OKRの導入で、本当に目標達成できるのか。
SaaS企業4社が徹底討論【クラウドサイン×HiCustomer×ネットプロテクションズ×FORCAS】
2019年3月、株式会社ネットプロテクションズと株式会社FORCASが、「OKR」による目標設定と組織のつくり方を探求するイベント「『SaaS TEAM OKR』- B2Bサブスクリプション組織の目標設定 –」を開催した。FastGrowは前後編の2回にわたり、イベントの様子をダイジェストでお届けする。前編に続き、後編では4名の登壇者によるパネルトークをレポートする。
ゲストは、顧客社数が4万社を突破した電子契約サービス「クラウドサイン」を管掌する弁護士ドットコム株式会社執行役員・橘大地氏、2018年7月に総額6,000万円の資金調達を達成し、12月にプロダクトを正式リリースしたHiCustomer株式会社CEOの鈴木大貴氏、年間UUが1,200万人を突破した後払い決済サービス「NP後払い」を提供するネットプロテクションズでBtoB企業間決済代行サービス「NP掛け払い」のシニア・ビジネスプランナーを務める中原雄一氏だ。そして、ABM(Account Based Marketing)の実践を強力に支援するクラウドサービスを提供する、FORCASのマーケティングマネージャー・酒居潤平氏がモデレーターを務めた。
鈴木氏は「OKRを導入することで、組織全体がモチベートされる」とその有用性を強くアピールする。「OKRを導入するべきか否か」に止まらず、「数値目標を設定せずとも、売上を達成する」カルチャーづくりや、「ミーティングをキャンセルしてでも数時間の対話を行なう」マネジメント手法、「組織全体を鼓舞する目標」のネーミング手法など、急成長を果たすために3社が実践するナレッジが存分に明かされた。
- TEXT BY TAKUMI OKAJIMA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
数値管理ナシでも売上目標を達成するためのカルチャー
OKR導入に反対する橘氏は、「真に顧客の成功を願っているメンバーは、数値に基づいた目標設定がなくともモチベーションを保ち、高い売上を達成できる」と話す。
橘クラウドサイン事業部では「ユーザーのために何ができるか」しか考えていないため、定量的な目標設定を重視していません。数字は目安にはなりますが、その達成のために事業に臨むのは健全でないと感じますし、無闇に値上げを提案する者も現れます。経験上、顧客の成功を真に願っていさえすれば、高い売上を達成できることも分かっています。
酒居カスタマーサクセスの人間と違い、顧客と頻繁に接することがないマーケターやプロダクトサイドの人間は、「顧客の成功を願おう」と言われてもイメージが湧きにくいように思えますが、いかがでしょうか?
橘目標としての数値管理をしていないだけで、売上や顧客数などの情報は細かくチェックし、Slackのオープンチャンネルで頻繁に共有し合っているんですよ。そうすることで、マーケターやプロダクトサイドの人間も顧客の成功に貢献している実感を得やすくしているんです。
OKRはGoogleやFacebookといった世界最大規模の企業でも活用されているし、一定の効果はあるのかもしれませんが、僕は納得できないものを導入する性格ではないので。もしかしたらこの場で鈴木さんに説得されてしまい、明日にはOKR推奨派になっているかもしれませんが(笑)。
さらに、「目標を設定せずとも事業部全体が顧客の成功を願い、サービスを急成長させられている」理由を問われた橘氏は、「顧客のことを考えられないやつは『カッコ悪い』と揶揄されるカルチャーがあるから」と答える。
橘大多数のメンバーが顧客の成功を願っている環境を、意識的につくっています。多くの場合、人の思考は、良くも悪くもマジョリティに寄っていく。逆に、会社の創業メンバーや経営層が数字ばかりを気にするようになれば、売上のことしか考えられない会社になってしまうので、そうならないよう気をつけています。
中原氏も橘氏と同じくOKR導入に反対の姿勢を示し、「定量的な目標を追っていくと、本来の目的から乖離したアプローチをしてしまう」と話す。
中原数値目標を設定すると、全体の成果よりも個人評価を優先するインセンティブが生まれてしまい、組織に負の影響をもたらす可能性が生まれます。加えて、数値ベースで目標設定し、それを元に社員を評価しようとすると、正しい判断ができない場合がある。たとえば僕たちのビジネスモデルだと、1社の大きなクライアントをたまたま成約に導けただけで、年間の営業ノルマを達成してしまう場合があります。対して、担当した案件が小さかったとしても、顧客にサービスの良さを適切に伝えるアプローチを行い、成約を勝ち取れた社員がいたとしたら、どちらも評価に値しますよね。
