「エンジェル投資」に学ぶ、持続的かつ排他的でないコミュニティの作り方──赤川隼一×古川健介
今、コミュニティはどんどん自由になっている。
中村八郎著の『都市コミュニティの社会学』によると、外来語としての「コミュニティ」が日本に広まったのは1970年ごろ。当初は学校や会社など“オフライン”に限定されていたコミュニティの概念も、インターネットの普及と共にその土壌を“オンライン”へと広げていった。
近頃は、オンラインサロンを始め、「コミュニティサービス」と呼ばれる事業も増えている。だがその裏では、コミュニティの活性化やマネタイズに悩み、運用に苦戦するプレイヤーも少なくない。
現代における理想のコミュニティとは、どのようなものなのだろう。それを実現するためにすべきことや、運営者が陥りやすい失敗には何があるのか。これからのコミュニティは、一体どこへ向かうのか──。
「グロースハックではなく『スケールしないことをし続ける』。これが、コミュニティ運営の鉄板だと学びました」
「エンジェル投資と投資先の関係も一種のコミュニティ。これからのコミュニティに求められるのは、まさにエンジェル投資のような仕組みだと思う」
この日、ゲストに招いたのは、2019年2月に35億円の資金調達を発表し、グローバル展開にも踏み切ったスマホゲーム実況アプリ「Mirrativ」を運営する株式会社ミラティブの代表取締役 赤川隼一氏と、同社にエンジェル投資を行いつつ、自身も2019年1月にマンガサイト「アル」をリリースした、アル株式会社の代表取締役「けんすう」こと古川健介氏だ。
次世代のコミュニティサービスに取り組み、自らもコミュニティ運営の課題と向き合う起業家二人。彼らの言葉から「これからのコミュニティ」の手がかりを掴むべく、対談をお願いした。
- TEXT BY ASUKA NAKAGAWA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
“好き”を軸に、人と人が繋がる。そこに魅了された
赤川氏が運営するMirrativは、配信アプリとして2015年にリリース。その手軽さから、10代、20代を中心に支持を得ている。
最年少で株式会社ディー・エヌ・エーの執行役員を務めた赤川氏は、その職を辞してでも、Mirrativにコミットするため2018年2月にMBOを実施。株式会社ミラティブを創業した。Mirrativへ力を注ぐ背景には、学生時代の原体験が大きく影響を及ぼしている。
赤川僕が中高生のときはインターネット黎明期でした。音楽好きだった僕は、チャットルームにハマり、そこへ行けば、顔も見たことのない大人たちが音楽のことなら何でも教えてくれました。彼らが勧めたCDを探すために、何度も中古ショップへ通った。ネットを通じて、人生や人間関係が広がる感動を強烈に刷り込まれているんです。
同じ関心領域に強い共感を持つ人同士が、インターネットでつながる楽しさに心打たれた赤川氏にとって、Mirrativはその現代版だ。サービスは躍進を続け、2018年8月にはVTuberになって配信できるアバター機能「エモモ」をアプリ内に実装。既にアバターを着て配信を行ったユーザーは数十万人に達する。2019年2月には、韓国への展開や、総額35億円の資金調達をするなど、その勢いは止まらない。
一方、古川氏が立ち上げたアルは、“マンガファンの愛で作るマンガサイト”だ。これもまた、彼自身が持つ「つながり」の原体験がある。
古川僕の場合、雑誌の『ファンロード』が大きなフックになっています。インターネットがなかった時代、読者がお気に入りの作家や作品をハガキに書いて投稿するページを見て、自分の知らなかった一冊と出会えたことが何度もありました。
アルは、マンガの見どころや感想を投稿し、ユーザー同士がポジティブな感想を伝え合う。新刊情報を確認できるほか、出版社が無料で公開しているマンガの検索や閲覧も可能で、次に読むマンガと出会う場を提供している。いずれも古川氏が目指したのは“マンガファンのための場”だ。
古川マンガのレビューサイトはたくさんありますが、ネガティブなレビューも少なくありません。ただ、マンガはパーソナルなエンタメですし、マンガ好きやマンガの作り手にとってはネガティブな情報はいらないと思うんですよ。なるべくネガティブな情報を排斥し、マンガ好きが盛り上がれる場を求めて作ったのがアルです。
目指すは、「そこにいることが価値」になるコミュニティ
人と人が、“好き”でつながり合う場。それを再現すべく挑む両者にとって、現代的なコミュニティの“理想像”は、どのようなものだろうか。
古川僕が目指すのは、コミュニケーションが苦手な人も、そこに所属していること自体が心地よいと思える状態です。多くの人が『コミュニケーション』と『コミュニティ』を混同しています。前者は“線”で、後者は“面”。線は必ず人と人を繋げますが、面の中にはその線がない人も存在します。線がなくても、本人が居心地の良さを感じられる場がいま必要なんだと思うんです。
