Day1からグローバル市場を目指す起業とは──シードVCのジェネシア・ベンチャーズに学ぶ「アジア新興国と日本の現在地」

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インタビュイー
鈴木 隆宏
  • 株式会社ジェネシア・ベンチャーズ General Partner 

2007年4月、サイバーエージェント入社。学生時代から、インフルエンサーマーケティングを行う子会社CyberBuzzの立ち上げに参画し、新規事業立ち上げ、アライアンス業務、新規営業チャネルの開拓等に関わる。2011年6月よりサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル)へ入社し、日本におけるベンチャーキャピタリスト業務を経て、同年10月よりインドネシア事務所代表に就任すると共に、東南アジアにおける投資事業全般を管轄。東南アジアを代表するユニコーン企業Tokopedia(インドネシア)、CodaPayments(シンガポール)への投資など、多数の経営支援を実施。2018年9月末に同社を退職し、株式会社ジェネシア・ベンチャーズに参画。早稲田大学/スポーツ科学部卒。

相良 俊輔
  • 株式会社ジェネシア・ベンチャーズ Head of India Investment 

大学在学中より、顧客データの収集、分析、活用のためのSaaS(Customer Data Platform)を提供する米Treasure Dataに参画。日本法人の1人目インサイドセールスとして営業組織の立ち上げに携わったのち、エンタープライズ向けの直販営業及び既存顧客へのアップセル統括業務に従事。 英ARMによる同社のM&Aを経て、2019年2月、株式会社ジェネシア・ベンチャーズに参画。2023年7月、インド投資拠点の立ち上げに伴いベンガルールへ移住。 慶應義塾大学/商学部卒。

Elsha Eliasa Kwee 
  • 株式会社ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager 

インドネシアのスタートアップとテック・エコシステムの黎明期だった2014年に、投資アソシエイトとしてサイバーエージェント・ベンチャーズ(現サイバーエージェント・キャピタル)に入社。その後、サンフランシスコのコーディング・ブートキャンプであるDev Bootcampへの参加を経て、オンライン決済ソリューションを提供するB2Bフィンテック企業のXfersに参画。同社ではソフトウェア・エンジニアとしてキャリアをスタートし、後にプロダクト・マネージャーへ転身。2019年9月より株式会社ジェネシア・ベンチャーズに参画。 インドネシアオフィスにて活動を行う。University of Washington/Business Administration & Information System卒。

Hoang Thi Kim Dung 
  • 株式会社ジェネシア・ベンチャーズ Country Director of Vietnam 

ベトナム・ハノイ生まれ。2010年にForeign Trade Universityに入学後、日本政府の文部科学省の奨学金を受け、2012年に来日。2017年に大阪大学経済学部を卒業。学部3年次のビジネス・スタートアップの授業に大きな刺激を受ける。卒業後は、日本IBMで営業担当として入社し、大手金融機関とのプロジェクトやスタートアップ支援を複数経験。こうした経験からVCでのキャリアを追求するようになり、2019年4月、ジェネシア・ベンチャーズに入社。2019年9月には、ホーチミン事務所開設のためにベトナムへ帰国。ベトナムでより成功するスタートアップをサポートすることを願い、資金的な支援、経験や知識の共有、あるいは人材やビジネスネットワークへのアクセスといったスタートアップの成功可能性を高めるための支援に注力している。

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スタートアップの成功事例を考察する際、アメリカ・シリコンバレーが注目されるのは当然であるが、アジア新興国市場の急成長も見逃せない。むしろこれらの地域は日本と文化的・経済的に近く、そこで発展したビジネスモデルは日本企業に有益な示唆をもたらす可能性がある。

例えば、「SaaS × トランザクション」や「BPaaS(Business Process as a Service)」といったビジネスモデルは、アメリカのみならず、アジア新興国においても日本に先駆けて成功実績を生み出してきたことは意外と知られていない。さらに、人口増加やGDP成長が期待されるアジア市場では、日本企業の強みでもあるオペレーションエクセレンスを発揮するための大きな機会が用意されている。

こうしたアジア市場でいち早く現地の成功モデルを察知し、投資先企業に対してこれらのモデルの共有や提案を行ってきたのがシードVCのジェネシア・ベンチャーズだ。同社は日本のほか、インドネシア、ベトナム、インドというアジア全域に拠点を構え、現地市場の深い理解をもとに日本企業との共創機会を創出している。そのノウハウと市場洞察は日本企業の成功を強力に後押しするものであり、本稿ではその実態を詳しく解説していく。

