マーケットで「30年」戦う覚悟を、組織にどう浸透させるか。気鋭の起業家たちが語る、戦略と噛み合ったカルチャー醸成法

登壇者
堀井 翔太

エンジェル投資家 「ANGEL PORT」主催。
1985年京都生まれ。大学卒業後、VOYAGEGROUPに新卒入社。新規事業の立ち上げや、広告事業の子会社fluct取締役、Zucks代表取締役を経験。2012年に日本初のフリマアプリ『FRIL(フリル)』 をつくるために株式会社Fablicを創業。同社を2016年に株式会社楽天へ売却。双子の弟で兄と共同創業。

矢本 真丈

2児の父。丸紅、NPO勤務、ECスタートアップ、メルカリを経て、10Xを石川氏と共同創業。育休中に家族の食事を創り続けた原体験から、食の課題を解決するプロダクト『タベリー』(2020年クローズ)などの開発を経て、チェーンストア向けECプラットフォーム『Stailer』を開発・運営する。

赤川 隼一
  • 株式会社ミラティブ 代表取締役 

2006年、株式会社ディー・エヌ・エーに入社。「Yahoo!モバゲー」等の立ち上げ後、新卒出身者として初の執行役員に就任し、海外事業の統括やゲーム開発に携わる。2018年2月、「わかりあう願いをつなごう」をミッションに株式会社エモモ(現 ミラティブ)を創業し、日本最大のスマートフォンゲーム配信サービス「Mirrativ」を運営中。

大湯 俊介
  • コネヒト株式会社 顧問 

慶應大学卒。在学中に米カリフォルニア大学に留学し、そこで投資ファンドのインターンを経験。帰国後、島田(現CTO)と出会い、意気投合。外資系コンサルティングファームの内定を辞退し、2012年1月にコネヒト株式会社を創業した。2014年より、同社にて「人の生活になくてはならないものを作る」というミッションのもと、妊娠・出産・子育ての疑問を解決するママ応援サイト「ママリ(mamari) 」をリリース。ママ向けNo.1アプリに選ばれ、月間閲覧数約1億回、月間利用者数約600万人、月間投稿数150万件以上、2016 年に出産した女性の5人に1人が会員登録をするまでに成長を遂げる。2016年にKDDIにグループ入りし、KDDI子会社のSyn.ホールディングスのもとで引続き代表取締役社長を務める。2019年6月に同代表を退任、顧問として引き続き経営をサポート。

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創業において、経営者が真っ先に向き合うのがマーケットの選択だ。戦うべき戦場を明確にしなければ、戦略を立てることすら難しい。いかにしてその選択を見極めるべきなのだろうか。

新元号の発表があった4月1日、『ファウンダーが語る「toC × Big Market の最前線」#10XTALK』と題したイベントに、気鋭の起業家やエンジェル投資家たちが集結した。株式会社Fablicの共同創業者でもありエンジェル投資家の堀井翔太氏、株式会社ミラティブ代表取締役の赤川隼一氏、株式会社10Xの代表取締役である矢本真丈氏、モデレーターは「ママリ」を運営するコネヒト株式会社の創業者であり現・顧問の大湯俊介氏が務めた。

フリマアプリ、献立アプリ、ゲーム配信アプリと、叶えたいビジョンに噛み合ったマーケットを選択してきた起業家たちは、どのように意思決定へ至ったのか。各自の経営戦略やチームづくりの哲学に迫ったイベントの様子を、ダイジェストでお送りする。

  • TEXT BY HAYATE KAWAJIRI
  • EDIT BY MONTARO HANZO
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顕在化するニーズを「ショートカット」せよ。0→1が成功するマーケットの選び方とは

堀井翔太氏は、2012年4月にFablicを創業。同年リリースされた日本初のフリマアプリ「FRIL」(現在はラクマに統合)は、女子大生や若い母親層を中心に浸透し、一躍有名アプリとなる。2016年には楽天に買収され、俳優・山田孝之氏が出演するCMでも話題を呼んだ。

