PV至上主義から脱却せよ──マーケティング集団ナイル渡邉氏が実践した、採用広報戦略と効果測定
効果測定が難しく、それゆえに経営陣との合意もなかなか取りづらいとされる広報。その中でも、採用広報という領域において、特にありがちなのはコンテンツ配信本数、露出量等をKPIとした効果測定だろう。しかし、効果測定に迷っている広報担当者も多いはずだ。
この効果測定が難しい理由は、効果が定量、定性的に図りにくいというのはもちろんある。加えて、更に大きな理由としてあるのはそもそも広報の目的がはっきりしておらず、それがゆえに目標KPIもはっきりとしない、ということだ。つまり明確な戦略がないため効果測定のしようがないという状況もしばしば目にする。
採用広報戦略とそれに基づく効果測定。今回はこの領域において、デジタルマーケティングの知見を用い採用広報を科学しているナイル株式会社の渡邉氏に話を伺った。どういう目的のもと誰に何を届けたのか、その効果測定をどうしていたのかというナイル流の採用広報PDCAを明らかにしていきたい。
- TEXT BY KENTA SAKUMA
採用広報として受けた衝撃
「ナイルってSEOの会社ですよね」「東大出身の社長は知っています。」 2018年5月事業部から異動となり、採用人事マネージャーとなった渡邉氏は衝撃を受けたという。
渡邉氏2018年5月、私が採用人事マネージャーに就任した時、会社としてSEO支援は行っていたとはいえ、デジタルマーケティング全般に事業を拡張していたり、「Appliv」というアプリメディアも月間1,000万人が利用するサービスへと成長しており、モビリティ領域で新規事業「おトクにマイカー 定額カルモくん」をリリースしたりと、SEO以外にも事業領域を広げていました。
それにも関わらず、採用候補者からのイメージは「東大出身の社長が経営する学歴重視の会社」「SEOコンサルティング会社」という会社の実態と候補者の方が抱くイメージがかけ離れたものだったのです。
採用広報というとまずは認知をとりにいくという戦略設計となることが多いだろう。そしてそのためにオウンドメディアにコンテンツを投資し、メディアリレーションを行うというのが一般的な戦略であるように思う。しかし、webマーケティングのプロである渡邉氏は、その考え方を活かし一般的な考え方とは一線を画する戦略を打ち出す。
伝えたいことではなく、知りたいことを届ける
渡邉氏マーケティングの世界で絶対に外すことの出来ないポイントは「顧客が知りたい情報を届ける」ことです。ですが、当時採用広報という言葉が広がっていくなかで私が感じていたのは「企業が発信したい情報」に発信が偏ってしまっているのではないかということです。例えば、MVP社員インタビューや、新入社員のインタビュー、もちろんそれも知りたい情報の1つであることは間違いありません。
渡邉氏はそう語る。では渡邉氏が身を持って感じた本当に顧客、つまり採用においては候補者が「知りたい情報」とはなんなのだろうか。
渡邉氏企業の候補者によって違うというのが前提ですが、弊社の例でいうと「面接官の情報」や「事業の情報」です。
前者は、候補者に直接インタビューしたりして見えてきたことでもあるのですが、たしかに面接を受ける!という立場に自分がたち「次の面接は●●事業部部長です」と言われたら、どんな人が出てくるんだろう・・・と不安な気持ちになりますよね。これではなかなか本音ベースの話ができません。ならばと「面接官の情報」等を積極的に発信するようにしたのです。
後者の「事業の情報」は対外的にはぱっと見でわかりづらい事業内容を伝えるためのものです。ソーシャルバズなどは狙わずに、候補者の懸念払拭や正しい理解促進に繋がる地味な記事を配信していたので、役員から「お前の記事は面白くない」と言われたりもしましたが、顧客目線で考えた結果です笑。
このことから見えてくるのは、やはり候補者が知りたい情報を届けるという徹底したスタンスだ。さらに深堀りをすると、一口に「候補者」ではなく、その解像度をさらに高めて広報コンテンツを企画していたことがわかる。
採用広報ではなく、採用「狭」報
マーケティングにおいても、もちろん事業フェーズにもよるが、まず短期的な成果を優先し費用対効果の良いチャネルに投資するという考え方が一般的だろう。ある程度認知がされ能動的な行動がおこりやすい市場においては、例えば記事広告よりもSEOやリスティング広告等の成果に直結する施策が優先されるということだ。
渡邉氏弊社ではいかに広く認知をとるのか、拡散させるのかということには重きを置かず、今受けに来てくれている候補者の方と徹底的に向き合うことを優先してきました。。「広報」というとどうしてもメディアに取り上げてもらうことを成果として見がちです。
ナイルのアプローチとしては真逆で、実際に選考中の候補者にとってどんな情報があれば理解促進や興味関心に繋がるのかを深堀りし、不足している情報をコンテンツ化していく。作ったコンテンツもソーシャルシェアやメディア掲載を狙ったものではなく、適切なタイミングで候補者の方に手渡すんです。広く遍くではなく狭く届けるということで採用「狭」報と呼んでいます。
マーケティングの世界では一般的とはいえ、広報という領域においては珍しいとも思えるアプローチ、就任時の渡邉氏に迷いはなかったのか。
渡邉氏もちろん迷いもありますし、取り組みの中で自分の中での正解定義の認識は変化してきました。。というのはある登壇イベントで誰もが知っているような大企業の広報担当の方と対談する機会をいただいたのですが、その方々はナイルの取り組みとは180度反対で、更新記事数、潜在層向けのインプレッション獲得やPV数等を重視した活動をしていたのです。
大手企業では採用活動1つとっても多くの部署が関わり、ステークホルダーが多岐にわたるため、広報担当の部署が直接影響を与えやすい活動にフォーカスしている、とのことでした。その活動の成果も定量的に示す必要があったため、PVで計測するしか方法がなかった、という背景があったようです。