  • TEXT BY YUKO YAMADA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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「グローバルサウス」から生まれる、次なる経済大国

日本企業が直面する経済的な現実と、アジア新興国市場が秘める潜在力について、ジェネシア・ベンチャーズのGeneral Partner・鈴木氏は次のように語る。

鈴木マクロ経済の観点で見ると、人口ボーナスを享受できる国が経済成長を遂げる傾向にあるのは自明のことではあります。

現在、世界第4位のGDPを誇る日本ですが、人口減少により経済成長の鈍化に直面していますね。このまま推移すれば今後10年から20年の間に日本のGDPランキングが大きく下落する予測もすでに出ています。

鈴木こうした状況下で次なる経済大国として予想されているのがインドや東南アジア、そしてアフリカや南米を含む「グローバルサウス」と呼ばれる諸国です。

アフリカの経済的な台頭はもう少し先の話ですが、インドは巨大な人口を背景に急速なGDP成長が見込まれており、IMFの推計でも2025年に日本を追い抜く予測が発表されています。

しかし、1人当たりの所得や経済発展の度合い、インフラ整備などを考慮すると現時点でのマーケットとしてはまだ成熟しきってはいません。インドは高いポテンシャルを秘めていますが、マーケットに参入するには課題が多いのも事実です。

一方、東南アジアは都市の発展度合いが中国とインドの中間に位置し、マーケットの規模と経済成長のポテンシャルが極めて高い。

特にインドネシアやフィリピン、ベトナムなどの国々では「人口ボーナス」が続いており労働人口が急増。これらの国々の経済発展において重要な推進力となっている。

鈴木近い将来、東南アジア最大の国であるインドネシアのGDPが日本を追い抜く可能性は十分にあります。

しかし、多くの日本人は未だ東南アジアを新興国というイメージで捉えている。例えば、インドネシアの首都ジャカルタを「アジアの田舎町だ」と思っている人も比較的多いのではないでしょうか。

実際はシンガポールに次ぐほどの高層ビル群が立ち並ぶ近代的な大都市となっており、日本人の認識と現地の実態との間には大きなギャップを感じますね。

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世界トップのGMVを誇るインドネシアや、日本市場に伍する勢いで成長するインド

鈴木氏の発言を裏付けるように、各拠点のキャピタリストたちも担当する国々の活況を伝える。

Elshaインドネシアでは人口が2.7億人を突破し、その中央値は31.5歳です。労働年齢層が人口の半分を占めており、中でも特筆すべきは中産階級の急増とデジタル化の進展ですね。

事実、Eコマース市場では2023年に世界トップクラスとなるGMV(流通取引総額)約620億ドルを達成しました。

Zunベトナムも現在「人口構成のゴールデン期」を迎えており、人口1億人のうち約7千万人が労働人口です。

平均収入の向上によって教育や医療、旅行などの生活水準が上がり、小売市場が主要な市場として台頭しています。また、政府の積極的な外資誘致政策により、ベトナムは新興企業の主要市場としての地位も確立しつつあるんです。

こうした東南アジアの経済成長はスタートアップへの投資にも反映されている。鈴木氏によれば2021年の東南アジアへの年間投資額は3兆円規模に達し、同時期の日本の約7,000億円を大きく上回ったという。

鈴木東南アジアのスタートアップ市場は一時期の急激な投資拡大を経て現在は調整期に入っていますが、投資家によるリスクマネーの規模は依然として日本を上回っています。

上場企業の数でこそ日本が優勢ですが、成長市場としての魅力は東南アジアの方が日本よりも優位だと考えられる数値があることがわかります。

この手の話は東南アジアにとどまらない。日本企業にとってインド市場もまた、無視できない存在となっている。2023年にジェネシア・ベンチャーズ社のインド拠点を立ち上げ、現地代表としてベンガルールでのスタートアップ投資に関わる相良氏は次のように語る。

相良多くの日本人は、インドをはじめとしたアジア諸国の国内ソフトウェア市場を過小評価していると感じます。

特に、インドは世界の開発拠点というイメージが強く、国内のソフトウェア市場そのものは小さいと思われがちです。しかし、実際にはインド国内のソフトウェア需要は非常に大きく、その成長スピードは驚異的です。

