採用戦略の真髄は“狭報”にあり──インキュベイトファンド×DNX Ventures×FastGrow スタートアップ支援者が見る採用強者の共通項

登壇者
清水 夕稀
  • インキュベイトファンド株式会社 コミュニティマネージャー 

2014年、株式会社ビズリーチに新卒一期生として入社。ダイレクトリクルーティング・コンサルタントとして企業の採用活動支援や、ヘッドハンター向けのロイヤリティマーケティング等に従事。人事・人材業界を対象とした300人規模の交流会を立ち上げ、一年間で述べ1,000人を動員。2017年にインキュベイトファンド入社。起業家、応援者などスタートアップを取り巻くエコシステム全体のコミュニティ構築に従事。早稲田大学文化構想学部卒。

寿松木 充
  • インキュベイトファンド株式会社 

新卒でキヤノン株式会社にエンジニアとして入社。 株式会社リクルートキャリアでの経営企画職を経て、スローガン株式会社にてスタートアップ特化のエージェント事業の立ち上げに参画。 セールスマネージャ、営業企画、マーケティング、アライアンスといった広範な業務に従事。 2021年1月よりインキュベイトファンド株式会社へ入社し、タレントネットワークの構築・採用支援を通じた投資先のバリューアップを担当。 千葉大学大学院 情報科学専攻 修了。

上野 なつみ

多摩美術大学卒業後、2011年三井物産株式会社へ入社。情報産業本部在籍。2013年よりクリエイターネットワークのベンチャー企業株式会社モーフィング執行役員。クリエイターネットワーク事業統括、制作ディレクター、人事広報、ウェブメディアの編集長などを担当。2018年10月より現職。イベント企画運営、投資先支援全般、広報・マーケティング領域を担当。

西川 ジョニー 雄介

モバイルファクトリーに新卒入社。2012年12月、社員数3名のアッションに入社。A/BテストツールVWOを活用したWebコンサル事業を立ち上げ、同ツール開発インド企業との国内独占提携を実現。15年7月よりスローガンに参画後は、学生向けセミナー講師、外資コンサル特化の就活メディアFactLogicの立ち上げを行う。17年2月よりFastGrowを構想し、現在は事業責任者兼編集長を務める。その事業の一環として、テクノロジー領域で活躍中の起業家・経営層と、若手経営人材をつなぐコミュニティマネジャーとしても活動中。

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“採用強者”というイメージのあるスタートアップが、あなたの脳内にも数社ほど思い浮かぶだろう。

そうした企業がなぜ、良い採用を続けられているのか、その裏側を改めてじっくり考え、知見を広く共有していきたい。そう考え、FastGrowでは2024年8月、採用広報についての一般的な課題感やノウハウ、そして取り組む姿勢について整理を試みるイベントセッションを企画した。これはそのレポート記事である。

登壇したのは、HR事業やベンチャー投資の現場経験を基に、さまざまなかたちでの採用支援に取り組む面々。インキュベイトファンドから清水氏と寿松木氏、そしてDNX Venturesから上野氏、さらにFastGrow編集長の西川ジョニー雄介が深く具体的なディスカッションを展開した。

まだ認知度がそれほど高くないスタートアップが採用を成功させるために、どのような採用広報を行うべきなのか。そしてその実行に、VCの支援やFastGrowなどのメディアがどのような貢献をしていくのか。できるだけリアルな事例を交えて記録した。(ただしどうしてもオフレコの話も出てきてしまった。より詳しい内容が知りたい場合はぜひ、FastGrowにこちらのフォームからご相談をいただきたい)。

  • TEXT BY WAKANA UOKA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
  • EDIT BY TAKUYA OHAMA
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スタートアップの採用競合は、
もはや界隈だけに留まらない

リード文でも紹介したように、登壇したのはHR事業やベンチャー投資の現場を知る面々だ。清水氏は株式会社ビズリーチ(現:ビジョナル株式会社)に新卒入社したのち、インキュベイトファンドでコミュニティマネージャーやPRを担う。寿松木氏はリクルートやスローガンを経験した後、インキュベイトファンドで投資先の採用・組織支援に取り組む。上野氏は三井物産を経て、ベンチャー企業執行役員となりさまざまな領域を管掌した後、DNX Venturesで採用や広報を含めた投資先支援に携わる。

スタートアップメディアを運営しつつ、スタートアップの採用広報支援を手掛けるFastGrow編集長の西川も絡みながら、まずはスタートアップを取り巻く人材採用市況について全体感を語り合った。

