連載国内スタートアップが描く生成AI事業の勝ち筋 Powered by DNX Ventures
2ndプロダクトを生成AIドリブンで開発する際に押さえたい、3つの視点──テックタッチ取締役CTO 日比野淳【寄稿:DNX Ventures新田修平】
※この記事は新田氏(DNX Ventures)による寄稿です
先日DNX Ventures(以下、DNX)が公開した「生成AIとSaaSの対比」 生成AIに関するレポートは、ご覧になられただろうか。既存プレイヤーが容易に最新の生成AI技術を導入できるDistribution channelの観点、LLMプロバイダーの動向、生成AIのB2Bにおけるユースケース、ベクトルデータベースなどのミドルウェアの可能性について網羅された、米国のリサーチに基づいた超大作となっている。
現在の生成AIに関する情報はすっかり世に溢れているが、スタートアップが戦える領域はどこにあるのか、そしてSaaSスタートアップはそのなかでどう戦うべきか、同社でキャピタリストを務める新田が米国の事例を参照しながら考察をまとめた。
当連載では、DNXのB2B SaaS投資先がどのように生成AIに向き合っているか、生成AI活用の現状について知見を持つ各企業のトップにインタビューする。
第三弾は、大企業に寄り添ってデジタルアダプションプラットフォーム(以下、DAP))を提供するテックタッチ。日本の大企業では、すでに7割が生成AI活用を始めているとされる一方、ビジネスの成果を出すことには苦戦している現状がある。ITシステムの使いづらさを解決するDAPプロバイダーとして日本の大企業のDXに伴走してきた同社の共同創業者CTO 日比野淳氏に、日本の大企業の生成AI活用の実情や、生成AIを主戦場とするスタートアップの展望について聞いていく。
生成AIのトレンドは「技術」から「活用方法」へ
DNX Ventures 新田修平(以下「新田」)テックタッチの事業概要をお聞かせください。
テックタッチ 日比野淳(以下「日比野」)テックタッチはWEB画面上でのユーザー体験を向上させるサービス『テックタッチ』を運営している会社です。あらゆるシステム上に操作ガイドを展開することで、誤入力や操作ミスを削減できるほか、ユーザーによるシステム利用動向を可視化し、活用されていない機能や非効率な操作を発見することができます。
操作ガイドはプログラミング不要で作成・修正できるのが特徴です。エンジニアでない人でも簡単にプロダクト改善の取り組みができ、開発工数を削減して社内リソースの最適化が実現できます。
同プロダクトはDAP市場の国内シェアにおいて2021年から4年連続でNo.1、2024年12月現在でユーザー数は600万人を超えました(参照:同社プレスリリース)。
新田テックタッチは大企業を中心とした生成AI活用の事例を多く見ていると思いますが、生成AIの市況感についてどのように捉えていますか?
日比野性能の向上はありつつも、ユーザー体験が大幅に向上したとは感じられませんので、市況としての盛り上がりはまだまだ発展途上かなと。2022年にChatGPTがリリースされたときは「ITサービスがすべて代替されてしまうかもしれない」という論調が強まりましたが、現在はトーンダウンしてきました。とはいえ性能の向上による生成AI活用の幅は確実に広がってきているので、まだまだ革命の余地があると思っています。
新田AIベンダーの提供価値は、どのように変化してきていますか?
日比野AIベンダーの競争軸は、「技術そのもの」から「どう活用できるのか」にシフトしつつあります。基盤モデルの開発能力に長けたAIベンダーが、いくら優れた製品を提供しても、翌月には別のAIベンダーから同じようなAPIが公開されることもあります。生成AIの興隆によって大きく進化したベンダーは、生成AIがもたらす自社製品や事業への影響の有無を、年単位で常にキャッチアップしておくことが重要だと考えています。
大企業における生成AI活用の現状と課題
新田大企業における生成AIの活用は、どのように進んでいますか?