例えばSalesforceの財務データを見ると、全体の売上約35ビリオンドルのうち日本や東アジア、オーストラリア、東南アジア、インドを含むAPAC地域全体での売上が約4.5ビリオンドル(全体の13%)も占めています。

相良また、驚くべきことにインドのあるテック業界の報道によると、Salesforceはインド単体で1ビリオンドルの売上を記録しているんです。これは極めて大きな規模感を示していますよね。

このように、インド国内のソフトウェア市場は急速に拡大しており、その規模は日本市場に迫る勢いで伸びてきているんです。

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アメリカ市場だけがスタートアップの“天下一武道会”ではない

アジア新興国市場の潜在力が明らかになる中、日本企業や起業家たちはこの機会をどのように捉えているのだろうか。

鈴木アジア市場に対する日本企業の関心は、約4年周期で発生しているように個人的には観測しています。オリンピックみたいですね(笑)。

例えば2011年頃、チャイナショックを受けて多くの企業が中国からの製造業のリスク分散を図り、インドネシアやベトナムへ視察に訪れました。そして実際に進出した企業もありましたが、その多くが1〜2年で撤退を余儀なくされ、ブームは過ぎ去っていきました。

しかし、最近の動向には新たな兆しが見られるという。

鈴木ここ1年ほどで再び東南アジア市場に関心を持つ日本企業、特にスタートアップ起業家が着実に増えています。

その背景としては円安による外貨獲得の必要性を感じていることや、グローバル展開を視野に入れるシリアルアントレプレナーの台頭などがありますね。例えば、ラクスル創業者で現ジョーシスCEOの松本氏などです。

とはいえ、こうした動きはまだ一部の起業家に限られているのが現状。多くの日本人起業家にとって東南アジア市場はなぜ、“遠い”のか。鈴木氏は3つの理由を挙げた。

鈴木1つ目、多くの日本人起業家はそもそも国内市場にしかアンテナを張っていないからです。

日本は国内の主要都市を攻めるだけでも事業として十分な収益が得られるため、グローバル市場への挑戦が後手に回りやすい。これは日本市場の強みであると共に弱みでもあり、リスクとしては国際競争力を高める機会を逃してしまうという点があります。

2つ目は、新興国市場の顧客・ユーザーに対する解像度の粗さにあります。

例えば、東南アジアなどの新興国ではそもそも人件費が安いため、「高価なSaaSを導入するより人を雇った方が安上がりだ」という考えが現地には根付いています。なのでプライシングもただ物価差を反映するだけではうまくいかず、新興国特有のニーズに応える設計が必要。ただし、そうしたローカルならではの感覚をつかむには情報や知見が不足しています。

そして3つ目の理由として、日本の起業家にとって「グローバル展開」とはすなわち「アメリカ市場」のみを指すケースがほとんどだからである。

鈴木多くの起業家は「世界でスタートアップをやるならやはりアメリカだろう」といった発想になりやすい。

もちろんアメリカ市場での成功を志すことは尊重すべきです。大リーグのイチロー選手や大谷 翔平選手のように、アメリカでの成功例が出ることは日本のスタートアップ業界にとっても励みとなります。

しかし、アメリカがスタートアップにおける“唯一の天下一武道会”の場所ではありません。

日本の起業家はアメリカ以外の市場、特に今まさに勢いづくアジア市場の可能性にももっと目を向けてみてほしい。そこにはまだ見ぬビジネスチャンスが無数に散らばっていますよ。

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グローバルへの挑戦は、国内スタートアップエコシステムの前進に繋がる

では、日本の起業家は積極的にグローバル市場に挑戦すべきなのか。この問いに対し鈴木氏は慎重かつ現実的な見方を示す。

鈴木グローバル展開は確かに魅力的です。しかし、「言うは易く行うは難し」というように、実際は想定を上回る課題に直面することが少なくありません。

そのため、私たちVCは日本の投資先企業とディスカッションする際、グローバル展開に関して「こういう考え方もあるのでは」という情報こそ提供しますが、安易に「海外に進出すべきだ」と言うことはありません。起業家が覚悟を持って挑戦しなければ期待する成果は得られないからです。