──本日のアジェンダは3つです。まず1つ目は、VCから見たスタートアップの採用課題。VCがどのような支援の必要性を感じているのか、取り組み事例も交えながらお聞かせください。

寿松木全体感を4つの点から整理してみました。まず1点目に、スタートアップ界隈での採用競争は激化する一方で本当の意味で“War for Talent”の時代が来たと感じています。というのも、「スタートアップ同士での争い」だけでなく「スタートアップと大企業との争い」が目に見えて増えているんです。

例えば、アーリーステージのスタートアップでテックリードのポジションで選考を受けている候補者の併願先が、誰もが知る超大手企業だったりします。ビジネスサイドでも、スタートアップでCxO候補となる候補者が従業員数2万人ほどの会社で海外M&Aを担うポジションを併願しているといった具合ですね。

寿松木2点目に、“Why Us”の重要性が高まっていることが挙げられます。

皆さん、最近スタートアップに関するニュースが飽和していると感じませんか?例えばもう資金調達をしたというだけでは話題になりにくいですよね。たまに話題になったとしても、シードで16億円だとか、シリーズBで70億円だとか、そういう規模の調達です。

なので、数字だけで「すごいでしょ」と発信するよりも、それこそFastGrowさんのように「なぜ我々はこのマーケットで勝負できて勝てるのか」という“Why Us”をちゃんと語ること。すなわち「客観的な目線からの文脈を伴った情報発信」が必要になってきています。

3点目、インパクトスタートアップ*やゼブラ企業*の存在感が増しています。THE資本主義ではない成長戦略・企業戦略でブランディングしている企業に興味関心を抱く候補者が増えていると感じます。

*インパクトスタートアップ:「社会課題の解決」と「持続可能な成長」を両立し、ポジティブな影響を社会に与えるスタートアップのこと。利益追求だけでなく、社会的なインパクトの最大化を目的とする。

*ゼブラ企業:企業としての利益追求と社会との共存性を重視するスタートアップ企業を指す。短期的な成長を追い求めて利益追求を最優先する「ユニコーン企業」のアンチテーゼとして2017年に提唱された。

4点目ですが、ここ1~2年で生成AIなどを活用し、大企業に対するBPOやコンサルティングビジネスで大きなキャッシュをつくっているスタートアップが増えています。創業初年度からしっかりと利益を出していますから、採用候補者に対して大きな年収を提示しやすいですよね。

そんな中で、Jカーブを掘っているスタートアップでは、金銭報酬・経験報酬・感情報酬をどう設計し提示するのか、難しい課題が表出していると言えます。

寿松木次に共有したいのは、スタートアップの成長フェーズが変わるごとに採用に関するボトルネックが変わっていくという話です。

まずはシード/アーリーフェーズですね。本当にいろいろな採用課題があるのですが、乱暴にくくってしまうと「もう何から始めればいいのかわからない」という点と「会えれば採用できるからこそ、つながりと認知をつくってより多くの出会いをつくりたい」という点です。

ここではWeak Tiesという考え方が重要になります。アメリカの社会学者Mark Granovetterさんが提唱した「The strength of weak ties(“弱い紐帯”の強み)」からとったものです。「ちょっとした知り合い」というくらいの弱いつながりからこそ良い結果につながるという考え方でして、スタートアップが採用を進める中でも、「“知り合いの知り合い”との出会い」などを活用したリファラル採用が進むように取り組むことが重要になりますね。

次はグロース期。まず、採用ボリュームを増やすために情報の持続発信によるタレントプール構築の必要性が高まります。それからHRBP理論。組織拡大に伴いエンゲージメントの維持・向上の難度が高まっていくので、部門間できちんと連携して組織開発に取り組めるようにしていかなければならなくなります。

そして、プレIPO/ポストIPOの時期の課題としては「“もう大きくなって、挑戦機会も少なくなっちゃったよね”に対するアンサーをどうつくるのか」です。ミッションやパーパスを実現するにあたって、「まだまだ僕らは1合目なんです」という距離感を丁寧に正確に伝え続ける必要が出てきます。

このようにスタートアップの成長全体を通じて認知をつくること、育てること、変えていくこと。ここがずっと頭を悩ませ続ける課題なのかなと思っています。

ジョニー全体的に強く共感がありますが、特に最後の「IPOを経たり、社員数も数百名と大きくなったりして、挑戦機会に乏しく見えてしまう」という課題感の解消をFastGrowでご一緒する機会は多いですね。

