大企業出身者よ、「土地勘」を武器に業界を変革せよ!
アプリコット・ベンチャーズが投資を決める理由
2018年に誕生したアプリコット・ベンチャーズ(以下「アプリコット」)は、「大企業出身者への投資」「起業家を増やすためのコミュニティ育成」などをキーワードに掲げるVCだ。
なぜ大企業出身者に絞って投資をするのか。起業を促進するための秘策とはなにか。今回、アプリコットを創設した白川智樹氏にインタビュー。
聞き手を務めるのは、スタートアップにCxO人材を輩出することをミッションに、情報発信に取り組むコミュニティメディア「FastGrow」事業責任者/編集長の西川 ジョニー 雄介だ。
- TEXT BY JUMPEI NOTOMI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
アプリコットが「大企業出身者」に投資する理由
アプリコットは、日本のシードステージのITスタートアップかつ、大手企業・事業会社から独立した起業家やスタートアップへ投資する、独立系のVCだ。投資はもちろん、イベントや相談会などのコミュニティ作りにも力を入れている。
2018年6月のファンド組成と同時に、渋谷に投資先企業向けのシェアオフィス「GUILD SHIBUYA」をオープン。対談は、オープンしたばかりのオフィスで行われた。
西川アプリコット・ベンチャーズ設立、おめでとうございます。単刀直入ですが、なぜ大企業から独立する方に出資するのかを教えてください。
白川自分が大企業を飛び出して起業したからこそ、独立する人に寄り添えると思いました。起業家輩出数の多いサイバーエージェントにいたにも関わらず、独立のことはよくわからないし、怖かった。
西川その「怖さ」の原因は何でしたか?
白川起業に関する情報を見つけられていなかったからです。前職のとき、グループ会社のVC「サイバーエージェント・ベンチャーズ」に移籍したんです。事業に真剣に向き合い、資金調達を順当に行えば、収入がいきなり途絶えることはない。起業家と向き合う中で、起業のリアルがわかってきました。スタートアップと接していると、リアルな情報が入ってきますが、関わる機会がなければ知れないことも多い。
西川情報格差があったわけですね。大企業の在籍者と接していると、独立のタイミングに悩む方も多いと思います。数年勤めていると、なんとなくキャリアが見えてきたり、家族ができたり、辞めるタイミングの意思決定が難しいんですよね。白川さんが独立を決意したのはなぜですか?
白川僕の場合は「そろそろやってみなよ」と先輩投資家の方に背中を押してもらったことです。自分の想定よりも、そのタイミングは早かった。僕自身も応援してもらったから、今度はアプリコットを通じて、同じ境遇の方の背中を押したいんですよね。
大企業出身者は「業界の土地勘」が武器になる
白川大企業出身者に投資するのは、もう一つ理由があるんです。ファンドとして合理性があるからです。アプリコットの注目領域の1つとして、例えば業界特化型のSaaSがあります。業界の課題を解決するためには、その業界を深く理解していることが鍵となります。
西川なるほど。業界出身者であることが有利に働くんですね。
白川たとえば、高級ホテルや旅館の宿泊予約サービス「Relax」を手がけるロコ・パートナーズは、リクルートで「じゃらん」を担当していた方が創業しました。旅行業界に精通していたから、その業界の負にアプローチできた。
西川2017年にKDDIに買収されましたよね。
白川そうです。ほかにもモバイル動画広告プラットフォームを提供するFIVEは、Googleで動画広告の事業を手がけてきたチームが創業しました。2017年末にLINEに買収されています。
西川特定業界出身者がその業界の課題を解決した成功事例が、いくつもあるんですね。
白川僕自身、サイバーエージェント・ベンチャーズ時代も、業界出身者の方々に投資し、成功する姿を見てきました。その業界の知識がある人、かつスタートアップでないと取れないリスクがあるんですよね。
西川僕の同期や後輩を見ていても、その業界に興味があるから新卒で大手企業に入ったものの、思っていたより新しいことにチャレンジできなかった、という悩みをよく聞きます。若い方のチャレンジも後押ししていきたいですよね。
白川勤務年数は、あまり関係ないかもしれません。大企業で新しいことを始めたくても、10年や20年待たなければいけないケースもあります。早い段階で独立して、その業界を革新するサービスを作る。成功すれば、在籍していた会社に買収され、幹部になるケースが出てくるかもしれない。
西川キャリアとして大幅なショートカットも期待できますね。
アプリコットは「業界の課題解決」「再定義」に投資する
西川業界経験がある方は、どのような事業を手がけることが多いのでしょうか?
白川2パターンあると思っています。「業界の課題解決系」と「再定義系」です。前者は、既存業界の課題をITを使って解決していくもの。後者は昔からあるものを現代に合わせてアップデートする、というイメージです。
西川「再定義系」の具体的な投資先はありますか?
白川アプリコットが投資している600(ろっぴゃく)社は、オフィスなどにクレジットカード決済できる冷蔵庫を置く「今風のコンビニ」です。600がアプローチするのは、コンビニや自動販売機ですくい取れていない需要です。コスト面から有人店舗を設置できないが、コンビニのニーズがある場所って多く存在するんです。たとえば、高層マンションの共有スペースとか病院内とか。
西川着眼点が面白いですね。どんな業種や業態でも、「今の時代に合わせてこれを作り変えたらどうなるだろう?」という視点からビジネスを発想できそうです。
白川とはいえ、必ずしもこの2パターンに限られてはいません。業界の知見や得意分野を活かしてチャレンジする人を、アプリコットでは応援していきますよ。
起業家に選んでもらうために「コミュニティ」が鍵を握る
西川今、スタートアップが資金調達しようとすると、VCやCVC、エンジェル投資家、銀行と選択肢が多く存在しますよね。「VCとして差別化していかなければいけない」という声も耳にします。アプリコットが起業家に選ばれる理由は、どこにあるのでしょうか?
