「目的思考×カスタマー視点」で、採用を再定義する。——ナイルの採用ブランディングを徹底解剖
昨今、「採用広報」がバズワード化している。
「トレンドに乗り遅れないように」と、社員のインタビュー記事を制作した企業も少なくないだろう。しかし、その施策は本当に「採用」に寄与しているのだろうか──。
本記事では、徹底して「目的」から逆算して採用ブランディング活動を行っている企業を紹介する。本業であるマーケティングのノウハウを存分に活かし、精緻な戦略に基づく採用活動に取り組む、ナイル株式会社だ。
採用人事マネージャーを務める渡邉慎平氏は、これまで300社以上のWebコンサルを手がけてきたが、2018年5月頃、自ら希望を出して人事採用に異動。その後1年間で、オウンドメディア『ナイルのかだん』の立ち上げをはじめ、採用体制を再構築してきた。結果、デジタルマーケティング事業部において、中途採用の内定承諾率は100%近くを誇った時期も出てきたという。
渡邉氏は、いかにして短期間で採用体制を築き上げ、結果を出してきたのだろうか。その採用ブランディング活動の裏には、ナイルに深く根付いた「目的思考」と、マーケティングのプロフェッショナルならではの「カスタマー視点」が隠されていた。
- TEXT BY TONY
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
無計画にWantedlyでブログを書く前にすべきこと
スタートアップ業界でも大きなプレゼンスを発揮する『ナイルのかだん』と、そのメディア運用が生み出した、高い内定承諾率。なぜナイルの採用ブランディング施策は、うまくいっているのか──ストレートに疑問をぶつけると、渡邉氏はこう答えた。
渡邉僕としては、まだまだ至らない点ばかりだと思っています。しかし、強いて特徴を挙げるとするならば、「やること」自体を目的にしていない点は強みかもしれません。常に目的から逆算し、「何のためにやるのか?」を問い続ける、目的思考のカルチャーが根付いています。
もともと僕は「とりあえずやってみよう」タイプの人間だったのですが、社内のディスカッションや役員からのフィードバックで、「目的」から逆算して考える思考法が鍛えられました。
Webコンサルタントとしても、クライアントから「どうしてこの施策をやるのか?」と問われ続けていたので、目的を明確化する思考法が自然と身についていきましたね。
たとえば、「流行っているから」と、無計画にWantedlyのフィードでブログを書かない。選考プロセスをデザインするなかで、採用候補者に自社を理解してもらうために不可欠な要素を洗い出し、その目的に則ってコンテンツ化する必要があるから書くのだ。
もし、ここまでを読み、『ナイルのかだん』の秘訣が出てこないことに焦れったさを感じるようなら要注意かもしれない。その焦りこそが落とし穴になりうる。ナイル流のステップを知ったうえで、『ナイルのかだん』を見ることが肝心なのだ。
スタートアップでは、「まずはやってみよう」と、目的の検討よりも「実行」に重点が置かれるケースも少なくない。しかし、スピード感が求められる場合でも、まずは目的を明確化しないと、実施後の効果測定が行えない。
渡邉ときには、実験的に施策を打つことも必要となるでしょう。大切なのは、どういった指標をもってその施策の効果測定を行うのか、事前に合意形成をしておくことです。
オウンドメディアを運営するケースを考えてみましょう。認知度の向上が目的であれば、PV数を追うケースが多い一方で、選考を受ける人の自社に関する理解度向上が目的の場合は、PV数を見てもあまり意味がない。
目的に応じて、施策の運用方法も変わってきます。「何のために施策を走らせるのか」は、事前に握っておかなければいけません。
採用にも「カスタマー視点」を導入せよ
マーケティングのナレッジを活かす
Webコンサルタントの経歴を持つ渡邉氏は、マーケティングと同じように、採用においても「カスタマー視点」が重要だと強調する。
渡邉マーケティングも採用も、「カスタマー視点」が最優先事項であることは変わりません。マーケティングにおいては、「商品を買ってもらうこと」ばかり意識して、企業視点からの一方通行なコミュニケーションに陥ってしまいがちです。
同様に採用も、「入社してもらうこと」を意識しすぎると、企業の独りよがりな施策ばかり打って、空回りしてしまいます。
ナイルでは、マーケティングであれば「顧客」、採用であれば「候補者」の視点を意識するために、「コンセプトダイアグラム」を使っています。そもそもの目的や、それに応じた各施策を、態度変容の図に沿ってプランニングしているんです。
