鈴木 隆宏
株式会社ジェネシア・ベンチャーズ
General Partner2007年4月、サイバーエージェント入社。学生時代から、インフルエンサーマーケティングを行う子会社CyberBuzzの立ち上げに参画し、新規事業立ち上げ、アライアンス業務、新規営業チャネルの開拓等に関わる。2011年6月よりサイバーエージェント・ベンチャーズ(現:サイバーエージェント・キャピタル)へ入社し、日本におけるベンチャーキャピタリスト業務を経て、同年10月よりインドネシア事務所代表に就任すると共に、東南アジアにおける投資事業全般を管轄。東南アジアを代表するユニコーン企業Tokopedia(インドネシア)、CodaPayments(シンガポール)への投資など、多数の経営支援を実施。2018年9月末に同社を退職し、株式会社ジェネシア・ベンチャーズに参画。早稲田大学/スポーツ科学部卒。
皆様に、日本のビジネスコーチング市場の今後の展望について、どうなっていきそうか可能な範囲で考えをお聞きしたいです。またもし今のタイミングでコーチング市場で事業をやるならどんな事業が良いと思われるかについてもご意見をお聞きしたいです。
大きな流れとしては伸びていく領域だと思います。理由としては2つで、「リモート化」と「人材の流動性の高まり」です。
今ではリモートが当たり前になりましたが、これによってマネジメントは複雑性が増していますよね。またコミュニケーション不足によるメンバーとの関係性の希薄化も、マネージャーのペインとして表面化してきているので、ここにビジネスコーチングはフィットします。また、大手企業も副業を解禁するなど、人材の流動性が高まっています。そうすると、一つの会社に勤め続ける選択肢しかなかった時代の画一的なマネジメントが通用しなくなり、メンバーのWillに答えてあげるような方法が求められるので、マネジメント向けのコーチングスキルを身につけたいという需要は上がっていると思います。
ただ、コーチングは労働集約型になるので、スケーラビリティの観点がハードルになりそうです。現状だと二次関数的な成長は見込めないので、技術ないしは仕組み的なブレイクスルーが出てくるとより良いですね。個人的には応援したい領域です。
鈴木 隆宏氏の回答
投資先にすることが多いアドバイスや指摘で、普遍的に意味がある(投げかけるだけでも価値が出やすい)と思われる発言や投げかけがあれば教えてください。いわゆるキークエスチョン的なものです。
まず前提として、VCはスタートアップの成功確率を上げることはできないと思っています。ただ、失敗確率は減らせます。スタートアップが陥る失敗には共通するものが多いので、とにかくそれを減らしてあげる。それが僕らの役割ですし、そのためにはとにかく「言い続けること」が大事です。例えば、採用において、前述のような「スキルフィットではなくカルチャーフィットで採用しろ」というのはみんな知っていると思うのですが、知っていてもやってしまいます。だから僕らは常にそれを言い続けるし、伝え続けることが重要です。
加えて、目線を上げるための問いかけは頻繁にしていますね。具体的には、「制約条件がない場合、何が1番のボトルネックか?」と「1年後の理想の組織図は?」の2つです。
どうしてもスタートアップは足元の業務に意識を持っていかれますし、実際にタスク量が多いので、視野が狭まりがちです。そんな時に、リソースが無限にあると仮定して思考すると、改めて理想の状態からの逆算で動くことができるようになります。組織図に関しても同様で、どうしても「採用しやすい人」を採用してしまうし、「今いる人」から組織を考えてしまうことが多いので、視点を上げてから考えられるように問いかけています。
鈴木 隆宏氏の回答
皆さんに質問です。私は20名強の会社を経営しております。経営して5年目で、ここ3年は毎年2名ほど退職者が出ているのですが、未だに退職というものに慣れないです。従業員の退職は必ずしもネガティブなイベントではないと頭では理解しているものの、寂しいし、自分の力不足も感じますし、動揺もします。これにどう向き合うのが正解か分からず困っています。ご意見を聞かせてくださいませ。
当然ショックだと思います。ネガティブな気持ちになること自体は自然なことですし、その人間らしさは僕は好きです。経営者として生きていると、どうしてもネガティブな事象は多く発生するので、仕方のない部分ではあると思います。ただ、「悲しい気持ち」と「改善」は可能な限り分けて、ネクストアクションとしてどう改善していけるかというのは考えていけると良いですね。
「改善」の部分で少しコメントさせていただくとしたら、採用には「スキルフィットとカルチャーフィット」があると思っています。人手不足で採用を急いでいたり、資金調達後で現金が潤沢にあったりするときなどは、スキルの高い人(年収も高い人)を焦って採用してしまいがちですが、その人が本当に自分たちと同じビジョンの実現を目指している人なのか/目指すところや価値観が合っている人なのか、というポイントもしっかりと確認することはとても大切です。そこが合っていないたった一人が入社してきたことでチームが崩壊してしまった、というケースも実際にありますからね。そして、それを確認するためには、自分たちのビジョンやミッションをしっかりと言語化しておく必要があります。このあたりを後回しにせず、愚直に準備できているか。そういったところが後々大きな差になってくるような気がします。合う人を採用することはもちろん、合わない人/いずれミスマッチで辞めてしまう可能性が高い人を採用しない指標にもなるはずですから。
鈴木 隆宏氏の回答
シード期の資金調達において、IPO時のバリュエーションをどのラインで想定するかという点でご質問です。
IPO時のバリュエーション1,000億円というのはスタートアップ起業家の夢ですが、最近のエクイティでの資金調達は、IPO時のバリュエーションで100億円を目指せるようなコンサバな計画が誠実さがあって好まれる潮目になっているとお聞きしました。シード段階の事業計画や資本政策を相談している方が結構地に足着いているという印象ですが、シード投資の現場では実際どうなのでしょうか?
