連載国内スタートアップが描く生成AI事業の勝ち筋 Powered by DNX Ventures
難題を抱える歯科医療領域をDX・AIで変えていく──Vol.2 エミウム株式会社 代表取締役 稲田雅彦【寄稿:DNX Ventures新田修平】
※この記事は新田氏(DNX Ventures)による寄稿です
先日DNX Ventures(以下、DNX)が公開した「生成AIとSaaSの対比」 生成AIに関するレポートは、ご覧になられただろうか。既存プレイヤーが容易に最新の生成AI技術を導入できるDistribution channelの観点、LLMプロバイダーの動向、生成AIのB2Bにおけるユースケース、ベクトルデータベースなどのミドルウェアの可能性について網羅された、米国のリサーチに基づいた超大作となっている。現在の生成AIに関する情報はすっかり世に溢れているが、スタートアップが戦える領域はどこにあるのか、そしてSaaSスタートアップはそのなかでどう戦うべきか、同社でキャピタリストを務める新田が米国の事例を参照しながら考察をまとめた。
当連載では、DNXのB2B SaaS投資先において、それらの考察を踏まえ、日本のスタートアップが具体的にどのように戦うべきマーケットを見つけ、どのように生成AIを活用したサービスを提供しているのか、生成AI領域での戦い方を見ていく。
第二弾は、歯科領域でAI化・DXを行う業界特化サービスを提供するエミウム。実は、AIでDXを大きく前進させられる可能性を秘めているのが医科歯科領域だといわれている。一方で、国内ではAIを活用するために必要なデータの取得や整備が進んでいないことから、これらの課題に対してスタートアップの活躍が期待される。
今回はエミウム株式会社の代表取締役 稲田雅彦氏を迎え、大学院時代にAIを研究し、その後AIを活用したソリューションを提供してきた経験から、AI革命の変遷や医科歯科領域におけるAIの親和性、そしてエミウムの挑戦について伺っていこう。
サプライチェーンの課題も併せ持つ歯科領域に生成AIで挑む
DNX Ventures 新田修平(以下「新田」)エミウムの事業概要をお聞かせください。
エミウム株式会社 代表取締役 稲田雅彦(以下「稲田」)エミウムは歯科医療領域のITスタートアップであり、日本の歯科業界をリードする国立大学法人 東京科学大学(旧 東京医科歯科大学)認定の大学発スタートアップです。
医療領域において、医科は薬がソリューションの中心である一方、歯科は補綴物や矯正用マウスピースといった医療製造物の占める割合が大きいという特徴があります。この歯科医療サプライチェーンの領域には課題が山積しており、それらを解決するべくDXやAIトランスフォーメーションを手がけているのが当社です。
新田どういった課題があるのでしょうか。
稲田2024年6月からは歯科用3Dスキャナーが一部の歯科技工物から保険適用となったこともあり、補綴物(ほてつぶつ。クラウンやブリッジ等)、入れ歯、インプラントやマウスピース矯正の設計・製造ではデジタル化が実現しています。ただ、3Dスキャナー、3D CAD(図面作成ツール)、3Dプリンター活用といった「点」のデジタル化は進んでいるものの、それらを線で繋ぎ、さらに面としていく、バリューチェーン全体のDXやAIトランスフォーメーションは進んでいません。
そういった課題に対し、私たちは基幹業務ERPクラウドやAI CADなどの複数ソリューション・プロダクトの提供を通して解決を試みています。
LLMの登場により、AIブームの流れは激変
新田エミウムを分類するならバーティカルスタートアップ、バーティカルSaaSなのでしょうが、一つのSaaSアプリケーションというより、基幹ERPまで含めたクラウド・プラットフォーマーとして業界のDXに貢献するソリューションを提供されているのですね。バーティカルSaaSと生成AIは相性が良いものだと思っていますが、稲田さんは生成AIのトレンドをどのように分析されていますか。
稲田ChatGPT、生成AIの登場によって第4次AIブームが訪れましたが、それ以前の第3次AIブームとは大きな差があると思っています。その背景にあるのがLLMの存在であり、第4次AIブームでLLMが登場したことにより、AIの知能レベルが圧倒的に向上しました。
第3次AIブームで登場したディープラーニング技術におけるパラメータ数は、1万個から1億個と非常に大きくなりましたが、知能レベルはあまり上がらなかったんです。一方第4次AIブームでは、パラメータ数が1,500億を超え、さらに5,000億、1兆に到達すると、知能レベルは垂直に跳ね上がりました。
現在のパラメータ数は2兆を超えており、もはや一部のタスクでは人間の知能を大きく上回っており、AGI(汎用人工知能:人間に近い知能をもってさまざまなタスクをこなすことができる人工知能)の領域に入っています。