ラクスルさんとは「事業は成長し続けているし、事業ポートフォリオも拡張し続けているから、必要なポジションも増え続けている。よって今も未上場の成長期と変わらず成長機会が豊富な環境である」というメッセージをIRの数字を活用したり、最近入社した転職者の方から見た今のラクスルを発信したりによって伝え続けています。

SmartHRさんとは「1,000人を超えてきて大企業化していそう」「もう型化が進んで年功序列なカルチャーなんじゃないか?」という問いへのアンチテーゼとして「FastGrowだからわかる、SmartHRが成果主義であると言える理由」を説明する情報発信に取り組むなどしています。

SmartHRの成果事例資料を配布中。ダウンロードはこちらから

FastGrowが制作したSmartHRが「実力主義」であることを説明する特集コンテンツ:「SmartHR、実は想像以上の“実力主義カルチャー”だった──「あの会社の“実は”ここがすごい」Vol.1

上野DNX(DNX Venturesの略、以下同じ)の投資先もいろいろなフェーズの会社がありますが、寿松木さんがおっしゃる通りフェーズによって課題はまちまちかなと思っています。

そのなかで、先ほど認知のないシード/アーリーフェーズは、「会えば口説ける」とお話しされていましたが、候補者に会えるまでの道のりは、創業メンバーのキャラクターに左右されることも多いですよね。会社が成長すると、HRやPRの専門家が社内に入ってきて、見せ方や認知のつくり方を改善できると思うんですが、初期はそうはいかず、難しさに直面する企業も近くで見ています。

そんな時こそ、2人目・3人目のメンバーに素晴らしいタレントを招くためになんとか奮闘したいですね。少しずつでもいいタレントが揃ってくると、呼び水となって良い人が集まってくるんですよね。逆に言うと、初期メンバー採用の部分で気を抜くと、会社の魅力づくりに課題を抱えたまま次のフェーズに近づいてしまいます。

寿松木本当におっしゃる通りだと思います。スタートアップだとたまに、新卒や第二新卒ぐらいの若手メンバーでも、経営戦略を語れる人がいるじゃないですか。このように創業者の言葉を代弁できる人がいるのは、社内に本当に強い結びつき(strong ties)があり、広く薄いつながり(weak ties)にも良いアプローチができていく状態にあると言えると思います。

ジョニー認知の課題がずっと付きまとうというお話がありましたが、エムスリーさんのようにそれほど露出をしていない成長企業もありますよね。むしろ「出ないことがブランディング」というような企業もいると思います。皆さんから見ていて、「こういう会社はむしろ出なくていい」「認知を気にしなくていい」という例ってありますか?

寿松木個人的には、本当に時と場合によると思っています。例に出ましたエムスリーさんは、事業戦略とIR資料を見ればすごさがわかる企業ですよね。どういう風に知られたいのか、どこに魅力を感じてほしいのか次第であり、その戦略上、認知向上が必要なければ気にしなくていいということかなと思います。

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指標にすべきは「企業イメージの変化」。
媒体活用の検討は不可欠?

──ここからは採用広報にフォーカスしていきたいと思います。採用広報の支援を行うなか、FastGrowでも「いつやればいいんでしょう」「どういう風に目標を考えればいいんでしょう」とスタートアップ側から聞かれることがまず非常に多いです。上野さんもよく聞かれると思いますが、どのようにご回答されていますか?

上野「いつやればいいか」に画一的な答えはないと思っています。

シリーズAだからとか、売上がいくらになったから、ARRがどうだからといったわかりやすいタイミングはない。やはり個社ごとの足元の状況や経営戦略に基づいて、踏むべきタイミングを判断するべきでしょう。

そうは言っても、経営者でも迷うのは当たり前なので、早い段階でベンチャーキャピタルのように他社の事例に詳しい人たちに相談してみるのが一番です。手前味噌ですが、DNXはリード投資家として社外取締役を拝命する機会も多く、多くの投資先の経営や事業・組織状況を踏まえさまざまなご相談を頂いています。採用広報のご相談を頂いた場合には、FastGrowをはじめ外部のパートナーやメディアの方々も巻き込ませていただき伴走しているつもりです。

タイミングは各社異なるとはいえ、一般的には採用広報のアクセルを踏み込もうというのは、まさにそこから採用に力を入れようというタイミング、かつ、ROIが合うと判断できるようになるタイミングです。金銭的にも工数的にも一定のコストがかかりますので、「PMFしている」「事業の安定成長が見える」というタイミングが、正攻法で考えると1つのタイミングの目安になるのかなと思います。

──ROIというお話がありましたけど、ジョニーさんは採用広報のROIをどう考えますか?