OKRは、創業初期のモメンタムを生む
創業から10年以上経過しており、複数の事業を抱える弁護士ドットコムとネットプロテクションズに対し、シードラウンドの資金調達から間もないHiCustomerでは、企業規模に大きな差がある。創業期スタートアップのHiCustomerが次のステージで資金調達するためには、MRR(Monthly Recurring Revenue)や顧客数を逆算して細かな数値目標を定め、急成長を志向することはもっともだといえる。
ふたりに対して鈴木氏は、「OKRの導入によって組織全体の足並みが揃い、アウトプットの質も向上した」と利点をアピールする。
鈴木OKRを導入すると、メンバーそれぞれが別の仕事に臨むスタートアップにおいて、自分たちが目指すべき地点が明確化され、組織に一体感が生まれます。導入前まで、一人ひとりが自分のやるべきことに集中できてはいたけれど、組織全体でひとつの目標を追っている実感が得にくかった。しかし、OKRを導入してからは明らかにメンバーの足並みが揃い、パフォーマンスも良くなったんです。
それは、細かい数値目標を追うことで、日頃の業務が会社の成長のどの部分に貢献しているか体感できるから。すると、アウトプットの質が明らかに向上するんですよ。自分たちが成し遂げたいビジョンに共感してくれてるメンバーが多いスタートアップだからこそ、数字の積み上げによって、Objectiveにどこまで近づけているのか実感を持てることが大切なんです。
中原氏は鈴木氏の考えに対して、「指示を受けて行動するときと、ビジョンに紐づいた内発的動機から行動するときでは、後者の方がパフォーマンスにレバレッジがかかる」と理解を示す。続けて鈴木氏は「自律性を持てるカルチャーをつくろうとしているし、そのためには『エモさ』のあるObjectiveの設定が大切だ」と話す。
鈴木創業初期のモメンタムを生むにはビジョンへの共感も大切です。それを日々の業務に落とし込むためのツールとして、OKRはうまく機能しますね。細かく数値管理を行うOKRの性質上、会社の規模に比例して管理コストも大きくなり、導入の難易度が上がります。導入するのであればなるべく早いほうが賢明だと感じますね。
酒居Googleにおいては、OKRが導入されたのはまだ組織が20〜30人ほどのときですよね。創業初期から導入し、OKRを運用する土台をつくったほうが、組織全体をモチベートする仕組みとして機能させやすいのかもしれませんね。
鈴木僕たちも組織がまだ小さいうちに始められて良かったと思っています。体感ですが、100人を超える組織にOKRを導入し、うまく運用するのは相当ハードルが高いですね。
ミーティングをキャンセルしてでも、メンバーの自走にコミットする
鈴木氏だけでなく、橘氏と中原氏も自律性の高い組織づくりを標榜する。クラウドサイン事業部では、独立した思考ができる人物を育成するために、あえて指示を“聞かない”人間を評価しているという。
橘「やれ」と指示されたことをやらない人は、すなわち自律性のある人です。反対に、指示されたことを自らの思考を媒介させずに遂行できる人は、組織に頼ってしまっている人だといえます。僕の指示が必ずしも正しいとは限らないし、会社が成長していくためにはあらゆる方面からの意見を受け入れて議論していくことが大切です。忖度することなく、「違う」と思ったことは積極的に発言できる人を評価しています。
もちろん僕自身も、部下に対して率直な意見を伝えますし、日々のふとした会話のなかでも、他人の意見を鵜呑みにしている人がいれば「自分で考えてないよね?」と問いかけます。結局のところ、人が成長していくためには自分の頭で考える以外の道はないし、そのために日常的に本気の議論をすることは有効だと思います。とはいえ組織の人数が多くなればなるほど、足並みを揃えるのは難しくなるので、会社の規模が200人を超すくらい大きくなれば、トップダウンで目標設定をするのも一手かもしれませんね。
役職や肩書きがなく、上下関係が存在しないフラットな組織形態である「ティール型組織」を導入するネットプロテクションズ。新入社員にもすぐに自律性を求めるカルチャーがあるが、正しい意思決定ができず、活躍まで時間がかかってしまう人も現れるという。中原氏はフラットな組織体制では、「マネジメントを行う立場の人間が、辛抱強く伴走する必要がある」と話す。
中原一人ひとりが自力で意思決定できる環境構築を徹底しています。たとえば、「やるべきこと」だけでなく、「やらなくていいこと」も丁寧にディレクションするんです。自走できるまで時間のかかる新人も多いですが、許容して支えることが大切です。