同様の行動把握のためのツールに、カスタマージャーニーマップがあるが、態度変容の確認事項が異なる。カスタマージャーニーマップではステップごとに「行動」を見ていくのに対し、コンセプトダイアグラムでは「感情」を軸に見ていく。
上記の図のように、ナイルでは横軸に「転職意向」、縦軸に「ナイルへの印象」の2軸を置き、採用候補者にどのような態度変容を起こしたいのかを設計している。
渡邉「カスタマー」と呼んでいる時点で、自社のクライアントと捉えている、すなわち企業視点になっていることには気をつけなければいけません。便宜的に「カスタマー視点」とは言っていますが、「生活者」や「消費者」にどうやって顧客になってもらうのかをも考えることが大切なんです。
また、コンセプトダイアグラムは、レイヤーやポジションが違う人たちの間での合意形成に役立ちます。普段は接点が薄いメンバーと、何回もブレストしながらコンセプトダイアグラムを作り上げていくなかで、採用における課題や取るべきアクションの目線が揃ってくる。
コンセプトダイアグラムを用いて明らかになった態度変容のプロセスを、カスタマージャーニーで行動へ落とし込むと、候補者視点と企業視点を兼ね備えられます。
ホールディングス的な構造だからこそ
深い事業理解が不可欠
ナイルが顧客の視点に立ち、コンセプトダイアグラムで精緻に態度変容を描いているのには、もちろん理由がある。ナイルの採用には、「人を採用して事業を拡大させる」考え方ではなく、「事業拡大に合うポジションの人を採用する」考え方が根底にあるからだ。
ナイルは複数事業部が独立して存在するホールディングスのような事業構造であり、限られた職種の大量採用ではなく、比較的多くのポジションでの人材採用が必要とされる。それぞれのポジションごとの採用戦略を立てる際に、コンセプトダイアグラムが役に立つのだ。
渡邉デジタルマーケティング事業、スマートフォンメディア事業、モビリティサービス事業の3つが、事実上ホールディングス体制のように独立して動いています。各事業部のなかに各サービス、各プロジェクト、各職種が存在しており、多層的なミルフィーユのような構造ができているんです。
それゆえに、事業部によってビジネスモデルや職種比率なども異なります。たとえばエンジニアといっても、スマートフォンメディア事業とモビリティサービス事業では求める人材像も変わってくる。
そのため、求める人材像によって、コンセプトダイアグラムの2軸も異なります。各事業部のカラーや職種にピンポイントでマッチする人に入社してもらうために、比較的精度の高いダイレクトリクルーティングやリファラルで、候補者の経歴や人柄・スキルとそのポジションとのマッチングを見極めて採用することが大半です。
ミスマッチを解消するためには、選考を受けている間に、自社理解や事業理解を深めてもらうことが不可欠だ。
採用施策として渡邉氏がスタートさせたオウンドメディア『ナイルのかだん』は、ナイルへの転職を検討している人や実際に選考を受けている人に、ナイルを正しく理解してもらうことが狙いである。
選考中の人には『ナイルのかだん』に掲載している面接官のインタビューや事業部の特徴をまとめたものを、事前に送っている。それゆえ、その人の経歴や仕事内容を知った上で面接に臨め、緊張を和らげられる。入社前に社内の実情も知れるので、不安も解消しやすい。内定承諾者には社内の生々しさやリアルが伝わり、記事を読んで入社を決めた人もいるという。
渡邉『ナイルのかだん』に掲載しているブログ記事は、現時点ではPV数や記事更新目標などの数値は一切追っていません。あくまで採用において、候補者にナイルという会社を正しく理解してもらうためのツールとして使っています。
300案件を手がけた敏腕コンサルタントが
人事へとキャリアチェンジした3つの理由
渡邉氏は、新卒でナイルに入社し、Webコンサルタントとして300ほどの案件を手がけてきた。その傍ら、2013年頃からデジタルマーケティング事業部の新卒採用にも携わる。社内ではイレギュラーだったが、自ら手を挙げ、事業部マネージャー兼採用人事のキャリアを歩んできたのだ。
そんな渡邉氏は2018年に自ら希望し人事へと異動したが、キャリアチェンジした理由は大きく3つある。
まず、渡邉氏自身の就活の経験が深く関わっている。大企業の面接で、大学名や学部といった肩書きばかりを見られることに違和感を覚えた。それゆえに、肩書きに関係なく仕事を任せてもらえるスタートアップに楽しさを見出し、ナイルへ入社。肩書きに囚われない充実感を就活生や転職候補者に伝えたい想いから、採用に携わるようになったのだ。