ジョニーそうですね、ちなみに、FastGrowの活用に限定せず、採用ブランディング全体でROIをどう考えるべきかというご相談はよく寄せられていまして、多くの企業さんと「難しいですよね」と話しています(笑)。

注視すべきと考えているのは、「現在の認知率」「今後半年間で高めたい認知率」で、その前提として「過去の実績を踏まえてブランディング上のベンチマーク企業などの想定目標を決める」というのもご提案しています。

FastGrowがスタートアップの採用広報支援において実施しているアンケート結果例。採用競合となる2社と比較してどんな魅力が候補者に伝わっている/伝わっていないかを定量調査した。

ジョニーまた、こうしたROI設計を進めるにあたって、メディア読者を対象に様々な定量・定性の調査・リサーチを実施させていただいています。例えば、対象企業の採用競合となる企業と比較して、「どんなイメージが採用ターゲットに伝わっていないのか?」を調査する定量調査であったり、採用ターゲットに直接FastGrowがデプスインタビューを実施させていただいたり、というリサーチです。

「メディアでここまでやってくれる会社はない」、「採用広報の効果を定量判断する指標になる」といった嬉しいお声を頂けています。そうしてご発注いただいた上で、採用広報プロジェクトの実施前後の認知度やイメージの変化を、定量・定性の両面から比較し、「認知やブランドイメージの変容」を測定しようとしています。

FastGrowが実施する認知率・ブランドイメージ調査の詳細が知りたい方はこちらから

FastGrowがスタートアップの採用広報支援において実施しているアンケート結果例。社名認知率を会員向けに定量調査した。

ジョニーFastGrowは、ビジネスメディアとしてもちろん中立性のような部分を大事にしていますが、そもそも活動の根っこに「成長している新産業領域の企業における情報の非対称性を取り除きたい」という想いがあります。

その中でも特に、スタートアップのブランディングって、一部の企業ばかりが注目を集めたり、クローズアップされやすかったりする構造にあると感じています。

大きな資金調達をした企業だとか、もともとSNSでの発信力があるシリアルアントレプレナーが立ち上げた企業の情報をどうしても目にしやすいですし、そういう企業「だけ」が伸び続けているように見えてしまいますよね。でもその裏では、同数かそれ以上に、あまり情報発信ができていないけれど実は事業が急速に伸びていたり、大きな社会課題に向き合っていたり、すごいメンバーが続々と集まっていたりする企業もあるはず。

FastGrowではポリシーとして、事業成長や組織成長がわかりやすく社会に届いているわけではない企業さんを線(経年)で追い、その変遷を取り上げたいと思っているんです。たとえば、シード/アーリーフェーズの代表インタビューから始まり、資金調達ラウンドを重ねる中での新規事業や新規メンバーに触れ、IPO、その後までの軌跡を追い続けるイメージです。FastGrow上でどこかの企業の記事一覧を見ると、「こんな苦労や変遷があるから、今の成長があるんだ」ということがすごくわかるみたいな、そんなお付き合いの仕方を目指し、工夫しているところです。

なので各スタートアップさんとは、新たなニュースがあるときだけ「取り上げてもらえませんか?」と言われるような関係性ではなく、「最近こういうメンバーが増えてきました」「○○が社会に伝わっていないような気がしてきました」とか、現状や課題感を細かくやり取りさせていただける関係性を築けるメディアでありたい。そうした情報をうまく編集し、スタートアップ各社やエコシステム全体の発展に向けてコンテンツを積み重ねていくのがFastGrowのミッションなんですよね。

上野まさに私たちも、エコシステムへの貢献に対して想いを強くもっていて、FastGrowさんとはいくつか連携もしてきました。採用広報に限らず、広報やPRの取り組みって即効性がなくROIが見えづらい。だからこそ、諦めずにこつこつやり続ける必要がありますし、積み重ねていくことで認知が得られるのです。

メディア掲載にはつい期待が高まりますが、たった1本のコンテンツで大きな効果を得られるのはごく稀です。お付き合いを長く続けて、小さな点を増やしていき、線や面で企業認知の拡大を目指すべきだと思います。なので、FastGrowさんのように継続的に会社の魅力や変化を追っていただけるのは非常に意味のあることだと思います。