加えて、意思決定の基準にズレが生じたときは、こちらの意見を丁寧に伝えたうえで「なぜそう考えたのか」を徹底的に聞き出します。長いときだと1〜2時間近く対話を続け、場合によっては予定されたミーティングをキャンセルしてでも議論します。
鈴木氏は中原氏に同意し、「一人ひとりが自走できるための情報開示をすべきだし、“本気のチャレンジによる失敗”を咎めないカルチャーが大切だ」と話す。とはいえ、フルタイム社員は現在6名のみのHiCustomerにとって、「組織として設定した目標に寄与できる人材かどうか」も採用の最優先項目に挙がる。
鈴木事業規模に応じた組織構造のイメージは明確にあり、営業担当やマーケターといったビジネスサイドのメンバーを雇うタイミングはある程度決めています。タイミング次第ですが、スキルセットやカルチャーマッチに重きを置きながら、慎重に採用を進めているんです。
現在のHiCustomerは少数精鋭の組織なので、マネジメントに時間をかけている余裕はなく、提示された課題や目標をある程度、自力でこなせる人を評価していますね。とはいえ、現在は実力不足だとしても、急成長を志向しており、「1日も早く一人前になろう」と努力できる人であれば一緒に働きたいかもしれません。
目標設定は「ネーミング」にこそ時間をかけよ
パネルトーク終盤は、目標設定の方法について議論された。鈴木氏は、目標のネーミングの重要性について言及し、「ワクワクできるネーミングができるかどうかは、経営者やリーダーのセンス次第だ」と指摘する。
鈴木目標設定に用いる言葉の選び方やストーリーの伝え方は、努力で伸ばせる場合もあるかもしれませんが、センスありきだと思っています。とはいえ、自分にセンスがなかったとしても、目標設定の背景を組織全体に共有し、みんなで適した言葉を探していけばいいんです。
酒居必ずしも経営者やリーダーがひとりで決め切る必要はないし、自分にセンスがないからといって妥協した目標を設定するよりは、メンバーの力を借りるべきだと。
鈴木その通りです。僕はセンスがない側の人間なので、経営合宿のミーティング中などにメンバー全員で議論したのち、センスを持った人にネーミングをお願いしています。最悪、うまく言葉にできなかったとしても、目標を設定するに至ったコンテクストを共有することが大切で、それさえできていれば組織はモチベートされるはずです。
橘氏も同意し、「プロジェクトのネーミングには力を入れており、かなり時間を費やして決めている」と話す。これは、過去に橘氏が働いていたサイバーエージェントで、同社取締役の曽山哲人氏に影響されたからだという。
橘プロダクトマーケティングの課題でいえば、たとえば「ブログを毎月2記事公開する」という風に、タスク化された目標を定めても、記事数を担保することばかり守ろうとして、つまらない記事を量産するだけだと思うんです。
そうではなく、あえて抽象度の高い目標を設定し、ワクワクできる名前をつけたほうが、組織全体のプロジェクトに対するモチベーションが上がります。たとえば僕たちだと、自分たちのプロダクトで「ホームラン」を目指すために、アニメ『巨人の星』に登場するキャラクターをもじって“プロジェクト花形”と命名していたり(笑)。
本日のパネルトークを通して思ったのですが、フレームワークを導入していないだけで、僕もOKRと似た考え方で目標設定をしているのかもしれませんね。実はOKRだけでなく、「THE MODEL」や「ユニットエコノミクス」などのSaaS事業特有のフレームワークは積極的に勉強するようにしていて。導入するかどうかは、カルチャーマッチや運用コストを元に判断すれば良いと思いますが、理解しようとする姿勢はとても大切だと思います。
登壇企業のなかでOKRを導入しているのはHiCustomerだけだが、3社とも目標設定や組織づくりに対して、相通ずる考え方をしていると分かった。たしかに橘氏と鈴木氏が話していたように、企業の規模に応じて最適な目標設定は変わってくるだろう。
しかし、OKRを含めたフレームワークを導入する際に「組織全体が納得感を持ち、最上段のミッションへ向かって高いモチベーションを保てる最善策かどうか」を基準に判断すべきだという点は、共通しているといえる。
こちらの記事は2019年07月04日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
岡島 たくみ
株式会社モメンタム・ホース所属のライター・編集者。1995年生まれ、福井県出身。神戸大学経済学部経済学科→新卒で現職。スタートアップを中心としたビジネス・テクノロジー全般に関心があります。
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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