また社内ニーズも、要因のひとつだ。全社で新たなビジョン「デジタルマーケティングで社会を良くする事業家集団」を打ち出したものの、まだまだ経営層と現場社員の認識には乖離を感じた。「自分なら両者を架橋する存在になれそうだ」と思ったという。
Webコンサルタントとして企業を見ていくなかで、「強いプロダクトが生まれるのは強い組織からだ」と確信するようになったことも大きかった。もはやWebサービスはアウトプットが似てしまい、差別化が難しい。それゆえに人や組織、カルチャーこそが、他社との差別化要因になると気づいたのだ。
人事への異動前から、エンジニア採用強化にあたってコンセプトダイアグラムを経営陣に提案して取り入れるなどの実績はあったが、異動後の渡邉氏の活躍スピードは一層輝かしい。
異動後は、3ヶ月で『ナイルのかだん』のリリースを主導する傍ら、担当領域であったコンサルの中途採用についても改善を重ねる。2019年1月には全社の採用担当となり、中途領域で行っていた採用施策を全社展開する形で、現在のナイルの採用体制ができあがった。
渡邉氏の担当領域の拡大と同時に、社内のチーム体制も変革。各事業部が独自で行っていた採用活動を、社長室のチームとして渡邉氏らが一手に引き受けることになった。その結果、社内の採用施策にも一貫性が生まれたという。
渡邉この1年間で一番大きく変わったのは、「人事」としてのチーム感が出たことですね。
昨年まで、採用人事と組織人事で管掌役員が分かれていたり、人事メンバーもそれぞれ独立して各自のミッション達成に向けて動いていました。しかし今年の1月から、人事専任役員体制になり、採用・組織開発・労務総務それぞれの人事も連携をとるようになりました。チームで動けるようになったことで、一貫して組織をデザインできるようになったんです。
私は、全社の採用を管轄しているので、各部署の採用において、それぞれの施策の意味づけやコンテクストを丁寧に伝え、連携することを意識しています。
次なる照準はパブリック・リレーションズ領域
「攻めのポジション」に立つためのキャリア展望
今後、渡邉氏はPR領域を攻めていきたいという。ナイルは2018年、新たなビジョンとして「デジタルマーケティングで社会を良くする事業家集団」を掲げた。
会社としても一貫したブランドづくりに課題が残っている上、渡邉氏個人としても、Webマーケティングや採用の知識に加えて広報PRの知見も兼ね備えれば、事業や組織を作っていくうえで攻めのポジションに立てる。
渡邉パブリック・リレーションズを体系的に学んで実践できれば、採用広報の文脈に関わらず、市場価値のある人材になれます。仮にもう一度事業側にコンバートされたとしても、事業部の組織作りや、その発信をできるようになる。
Webマーケティングや採用の経験をもち、さらにパブリック・リレーションズを体得していければ、圧倒的に他者をぶち抜けるはずです。自分のやりたいことももちろん大切ですが、市場で課題となっている領域を突きつめていく方が、面白そうだし、市場価値の高い人材にもなれると思うんです。
これまで足元の検討者向けにコンテンツを提供してきた『ナイルのかだん』だが、今後は企業ブランディングも視野に入れ、中長期スパンでのビジョンを打ち出していくツールとしても活用していく予定だという。
ナイルがスピード感を持って採用体制を一新してこれたのは、目的思考のカルチャーを言語化し伝達してきたからだった。
ナイルが実行している採用施策は、ダイレクトリクルーティングやオウンドメディア運営など、どれも決して目新しいものではない。しかし、各施策を行う目的をはっきりさせるカルチャーこそが、デジタルマーケティング事業部の中途採用の内定承諾率100%などの実績を叩き出してきた。
目的思考やカスタマー視点を採用において生かしていることが、他社の採用施策と差別化を果たせた一因だろう。1年間で採用体制を構築してきたナイルは、これからどのような「事業家集団」になっていくのだろうか。
こちらの記事は2019年08月08日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
ライター・編集者。1994年生まれ。立命館アジア太平洋大学(教育社会学)卒業後、デジタルハリウッド株式会社で働くかたわら、教育・コミュニティ・ビジネス・ミニマリズムを中心に執筆を行う。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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