赤川同感ですね。僕はサッカーが好きなのですが、スタジアムで観戦するとコアなサポーターは試合中に頑張って声を出す一方、座って静かに見ている人もいる。でも、同じユニフォームを着て、応援団の近くになんとなく座ってみたりする。その場にいること自体に価値を見出す人がいるんですね。かといって、遠くで見る人も排他されているわけでなく、彼らもまた雰囲気を楽しんでいる。そんなコミュニティを目指すべきなのかなと思います。
ここで古川氏は、理想のコミュニティを考えるうえで無視できないポイントとして、自己承認欲求をめぐるニーズの変化にも触れた。
古川ここ10年くらいで人々の自己顕示欲を満たす動きは、別の次元にシフトしている感じがします。人の夢を応援するとか、誰かと何かを一緒に作り上げるとか、そういったことへのニーズが高い。『いいね』をもらうことよりも、他人の夢や目標を応援し、それに参加すること自体が楽しくなってきているんだと思います。この変化は、理想のコミュニティを形成するうえでもヒントになりそうですよね。
赤川承認欲求がなくなっているというよりは、満たされるスピードと濃度が上がっているのかもしれません。今はテキストだけでなく、写真や動画、ライブストリーミングなど、リアルタイムで熱量高く自己表現できるようになりました。すると、ユーザー同士がものすごいスピードで関係性を築ける。承認欲求が満たされるまでのスパンが格段に短くなり、またネット上だけでも満たされる度合いが濃くなり、気の合う数人と交流するほうが楽しいと感じる人が増えてきているように思います。
Mirrativが目指す『友達ん家でドラクエやってる感じ』は、まさにその考えから派生したものだ。「狭く濃い文脈のなかでも満足感を得られる場でありたい」と赤川氏は話した。
「居心地の良さ」と「タコツボ化」のバランス感覚
理想のコミュニティ像が明確になっていても、その実現と成功には、相当な時間がかかる。
だからといって初期からグロースハックに注力しすぎるのは逆効果だという。赤川氏自身、Mirrativの運営でいくつもの失敗を経験してきた。
赤川グロースハックではなく『スケールしないことをし続ける』。これが、コミュニティ運営の鉄板だと学びました。いきなりユーザーを集めようとマーケティングを行うのではなく、一人ひとりのユーザーと向き合い、コミュニティ内で『居心地の良さ』や『賑やかさ』みたいなものを生み出すほうが重要です。
ただ、「居心地の良さ」を生み出すためのサービス設計も、一歩間違えるとコミュニティのタコツボ化を招いてしまう。併せて、サービスとユーザーとのちょうど良い関係性が求められる。古川氏は「グロースハックが死を招く」と警鐘を鳴らす。
古川頭のいいサービス設計者は、初期から投稿数や滞在時間などの数字を伸ばそうと努力します。しかし、その結果、コミュニティのムード形成をミスることも多い。例えば、ユーザーが1日7時間は居られるコミュニティを作ったとして、実際に毎日7時間も居続けると、彼らの実生活は破綻しますよね。大半のユーザーはそこで離脱し、逆に残るのは1日7時間以上いられるコアな人たちだけになり、どんどん閉鎖的になってしまうんです。
とはいえ、ユーザーの滞在時間をコントロールすることは容易ではない。
古川過去にチャットアプリの『アンサー』を作ったときは、(利用時間が)30分を経過すると『アンサーは1日30分まで』と通知を出すことで、一人あたりの利用時間が伸びないように気をつけていました。ただ、その通知を実装した途端、たくさんの苦情が来るんですよ(笑)。ユーザー体験を考慮しながら、滞在時間を制御する。ここがコミュニティ運営の難しい点だと思います。
「私の意見が採用された!」を大切にする
様々な事業を生み出し、成長させてきた経験を持つ両者ですら、コミュニティ作りに関して手探りな部分は多い。膨大な経験値のもと、日々の学びや新たな気づきを得て、一歩ずつサービスを前へと進めている。一例として、赤川氏は新機能の実装方法を挙げた。
赤川過去にけんすうさんが『新機能はすべて(仮)で出す』というアドバイスをくれました。それは、今でもすごく意識しています。運営側が勝手に新機能を押し付けるのではなく、ユーザーが求めていることを前提に、あくまで仮の段階として提案する。反応が良ければ継続しますし、イマイチであればすぐに下げられるようにしています。結局、常にユーザーから神輿を担がれている状態のほうが望ましいんですよね。
古川神輿は軽いほうが担ぎやすいですからね。アルも、リリース前からユーザーを含めたサロンを作り、そこで彼らの意見を聞きながら作り上げていきました。運営だけじゃなく、みんなで作っている感じを共有できたので、あれは本当に良かったなと思います。
