あえて合理性を捨て、「冗長なUI」を設計するのはなぜか?
トレタが目指す本当の「わかりやすさ」
「マニュアルなしでわかる仕様に」「現場の人間に使ってもらってこそ存在価値がある」
常に飲食店従事者に寄り添い、「わかりやすさ」を徹底的に追求してきた株式会社トレタの哲学だ。その成果の一つといえるだろう、飲食店向け予約・顧客台帳サービス「トレタ」を開発・販売する彼らは、2019年3月6日に「Googleで予約」プロジェクトへと参画した。
いちスタートアップであるトレタがGoogleのプロジェクトに参画できた背景には、飲食業界における店舗、来店客双方のメリットを追求し、予約管理のIT化に尽力してきた経緯がある。
現在、導入企業数は12,000を突破し、飲食店予約・顧客台帳サービス業界でシェア1位を獲得。顧客満足度も高く、約99%と高い継続率を誇る。
予約管理には紙の台帳を使うのが常識だった飲食業界で、なぜトレタはこれほど利用されているのか。躍進の裏には、代表取締役の中村仁氏が飲食店経営時代に味わった苦い過去がある。
- TEXT BY YUKO TAKANO
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「資産である顧客情報を、ほとんどの店舗が捨てている」紙の顧客台帳がもたらす弊害
トレタの強みは、飲食店の空席情報を正確に把握できる点にある。紙での予約管理を撤廃し、トレタ上で“すべての”空席情報をリアルタイムに確認する仕組みになっているのだ。
中村一般的なオンライン予約サービスは、紙台帳との併用を前提に設計されています。しかしトレタは、紙から脱却し、ITツールに完全移行していただけるように徹底してサポートしています。紙にとらわれている限り、飲食店の予約に関する課題は解決できないからです。
中村氏がこれほど紙台帳からの切り替えにこだわるのは、飲食業界に長年横たわる「顧客情報管理」に関する課題解決を見据えているからだ。台帳には「いつ」「だれが」「何人で」「どのようなコースを予約したのか」など、顧客を知るための情報が詰まっている。しかし、紙で管理しているといずれ廃棄されてしまうため、情報が活用されることはない。
また、ITが浸透していないがゆえに、来店数や注文内容などの細かな情報が属人化されている問題もあるその状況は、接客内容に個人差を生む。
中村繁盛店でも、店長が変わると同時に常連客が来なくなってしまうことって、よくあるんですよ。
なぜなら、店長だけが顧客情報を把握していて、常連客に個別最適化した対応を取っていたから。馴染みのお客さんが新規顧客と同じような扱いしかされなくなり、がっかりして足が遠のいていく。
だからこそ、顧客情報を、個人の頭の中ではなく会社の資産として残すことが重要なんです。
儲かるほど、自分の首が締められる–––中村氏自身も苦しんだ、飲食業界のジレンマ
アナログ管理の弊害はまだある。オンライン予約と併用すると効率が悪いのだ。
多くのオンライン予約サービスは、紙台帳にある空席の一部を登録するシステムを採用している。たとえば、100席の店舗で、オンライン予約用に30席を確保し、うち15席をAサイト、残り15席をBサイトに振り分ける。
この仕組みだと、もしAサイトで確保した予約席以外がすべて空いていたとしても、Aサイト上では「残り15席」としか表示されない。つまり、本来の空席数と、オンライン予約サービスに表示される空席数が合わないのだ。さらに、店舗は複数のオンライン予約サービスから入ってくる予約情報を、すべて紙に記載しなければいけないので、手間もかかる。
トレタは、これらの課題も一気に解消するために開発された。主要な予約サービスと連携し、全オンライン予約を一元管理できるため、サービスごとに手入力で席を振り分ける必要もない。
中村トレタは店舗、来店客双方にとってのメリットを追求し、利便性の高いサービスになったと自負しています。
中村氏が予約管理のIT化にこれほど邁進できるのは、飲食店経営時代にアナログ管理の限界を痛感したからだ。
中村多くの飲食店と同様、僕の店も紙の台帳で予約を管理していました。そもそも電話で予約を受けていちいち書き込むのが面倒だったし、店が繁盛して予約が増えれば増えるほど管理工数が増し、予約重複などのミスを引き起こしやすくなっていましたね。
「アナログな予約管理は、店の繁盛を妨げる」と感じた中村氏は、少しでも繁盛店を増やしたいとの想いから、予約管理を自動化するトレタ開発に踏み切ったのだ。
顧客の心理的安全性を醸成する、トレタ流カスタマーサクセス
慣れ親しんだ紙ベースでの予約管理を撤廃し、トレタに完全移行するのはそう簡単ではない。不安を抱く店舗従事者は少なくないという。そこでトレタは、商談時から安心感の醸成に取り組む。
中村紙の予約台帳を完全に捨ててもらうためには、トレタを使うことでどのようなメリットが得られるかについての合意形成が不可欠です。当社のセールスには、商談の段階で、提供できる価値について認識をすり合わせるステップを踏むよう徹底させています。
安心感を高めるための施策は、合意形成だけに留まらない。中村氏は自身の苦労をもとに、トレタへの移行を徹底支援するカスタマーサクセス部を構築した。
中村カスタマーサクセスにおいて特に重視しているのは、オンボーディングです。導入段階で紙から完全移行してもらえなければ、トレタを活かすことはできない。完全移行してもらうために「大丈夫!ひとりじゃないですから、一緒にやり抜きましょう」と、できる限り伴走するんです。時間もコストもかかりますが、最も手を抜けない部分なので、かなり丁寧に進めていますね。
飲食店を繁盛させることが目的のトレタにとって、カスタマーサクセスはサービス価値の根幹を形成する。