このような事例もある通り、どのような広報戦略を取り、どのように効果測定していくかについては、企業規模や、経営判断、自分たちの職務でコントロールできる領域かどうか等により正解は1つではないと思います。絶対的な答えはない、というのが今の所の答えです。
渡邉氏のいうとおり、企業の抱える課題や、自社のアセットにより、とるべき戦略は異なるはずだ。スタートアップにおいては人的リソースや予算を大企業ほどはかけられないため、潜在層にリーチし、その潜在層と丁寧にリレーションをとっていくという戦略は取りにくいということが、渡邉氏の取った戦略からも読み取れる。
渡邉氏また、「狭」報だからこそ、そのコンテンツをどう届けるかというところも見出しやすかったです。文字通りお手製で、候補者の方とのやり取りを通じたメールで届けるのです。
例えば二次面接前に次の面接官の記事なので、ぜひ読んでみてください。という感じですね。逆に、バズらせることでPVの量を狙いにいくことや、メディアの方にキャラバンして掲載してもらうような取組は、リソース上の制約もあり、ほぼ行っていません。
フェーズによって異なる効果測定方法の変遷
ここまでの採用広報戦略をまとめると、あくまでも採用というゴールのために、転職顕在層に対し、候補者の方々が本当に気になる情報を、お手製で丁寧に届けるという戦略で会ったことが見て取れる。ただし、その戦略は企業や事業のフェーズにより変遷を遂げてきたようだ。
渡邉氏2018年の発足時点では、ここまで話をしてきたような取り組みに則したKPIを設定してきました。主に見ていたのは「内定承諾率」や「選考歩留まり率」などの採用指標として一般的なKPIで、採用狭報の取り組みの結果、どのように変化するのかを見ていました。
もうひとつ、こちらは定性評価ですが「面接での質問内容」は意識的におっていました。それまでは「どんな人がいるんですか?」「どんな雰囲気なんですか?」「SEOの会社ですよね?」といった質問が多かったのですが、事前の理解促進コンテンツを増やしたことでそういった質問はなくなりました。
また、2019年後半からは、採用マーケティングにも力を入れ始めたのでオウンドメディアからの採用効果も計測するようになりました。具体的に言うと、オウンドメディアからの遷移率や、採用の歩留まりをみていました。webマーケティングの知見を活かし、採用サイトでのCVR改善等を行っていました。
では、直近のナイルではどのような採用広報戦略をとっているのだろうか。
渡邉氏2021年からは拡張期に入っています。大型の資金調達、モビリティサービスの「おトクにマイカー 定額カルモくん」への積極投資等、会社のフェーズも1つあがっており、それにあわせた採用広報戦略をとっています。
そして、今段階のフェーズの採用広報としては、認知や露出を増やす効果があった施策なのかを検証するために広報スコアを設定しました。どんなメディアで、どんな切り口で露出できたのかといった要素ごとに重み付けしてスコアを決めています。あとはコスト面での生産性をあげるということで、自社サイト経由の応募を増やす取り組みも進めていますね。
ここまでの変遷を聞いていると、変えてきたものと変えていないものがあることに気がつく。変えていないものがわかりやすいが、「採用」という目的が原点にあることだ。その原点をぶらさずに、どこまで網を広げるか、そのための施策を変えているということだろう。当たり前のことのように聞こえるが、人事採用、広報、事業、と縦割りになってしまうと、広報の目的が露出のみによってしまいがちなところを、組織設計を含めてカバーしている事例といえそうだ。
採用広報担当が現場に出ることの重要性
理想的な組織設計とはいえ、ここまで成果と採用広報をいきなり連動させるのは難しいこともあるだろう。その際に、渡邉氏は採用広報としてすぐにできる動きを紹介してくれた。
渡邉氏ぜひやってみてほしいのが面接に同席をする、ということです。冒頭で私が受けた衝撃のように、恐らく多くの広報担当の方が「全然自社のことが理解されていない」と気がつくはずです。そこを原点として、広報の企画をしていくことで、先程お話をしたように、候補者が本当に知りたいこと、自社が発信すべきことを届けることができるようになるのではないでしょうか。
採用チャネルは一つに絞るべきではない
最後に採用マーケティングに近しい部分で、マーケティングの領域においても頻繁に耳にする費用対効果の良いチャネルに集中する、という考え方についての意見を聞いた。マーケティングでいうのであれば、マス広告ではなくデジタルに集中、採用広報の領域でいうならばエージェントや媒体ではなく、自社サイトに集中ということの是非をどう考えているのだろうか。
渡邉氏先程、生産性の観点で自社サイト経由の応募増加施策を進めていると言いましたが、それはなにもエージェントや外部媒体への投資を削るという意味ではありません。あくまで最終接触が自社サイトだったということをモニタリングはしますが、それ以前のコミュニケーションを放棄するわけではないということです。
候補者の方は様々なところで情報に触れています。外部媒体やエージェントでナイルを知ってくれる方、知人からの紹介、SNSと接触チャネルは無数で、どれが良かったという評価はしきれません。ですので、今はどこかに絞るという考えはせずに、投資するところは投資するようにしています。
デジタルマーケティングのプロフェッショナルが、採用広報の世界にその知見を持ち込み科学しきれないとされた領域を科学しようと試みている。この一連の取組はは単なる効果測定のための効果測定ではなく、あくまでも戦略ありきで「成果」という部分を曇りなく目指し、そこにたどり着くための現在地を知るための効果測定であるように感じる。
こちらの記事は2021年07月26日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
佐久間 健太
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