清水求職者も投資家も、特定のスタートアップが気になったらやはりインターネット上で検索される方が多いと思います。そこに出ている情報をかき集めて、判断のよりどころにしたり、面談に備えたり。このとき、コーポレートサイトやサービスサイトももちろん重要ですが、プレスリリースや媒体の記事が継続的に出ていることで、会社の事業進捗が順調であることを実感できたり、メッセージに統一性があることでより会社への理解度が深まります。

たとえスポンサードだとしても、メディアの記事は第三者の視点が含まれるので、そこでこそ伝わることがたくさんあります。箔付けじゃないですけど、スタートアップの武器として使おうと検討することも一つの手段だと思います。

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まずは「社内メンバー向け」から始める。
それが“採用強者”の第一歩

上野シード/アーリーフェーズの認知のないときこそ、どのスタートアップにもぜひやってみてほしいことがあります。それは「創業者ブログ」です。

初期メンバーを採用するにあたって、「代表はどういうことを考えて創業したのか」を、人に伝わる形に言語化しておくことが大切だと思うんです。純度の高いコンテンツがあれば、初期メンバーが同じ熱量や目線で創業について語れるようになったりする。

DNXの投資先ではCloudbaseさんがシード期にそれを発展させて「メンバーのインタビューを全部出す」という施策を行っていました。

寿松木経営者がやりたいと思っていることの言語化が大事だというご意見は本当にその通りだと思います。

私が採用広報を考えるときに大事にしている「ターゲット」の話をさせてください。創業者からの距離感に応じてN1、N2、N3と呼んでいまして、N1は社内メンバー、N2は候補者や投資家などのステークホルダーです。N3はその人たちの知人やお客さん、業界の人など。

寿松木「認知とは、伝播させていくもの」だと思います。

最初からN3の人たちに「僕らはこういう者です」と言っても伝わらないでしょうし、伝わったとしても期待している効果は得られにくい。シード/アーリーフェーズでは、まずN1である自社メンバーがどれだけ経営者の言葉をきちんと理解し、代弁できるかを目指すべきです。社内の近い距離の人たちがちゃんと「経営の目線での言葉」を使い、会社のことを語れる人を増やしていくというのが、最初の一歩として最も大事なんじゃないかと思っています。

そういう意味では、広報チャネルは感染経路みたいなものだと思うんですよね。ちゃんと強い感染源、例えば会社の魅力や価値、将来をちゃんと理解していないと、やはり伝わるものも伝わらないというのはあるのではないかと思っています。

採用広報の企画やチャネルはいろいろあると思うんですけど、まずは社内全体に伝える、経営陣の思想と思考を届ける全社ミーティングを定例で実施する、入社エントリーを全員で書くみたいなことから始めていくのが大事です。そうした地盤が整っていると、「この会社の、全員の想いを社外に広めたい」という社員のエンゲージメントの高まりも出てくるがゆえに、FastGrowのような第三者メディアにコンテンツを掲載した際に返ってくる効果が(社員も自発的にコンテンツを拡散してくれるため)とても大きくなりますよね。

──N1向けの最初の動きはたしかに重要ですね。一方で、実際にインハウスで進めるのが難しそうだと感じる人も多くいるように感じます。インキュベイトファンドさんが投資先スタートアップと一緒に採用広報をスタートする際には、どのようなことに気を付けているのでしょうか?

寿松木当たり前の話になってしまうかもしれませんが、ミッションやビジョン、それからバリューやカルチャーについて、その意味や狙いなどの背景を経営陣含め社内でじっくり対話することから始めています。

その上で、創業者のnoteで記事を書いてみたり、我々のようなVCと「投資家・起業家対談」のような記事を制作してみるのもオススメしています。そのインタビュー制作を起点にして創業背景や、大事にするカルチャーやバリューみたいなものを言語化してみると、言語化も一歩前に進む手応えがあります。

ほかにもHRの観点でいくと、オンボーディングのプロセスで工夫ができます。意識としては「社内向け」でいいので全員に入社エントリを書いてもらうようにしたり、入社後3ヶ月〜半年が経った頃にまた感じることを書いてもらったりするなどを積み重ねることで、N1の採用広報が軌道にのる事例をたくさんみてきました。

ジョニー最近、面接の段階で「カルチャーマッチの懸念があれば見送る」と明確化している企業が増えた気がしますね。関連して、「うちは入社エントリを出すよ」「イベントに積極的に出るよ」など、発信があればみんなで拡散するとか、採用はみんなでするもので人事だけの仕事じゃないとか、そういうメッセージを面接前に伝える動きも目立ちますね。