これまで機械学習や人工知能の専門家は、AIの知能向上・学習効率の向上を目指して種種のアルゴリズムの研究開発に明け暮れてきましたが、ひたすらデータやパラメータを増やせば知能が上がっていくフェーズに入っており、ハイパースケーラーと呼ばれるAmazon.com、Microsoft、Googleが莫大な投資を始めています。医療領域の変革を一気に進めていくための活用が一気にイメージしやすくなり、可能性が大きく高まったと感じています。
新田投資すればするほど知能が上がるという状況でしょうか。
稲田その通りです。基盤モデルとなる領域に関してはハイパースケーラーであるGAFAMが数兆円規模で投資するような世界が広がっていて、通常のスタートアップはまったく太刀打ちできない状況です。
新田LLMや基盤モデル開発には資本力がものを言う世界であり、アメリカのハイパースケーラーを中心として開発・投資が進んでいる一方で、日本においては、そもそものデータが十分に取得・整備されていないという課題と基盤モデル開発を行う大規模コンピューティングパワー・資金力の無さに課題があると考えています。特にバーティカル領域において、稲田さんはどんな点がボトルネックとなっていると感じていますか。
稲田シンプルに、AIトランスフォーメーションを始めにくい“鶏卵”問題として、データ整備、データリポジトリの整備が圧倒的に不十分な点があると感じています。医療領域においては、カルテの電子化が何よりも重要なのですが、なかなか進んでいません。
米国ではほぼ100%の電子化を成し遂げているのに対して、日本では政府が掲げる「医療DX令和ビジョン2030」の施策を通して、2030年までに100%の普及を目指している状況です。そんな中で、歯科は医科に比べてもさらに遅れをとっており、データが蓄積されないため、高度な医療DXへの着手がそもそもしにくいという難題を抱えています。
生成AIの活用は臨床現場に広がり、治療計画立案も可能に
新田歯科医療においては、サプライチェーン領域のデジタル化やDXも関係してくるのではないでしょうか。
稲田はい。日本の製造業はデータ化の段階で遅れていますから、それに連動するように医療製造業である歯科医療・歯科技工業界でも遅れをとってしまっているのが現状です。一方で、エミウムは東京科学大学認定ベンチャーであり、同大学がこれまで医科歯科を連携してデジタル化推進とともにデータを蓄積してきたことから、国内でも医科歯科連携をして医療ビッグデータを取れているという強みがあります。
新田欧米では診断においてAIの活用が進んでいるという話を聞きます。臨床の現場ではどのようにAI活用の可能性があるのでしょうか。
稲田アメリカは特に進んでいて、この20年ほどでデータインフラ整備がほぼ完了しました。生成AIを活用したプログラム医療機器、いわゆるSaMD(Software as a Medical Device)が、臨床の現場をサポートし、より良い治療を実施しやすくなっています。歯科領域においても虫歯の診断ができるAIソフトウェアがFDAに採用されました。これは、医師や歯科医師が安心して使用できるというお墨付きのようなものです。
開発したOverjet社の実験では、このソフトウェアを使わない場合に比べ、使った場合の方が虫歯の発見率が32%改善するという結果も出たとのことです(ソースはこちら)。また、医科領域では、糖尿病網膜症や腫瘍の発見におけるAI活用がもはや当たり前になりつつあるという状況です。特にX線画像分析における医療AI活用が世界的に進んでいて、診査・診断のサポートに役立てられています。
さらに、治療計画の立案へのAI活用も始まり、患者情報を分析し、最適な治療法や治療計画の立案・提案も可能となってきています。ただし、日本国内では歯科領域にいたっては0社であり、今後はエミウムが参入していきたいと考えているところです。
AI技術を融合させた医工連携で国内の歯科業界をリード
新田医療サプライチェーン領域という視点から、今後生成AIの導入をどのように進めていきたいと考えていますか。
稲田歯科領域のCADのAI化は世界的に進み、特に中国や韓国が先行しています。日本は遅れをとっていることから、エミウムも追随すべく取り組んでいます。
また、エミウムとして現在力を入れているのは、歯科医療サプライチェーン領域で広く基盤になるような技術開発です。例えば、3次元データからから歯、歯肉、顎、補綴物を抽出するという歯の抽出処理を自動化する技術はすでに開発が完了しています。
さらに、CTやMRIなど複数の3次元データやX線画像データを、マルチモーダルに組み合わせ、学習するといった基礎技術開発も進行中です。今までこういった業務は歯科CADオペレーターが担う業務でしたが、解剖学的な知見と複数形式のデータを組み合わせる必要があり、これまでのAI技術だと実用化にまでなかなか至りませんでした。