堀井氏は、2011年9月に参加した海外のテック系イベントで、AirbnbやUberなどCtoCサービスの“勢い”を感じ「CtoC向けアプリ」づくりへの着想を得た。当時AppleStoreの総合ランキング上位を占めるのは、無料のカジュアルゲームばかり。マーケットが成熟していないために、まだ多くの大手企業はアプリへの投資を実施していないタイミングだった。

株式会社Fablic共同創業者 堀井翔太氏

堀井最初に製作したプロトタイプは、場所に紐づく形で誰でも何でも出品ができる地域掲示板の「メルカリアッテ」のようなサービスでした。しかし、ターゲットユーザーへのヒアリングを行うなかで、初期の卵鶏問題を解決するためには、なるべく閉じた需給バランスのセグメントの中でマッチングを最大化させる必要があると実感しました。そこで、女子大生や読者モデルにターゲットを狭め、ファッションに絞ってリリースしたのが「FRIL」です。

当時、ブログやmixiのコミュニティ内で洋服を売り買いする動きがあり、フリマアプリへの順応性の高さを感じたのが、ターゲット設定の理由です。それから、女子大生や読者モデルを中心に3ヶ月間で100人ほどのユーザーインタビューを行い、得られた情報をもとに一からアプリを作り直しました。

堀井氏に続けて話すのは、スマホでゲーム実況を配信できるアプリ「Mirrativ」を運営する赤川隼一氏。100万人以上の配信者を抱える同社は2019年2月に、35億円の資金調達を発表するなど、業界内外から注目を集めている。赤川氏は、「いまのミラティブは、前職のDeNA時代でのサービス立ち上げの失敗があったからこそ」と前置きしたうえで、マーケット選択に関する持論を展開する。

赤川マーケットを選択する上で大切にしているのは、顕在化するニーズを「ショートカット」する思考です。たとえばミラティブでは、ゲーム実況を「やりたい!」と思う人びとが増えているなかで、複雑な設定が必要だった配信をスマホから簡単にできるよう「ショートカット」しました。

また、Mirrativでの経験から大事にしている合言葉があります。それは、「いずれそうなるものは、そうなる」。リリース直後のMirrativは、全てのAndroidユーザーでも4%の割合しかいなかった「最新OS」かつAndroidでないと配信できない仕様でした。そのため、ユーザーの初動はあまり芳しくなかった。

しかし、最新OSをほとんどの人がインストールしている3年後に状況は確実に変化しているはずだと予測し、事業にリソースを投下し続けたのです。結果、当時はなかったiOSも追従して、そこから急成長が始まりました。

矢本真丈氏は、2017年7月に10Xを創業。主菜・副菜・汁物のレシピを選択すると、料理研究家や料理教室によるレシピが提案される献立作成アプリ「タベリー」を運営している。週に何度も利用するユーザーもいるなど、日々の生活に溶け込んだサービスとなっている。献立からワンストップで材料の買い物リストを作成でき、今後は生鮮食品のECをマネタイズの視野に入れているという。

矢本氏は、事業での戦い方がマーケット選択の決め手となったと語る。

矢本TwitterやYouTubeは余暇である可処分時間を「使わせる」サービスである一方、献立作成の利便性を向上させるタベリーは、ユーザーの生活の一部になり、可処分時間を「作る」サービスです。後者は生活の一部にもなる点で、インフラに近く、ユーザー数や売り上げを広げるのに時間がかかる。しかし、そんな泥臭さが自分の肌にあっているとも感じています。事業体を決める際、自分が市場においてどのような「戦い」を得意とするのか、知っておくのは重要ですね。

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「30年かけて戦っていく」覚悟を、どのように社員と共有するか

株式会社10X Co-Founder 代表取締役CEO 矢本真丈氏

矢本10Xが視野に入れている生鮮食品のマーケットは、短期で事業の勝敗が判断できる領域ではありません。なぜなら、生活習慣そのものの変化にあわせていく必要があり、一過性のヒットが見込める領域ではないためです。また、広告でのマネタイズと比較して、ユーザー数を増やしたりエンゲージメント率を高めたりしていくには時間がかかる。そのため、メンバーや投資家には「30年かけて戦っていく」と共有しています。

長期戦を想定するなかで、メンバーが消耗しないような組織設計には注意を払っています。労働条件については一人ひとりとすり合わせを行いますし、気兼ねなく育休、産休が取れるよう、バックアップ体制も整えています。