したがって、グローバル展開の判断は自社のリソースや戦略を最もよく理解している起業家自身に委ねています。

鈴木氏は個々の起業家の判断を重んじつつも、一方で日本のスタートアップエコシステムが抱えている課題にも目を向ける。

鈴木日本のスタートアップ投資環境はこの10年で大きく変化しました。

2010年代前半、日本のスタートアップへの投資額は約800億円でしたが、現在では約7,000〜8,000億円と10倍に増加しています。しかし、投資額は大幅に増えたもののEXITの規模はほとんど変化していない。

つまり、投資額の増加に見合うEXITの規模拡大が実現できていないんです(この点に関するジェネシアの見解は代表・田島氏の記事に詳しい)。

こうした状況はスタートアップエコシステムの健全な成長を妨げかねない。鈴木氏はEXITの規模拡大に向け2つの打開策があると言う。

鈴木1つ目はセカンダリーファンドの活用。上場までの期間を伸ばし、より大きな規模でEXITできるようにすることです。

具体的に言うと、初期投資家が保有する株式を新しい投資家に売却することで、起業家は長期にわたって事業拡大のための資金を確保できる。いわば応援者の役割をバトンタッチしながら進めていくようなものですね。これにより最終的にEXITの規模を大きくすることができます。

そして2つ目がグローバル市場への挑戦。

先ほど「海外進出には覚悟が必要だ」とお話ししましたが、事業規模の拡大を目指すのであればグローバル市場への挑戦は避けては通れない選択肢の一つです。

人口減少が進む日本国内では市場規模に限界があり、企業間での競争が激化しています。今後もこの傾向は続くでしょう。一方、新興国市場は依然として高い成長率を維持しており、大きな可能性を秘めています。

例えば、AnyMind Groupは東南アジアの高い成長率や若い人材の潜在力に着目し、積極的にDay1からグローバルでの事業展開を推進してきました。その結果、現在では売上の半分以上が海外から生み出されています。これは新興国市場への進出がもたらす成長機会の好例ですね。

日本企業がグローバル市場に挑戦することの意義は大きい。それは単に個々の企業の成長にとどまらず、日本のスタートアップエコシステム全体の発展と国際競争力の向上にも寄与する可能性があるからなのである。

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グローバルで勝てる日本の武器は、「オペレーションエクセレンス」

では、日本人として世界に打って出る際に我々はどのような強みを認識して挑むべきなのだろか。

鈴木日本人が特に優位性を持っていると感じるのは、テクノロジーだけでは解決できない課題を「オペレーションエクセレンス」で解決することです。

例えばトヨタの「かんばん方式」のように、日本の効率的なオペレーションはグローバルにおいてお手本となっていますよね。細部までこだわる日本人のオペレーション力はグローバル市場でも競争力を発揮できる強みだと感じています。

この強みはジェネシア・ベンチャーズの投資先企業にも顕著に表れている。以下、3つの事例を紹介しよう。まずは先の取材でも登場したKAMEREO。同社はテクノロジーと自社の物流網を組み合わせ、ベトナムの食の非効率なサプライチェーン課題に取り組んでいる。

鈴木KAMEREOは2,500社を超える事業者の需要を予測し、生産者から農作物を直接仕入れることで価格を抑えつつ、安定した供給を実現しています。

生鮮食品を扱う同社にとっては収穫したての野菜をいかに迅速に届け、ロスを最小限に抑えるかが重要。そのために緻密なオペレーション設計や管理を徹底し、ベトナムの食品流通テック企業として急成長を遂げている投資先です。

続いて、オンラインとオフラインの融合で新しい学習体験を提供しているManabie。同社は元Quipperの創業メンバーが立ち上げ、ベトナムと日本で事業を展開している。

鈴木Manabieのユニークな点は日本の大手塾に蓄積された知見やノウハウを最新のテクノロジーと組み合わせたことです。

日本の塾のオペレーションは世界的にも注目されており、中国の教育関係者が十数年前から視察に訪れるほど。この教育現場のノウハウをプロダクト化し、国内と海外の両方で事業展開することで事業価値を飛躍的に高めています。

そして3つ目の事例として、相良氏は製造業向けのクラウド型スキルマネジメントシステムを展開するSkillnoteの事例を挙げた。

同社の『Skillnote』は日本の製造業が誇る技術者育成や品質管理のノウハウをデジタル化し、現場作業員のスキルや資格をクラウドで一元管理するプラットフォームである。しかし、『Skillnote』は単なる人材管理ツールにはとどまらない。相良氏はこのプロダクトが製造業にもたらす変革について語る。

