「事業部エース」のアサインが、新卒採用成功の秘訣──スタートアップにおける、失敗・成功の先進事例から学ぶ【イベントレポート】
事業を加速させるうえで、最も重視されるべき戦略の一つである、人的資本投資。組織を活性化し、企業の競争力を高めるために、各社は優秀な人材を獲得しようとしのぎを削っている。その中でもいま、名だたる成長企業が新卒採用を重視する傾向にある。
2023年4月に開催されたClimbers2023 Startup JAPAN EXPOのセッションに、「急成長スタートアップが新卒採用に舵をきる新トレンド、その事例と全貌」と題し、FastGrowを運営するスローガン代表取締役社長の仁平理斗が登壇。
メガベンチャーから社員数十数名のスタートアップまで、成長企業が新卒採用に注力する理由は、その投資対効果の高さにある。「人の可能性を引き出し 才能を配置することで新産業を創出し続ける。」をミッションに掲げ、これまで多くの企業の採用支援を担ってきた仁平が、新卒採用を成功させるうえで重要となるポイントを失敗事例・成功事例を交えて紹介した。
新卒採用に踏み切れない、新卒採用がうまくいかないと頭を抱える経営者や採用担当者に必聴の内容となるようにまとめた講演内容を、本記事ではそのまま紹介する。
- TEXT BY TOMOKO MIYAHARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
新卒採用が注目されるワケは、「投資対効果の高さ」にあり
仁平近年、名だたる成長企業が新卒採用を重視しています。当社に対しても、メガベンチャーから、創業まもないスタートアップまで、新卒採用支援についてのお問い合わせが増えています。この傾向から、新卒採用のトレンドが来ているのではないかと感じられますが、実は新卒採用を重視する傾向は最近に始まったことではありません。
私たちのお取引先でも、例えばSansanさんやタイミーさんのように、創業から3年以内に新卒採用を始めた企業が複数社以上存在します。範囲を創業から5年以内に広げると、その数はもうちょっと増えます。
また、創業年数にかかわらず、初めて新卒採用をする企業さんの1期生の採用プロジェクトを担当させていただいた例も多数あります。
仁平新卒採用は1年ほどの長期プロジェクトになります。新卒採用を始めるにあたって、社内の体制をしっかりと構築し、外部のパートナーを活用し、投資を行い、成功させようと意気込む企業は増加傾向にあると感じています。
なぜいま、こうした成長企業が新卒採用を重視しているのでしょうか。その理由として、大きく3つの要素があります。第一に、中途採用では適切な人材を採用できないから。第二に、カルチャーを形成するため。新卒の社員はまっさらだから、企業のカルチャーを作りやすいと考えられています。第三に、将来のリーダー人材を確保するためです。
このように、さまざまな要因がありますが、総じて言えば「新卒採用の投資対効果の高さ」に集約されます。
「効果」「投資・費用」いずれの値も、新卒が優位!?
仁平この「高い投資対効果」を今回、しっかりお示ししようと思います。「そんなの計算できるの?」と思われそうですが、せっかくの機会ですので、実際のデータからお示ししますね。
まず前提として、投資対効果を、「効果 ÷ 投資・費用」で算出します。
これを採用に当てはめると、「効果」は「勤続年数 × 貢献価値 / 年 + その他の価値」に分解できます。新卒で入社した社員にどれくらい勤めていただけるか、そして、その期間中どういった価値に貢献いただけるかを乗算したものが「効果」です。また、「投資・費用」は「採用費 + 人件費 + その他の費用」に分解できます。ちょっと単純化し過ぎてしまっているかもしれませんが、傾向は十分に示せると思います。
それでは、新卒採用・中途採用、それぞれの投資対効果について、実際に私たちスローガンの自社データを用いてご紹介します。当社は15年前から新卒採用に取り組んでおり、過去のデータをショーケースとして公開してみます。次にご紹介する新卒の数値は、中途を100%としたときの値とご認識ください。
仁平まず、投資対効果の「効果」について。当社に入社したものの、退職した方の勤続年数の平均は、新卒が平均4.5年、中途が平均3.1年で、新卒のほうが145%長いことがわかります。まあ、正直に言うと、もっと伸ばしていきたいという本音もあるのですが(笑)。
貢献価値 / 年は、在職中どれくらい活躍しているかを表すデジタルの指標です。当社ではマネージャー抜擢率と事業責任者抜擢率で算出しています。このうち、新卒のマネージャー抜擢率は108%。事業責任者抜擢率はさらに顕著で、新卒の数値は176%になっています。