また大切なのは、一貫性を持って想いを発言し続けること。高い解像度でビジョンを浸透させ、熱量を保つことを考えています。

サービスが急成長を始めるまで約2年かかったと話す赤川氏は、「ただし、どんなに小さくても、いい事業は“成長角度”を生み出し続けることができるはずだ」と指摘。サービス初期に、ユーザーの増加がどんなに小さく見えたとしても、「成長」を達成し続けることが、事業を継続するうえで肝要なのだと語る。

赤川1週間でアクティブユーザー数が100人から105人になった場合、注目すべきは「105人しかいない」ではなく「5%」の成長です。ミラティブが苦しい時期でも資金を投資し続けてもらえたのは、マーケティングへの投資をせずに“成長し続けている事実”をずっと証明できてきたから。どんなに小さくても、ユーザーが増え続けるサービスは、いずれ爆発的に伸びるタイミングが訪れるのではないかと思っています。

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ビジネスモデルと社内文化が噛み合った時、「チーム」のパワーが発揮できる

イベントが後半戦に差し掛かったころ、話題は「チーム作り」へと変化した。

赤川氏はミラティブチームを「最高で最強。エモくて、ガチ。」と表現。エントリーマネジメントを徹底したうえで、成功体験や喜怒哀楽を恥ずかしがらずに共有する「支えあうプロ集団」が、ユーザーのニーズを素早く開発に反映していく「神運営」になりうると語った。

一方で、矢本氏率いる10Xは、少数精鋭のタレント集団でマーケットを一点突破する「一騎当千」型の組織を目指していると語る。創業期は育成にコストを割かず、高度化した知識を共有した「プロ集団」こそが、爆発的な成長を実現できるという。

堀井氏は「ユーザーファースト」の理念を採用でも貫き通し、約100名にも及ぶアルバイトのサポートスタッフを、サービスの利用者から採用したという。全く異なった組織論を持つ3名の経営者の議論は、“ビジネスモデル”へと繋がっていった。

堀井フリマアプリはウェブ広告を載せる必要がなく、ユーザーの取引手数料でマネタイズが可能。そのため、広告を載せないスタンスを貫くことができ、広告の掲載方法を巡って営業とエンジニアが対立することなどはありませんでした。その点では、ユーザーにひたすら良いプロダクトを作る社内文化とビジネスモデルがうまく噛み合っていたのかなと思います。

堀井氏が「広告を載せない」スタンスを貫いていたように、社内文化を醸成していくにあたり、「やること」だけでなく「やらないこと」も決めていかなければならない。組織論をテーマとしたトークセッションは熱量を帯び、「チームを組成するうえで、意図的にやらないと決めたこととは?」という具体的な戦略へとフォーカスしていく。

株式会社ミラティブ 代表取締役 赤川隼一氏

赤川ミラティブで極力「やらない」と決めているのは、営業の大量採用です。外回りをする担当者はあえて優秀な1人だけしか採用しておらず、営業や事業開発担当をあまり採用しなくても成立するように意識して組織設計をしています。優秀な事業開発職の人が入りすぎると、事業がユーザーニーズ起点ではなく「アライアンスありき」になったり複雑化したりしがちです。ミラティブはあくまでプロダクトとユーザーに注力した組織でありたいと思っています。

矢本タベリーでは、とにかくプロダクトの機能開発に集中しています。オペレーションを持たない──つまり、安易に記事作成などをしないと決めているのです。また、広告や有料課金を行わず、現在は全ての機能を無料で解放しており、マネタイズは別の方法で推し進めています。

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「象徴的なメンバー」に組織は感化されていく。社内の雰囲気を築き上げる成功法則

イベントは終盤に差し掛かり、堀井氏の「入社する最初の10人が、企業文化に大きく影響を与える」という言葉とともに、社内の推進力となってくれる「象徴的なメンバー」へと話は及んだ。

矢本僕にとっては、前職時代からもつながりがあった、共同創業者の存在が大きいですね。優秀なエンジニアであると同時に、事業開発やマーケティングについても未経験ながらキャッチアップしようとし、事業のフェーズによって、自身の役割が変化するのを理解して動いてくれます。スタートアップ経営では、“他のメンバーができないことを自分が埋める”気概をもったオーナーシップが重要。彼の姿に感化されるメンバーも非常に多いです。