相良製造業では特定の資格や高度な習熟を要する業務が数多く存在しています。その中で従来のExcelベースでの情報管理では“資格の期限切れ”などが発生し、法令違反のリスクが付きまとっていました。

『Skillnote』はこうしたリスクを防ぐだけでなく、さらに一歩進んで“将来必要となる”スキルセットの予測や人材確保計画の立案にも活用できる。つまり、日本の製造業の強みとも言える人材育成と品質保証の仕組みをソフトウェア化し、グローバル展開を可能にしたわけです。

相良氏の発言通り、『Skillnote』は既に日系メーカーの海外工場で続々と導入が進んでいる。

ここで挙げられた各社の事例はまさに、日本企業が持つ高度な業務知識とオペレーション力を最大限に活かし、グローバル市場において他国には真似できないポジションを確立した好例と言えるだろう。

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アジア各国の拠点長が見据える、「日本×アジア」の共創ポテンシャル

日本のオペレーションエクセレンスの強みを活かした成功事例が相次ぐ中、アジア各国のVCたちは日本の強みをどのように捉え、可能性を見出しているのだろうか。

Zunここまででお伝えした通り、ベトナムでも日本企業の卓越したオペレーションと高品質な製品・サービスが高く評価されています。

特に日本企業の規律ある仕事ぶりや揺るぎない誠実さへの信頼は絶大です。そこから醸成される信用こそ、日本のスタートアップがベトナム市場に参入する際の最大の強みとなっていますね。

さらにベトナムは人口に対して若者の比率が多く、新しいイノベーションを受け入れる意欲が高い。したがって、日本企業の強みとベトナム市場の特性が融合すれば素晴らしい相乗効果を生み出す可能性があるんです。

Elsha同感です。日本の成熟市場で培われたナレッジは急成長を遂げるインドネシアのテック産業に新たな視点をもたらすと感じています。また、日本の大企業と現地子会社との強固な連携も強みですね。

さらに、インフラ整備の加速に伴い、日本が持つ建設や都市計画に関する専門知識への需要も高まっています。インドネシアの市場特性や消費者心理を理解した上でこうした強みを活かすことができれば、日本企業はインドネシア市場で大きな可能性を見出すことができると思います。

相良二人とは少し違った視点からお話しすると、私は事業のアイデアや市場参入の戦略を考える際、市場データだけでなく各国の文化的特性や産業構造の違いを踏まえ、どの分野に可能性があるかを探ることが重要だと考えています。

例えばビジネスの進め方を見ると、日本は「ハードウェア的」、インドは「ソフトウェア的」と表現できます。この違いは意思決定の方法や仕事の進め方に顕著に表れています。

相良氏によれば、日本企業はボトムアップの意思決定かつウォーターフォール型の仕事を好む傾向にあり、インド企業、特にテクノロジー関連企業はトップダウンの意思決定かつアジャイルな仕事の進め方を得意としているそうだ。そして、この対照的な2つの特性の融合にこそ可能性があるのだと。

相良「Day1からグローバル」とはよく言われますが、例えば日本人が単身インドで起業して成功したり、インド人が単身日本で起業して成功したりする可能性は残念ながら高いとは言えません。

そこで私たちは、異なる強みを持つ日本人とインド人の起業家をマッチングし、共同創業するモデルを推進したいと考えています。例えばスマートロボティクス分野がその一つです。

日本の製造業は長年、ファクトリーオートメーションにより工場の生産工程を自動化してきましたよね。加えて近年ではAIの急速な発展により、従来の自動化では補えなかった高度な判断を伴う作業すらロボットが担うようになってきた。つまり、ロボットに知能や触覚が搭載される未来が視野に入ってきているんです。早晩、人が担っている工場業務の多くがスマートロボットに置き換わる可能性があるとされています。

日印連携が盛んに提唱されるようになった昨今ですが、協働する課題やテーマを間違うと、両者のネガティブな意味での「違い」が過度に強調され、3〜5年後に「やはり上手くいかなかった」といって双方の熱が冷めてしまう事態を招くことは想像に難くありません。メルクマール(指標)となる成功事例は戦略的に生み出される必要があると考えます。