VCは結果が出るまで時間がかかるのでPDCAサイクルが長すぎて学習が効きにくく、また結果が出ても自分の何のおかげで結果が出たのかわからない部分もあると思うのですが、どのように学習して成長を確認していますか?
新しくキャピタリストになる方に向けて回答すると、「会社が成長することのリアルを学ぶこと」と「自分でソーシングすること」ができれば、自然と成長できると思います。
会社が成長することのリアルを学ぶというのは、ステージやフェーズごとにどのような課題が出てどう乗り越えていくのかを知るということです。なぜなら、VCは起業家の伴走者として、常に先回りして議論できるようにしておかなければいけないから。VCとして一番大事なのは、投資したスタートアップの企業価値を一緒に高めていくことであり、そのためには会社の成長を肌感で知っている必要があります。具体的には、GP(ジェネラル・パートナー)に付きっきりになるのがいいと思います。GPは様々なフェーズの投資先を担当しているので、そのすべてを生で見てみるとリアリティがあると思います。
ただ、やっぱり見ていることと実際にやることは別物なので、最後は自分自身でソーシングをし、投資をし、伴走する経験が大事です。
ただどうしてもキャピタリスト=新規投資したいとなりがちですが、中身が伴わないと起業家からの信頼は勝ち得ないので守破離を意識することも大事だと思います。
鈴木 隆宏氏の回答
VCの皆さんは未来に投資していると思うのですが、どのように「これから伸びるマーケット」を見つけているのでしょうか?非現実的な未来予測の話ではなく、よく言われている「半歩先」のイメージです。事業をつくるにあたっては、この半歩先を見据えることが大事だと思っているので、参考にさせていただきたいです。
意識しているのは、「川の流れを読む」ことです。世の中の大きな流れとして、今後不可逆なものは何かというのを見極めるのは大事だと思います。川が下流から上流にはいかないのと同じで、ビジネスも大きな流れに逆行していたら伸びないので。
一つ具体例を出すと、少子高齢化という流れの中で必然的に就労人口が減っていきます。そうすると、一人当たりの生産性向上は必須で、BtoB領域に関してはデジタル化が進むのは間違いことですよね。そして既存産業に目を向けると、2つのパターンが考えられます。それらは「産業規模が大きいが、就労人口が多くない領域」と「産業規模も大きく、就労人口も多い領域」です。前者は、要するにすでに効率よく事業運営するための仕組みができているということ。ただ、オペレーションが洗練しているだけで、デジタル化は進んでいないケースが多いので、ここは今後デジタル化でさらに効率化が促進される領域です。一方、後者は現状は労働集約的なビジネスであることが多いです。ここも当然デジタル化で効率化されていくのは必然的な流れということが考えられます。
鈴木 隆宏氏の回答
ぶっちゃけVCをやっている中で、自分も起業したい!と思うことはないのでしょうか?
どういった人物像(バッグラウンド・マインドセット・スキルセット等)の人がVCで働くのに向いているのでしょうか?
一番大事なのは、太陽と月の関係における、月の立場を好きで選べること。つまり、目立ちたがり屋ではなく、黒子であり続けられることは必要な要素だと思います。太陽である起業家が輝くことで、月である僕らも輝くことができるというマインドですね。
スキルやバックグラウンドに関しては、特に気にしなくて良いと思います。僕もサイバーエージェント時代には新規事業や子会社の経営をやらせていただいていたので、もちろん活きていることはあると思いますが、あくまで肌感としてキャッチアップが早いというだけで、必須ではないと思います。それ以上に、「ラーニング・アニマル」になれるかどうかが大事です。成長に貪欲になれるか、常に成長し続けられるか。起業家は日々ハードシングスに向き合っているので、成長スピードがとてつもなく早いわけです。そして僕らはそのスピードに遅れをとってはいけない。僕らの成長スピードが起業家のそれを下回った時点で、価値提供できなくなるので、ラーニング・アニマルになれるかは大事なポイントだと思います。
鈴木 隆宏氏の回答
ここ10年でVCが増えたと実感しています。他のVCとどうやって差別化しているのでしょうか?(みなさんのVCの強み・弱みは何ですか?)
