という点も伝えて、じっくりとお互いの考えを共有したうえで、採用を進めるようにしています。

田中私の方も赤裸々に言うと、『Asales』の中心メンバーのうち約7割が退職してしまいました。それぐらい強い想いがないと、事業立ち上げはうまくいかないと思います。一方で、それだけのメンバーが集まっても、うまくいかないことはあるのだと痛感しました。
──生成AIに関連して、特に熱いと感じている市場や、注目されている領域について教えてください。
橘先ほども触れたように、AI面接サービスは次なるHR Techの大きなトレンドになるはずだと考えています。
すでに、ローソンやキリン、横浜銀行など大手企業が全面的にAI面接を導入する動きが進んでいます。この市場はダイレクトリクルーティング以上の規模になる可能性があり、「キャッシュレス争い」のように複数企業による大規模な資金投入も予想されます。PeopleXもここに大きく投資し、第一想起を勝ち取りたいですね。
AI採用面接のデモ動画を公開
— 橘大地 (@d_ta2bana) March 24, 2025
多言語対応も可能になりました。英語からタガログ語まで基本すべての言語対応を可能に。新しい採用の可能性。 pic.twitter.com/jpJxIBl2RK
AI面接について紹介する橘氏のポスト
大野私はエンターテインメント領域に大きな可能性を感じています。日本で巨大企業が生まれ得る数少ない領域の一つであるはずです。現在、私たちは翻訳サービスを提供していますが、これをエンターテインメントコンテンツの輸出という文脈で捉えています。
DeepLやGoogle翻訳では、映画やゲームのようなコンテンツの翻訳に十分に適しているとは言えません。専門的な翻訳は今でも人間が数カ月かけて行っているため、翻訳されるコンテンツは全体の1%程度に限られてしまっています。AIで翻訳プロセスを劇的に効率化できれば、残りの99%のコンテンツも世界に届けられるようになります。これは日本のコンテンツ産業にとって大きなチャンスです。その動きをリードする立場になれるよう頑張っていきたいですね。
田中生成AIがどんどん当たり前になっていく中で、インフラ的なビジネスの重要性が増しています。例えば図表の読み取りなど、「痒いところに手が届く」ソリューションへのニーズは高まっています。また、AIを使いこなすための人材育成や組織間連携の促進も重要な領域です。
私たちは製造業のR&Dにおけるアイデア創出をサポートしていますが、AIツールを効果的に活用するための土台づくりにも注力しています。技術だけでなく、それを活かす組織や人材の面でのサポートも含めた総合的なアプローチが求められていると感じます。簡単な道のりではありませんが、すでに大企業向けには一定の成果を出している自負があり、このまま影響力を強めていきたいですね。
こちらの記事は2025年04月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
写真
藤田 慎一郎
編集
大浜 拓也
株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。
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