白川最近では、エンジェル投資家が特に増えています。資金提供だけではなく、スタートアップを成功させた経験もある。起業家としても「この人に応援してほしい!」と思うはず。独立系のVCだって、今後はさらに増えるでしょう。そんな環境の中で、アプリコットの強みは何か。「コミュニティ」だと考えています。
西川FastGrowの思想とも近いですね。私たちも「スタートアップの起業家やCxO人材の成長を支援する」をミッションに、日々の情報発信やイベントを行っています。将来的に起業家やCxOを目指しているような、現在外資コンサルや事業会社に勤める方の背中をどうすれば一押しできるのか?についても、よく考えながらアプローチしていますね。
白川アプリコットでも起業前から伴走することを強みとして、アイデアを練る段階から関わっています。今は起業家の数に対して、投資家が多い状況です。ポテンシャルがあるのに起業していない方の背中を押し、起業家の数を増やすことが重要です。時間がかかってでも、全体のパイを増やさなければいけません。
西川現在の投資先も、付き合いが長い方が多いんですか?
白川多いですね。600社長の久保さんは、決済サービスのWebPayを創業し、LINEに売却した方です。その時代にサイバーエージェント・ベンチャーズから投資させてもらっています。他の投資先のfavyも、CAV時代からの付き合いです。現時点では非開示の企業が数社あるのですが、起業前から付き合いがある方が多いですね。
「起業は身近なもの」と思えるコミュニティが、起業家を増やしていく
西川起業前から投資後までコミュニティを通じて起業家を支援していくということですね。どのように起業家予備軍へアプローチするんですか。
白川毎月、起業を検討している人が参加するイベントを開催しています。大企業に勤めている方は忙しい方が多いので、放っておくと起業が先延ばしになりがちです。イベントに一緒に参加していた人が資金調達したりサービスをローンチしたりと事業が前に進んでいたら、ピアプレッシャーとなり「自分もやらなきゃ」と感じてもらえるはずです。
西川VC主催のイベントだと、いまスタートアップ業界にいない人は参加しにくくなりがちです。でも、自分と同じ「現在は大企業にいる」という境遇の人も参加しているとなると、足を運びやすいですよね。社会的に、とても意義深い活動だなと思います。
白川なるべく同じような状況の方が集まれるようにイベントのテーマなどを工夫しています。辞めるタイミングが同じ、まだ行動できていないけれど会社でくすぶっているとか。
西川イベントでは、どのようなことを伝えるんですか?
白川起業を過度に怖がる必要はないし、失敗してもまた大企業で働く選択肢があると、伝えています。起業した会社がうまくいくのがベストですが、事業立ち上げの経験がある人材は、大企業は喉から手が出るほど欲しい。事業に真摯に向き合えば、社会からドロップアウトしてしまうことはないんです。合理的に考えれば、起業はキャリアとしてアップサイドしかありません。
西川FastGrowのイベントにも、大手コンサルティングファームから起業した方や、CxOとしてスタートアップに転職した方が足を運んでくれています。最近増えてきた同期の挑戦を見て、「あの人ができるなら自分も挑戦したい」と感じるらしいんです。
白川身近に相談できる人がいるのは重要ですよね。仕事の引き継ぎや家族との相談もあり、すぐに起業できるわけではありません。大企業出身の起業家に話を聞くと、1年ほど準備して起業している方もいました。サイドプロジェクトとして週末に取り組み、起業までに共同創業者を探す。勇気をもってすぐに辞めてもいいですし、そうでなくてもいい、それぞれに合った起業の仕方があるはずなんです。まだ設立して間もないですが、アプリコットのコミュニティではモデルケースと出会い、相談できる場にしていきたいんです。
西川大企業出身者で、同じ悩みを抱えている仲間が集まれる場とコミュニティを作る。その上で、彼らが起業するときには資金やノウハウを提供する。コミュニティの力を使いながら起業後も関わっていく、ということですね。僭越ながら、FastGrowのミッションとの共通項も感じました。ぜひ一緒に業界を盛り上げていきましょう!
スタートアップを立ち上げようと考えても、躊躇してしまう人は多い。アプリコットは、先輩起業家や同じような境遇の仲間がいるコミュニティに起業志望者を招き入れ、そっと背中を押す。
コミュニティは育てるのに時間がかかる。起業前から支援すれば、成果が出るまでにさらに時間がかかってしまう。それでも、アプリコットは業界を再定義するスタートアップを生み出すため、ひいては日本の巨大な既存産業を活性化させるため、取り組んでいく。アプリコット出身の起業家が、業界を変革する日を楽しみに待ちたい。
こちらの記事は2018年08月13日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
納富 隼平
合同会社pilot boat 代表社員CEO / ライター 1987年生まれ。2009年明治大学経営学部卒、2011年早稲田大学大学院会計研究科修了。在学中公認会計士試験合格。大手監査法人で会計監査に携わった後、ベンチャー支援会社に参画し、300超のピッチ・イベントをプロデュース。 2017年に独立して合同会社pilot boatを設立し、引き続きベンチャー支援に従事。長文スタートアップ紹介メディア「pilot boat」、スタートアップ界隈初心者のためのオンラインサロン「pilot boat salon」、podcast「pilot boat cast」、toCベンチャープレゼンイベント「sprout」を運営。得意分野はFashionTechをはじめとするライフスタイル・カルチャー系toCサービス。各種メディアでスタートアップやイノベーション関連のライターも務める。
写真
藤田 慎一郎
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