例えば、ハードウェアとソフトウェアが共創するシーンとしては製造や介護におけるスマートロボティクス、SDV(Software Designed Vehicle)などがありますが、こうした分野においてこそ対照的な強みを持つ日本とインドによるシナジーが生み出せると思っています。異なる文化背景を持つ両国の協働は、一国だけでは生み出せないイノベーションを起こせると信じています。

各国拠点長からの見解を聞くに、日本企業の強みはアジア各国で高く評価され、それぞれの市場特性に合わせたコラボレーションが期待されているとわかる。

ではこうしたニーズを踏まえ、我々はアジア新興国で具体的にどういった事業展開をしていくべきなのか、ここからはその実践方法まで詳しくうかがっていく。

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ジェネシア流、グローバル展開に欠かせないチーム組成やKPIマネジメント

相良ではここからもう少しミクロな話をしましょう。日本企業がアジア市場を見る際、2つの視点があります。1つは「事業展開の場」として。そしてもう1つは「人材調達の場」としてです。

特に後者に関して、グローバル展開を目指す際はまず人材ポートフォリオを日本人だけで組むのではなく、グローバルのメンバーで構築することがファーストステップとして推奨されます。

わかりやすい例で言えば、開発拠点を海外に置き、エンジニアを多国籍メンバーで構成するといったものであろう。そうすることで国ごとのカルチャーや価値観に触れることができ、各国へ事業展開する上でも現地との連携や折衝において解像度高く取り組むことが可能となる。

相良例えばベトナムとインドは共にIT人材のリソースが豊富な国として知られていますが、それぞれ特性は異なり、決して同一視してはいけません。ベトナム人は日本人に似た勤勉さがあると言われる一方で、インド人は前述の通りアジャイルでスピーディな仕事の進め方を好む傾向にある。

さらにインドはトップマネジメント層の人材も豊富です。なぜかと言うと、北米企業がインドのベンガルールを中心にテックセンターを置き、そこで多くのインド人材がグローバルなソフトウェア開発を学んだり、マネージャーとして登用されたりしているためです。

さらに、彼ら彼女らはインドと北米を行き来しながら、プロダクトマネジメントやグローバルな仕事の進め方も身につけている。結果としてリーダーシップを発揮する人材がインドには多いといった実態があるんです。

こうした各国の特性を理解すると、チームを組成する際により各自の強みを活かした役割分担ができてくるだろう。例えば日本チームで全体の品質管理を行い、インドチームで迅速な開発とプロジェクトマネジメントを。そしてベトナムチームで細部の実装を進めるといった具合にだ。

相良このようなチームビルディングを行うことで、各国の国民性の違いや仕事の進め方の特徴をリアルに体感することができます。結果、将来的に各国で事業を展開する際には貴重な知見となりますし、市場の理解が深まり事業の展開がよりスムーズになりますよね。

一方、鈴木氏は各国の特性を押さえつつも、国民性の違いに過度にとらわれすぎないことも大事だとフォローを入れる。

鈴木それこそ、同じ日本人でもスタートアップ出身者と大企業出身者では価値観が異なる場合がありますよね。その感覚と同じです。

重要なのは国籍の違いにとらわれず、目の前の「人」に向き合うこと。あくまで一人ひとりの価値観の違いを知ることがチームビルディングを円滑に進める上では欠かせないと思います。

先ほど相良からも話がありましたが、もちろん各国の特性を理解することは大事です。例えば、インドネシアでは“人前で叱責”することはありえません。相手の尊厳を傷つけ、士気を下げる要因となるからです。そのため、フィードバックは常に1対1で行われます。

とはいえ、これって日本でも現代的な職場では同じですよね、メンバーが集うフロアで怒鳴ることはどの国でも好ましくありません。ですから、あまり国民性で類型化せず、個人として向き合うことが大事だと思っています。

続けて鈴木氏は、複数国で事業を展開するスタートアップへの投資経験から得た知見も紹介してくれた。

鈴木マルチカントリー展開の際の最大の壁は、各国のカントリーヘッドの選定です。

求められるのは単なる事業立ち上げのスキルではなく、組織を構築する力、つまりCHROのような視点を持つ人材が不可欠です。事業を伸ばせて組織もつくれる。この両方を担うことができなければ組織の立ち上げに遅れたり、カントリーヘッドの得意分野のみに偏った事業展開に陥る危険があります。

また、KPIマネジメントに関しても国ごとの目標(縦軸)とプロダクトごとの目標(横軸)をマトリクスで管理し、カントリーリーダーたちはこれらの指標をトラックしてバランスを保ちながら事業を伸ばしていくことが肝要です。