古川氏はコミュニティサービスの特殊な点として、他のサービスに比べ、ユーザーの“自己所有感”が強いことにあると指摘する。これを受け、赤川氏は「自分たちがアクションを起こすからこそ、このサービスは成り立つ」というユーザー意識の醸成が重要だと考えていると話す。
赤川ユーザーの『自分の意見が採用された感』は大切にしています。みんなが喜ぶであろう機能を作って実装したとしても、それをポストした瞬間に『私の意見が反映された!』という投稿がSNSに溢れるんですよね。意見を言える場を設けたり日常的にユーザーとやり取りをすることで、本人たちに『“私”の意見が通った』と感じてもらえるような運営をすることに大きな意味があるように思います。
エンジェル投資に学ぶ持続的、かつ排他的でないコミュニティ
対談の内容は、最終的にコミュニティの未来を考えるまでに及んだ。Mirrativやアルのほかにも、様々なコミュニティサービスが増え続けているが、現代におけるその事情は変化を見せ始めている。
赤川僕たちのようなサービスに限らず、あらゆるものがファンコミュニティ化していますよね。最近では、企業におけるPRやIRも、ある種のコミュニティマネジメントになっていると感じています。たとえば、ソフトバンクの株主総会は、孫正義さんのファンが集うファンコミュニティとも言えると思います。
古川エンジェル投資と投資先の関係も一種のコミュニティですよね。金銭のやり取りをしながら応援している分、その関係性はとても強いし、サービスが軌道に乗るとお金も入るから、投資したほうは精神的にも金銭的にも嬉しい。これからのコミュニティに求められるのは、まさにエンジェル投資のような仕組みだと思います。
たとえば、アイドルやアーティストの応援でもこの仕組みは通用する。応援対象の人気が出るほどに心理的な距離が生まれる一方、実際的なインセンティブはない。残るのは、どこか遠くへ行ってしまったような寂寥感だけだ。ここにエンジェル投資のような成果に応じたインセンティブを用意するのもひとつのアイデアだろう。
古川エンジェル投資的な仕組みがあれば、アーティストとファンの関係性もより深いものになるかもしれないですよね。たとえば、最初のファンが応援をしたことによってその人が売れたら、精神的にも金銭的にも得をするような形にしたら面白いと思います。
赤川対人関係でそれができたら、すごいですよね。僕自身も、極論は強いファンがひとりいればバンドは食っていける、みたいなコミュニティが、世の中にたくさん生まれるといいなって思っています。今までのファンクラブモデルだと一律3,000円しか払えなかったのが、ファンの一人が100万円をそのバンドに投資して、やがてバンドが成功したときにその人にもインセンティブが入るような仕組みができれば、コミュニティ全体が幸せになるはずです。100万円の重みは、その人の貯金や資産額次第で人によって違うわけで、一人の行動でバンドもファンも本人もみんなが幸せになるなら最高だと思うんです。
だが、それを実現するためには、取り除くべき障壁もある。この障壁は、あらゆるコミュニティにとっても意識すべき課題感と言っても過言ではない。
赤川同時に、大金を払った人が威張りやすい構造をどう回避していくかを考えていく必要はあります。その折り合いをつけていかないと、コミュニティはタコツボ化してしまう。お金を持っている人が気持ちよくお金を払い、それを威張らないことや全体に貢献していることそのものが『美』とされる空気感をいかに作るか。これはコミュニティへのコミットメントの大きさが、いかに『優劣』とつながらないかとも同様だと思っています。持続的、かつ排他的ではないコミュニティを作る上で、この課題とは向き合っていかなければいけないですね。
こちらの記事は2019年03月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
フリーライター。1994年生まれ。学生時代に国際交流事業に携わるなかで、スロバキアに興味を持ち、長期留学を決意。その体験記を旅行メディアで執筆し始めたことをきっかけにWebメディアの魅力を実感。帰国後は名古屋・東京の複数メディアで本格的に執筆を始め、フリーペーパーの営業・編集を経たのち、フリーランスの道へ。執筆領域はグルメ、ビジネス、スポーツ、ライフスタイルなど。
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藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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