上野私の目から見ても、採用広報を上手くやって採用できている会社はまさに全員で採用に取り組んでいて、寿松木さんの言う「N1からN2への伝播」が進んでいると思います。入社エントリを書くご本人自身も、転職活動中に入社エントリをはじめとする採用広報コンテンツを通じて会社のファンになった方々です。コンテンツで会社を好きになった経験があればあるほど、入社メンバーにも貢献してもらいやすいと言います。

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“採用強者”たちの実例から成功の秘訣を盗め

──ではここからは実際の事例を踏まえて、採用広報を成功させて採用強者になっていると言われるスタートアップの施策や工夫、目標設定、実際に出た成果についてお聞きしたいと思います。

上野まずはCloudbaseの事例ですが、N1からN3に伝播させていく熱源を社長の岩佐さんが持っているパターンですね。13人目まではリファラル採用をしたそうなのですが、彼自身の熱量が非常に高く、内定が決まった瞬間にうれしくて岩佐さんが号泣するというのを毎回繰り返したようでして。

号泣して喜んでもらえた側の13人はやはり社長の思いを背負っている。人事だけではなく全社で採用に取り組むんだ、その熱量を伝播させていくんだという意識で実践している好事例だと思います。事業の可能性だけではなく、経営者の思いやパーパスといった火種ってすごく大事だなと感じさせられる事例ですね。

寿松木自分が入社を決めたときに代表が泣いてくれたら求職者側としては非常に心に残りますよね。そのエピソード自体が人に話したくなるものです。まさにN1からN2に伝播するときの強いドライブ要素なんだろうなと思いました。

──それだけの熱量を持ってやってらっしゃったことに何か背景はあったのでしょうか。

上野岩佐さんは素でやっている気がしますね。表も裏もないところも彼の良さなんですよ。この文脈で一言言うと、広報って360度誰が目にしていてもおかしくないものですよね。採用候補者向けと狙いを定めて行う広報施策だとしても、実はSNSなどを通じてお客さんや投資家など様々なステークホルダーが見ています。

「この人向けだから、こんなメッセージを発信しよう」という裏表は逆効果。むしろ副産物としてお客様が会社のカルチャーに共感してファンになってくれるのが今の時代のPRだと思います。

──ありがとうございます。続いての事例はテックタッチさんですね。

上野テックタッチとこの次に取り上げるFLUXには共通点がありまして、両社ともにチームを巻き込んだ採用広報が非常に上手です。その背景には、どちらも「リファラル採用を増やす」という明確な狙いがあります。

人材紹介会社を通さずリファラルで採用できればコスト面においても大きなメリットとなりますし、カルチャーフィットの面も社員や知人からの紹介のほうが強いでしょう。テックタッチは直近5月〜8月に入社した22名中9名がリファラル採用で、40%まで急増しています。FLUXもリファラル率が非常に高いです。従業員の皆さんにリファラルのメリットを感じてもらえるような仕組みをつくるなど、社員を巻き込む取り組みを意識されています。

どちらの企業からも共通して語られたポイントは、採用広報のコンテンツはもちろん採用候補者に向けて発信するけれども、実際には「社員がリファラル採用しやすくするための武器」のようにコンテンツが使われているということ。かつFLUXがおっしゃっていたのは、従業員の方々の会社理解も深まるし、ロイヤリティも高まる効果があるということでした。

ジョニーFLUXさんは、FastGrowでもスポンサード含め長くお取り組みさせていただいていました。私もシリーズAぐらいからご一緒していますけど、社長がすごく印象的な方で、厚い信頼を寄せてくださっていて、忌憚なくたくさんの情報をくださっています。

リファラルでいうと、最初に社長インタビューを出させていただいたときに、「早速効果がありました」とご報告をいただきまして。何かというと、社長が記事をシェアしたところ、ずっとリファラルで誘っていたものの面接を受けてくれなかった人が記事を読み、「ちょっと話したいんだけど」と連絡をくれたというんですね。そこから内定までいったそうで、リファラルで口説きやすくなるってこういうことなんだなと感じました。

──FLUXさんは自社コンテンツとFastGrowのような外部メディアとの双方を使っていらっしゃると思いますが、そこの使い分けや効果の違いはあるのでしょうか。

上野自社メディアではN1からN3に認知を拡大するのは難易度が高いので、N3層にアプローチするためにFastGrowさんの読者プールに飛び込んでいくという使い分けをされているそうです。第三者から発信されることによる信頼性の部分においても効果があるとおっしゃっていました。