相良氏によるチームビルディングや鈴木氏が指摘した適切な人材配置やKPI管理手法。これらはスタートアップがアジア新興国市場へ進出する際に転ばぬ先の杖となるだろう。しかし、これらの戦略や手法はあくまで出発点に過ぎない。現地の法規制やビジネス慣習、競合環境など克服すべき課題は多岐にわたる。

そこで出番となるのが、アジア各国のビジネス事情を知り尽くしているジェネシア・ベンチャーズの面々。では、同社は具体的にどのような支援を手掛けているのだろうか──。

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「SaaS × トランザクション」に「BPasS」、日本のトレンドは今やアジアから!?

鈴木私たちの強みはまず、“ローカル知見が豊富なキャピタリストが各国にいること”、そして“GPである私自身が新興国で生活しながら投資判断を行っていること”です。

グローバルを強みにするファンドは数あれど、実際にその国に根を張っているケースはあまり見られません。私自身、2011年から活動の拠点を新興国に移し、現地のビジネス環境にどっぷり浸かって投資活動にフォーカスしています。

相良もインドに移住して以来、現地の文化に溶け込もうとあえて髭を伸ばしたと聞いています(笑)。こうした現地への強い関心も私たちの深い市場理解につながっている点はあるかと思います。

相良そうですね(笑)。真面目な話、現地の人々がどんな環境で生活し、どんな点に課題を感じるのかなど、同じ目線で溶け込むことが重要ですからね。

さらに、現地に根差した市場理解の強みはジェネシアのグローバル人材らの存在によって補強されている点も見逃せない。本取材に参加しているZun氏やElsha氏は現地の言葉や文化に精通しているだけでなく、国際的な視点も備えており、日本とアジアをつなぐ重要な架け橋となっている。

Zun私はベトナム出身で日本の大学を卒業し、その後日本IBMでセールスとしてキャリアをスタートさせました。ベトナム語、英語、日本語でのコミュニケーションが可能なため、多角的な視点からスタートアップの市場調査や現地の情報提供だけでなく、顧客や採用人材ネットワークの紹介といった幅広い支援をすることができます。

Elsha私はインドネシアのスタートアップシーンの黎明期から携わり、アメリカでのソフトウェアエンジニアやプロダクトマネージャーとしての経験もあります。

この知見を活かしながら東南アジアやインドのスタートアップが日本市場に参入する、またはコラボレーションするためのゲートウェイを提供し、また同時に日本企業が新興国市場に拡大する際のナビゲートも行っています。

各市場に合わせた戦略で、国境を超えた事業拡大のサポートに自信を持っています。

こうした頼もしい面々が集い、チームで支援を行っていくジェネシア・ベンチャーズ。その他FastGrowとして特筆すべき同社の魅力は、現地市場への深い洞察を活かし、新興国で進化したビジネスモデルを日本に紹介し、その取り組みを支援していることだ。

鈴木その一例が、SaaSとトランザクションを組み合わせたビジネスモデルの拡大です。

すでにお話しした通り、新興国では人件費の安さから、SaaSは相対的に高価に感じられやすく、単体では導入ハードルが高いと考えられていました。そこで注目されたのが、SaaSを軸にしたマルチプロダクト化になります。

単一機能だけでは高価でも、複数の横断的なプロダクトにすることで、共通基盤やデータを活かした効率性や価値総量のアップが期待され、このモデルで成功する企業が増えてきました。

例えば、私たちがシード期から投資をしているインドネシアの物流スタートアップはトラックマネジメントシステム(TMS)*を無料で提供し、収集したデータを活用してトラックのマッチングビジネスを展開しています。

*物流および運送業界において使用されるソフトウェアシステムで、車両の管理、運行計画、配車、運行状況の追跡などを効率的に行うために設計されている。

鈴木日本ではTMSだけでソフトウェアサービスとして成立しますが、人件費が低い東南アジアではSaaSだけでは収益化が難しく、トランザクションとの組み合わせが不可欠でした。私たちはこの発想を早くから日本の投資先に提案してきたんです。

他にも近年日本で注目されているBPaaS(Business Process as a Service)ですが、こちらも国内で注目される前からBPOと組み合わせた効率的なビジネスモデルとして提案してきた経緯があります。

