いまだに世界から周回遅れの音楽業界。
打開のカギは、Web3スタートアップに?
SpotifyやApple Musicなど、ストリーミング形式の音楽配信サービスが日本で普及してきている。その事実自体は多くの人がすんなり受け入れられるはずだ。
では、そうした状況が“日本の音楽業界”にとってどうなのか、という視点になるとどうだろうか。あるいは、世界的に見てどうなのか、という視点ならどうだろうか。
今回は、この領域で活躍する2名のゲストを招き、今の日本における音楽業界の現状や課題、そして展望について話を聞いた。
ひとりは、エンターテイメント領域のDXを志すスタートアップスタジオStudio ENTREの代表、山口哲一氏。そしてもうひとりは、音楽配信デジタルディストリビューションサービス『TuneCore Japan』を手がけるチューンコアジャパンの代表取締役社長、野田威一郎氏だ。
- TEXT BY TEPPEI EITO
日本の音楽を世界に、と考える人がとにかく少ない
先に述べたとおり、いま日本ではストリーミングが普及しつつある。言い換えればデジタルシフトが進んでいるとも言えるだろう。また、大手事務所に所属するアーティストだけでなく、インディーズのアーティストが世に出ていくための土壌もできてきたように思える。
そうした状況を考えると、日本の音楽シーンは一見順調に思えるが、山口氏はいまの日本の現状に強い危機感を抱いていた。
山口確かに、「音楽シーン」という意味では面白くなってきていると思います。日本のクリエイティブは非常にレベルが高いし、多様性も豊かです。文化的な厚みもあるし、二次創作については圧倒的なパワーも持っています。
しかし、「音楽業界」とか「音楽マーケット」の話になると悲惨な状況にあると僕は感じています。ストリーミングサービスが普及してきたといっても、世界的に見れば6年も7年も遅れているんです。ようやく有名アーティストがひと通りサブスク解禁したっていう状況ですから。
要するに日本は「音楽」は良いけど「音楽ビジネス」が下手なんですよね。「デジタル化」というのはつまり「グローバル化」を意味します。なのに、グローバル戦略を考えている人がめちゃくちゃ少ないんです。
音楽業界におけるグローバル視点の必要性には、野田氏も同意する。
野田ストリーミングサービスの市場自体は日本でもあと10年くらいは伸びると思っています。いま音楽サブスクサービスのユーザーがおよそ2,000万人くらいなんですが、人口を考えると国内だと6,000万人くらいが限界値ですよね。そこに到達するまでは伸びていくことになるんじゃないでしょうか。
ただ問題はその先ですよね。国内マーケットが限界値に達したときに、世界に広げていけるかっていう。現段階で、例えば言語対応とかを考えられている人なんてほとんどいませんから。
ストリーミングサービスは確かに普及している。しかし、それは世界的に見て6年遅れで普及してきているだけだった。そしてさらに、デジタル化が進んでいるいまもなお、グローバル戦略を考えている人が非常に少ない。
それがいまの日本の音楽業界の現状だったのだ。
「サブスク普及でCDが売れなくなった」
は完全に誤解
レベルの高いクリエイティブを持ちながらも、世界から6年も遅れを取ってしまった日本。その原因は一体どこにあるのだろうか。二人が指摘するのは、音楽業界の構造だ。
山口高度経済成長期に供給側の理屈で構築された仕組みにしがみつこうとした結果、構造転換が遅れたんだと思います。
サブスクで音楽を配信するんじゃなくて、これまで通りCDを売ってコンサートに人を呼んで……っていうやりかたを続けようとしたんです。
野田そうですね。世界的にデジタル化の流れがあったときに日本は動かなかった。ちょうどそのタイミングがスマートフォンが普及してきた時期だったこともあって、若い人はみんな違法ダウンロードとか非公式のYouTube動画とかにユーザーが流れてしまったんです。
あのときにSpotifyとかのサブスクを提供していれば、多分消費者もそっちに流れたと思いますよ。
とても興味深い分析。この日本シーンのユニークさを踏まえて「どう戦うのか?」を考えることが大切ですね。善はダメですが、日本の武器は多様性と歴史だと思っています。
— 山口哲一 エンターテック✖️起業 (@yamabug) February 19, 2023
⇒Spotifyデータから「世界のヒットチャート類似度」を可視化してみる...日本は最も他国と似ていない国?https://t.co/KFQOnWlchQ
業界としての構造転換の遅れが、サブスク移行の遅れをつくってしまった。さらに、別の弊害もあると二人は話す。