赤川ミラティブでは、まおさん(ミラティブCCO 小川まさみ氏)を中心に社内文化が醸成されていますね。まおさんとは、とあるゲーム系のイベントで初めて会いました。当時から数十万人のTwitterフォロワーを抱える「インフルエンサー」であったにも関わらず、会場ではカメラマンとしてイベントを盛り上げようとしていたのです。

社内でポジションがあり、優秀な人であるにも関わらず裏方を平気でやってしまう…そういった何事にも貢献しようとする姿勢や、常にユーザーを喜ばせようとするまおさんの姿勢が社内に広がって、ミラティブの社内文化を形作っていると思っています。

コネヒト株式会社 顧問 大湯俊介氏(取材時同社CEO)

渡された業務を単にこなすだけでは、社員のエンゲージメントを高めていくことはできない。ミッションやビジョンを常に掲げ、一緒に走り続けていく「チーム感」の醸成が必要不可欠だ。イベントの最後には、スタートアップにおいて「各メンバーが自分の言葉で発信する機会をつくる」重要性を登壇者全員で見つめ直すこととなった。

赤川ミラティブでは毎月「プレミアムエモイデー」という、会社で起こった直近の事業状況を共有しつつ、メンバー同士の「わかりあい」を深める会を開いています。そこでは、最近身の回りで起きたエモい話を発表する機会を設けている。ここでは、ただ情報共有するだけでなく、「こんなことも言っていいんだ」と“心理的安全性”の担保にも一役買っているんです。

矢本弊社で大切にしているのも自己紹介です。入社時に、生まれてから現在までに起こったイベントを全て書いてもらっているんです。グラフをつくり、横軸が年齢、縦軸が気持ちの浮き沈みを示し、事細かに紹介する時間を設けています。

何を言われたら喜び、悲しむのかという「Know Who」を進めることで、コミュニケーションが円滑になります。メンバーの自己開示にもつながり、働く上での心理的安全性も確保されやすいのかなと思っていますね。

堀井事業が小さいときほど、創業者の振る舞いは、組織のルール化に直結しやすい。だからこそ、起業家自らが率先して、「自分がやってほしいこと」「やられたくないこと」を伝えていかなければいけません。会社内で発言しやすい環境をつくるためのきっかけとなりますので。

『ファウンダーが語る「toC × Big Market の最前線」』と銘打ち、事業づくりにおけるマーケット選択の重要性や具体的な意思決定術から話がはじまった今回のイベント。マーケットを選んだ後は、事業の成長フェーズと組織づくりの両輪が上手く回ることが、サービスをブレイクスルーさせていくための必須条件なのだと感じさせられた。

事業が成功するためには、自らの意志を貫き通すだけでは足りない。起業家は、マーケットやチームづくりといった組織内外の環境と共に、三位一体で考え抜くことが必要なのだろう。意識するのは簡単だが実行するには難しい、そんな大切な事実を痛感させられる機会となったのではないだろうか。

こちらの記事は2019年06月11日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

川尻 疾風

ライター・編集者(モメンタム・ホース所属)。在学中に、メルマガ・生放送配信やプロデュース・マネジメント支援を経験。オウンドメディアやSNS運用などに携わったのち、現職へ。起業家やクリエイターといった同世代の才能と伴走する存在を目指す。

姓は半蔵、名は門太郎。1998年、長野県佐久市生まれ。千葉大学文学部在学中(専攻は哲学)。ビジネスからキャリア、テクノロジーまでバクバク食べる雑食系ライター。

デスクチェック

長谷川 賢人

1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。

校閲

佐々木 将史

1983年生まれ。保育・幼児教育の出版社に10年勤め、’17に滋賀へ移住。フリーの編集者、Webマーケターとして活動を開始。保育・福祉をベースにしつつ、さまざまな領域での情報発信や、社会の課題を解決するためのテクノロジーの導入に取り組んでいる。関心のあるキーワードは、PR(Public Relations)、ストーリーテリング、家族。

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