日比野私はこの1年で、大企業延べ100社の生成AI推進担当の方々とお話しさせていただきました。その肌感とデータを照らし合わせてみた印象としては、大企業のおよそ7割が生成AIに対して積極的に投資していると感じますが、一方でビジネス上の成果を出すところで苦労しているようです。
生成AIを使ってビジネス上の成果を出すためには、価値のあるユースケースを特定することが重要です。「どこで生成AIが利用できるのか」「そもそも生成AIである必要があるのか」という問いに答えられる人材がいなければ、プロジェクトをスムーズに推進することはできません。そのため、多くの企業では生成AIに強い関心があるメンバーを業務部門からアサインし、部署横断的に生成AIの活用プロジェクトを組成しています。
新田プロジェクトの進行を難しくしている要因としては、何が挙げられますか?
日比野前述した通り、企業の生成AIへの投資は積極的に行われていると思いますが、その多くは社内のモデル環境の整備やRAGシステム等の研究開発に集中していると思います。ビジネス上の成果を出すためには、業務のどこでどのような活用ができるのか、自社に即した定着化が必要だと思っています。
そのようなアイデアは現場からたくさん出てくるものの、効果が読みにくい反面コストがかかるため予算とステークホルダーの調整がボトルネックになってPoCが進まないケースが多いようです。日本とアメリカで違いが出てくるのは、このスピード感だと思います。競争軸が「どう活用するのか」に移行しつつある今、PoCをいかにスピーディーに処理できるかが、生成AI活用における競争力の鍵になってくるのではないでしょうか。
新田なぜ日本ではPoCのスピードが落ちてしまうのでしょうか?
日比野エンジニアやプロジェクトマネージャー(PM)の人材不足と、外部のコンサルへの依存が大きいですね。生成AIはRAGなどの社内システムの構築に加えて、社内業務への展開も相当にハードルがあります。ここを外部のコンサルに依存する場合、社内業務を理解してもらい、生成AIをどう活用するか特定するまでに時間がかかります。
加えて、日本はアメリカよりも社内データの収集や活用をスムーズに進めるための整備が遅れているので、RAGシステムを使おうにもプロンプトに入れるデータがない、といった問題も起こりやすいと思います。
今後スピードを高めていくうえでは、生成AI活用プロジェクトのリーダーが、経営陣からの生成AIへの期待値を調整する必要があると思います。生成AIによる回答には、技術上100%の正しさを求められません。そこに生じるネガティブな印象を払拭し、誤ることもあるという前提でプロジェクトを起案・進行することが重要ですね。
大企業とスタートアップの連携が生む可能性
新田生成AIを軸とするスタートアップに求められる価値については、どのようにお考えですか?
日比野画一的に展開されるAIサービスは、ユースケースも限定されます。たとえば「議事録の中からタスクを抽出する」という汎用的な機能があっても、そこからは「メールをする」「電話をかける」といった限られたユースケースしか生みだせません。企業が必要としているのは「自社にあった自社専用の生成AI」。もっと踏み込んだ内容を抽出できない限り、ユースケースの幅が出ないことを考えると、各企業でのカスタマイズが必要になってくると思います。
新田カスタマイズ性が求められるとなると、UIやUXに優れ、非エンジニアでもカスタマイズできるローコード・ノーコードの国産生成AIミドルウェアのニーズや、機動的にニーズに応えられるAIスタートアップのニーズが高まりそうです。
日比野自社流の生成AI活用を確立するために、スタートアップの力を求める大企業が増えてくるでしょう。経済合理性を保ちながらPoCを回すために、大企業の中では有望なスタートアップとタッグを組む動きが増えつつあります。
スタートアップが生成AIを使ったサービスをリリースすると、多くの場合、大企業を中心に大きな反響があります。一方で、この問い合わせの発生数は必ずしもサービスの評価が高いこととは一致しないため、注意が必要です。スタートアップはサービスのリリースを通じて生まれた大企業との接点を活かし、細かなヒアリングや積極的な提案活動、プロダクトの追加開発などを続け、商機を逃さないことが大切です。
新田スタートアップが戦える市場については、どのように見ていますか?