山口デジタル世代より前のアーティストの中には、いまだにサブスクを悪だと考えている人もいます。それが若いアーティストにも影響を及ぼしていて、小さなライブハウスで良い曲を歌っていればいつか誰かが東京ドームに連れて行ってくれると思っている人も少なくありません。でもそんなことはもう今の日本では起こり得ないんです。
野田事務所やレーベルの責任でもあると思いますが、デジタル化グローバル化っていう今の流れとか日本の現状とかを認識していない人が多いですよね。
山口単純にそういう音楽ビジネスに関わる人たちがガラッと変わってしまえばいい話なんですけど、実際はそれが結構難しいんですよね。そこがいろいろと権利を握っちゃってるわけですから。
日本の音楽業界が抱えてしまっている“遅れ”の問題は根が深いようだ。そして、その直接的な解決策も、「意識を変えてもらうことしかない」のだという。
日本が返り咲く鍵はWeb3、スタートアップに期待
世界から6年遅れていることはさておき、日本においてもSpotifyをはじめとしたサブスクリプションサービスが普及してきているのは事実。ユーザー側のほうから、音楽の楽しみ方に大きな変化が起きている。
ではそうした状況において、“音楽業界”が考えるべきことはどのようなことなのだろうか。
山口サブスクが広がったことをネガティブに捉える人がいますが、私に言わせれば、どう考えてもポジティブなこと。楽曲に触れるファーストコンタクトとしてサブスクがあるのは、音楽を楽しむ人にとってメリットしかありません。
考えるべきは、その機会を活かしてビジネスにしていくかという点です。コンサートに集客するのか、NFTの音源を売るのか、それとも……。
サブスクのせいでCDが売れなくなった、みたいなことを言う人もいますが、そこだけを考えていても何も前に進みません。音楽のあり方について、もっと複合的に考えないといけないタイミングだと思います。
野田そうですよね。サブスクが普及したからCDが売れなくなったって言いますけど、実際にはほとんどの人がもうすでにCDを買ってなかったと思うんですよね。CDレンタルにお金を払っていたのが、サブスクに代替しただけ。
一方で、熱狂的なファンは今でもグッズとしてCDを購入しています。この動きはきっと残るのですが、ここを大きくしようというのは無理があるかなと。
あとは、これまでは曲が売れるとレーベルとか事務所にお金が入っていましたが、今は“個”の世界になってきていて、色んな人に分配されるようになってきています。そういう環境ができてきたからこそ、インディペンデントで活動しているアーティストも活躍しやすくなってきているんです。
サブスクの普及は、消費者に音楽とのファーストコンタクトを与えている。しかしそれだけで喜んでいてはいけない。そこからどうビジネスとして発展させていくかが問題なのだ。
ではその「次のビジネス」とは一体どのようなものが考えられるのか。その鍵はWeb3にあると両者は意見を一致させた。
山口Web3で日本は音楽という領域において返り咲ける可能性があると思っています。Web3の特徴であるDOA(分散型自立組織)っていうのは音楽ととても相性がいいですからね。僕はCISAC(著作権協会国際連合)がDAOになればいいと思ってますよ。
野田そうですね、ブロックチェーンの技術自体は信用できるものですし、この技術がベースになっていくというのは間違いないと思います。重要なのは、日本のマーケットが飽和状態になる10年以内にそれを準備できるかという点ですね。私たちもWeb3のサービスを考えています。ここでは言えませんけど(笑)。
あとは、音楽の体験がここ数年で大きく変わってきていて、「聴く」だけじゃなくて「使う」という消費の仕方が生まれてきています。YouTubeとかTikTokとか。この領域は日本でもこれから伸びてくると思いますが、現段階では権利問題などの整備がまだまだできていません。
弊社でも先日「著作権管理サービス」をリリースしましたが、このあたりが整備されてくると「次のビジネス」としてのマーケットを作っていけると思っています。
世界から6年遅れという絶望的な状況にある日本の音楽業界。その問題点は、構造転換の遅れを背景としたデジタル化、グローバル化の意識の低さにあった。
必要なのは、世界をマーケットに見据えた戦略と、多層的なビジネスモデル。そうしてデジタルファーストを浸透させた先のWeb3時代には、日本が返り咲ける可能性があるかもしれない。
こちらの記事は2023年03月17日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
栄藤 徹平
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