まず、他社を見て差別化を検討するというよりも、僕たちは自己理解と自己開示に注力している部分が大きいです。「WHY US(なぜ自分たちがやるのか)」というコンテンツは、設立から4年の間にすでに2度ブラッシュアップしていたりします。時代の大きな、しかも速い流れの中で、また、多くのプレイヤーがいる中で、自分たちが果たす役割は何なのか?という問いに常に向き合っています。
また、それに加えて僕たちの特徴的な点を挙げるとすると3つあります。1つ目は、「DX」領域への投資という観点で認知が取れていること。直近だと一種のバズワードのようになっていますが、DXという言葉が出てくる前から「産業×テクノロジー」領域に注力してきたので、そこの積み上げは大きいと思います。
2つ目は、海外投資です。特に東南アジアをはじめとする新興国に僕が投資をしているので、新興マーケットの事例を転用することができます。例えば、今SaaSがトレンドですが、日本と東南アジアではSaaSのつくり方やモデルが若干異なるんです。例えば日本では業務効率化系SaaSが多いのですが、これは「人的リソースの置き換え」ですよね。一方、東南アジアはもともとの給与水準が低いので、人的リソースを置き換えたところで収益が全然上がりません。なので彼らはモデルを組み合わせることで単価を上げていたりします。具体的には、支援先である「Logisly」というトラックマッチングを提供している会社に投資しているのですが、ここはトラックをトラッキングするという管理業務を効率化する側面に加えて、配送業者とのマッチングという「取引」の面も取ることで収益を上げています。日本だとラクスルが提供している「ハコベル」が始めましたが、国内でもこのようにモデルを組み合わせる事例は増えていくと思います。
最後は、投資先支援の文脈で「強いチームを作る」一環で、「会社としての上流工程」を手厚くサポートしている点です。いわゆるミッション・ビジョンであったり、CI(コーポレート・アイデンティティ)など、会社のコアとなるようなところを、投資先経営陣と一緒につくっているのは特徴的なポイントだと思います。これは田島と僕が、ユニークで強いカルチャーを持つサイバーエージェント出身というのも大きく影響していますが、足腰のしっかりした会社をつくるには必須です。「投資先の採用支援」を例に考えてみると、例えば僕らがエージェント機能を持って候補者とのマッチング機会をつくることもできるわけです。でも僕らはそれはやりません。もちろんそのやり方も素晴らしいのですが、僕らはその手前である「どんな人が会社にマッチするのか?」というポイントを一緒に考えることで、長期に渡って再現性高く採用活動ができる状態をつくることで、より本質的に強い会社になれるよう支援をしています。
鈴木 隆宏氏の回答
Twitterで「TAM」の議論を多く見ますが、結局事業立ち上げ時には何を考え、どのくらい先まで計算しておく必要があるのでしょうか?
シード期においては、TAMや中長期の構想は考えなくて良いです。なぜなら、まずは戦うドメインと顧客の課題を特定することが何よりも大事だから。そもそもTAMや市場規模などは、ドメインが決まってしまえば勝手に決まりますし、数字周りは投資家が詳しいので、シード段階では起業家がそこに時間を使う必要性はあまり感じません。
TAMもそうですが、マーケットというのはビジネスニーズがあった上で、そのソリューションに対してお金を払う人たちで成り立っています。つまり、課題が深ければ深いほど、ビジネスとして成立する可能性が高まるので、シード期においては何よりも課題の深さと、その課題に対する解像度の高さを追い求めることが重要だと思います。中長期の構想も同じですが、まずはビジネスの歯車が回り始めないことにはスタートラインにも立てないので、最初の弾み車となる一押しに集中する方が良いと思います。
鈴木 隆宏氏の回答
マーケット選定において、「勝てる領域」と「好きな領域」のどちらを選択するべきでしょうか?市場自体の成長性や自身のキャリアバックグラウンドなどを考慮して、勝つことができそうな領域を狙うのがセオリーでしょうか。
投資家への相談はどのタイミングがベストなのでしょうか?
いくつかの業界に興味・仮説があるのですが、具体的なビジネスモデルまでは、まだあまりきちんとした納得できる仮説が立っていません。このような状況でも、投資家へ相談しても構わないのでしょうか。もちろん、事前のデスクトップリサーチ・最低限の想定ユーザー向けのインタビューは実施予定です。
事業の壁打ちや投資相談であれば、タイミングはいつでも問題ないと思います。
100%の状態で相談に行きたいという方も多いと思いますが、あまり気にしない方がいいと思います。多少解像度が低い状態でもディスカッションは出来ますし、むしろ初回で話したことを受けて、どれだけアップデートできるかという「起業家としての成長スピード」の方が大事だったりします。ですので、最低限の情報として「なぜその領域で事業をやりたいのか?」という市場選定のアプローチの考え方や仕方だけ言語化しておいていただけたら、そこからは一緒に考えたいですね。
ただ、「起業しようか迷っている状態」の場合、話は変わります。経験則ですが、このケースの方は背中を押してもらいたいのだと思うのですが、だいたい起業しないので(笑)。