かつては日本企業がアメリカのモデルを後追いする時代だったが、今や新興国のビジネスモデルが日本に持ち込まれるケースが増えている。こうした新興国発のイノベーションをいち早く察知し、日本の投資先スタートアップや投資テーマに繋げられることがジェネシア・ベンチャーズの大きな強みとなっているのだ。

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日本もグローバル市場における一つの「ローカル市場」に過ぎない

急成長する経済、増加する人口に革新的なビジネスモデル。これらが絡み合うアジア新興国市場は日本のスタートアップに大きな可能性をもたらすことが明らかになった。

その挑戦を後押しするジェネシア・ベンチャーズは日本とアジアをつなぐ重要な役割を担っており、国内スタートアップエコシステムの発展に大きく貢献する存在であることもおわかりいただけたかと思う。

鈴木私たちは「Global Founders Gathering」というイベントを開催し、海外拠点の投資先と、日本のスタートアップや事業会社をつなぐ機会をつくりました。今後も日本での事業投資やDXなどに関心あるアジアのエンタープライズ企業の重役の方もお招きし、幅広い参加者が集う場をつくっていきたいと考えています。

こうしたイベントは日本の起業家たちにとって、アジア市場の実態を肌で感じ、グローバルな視点を養う貴重な機会になります。もちろん、アジアの起業家たちにとっても日本市場への理解を深める良い機会となるでしょう。

日本のプレゼンスが相対的に低下している今だからこそ、新興国の優秀な起業家たちと日本の起業家をつなぐことで、新たなビジネスチャンスや協業の可能性を生み出していきたいですね。

そして相良氏は起業家だけでなく、VC自身のグローバル化の重要性も語ってくれた。

相良ジェネシア代表の田島も口々に発信していますが、VC側の視点がドメスティックになるとそれが起業家にも伝染し、結果としてスタートアップ市場全体のアウトプットを制限してしまう可能性があります。したがって、私たち自身もグローバルに思考し、行動し、“挑戦者”として起業家と対等に向き合っていくことが重要だと感じています。

例えば、かつて「スタートアップ不毛の地」と言われた北欧からSpotifyが生まれ成功を収めた理由の一つとして、初期投資家であるCreandum VCのグローバルネットワークがあります。Creandumは米国のトップVCとのつながりを活かしSpotifyのグローバル展開を後押ししたのです。

私たちも同様にグローバルなネットワークを構築し、投資家と共に大きなビジネスを生む挑戦をしていきたいですよね。

鈴木そうですね。相良の言う通り私たちVCは常に進化し続ける必要があります。なぜなら、起業家たちは日々ハードシングスに直面し圧倒的なスピードで成長しているからです。「傍観者であるVC」と「実行者である起業家」の間には大きな差があります。

VCが過去のトラックレコードだけで生き残れる時代はとっくに終わっています。私たちは産業を変え、産業を生み出すトップティアの起業家から「ジェネシアになら株主にぜひなってほしい」と選ばれる存在であり続けるべく、日々挑戦していきたいですね。

最後に、鈴木氏は今後アジアでの挑戦を考える起業家に向けアドバイスを送った。

鈴木グローバル市場に挑戦する覚悟があるのなら、まず認識すべきは「日本もグローバル市場における一つのローカル市場に過ぎない」ということです。

従来の「日本で成功してから海外へ」という“段階的”な考えではなく、「初めからグローバル」の視野を持つことが重要です。つまり日本と海外をわけて考えるのではなく、グローバル市場全体を見渡した上で戦略的に参入順序を決定すべきだということです。

例えば「現状では日本市場が最も収益を上げやすい」と判断すれば日本から事業を開始する、という具合にです。しかしそれは“日本市場にフォーカスするため”ではなく、あくまで“グローバル展開の第一歩”として考えるんです。

私たちの投資先の中にはまさに、創業時からグローバル展開を前提とし、どの国から事業を始めるかを戦略的に選定している企業もあります。

このようなグローバルな視座を持つことで、先に挙げたような外国籍メンバーを積極的に活用したチームビルディングなどの意思決定もスムーズに行えるようになります。ジェネシアはこうしたグローバルな視点を持つ起業家を一人でも多く増やしていきたいと考えています。ぜひ、一緒に世界を舞台に挑戦していきましょう。

こちらの記事は2024年09月17日に公開しており、
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執筆

山田 優子

写真

藤田 慎一郎

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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