このように「その他の効果」として、上記の結果からも新卒社員は活躍人材の含有率が非常に高いことがわかります。これは我々の実感としてだけでなく、これまでご支援してきたメガベンチャーなどからもそうした声が挙がっています。新卒採用が成功すれば、中途採用よりも高い確率で優秀な方に出会えるのではないかと感じています。
仁平一方、中途採用でももちろん優秀な方は多数いらっしゃいます。また、採用時期の柔軟性の高さは、中途採用の大きなメリットと言えます。
次に、投資対効果の「投資・費用」について。採用費、みなさんはいくらかかっていますか?当社は1人当たりにかかる採用費が250万〜300万円です。採用費に関しては、新卒と中途では大差ありません。
この内訳として、1人当たりの採用単価が180万円ほど。中途でいえば年収500万円ほどのイメージですね。ここに、面接やインターンなど社内のリソースを合算して、1人当たり250万〜300万円ほどと見積もっています。もちろん、質の高い新卒採用にこだわってもっと投資されている企業様はいくつもあります。ただ、それもROIが合う算段が十分にあるからなんですよね。
人件費はみなさんのイメージに近いかもしれません。当社では、中途100%に対して新卒は86%でした。やはり中途入社のほうが、年収が少し高くなる傾向にあったということです。
つまり、新卒と中途では採用費に大きな差異はない一方で、中途よりも低い人件費で活躍見込みのある人材が獲得できます。名だたる成長企業が躍起になって新卒採用に取り組む背景には、こうしたデータ構造があると推測しますし、言い換えると、これから新卒の初任給がより上がっていくトレンドもあるのではないかと思います。
投資・費用の「その他の費用」ですが、新卒採用には基礎育成費が必要となります。ビジネスマナーやToDoとの向き合い方など、基礎的な育成費用は当然かかってきますが、ここは逆に言えば、即戦力となるような方が採用できればコストを抑えることができます。
昨今の学生さんは長期インターンをするなど、高いポテンシャルを持った方がたくさんいます。採用に成功すれば、基礎育成費を抑えた状態でスタートできます。または、内定が出たあとで内定者インターンを行い、その中でオンボーディングをしていく企業も増えてきています。
オンボーディングは、中途社員でも同様にコストですよね。特に、前職のカルチャーやオペレーションを引きずってしまい、アンラーニングに苦戦するような場合もあるでしょう。そうした場合に、それなりのコストがかかるリスクがあります。
「成長企業ならではのペイン」を、いくつも解消できる
仁平ここまで、データをもとに新卒採用の投資対効果について検証してきました。次に、新卒を重視している成長企業の経営者がどんなペインを抱えて新卒採用に取り組むことになったのか、生の声をご紹介します。
例えば1社目。社員数50〜100名のある上場ベンチャーCEOは、事業拡大の一方、カルチャーが崩壊しているんだよと、悲痛な悩みを打ち明けてくれました。事業拡大を主眼に置いてとにかく事業を伸ばすことに集中してきた結果、会社のカルチャーが崩壊して、あちこちでひずみが起きてしまったというのです。そこで、それまで中途採用を中心にしてきたところ、血の入れ替えをしてカルチャーを立て直すため、新卒採用を推進しています。
仁平某有名企業の子会社スタートアップのCEOからは、組織の若返りを図りたいという声が聞かれました。幹部・社員が全員30代〜40代。上場を目指して中途採用で幹部社員の獲得に取り組んできたんですが、5〜10年後の経営計画を見たときに、全員が40代になってしまいます。今後、新規事業を作っていくうえで、社員全体の若返りを図る必要があるということで、新卒採用に力を入れています。
最後、これは一番多いケースかもしれません。社員数1,000〜2,000名の未上場ベンチャー企業の例です。この企業では、既存事業・新規事業ともに新卒社員の活躍が目覚ましく、新卒採用を積極的に推し進めたいと考えています。中途採用に関しては、突然の退職者が出た際の補填など、採用の柔軟性を活かしたい場合に特化しているそうです。
「事業のエース人材」を、大胆にアサインすべき
仁平ここまでを踏まえて、実際に新卒採用に取り組んでいくときに、何が失敗と成功を分かつのか。採用のプロセスを「戦略策定」「体制構築」「母集団形成」「選考・アトラクト」「入社」に分けて、それぞれ成功事例・失敗事例をご紹介します。
まず戦略策定について。いきなりポジショントークかと思われるかもしれませんが(笑)、良いパートナーを選定すること。新卒採用はレッドオーシャンであり、専門性を必要とします。企業でもいいですし、フリーランスのような形で採用支援をしている方でもいいので、良いパートナーを選定しましょう。ディー・エヌ・エー(DeNA)さんのようなメガベンチャーでもパートナーを活用して、その年の市況感や戦略の議論、情報収集を行っています。