もう一点彼らの話で印象的だったのは、自社メディアと比べると広告出稿費用は大きな投資ではあるのですが、多くの採用を人材紹介会社経由で行う場合、紹介手数料の一部を広告出稿費用に分配することで全体の採用効率が良くなるケースもあるということ。1記事の費用で考えるのではなく、年間の採用において最も投資対効果が高い組み合わせで考えているということなんですね。

──最後の事例はコミューンさんですね。こちらはいかがでしょうか。

上野コミューンも採用力が高く、その理由の1つがカルチャー発信の上手さです。

YouTubeの映像も含めてコンテンツの企画・制作力に長けています。そのため、課題はないかと思っていたのですが、担当の方のお話を聞いてみると「今まではカルチャー推し1本できた」「一方で、事業やサービスについて十分に発信できてこなかった」と。事業や業界を題材にすると採用部門だけでは完結せず、事業部を巻き込んでコンテンツを作らなければいけないので、後回しになっていたとのことで。

事業部を巻き込んだコンテンツ制作は大変ですが、優秀な方々は社会的意義に共感して入社を決めるケースが多いので、最近は事業や業界のポテンシャルについてコンテンツ化するべく、積極的に取り組まれているそうです。

──こつこつ継続するというのが採用広報の難しさだと思いますが、上手くいった事例を見ていて「ここがあったから」と思えるものはありますか?

上野すべての事例に共通しますが、チームみんなで取り組むことでしょうか。

入社エントリを儀式にしてしまえば一定数のコンテンツは定期的に出せますし、工夫次第で量を担保できるのかなと思います。以前、テックタッチにヒアリングした際に、コンテンツを量産するのではなく、年に1度だけ経営陣名義で本気でバズを狙った記事を出しているというお話を頂きました。広報チームが構成から一緒に考え、リリース前に全社員が読んで、みんなが面白いと言ったら出すというプロセスを踏むぐらいの徹底ぶりで、実際SNSでもバズっていました。

バズはなかなか狙ってできるものではないですが、数を大事にしつつ読者が読みたいものを考え抜くというメリハリのある戦略も重要だなと思います。

──ありがとうございます。続いてインキュベイトファンドさんからも事例のご紹介をお願いします。

清水採用広報の考え方として重要な3つのメッセージを整理し、それらに即した事例を、社名非公表ですがこのようにまとめました。

清水1つ目の「N1から始めよ」は、先ほどから話題にあがっている「リファラルのための体制づくり」の部分です。

2つ目は、「採用広報」に“あえて力を入れない”という考え方とその事例になります。採用広報をプロジェクト化してリソースを張るのは、特にアーリーフェーズの人数の限られる広報体制は難しい部分もあり、事業広報に注力しながらその活動を採用広報にもつなげようとする投資先も少なくありません。そのような限られたリソースの中でも、広報と人事が連携し、例えば候補者に送るスカウト文面に広報視点で「こういう要素を加えて欲しい」「この日経記事は世の中的にインパクトがあるので文面に盛り込んでみては」とアドバイスをしたりといった取り組みを行っています。スカウト文面や求人票ひとつにしても、会社としての発信であることには変わりないので、そうした発信の一つひとつが、自社と社会との接点になり、会社の認知を形成していく。このように、最小限のリソースで採用広報へのつながりを意識することもできるという事例です。

3つ目は“人事に本気になる体制作り”の事例です。先ほど採用広報を踏むタイミングは人を増やすタイミング、という話がありましたが、人員の増員とメディア露出のアクセルを強く踏んだ結果、一部、早期離職者が出てしまうことがあります。原因は一概に挙げることが難しく、まずは離職者にとっての入社後ギャップが何だったのかや、そもそもの採用ペルソナが間違っていなかったのかなど、採用プロセスを丁寧に振り返ることが重要です。

振り返りを行った後に、見え方と現場に過度なギャップがあるならばそれを埋めるための発信を考えるなど、採用ファネルの中でどこで離脱やギャップが生じていて、それを解消するためにはどんなメッセージをどんな方法で伝えていくべきか、というところを丁寧にやっていく。そうすると、対外的な”見え方”の広報だけではなく、組織のメンバー一人一人の会社への解像度や愛着度があがる効果が期待され、採用広報も良い方向に進んでいくという事例です。