一方、最新の生成AIやLLMを活用すれば、2次元データや3次元データ、テキストデータなどを組み合わせたマルチモーダルAI化が可能であり、そこに言語による説明責任をもったソリューションの提示を行うことも得意になります。高い精度で、迅速に、複雑なオペレーションを実現できるようになりました。
新田最後に、エンジニアとしてエミウムで働くおもしろさややりがいをお聞かせください。
稲田日本の医療のサプライチェーンの底上げに貢献し、医工連携の領域でおもしろいことに取り組めるということだと思います。日本の医療業界は世界的に見ても非常に高度な医療サービスを提供できている一方、現場は労働集約型で生産性が低く、かなり疲弊しているのが現状です。
歯科医療領域のサプライチェーンは崩壊に瀕しつつあります。医療製造の担い手は高齢化し、そもそもデジタル化も難しい状況となっていて、入れ歯を発注したものの3ヶ月待ちといった例はもはや珍しくありません。したがって歯科医療サプライチェーンの生産性向上は待ったなしの状況であり、DXやAIトランスフォーメーションは必須という切実な状況です。
課題が山積する中、エミウムは業界内外の方々と手を取り合って力を尽くしています。医工連携の中でも歯科医療・歯科技工領域は製造業の知見がダイレクトに活きることから、やりがいは大きいのではないでしょうか。歯科医療領域の新しい未来をともに作っていきたいと考えるエンジニアの方に来ていただけたらと思います。
新田あとがき
先日公開のホワイトペーパーでは、バーティカルSaaSが(生成)AIと本来相性が良い理由について、「業界特化ゆえにデータの密度が高く、良質なデータが溜まりやすい」点を挙げ、生成AI活用のユースケースの一つとして「LLMの柔軟性を活かして、従来は経済性の観点から対応が難しかった業界固有の人的ワークフロー(BPO)をAI-enbaled BPaaSとして対応できる可能性」に触れた。
しかし欧米と比べ、日本の伝統的な業界はAI化以前のDX化に課題があり、“データがそもそもない”、あるいは、“データがあってもスタートアップが利活用できない”というデータ確保の問題に直面することが多い。
今回歯科医療領域という日本の伝統的なバーティカル領域のトランスフォーメーションに取り組むエミウムとの対談を通じて、バーティカルSaaSにとっての生成AI活用の示唆やヒントが得られた。
- エミウムはまず歯科領域において重要且つ喫緊の課題となっているサプライチェーンに目を付け、点と点を線で繋ぐプラットフォーマーとしてデジタルな商流を作ることから始めている。また、歯科技工所向けの基幹業務クラウドも提供し、歯科技工所と歯科医院のデジタル化も推進している。
→AI化以前のDX化という観点で、一足飛びにAIを軸に据えるのではなく、まずは業界固有の商流やワークフローのデジタル化・DX化から入ることで、“データがない”伝統的な業界において“データを創っている” - エミウムは、東京科学大学認定ベンチャーとなることで、学術機関がデジタル化推進とともに蓄積してきたデータへのアクセスを可能にしている
→日本の伝統的な業界では“インサイダー”と見なされることが重要。学術機関やKOLとの連携を通じて、インサイダーとしてデータにアクセスできる可能性
バーティカル領域における生成AI活用には、「業界への深い理解」と「独自データの確保」が重要だと指摘したが、まさにエミウムも医療領域でそのような山の登り方をしていると言える。伝統的な規制・慣習や業界固有のアナログ性は、逆説的に、本質的な課題に真摯に向き合うスタートアップにとって大きなチャンスともなり得る。エミウムのように、AI化以前のDX化や学術機関との連携によってデータを確保し、業界特有の課題に真摯に向き合いながらAIトランスフォーメーションを進める企業には、大きな成長機会が広がっているのではないだろうか。
エミウムでは、ビジネスサイド・開発サイドともに、メンバーを募集している。歯科医療業界の新しいインフラをつくり、人や社会にウェルビーイングを届ける。そんなAIを活用した「医療サプライチェーン領域の業界変革」とも言える大きな挑戦をしたい方、ぜひエミウム稲田氏に問い合わせてみてほしい。
こちらの記事は2025年02月20日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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2記事 | 最終更新 2025.02.20おすすめの関連記事
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