反対に、過度な自前主義を貫く企業は失敗しやすい傾向にあります。前職で採用力の高い企業で採用担当をしていた方や経営者の方が陥りがちな罠と言えますね。
仁平採用体制の構築。ここはちょっと悩みどころかもしれません。成功している企業では採用担当としてエース人材をアサインしています。一方で、失敗しやすい企業では、組織の中で浮いている人をアサインしがちです。コミットメントもなければ、能力も足りない。そんな人を採用担当につけてしまうと、資金のムダ遣いになりかねません。
事業側からエース人材を登用できない場合は、経営陣のコミットでも構いません。エース人材、期待の若手など、採用担当に適した人材をアサインしなければ学生さんも口説けませんし、競合にも勝てません。ここの人選は非常に重要ですね。
母集団形成ではまず、質の良いデータベースを持つこと。そして、学生目線の訴求をすることです。訴求の失敗例でありがちなのが、学生に対して、機関投資家向けのプレゼンテーションをしてしまうことです。広い意味では学生も投資家と言えるんですが、学生目線の訴求が漏れてしまってマーケットサイズやビジネスモデルのユニークさなどの説明に終始してしまう方がいます。ここは注意が必要です。
選考・アトラクトに関しては、謙虚に相性を確認する姿勢が重要です。そうすることで学生のUXを向上させますし、クチコミを起点にした採用ブランドの構築にもなっていきます。特にBtoCのプロダクトを持っている企業は学生がそのままエンドユーザーにもなり得るわけです。反対に、いわゆる「殿様ジャッジ」は失敗につながります。
入社のプロセスでは、先ほども言及したように内定者インターンがおすすめです。内定者には実際に労働力として働いていただきながら、育成をする。それがオンボーディングにもなるわけですね。インターンをすることで、入社時に社内の人脈も構築できます。昨今では内定者インターンを上手に活用している企業が少なくありません。
アサインやリソース投下について、「経営トップがコミット」すれば、おのずと成功に近づく
仁平新卒採用を成功に導くさまざまなエッセンスをご紹介しましたが、すべての成功事例に共通して言えるのが、対社内・対競合においての「経営陣のトップコミットメント」です。
対社内においては、新卒採用はプロジェクトに1年ほどをかけて取り組むことになります。採用担当にエース社員を引っ張ってくる。社内からは「そんなところに人を割けない」「忙しくて手がつけられない」といった批判的な声が挙がるかもしれません。だから、トップがコミットしなければ、組織はついてきません。
対競合も同様です。例えば、私は2010年に新卒でディー・エヌ・エーに入社しましたが、当時の最終面接は南場さんが面接官でした。「一緒に働きたい」と内定の電話をくださったのも南場さんでしたからね。経営トップがここまでやるわけです。
また他の企業さんの例では、ワールド・ベースボール・クラシックのような国際的なスポーツの開催日とインターンの最終日を合わせて、打ち上げも兼ねて社長自ら一緒にテレビ観戦し、学生さんと時間を共にして、自社に誘うんです。そんなことを戦略的に行っていると聞くこともあります。
そういった人材の獲得競争を、新卒の領域においても展開しています。「学生だから」ではなく、各社本気でやってらっしゃるなと強く感じますね。
仁平今日挙げたようないろんなメリットを感じているとしても、新卒採用に手がつけられない。なかなか重い腰が上がらない理由として、新卒社員を育成する余裕がないことを挙げる企業もあります。これは相対的に解決しやすい課題だと考えています。
そもそも、育成の必要がない人材を採用すればよいですし、仮に育成が必要な場合には内定者インターンをしたり、研修会社を雇ったりすればよい問題です。よほど中途のアンラーニングのほうが大変ですし、人によっては投資対効果が出ないこともありますので、覚悟を持って新卒採用に取り組んでいただけるといいのではないかと思います。
新卒採用をするだけのリソースやノウハウがないと考えている企業さんもあるでしょう。私たちがご支援した企業様もリソースがない方がほとんどでした。そんな中、各社あの手この手で工夫して人材獲得競争を行っています。
各社、腰の重い理由はさまざまあるだろうと思いますが、ぜひそこを乗り越え、新卒採用に取り組んでいただければと思います。
「新卒採用、検討しよう!」と思ったらぜひご相談を
こちらの記事は2023年06月19日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
宮原 智子
写真
藤田 慎一郎
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