日比野業務に合わせて適切なアプリケーションを構築できるサービスといえば、ローコード・ノーコードで作れる「AI Agent」がすぐ想像できると思いますが、この領域は近接領域で先行するプレイヤー(RPAやDAP領域のプレイヤー)がアプローチしやすいので、激戦区と言えます。また、同領域では特殊なカスタマーサクセスプランが必要になってくるので、武器がないままスタートアップが参入するのは難しいかもしれません。
新田同じ技術を同じように使えるという前提がある生成AI領域においては、汎用的なサービスはすでにレッドオーシャン化しつつありますね。後続のスタートアップは、どのターゲット層に届けるのが最適でしょうか?
日比野大企業は一定のコストをかけてでも製品に質を求めますし、一方のSMBはニーズに合わせてローカライズする特性を持つ以上、オンボーディングにコストがかかります。どちらもスタートアップが参入するうえでは、いばらの道かもしれません。双方の中間層である、ユーザーリテラシーの高いSMBを狙う場合も、すでに優位な製品が浸透しているため、業界や特性を絞り込んで価値を提供するといった戦略の工夫が必要だと思います。
「AI Hub」リリースを皮切りにさらなる進化を目指すテックタッチ
新田次にテックタッチの生成AI活用について教えてください。まず、テックタッチのように既に確立されたファーストプロダクトがある場合、生成AIをファーストプロダクトの補完的・追加的機能として活用する方向性と、全く新しいセカンドプロダクトとして活用する方向性の2軸あるかなと思うのですが、いかがでしょうか。
日比野実際の動きとしてどちらもやっています。ファーストプロダクトである「テックタッチ」に関してはコンテンツのオートヒーリング(AIによる自動修正)にチャレンジしています。DAPやRPAのように対象システム上で動作する特徴を持つサービスの永遠のテーマといっても過言ではないほど、技術的な難度は高いですが、これが実現できると運用コストが下がり、ターゲット層をさらに広げることができるので、事業成長に資する、インパクトのある取り組みだと捉えています。
次に、セカンドプロダクトに関しても、私たちは実は新規事業をこれまで一切やってこなかったんですが、既存事業がおかげさまで順調に進んでいることと、この生成AI革命が始まったことを契機に、今がやり時だというのが会社の中の判断です。そのうちの一つが、昨年リリースしたセカンドプロダクト『AI Hub』です。2025年にはDAPと統合し、企業の生成AI活用を支援するものに進化させ、既存のお客様にも展開していく予定で、PoCも順調に進んでいます。
他にも、まだ公開できていませんが、さまざまな新規事業が動いています。
新田テックタッチは強力なファーストプロダクトがある中で、AIを軸にしたセカンドプロダクトを立ち上げているわけですが、ファーストプロダクトの立ち上げと比べ、AIを軸にしたセカンドプロダクトの立ち上げで感じた難しさはありますか?