中村カスタマーサクセスは、トレタの存続理由そのものだと思っています。当社は「食の仕事を、おもしろく」をミッションとして掲げていますが、これは要するに「飲食店の繁盛を実現していきましょう」ってことなんですよね。
なので、僕らは飲食店が繁盛するために存在している。組織体制としても、営業や開発などすべての部門がカスタマーサクセスに帰結する状態が理想ですね。逆に、カスタマーサクセスができなければ、サービスとしての意味をなさない。
あえて画面遷移を増やす顧客にとっての「わかりやすさ」を追求するため、合理性を捨てた
トレタを導入した店舗からよく評価されるのは「わかりやすい操作性」だという。
中村僕自身が飲食店を経営してきたので、現場でどのような方々が働いているのかはよく理解しています。彼らに使ってもらうためには、「マニュアルを見なくても使える」「このボタンを押せば何が起きるか直感的にわかる」「いろいろ触っても壊す心配がない」ツールでなければいけないんですよ。
「僕の店で働いていたメンバーが迷わず使えるか?」をイメージしながら、トレタのUIを設計しました。
中村氏が特に意識していたのは、「思いっきり冗長」にすることだった。中村氏が言う冗長とは、「IT業界的な合理性の反対をいく」という意味だ。1つの操作を完了させる際、複数画面を遷移するより、 一画面で完結したほうが合理的であり、一般的には優れたUIだと評される。しかし、IT業界における合理性は、必ずしも万人に共通するわけではない。
トレタの場合、たとえば1つの操作を完了させるのに、あえて5画面遷移させる。当然、1画面に配置するボタンの数は5分の1まで減る。すると、1画面の情報量が減り、次にどのような操作をすればいいのかが明快になるわけだ。これは、電話で予約を受付する際のオペレーションに合わせた設計にしているためだ。逆に言えば、遷移画面に合わせて日にち、時間、人数を確認していけば、予約の聞きこぼしや確認ミスを防げる。
ITに慣れた人間は冗長と感じるかもしれないが、飲食店で働くスタッフにとっては非常に合理的なUIができあがったのだ。
中村ごく一部のお客様からは、画面遷移が多いというお声もいただきます。ただ、操作に慣れる頃にはインフラ化しているので、解約率にはつながらないんですよ。画面遷移による離脱より、わかりにくくて触らなくなる方がリスクだと考えています。
そもそもトレタは、「自分たちのような飲食店従事者が使えるサービスを作ろう」というところから始まりました。現場をよく知り、徹底的にユーザーに寄り添って開発してきたからこそ、現在多くの飲食店に活用してもらえているんだと思います。
次にトレタが狙うのは、全来店客の半数がターゲットになる「超直前予約」
飲食店従事者に徹底的に寄り添い、業界シェアNo.1を獲得したトレタ。導入店舗拡大は継続しつつ、新たに挑もうとしているのが、「超直前予約」の領域だ。
2019年3月から提供開始された「トレタnow」では、アプリ上に現時点で空席のある店舗が表示され、そこから行きたい店を選んで予約できる。
中村そもそも、インターネットの大きな魅力は「リアルタイム性」なのに、予約サービスの領域では活かされていませんよね。2タップで今から行く店の席を予約できるようになれば、オンライン予約の裾野を広げられると思っています。
直前予約サービスを提供するには「店舗が紙での予約管理から脱却すること」「予約できる店舗の数・質を一定規模にすること」の2点を満たさなければいけません。繁盛店中心にトレタ導入を推進、カスタマーサクセスにも注力し、店舗の量・質が担保できる状態になった。まさに今が「トレタnow」をリリースできるタイミングだなと。
超直前予約サービス領域では競合は存在せず、かつニーズも確実に存在するため、大きなポテンシャルを秘めていると踏んでいる。
中村トレタのデータを見ていると、前日まで予約される方は来店客の半数しかいないんです。残りは、当日予約または飛び込み来店が占めていました。
当日お店を選びたい方々に、オンラインでのスムーズな予約体験を提供することで、店舗にも来店客にもメリットがあります。創業当初から構想し、5年越しに結実した「トレタnow」は、オンライン予約に革命をもたらす存在になると確信しています。
中村氏のように、現場のユーザーを生々しくイメージできるような経験を持っていると、サービス開発において様々なメリットがある。たとえば、トレタ開発初期、プロダクトマーケットフィットにはほとんど苦労しなかったという。
飲食店で働く中で直面した課題を解決するためのサービスを探したが、なかった。それなら自分たちで作らざるを得ないというところからスタートしたため、ターゲット選定やインサイト調査、競合優位性の創出をスムーズに進められたのだ。
現場での経験は、トレタ成長の要である「わかりやすさ」の実現にも活きている。「わかりやすいUI」を標榜するサービスは多い。留意したいのは、「わかりやすさ」は受け取り手によって大きく異なる点だ。相手のバックグラウンドを理解しなければ、真にわかりやすいUIは実現できない。
中村氏も、自分や開発チームの感覚ではなく、自分の店で働いていたスタッフの感覚を軸にUI設計に取り組んだ。自分の思い込みを捨て、相手にとっての「わかりやすさ」を考えられるかどうかが、サービスの成否を決めるのかもしれない。
こちらの記事は2019年08月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
高野 優子
フリーの編集、ライター。Web制作会社、Webマーケティングツール開発会社でディレクターを担当後、フリーランスとして独立。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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