ここで取り上げたC社は150人ぐらいの規模です。「社員全員広報」は10人程度の規模であれば比較的やりやすいと思いますが、3桁を超える規模感になってくると、例えば、他部署がミートアップをしていても、その情報を知らない人も出てきたりします。各部署で行われている採用関連の取り組みなどの人事戦略に連動して、インターナル広報を強化することで、より実態に即した発信が行いやすくなり、結果的に早期離職者の減少や内定承諾率の向上に繋がりました。

寿松木2つ目の事例で取り上げたB社の場合、事業成長の勢いがすごかったんですよね。かつ、採用像が比較的若手で自己成長欲求が非常に強い人を採りたいというものでした。そこであえて採用広報には力を入れず、いかに急成長しているのか、このマーケットに可能性があってそこでこれだけチャレンジしているんだという、いわゆる事業広報に多軸足を置くこととしました。結果としてそれが採用につながったのかなという印象ですね。

1つ目の事例のA社に関しては、内部の熱量が高くエンジニア採用におけるリファラル比率が8割ぐらいとかなり高い会社です。大手金融出身の人でなければ開発も提案もできないというサービスで、いかにしてそういった方を採用するかが課題でした。採用ターゲットとなる方々の内なる欲求、前職でやりたかったけどできなかったことを捉え、エンジニアブログで自主的に発信する文化ができ、そこからリファラル採用ができたのかなと思います。

──事例も詳しい部分までありがとうございました。では最後に、採用に悩むスタートアップの経営層の皆さんに向けて、皆さんから一言ずつメッセージをいただければと思います。

清水スタートアップやVCの数は年々増加していますが、一緒に事業を伸ばしてくれる方、特に大企業出身者の方などの力がもっと必要だというのが、エコシステム全体の状況だと思います。各社それぞれがんばるのも当然なのですが、業界全体でモメンタムをつくり、「スタートアップって面白いよ」という発信をする。そこを私たちも更に取り組んでいきたいと思います。

ぜひ他のVCさんとも連携して発信していきたいですし、FastGrowさんのようなメディアの方とも一緒に発信していきたいと思っています。採用や発信について悩むことがあればぜひ、投資先でなくても、相談いただければと思います。

寿松木まさに清水の言った通りで、今スタートアップは重厚長大な産業にも進出をしていて、そこで必要なタレントが特に足りていないと感じます。そういう意味で、メディアとも連携しながら新しい「知」をスタートアップ界隈だけでなく、より大きな産業を育てるために寄与できればと思っています。

もう1つ、採用する側の企業に関してですが、やはりN1から始めるのがすべてだということですね。採用“広報”ではなく、“狭報”にまずは力を入れることで、メディアさんにお願いしたときのROIがどんどん高まっていくと思うので、まずはそこのアクションを取り切るところから始めましょうとあらためてお伝えしたいです。

上野私自身も投資先各社の採用広報を振り返るいい機会になりました。やはりN1の熱量、火種が外に伝播していくところが採用広報の重要なポイントだと思います。

どんなパーパスを胸に、起業家が何を成し遂げたくて挑戦しているのか──そこからすべてが始まるので、起業家自身、そして社員が各々の言葉で発信していく、人に伝播させていくんだと意識して取り組まれると良いのではないかと思います。

ジョニー社内で上手く採用広報をやる会社について考えたとき、出てきた共通点が2つありました。1つは担当者のやる気と気合。2つ目は実行強度です。

本気でやり切れば、必ず広報はどこかで効果が出てきます。タイミングを決める難しさはありますが、確実にやり切れば効果が出る。これは実際にいろいろなスタートアップ / ベンチャーを見ていて思うことです。

社内でやり切れないときにはFastGrowもそうですし、今日ご登壇いただいたお三方もそのために力を尽くしてくださるVCさんだと思うので、ぜひご相談ください。今日は貴重な機会をいただきありがとうございました。またぜひこの4人で続きをお話ししましょう。

こちらの記事は2024年10月18日に公開しており、
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藤田 慎一郎

編集

大浜 拓也

株式会社スモールクリエイター代表。2010年立教大学在学中にWeb制作、メディア事業にて起業し、キャリア・エンタメ系クライアントを中心に業務支援を行う。2017年からは併行して人材紹介会社の創業メンバーとしてIT企業の採用支援に従事。現在はIT・人材・エンタメをキーワードにクライアントWebメディアのプロデュースや制作運営を担っている。ロック好きでギター歴20年。

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