日比野大きく3つほどあると思います。
まず一つ目は、シンプルに「立ち上げ切るか、撤退するか」の見極めですね。セカンドプロダクトを立ち上げるうえでは、よく言われていることではありますが、撤退ラインを明確にしつつ、費用対効果を重視しながらプロジェクトを進めました。また、やはり事業立ち上げのところは強いコミットメントが必要なので、役員の誰か1人がコミットすることにしています。
二つ目は、やはり新規事業の事業領域をどこにするかという観点で、「なぜ私たちがやるべきなのか」を社内外に周知し、理解を得る部分は妥協せず取り組んできました。これは会社のミッションの延長線上なのか、解釈を変えるのか、もしくはミッションを再定義するのかというところです。ファーストプロダクトは事業=会社のミッションみたいな繋がりですが、セカンドプロダクトになると新しくこの論点が出てくると思っています。
そして三つ目、AI製品という観点では、ベンチマークを正しく置くことに苦労しました。創業間もないスタートアップの場合、ベンチマークした会社と自社では、人材や予算といったリソースに差が生じます。
例えば、ベンチマークした会社と同じように3ヶ月や1年で同じプロダクトが作れるというとそうではなく、その中にはやはりスーパーエンジニアやAIの専門家の存在があったりなど、もう少し設立前の背景をキャッチアップする必要があると思っています。また、特に米国の成功事例を日本で真似ようとした場合、投資金額の差が響くことも珍しくありません。このように、違いを見定めてベンチマークを見極める部分は、難しいと感じました。
新田逆にセカンドプロダクトを立ち上げた際に感じたメリットを教えてください。
日比野先ほど、なぜ私たちがやるのかというミッションとの繋がりの話をしましたが、そこには「私たちだからこそ、その事業を成せる」というような前向きな理由も含むべきだと思っています。言い換えると、自分たちの強み、組織の強みは何かをまず整理する必要があります。
例えば弊社であれば、フロントエンド技術に長けている、データ分析基盤も持っている、エンタープライズレディな製品開発の知見がある、コンサルティングができるカスタマーサクセスがいる、強い営業組織がある、大企業の情報システム部門にタッチポイントがたくさんあるなどです。こういった点を踏まえて、どの領域を攻めるべきなのかというのを決めやすいという風に思っています。
このようにミッションに紐づけて強みを整理することで、最適な戦場を選びやすくなると思いますし、すでにある強みを活かすという意味で、セカンドプロダクトの方がやるべきことをやりやすい環境にあると思います。また、今回弊社は近接領域でセカンドプロダクトを立ち上げたことで、自社の提供価値をより深く理解することもできました。今後は、先ほど「DAPと統合」とも話したようなファーストプロダクトとの融合を進めたり、セールス文脈でアップセルのような展開につなげることも当然、検討していきます。
新田最後にせっかくなので、この記事を読んだ採用候補者に向けて、会社のカルチャーや働き方についてもお聞かせください。
日比野テックタッチのカルチャーの特徴は、「いつでもごきげん」というバリューから伝わると思います。このバリューは社員からも愛されていますし、会社全体の雰囲気にも大きく影響していますね。会社としては、社員が自分自身を着飾らなくていい、自然なままで働ける職場環境を作るよう心がけています。
こうしたカルチャーに共感し、これまで話した事業内容や展望に興味を持ってくださった方は、テックタッチのエンジニアチームにフィットすると思います。
新田あとがき
先日公開のホワイトペーパーでは、既存プレイヤーが容易に生成AI技術を導入できる環境下において、スタートアップがどう差別化を図るべきかを分析した。今回の「すでに強い事業基盤を持つSaaSスタートアップ」とも言えるテックタッチとの対話からは、セカンドプロダクトとしての生成AI活用やその差別化について多くの示唆が得られたように思う。
- セカンドプロダクトは「なぜ自分達がやるべきなのか」という自社ミッションとの接続性を意識する必要性あり。逆に、ミッションに紐づけて自社の強みを再整理することで最適な戦場を選びやすくなる
- 生成AI領域は目まぐるしく進化しており、諸前提が異なるケースも多いため、生成AI領域で一見うまくいっている会社を安易にベンチマークするのは危険
- 生成AI領域でセカンドプロダクトを出す場合でも、ファーストプロダクトとの地続き性は重要。ファーストプロダクトとの近接領域で、プロダクト間のシナジーを追求することが重要
すでに強いプロダクトを持つSaaS企業にとって、生成AIは「既存事業を脅かすリスク」というよりも、「新たな成長機会」として捉えることができそうだ。テックタッチのように、既存事業で培った強みと生成AI技術を組み合わせることで、より大きな価値を生み出せる可能性が広がっている。彼らの生成AI活用と、2025年の進化が楽しみでならない。
テックタッチでは、ビジネスサイド・開発サイドともに、メンバーを募集している。そんなAIを活用した大企業のDX体験をつくりたい方、ぜひテックタッチに問い合わせてみてほしい。
こちらの記事は2025年03月11日に公開しており、
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