どんな領域でも"再現性高く着実に成長する"──プレックス流・事業創造の方法とは
コロナ禍でECを利用する機会が増えたこともあり、2016年から2020年にかけて宅配便取扱個数は40億個から50億個にまで急増した。しかしこれだけ物量が増える一方で、人手不足は深刻さを極めている。そんな物流領域での人材紹介から事業をスタートしたプレックスは、設立からわずか3年あまりのスタートアップだが、未経験で物流領域へ参入し着実に頭角を現している。
今回はそんなプレックス代表の黒﨑氏に、事業創造に必要な考え方や事業を成長させるプロセス、同社が見据える未来について話を聞いた。
- TEXT BY TOSHIYA ISOBE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KEISUKE SHIMADA
知見も経験もない領域で、事業を立ち上げた理由
「事業創造」と言っても、そのスタイルはさまざまだ。技術力を売りにしてワンプロダクトで突き抜ける場合もあれば、オペレーションを磨き込みながら、強みを活かして隣接領域で事業を複数立ち上げる場合もある。
プレックス代表の黒﨑氏は前職のエス・エム・エスで入社3年目にして介護領域の事業責任者を経験。その後全く縁のなかった物流領域で創業し、わずか3年足らずで契約企業数は2,000事業所、登録ユーザー数は67,000名と事業を急成長させている。
黒﨑氏はなぜ業界の知見も経験もない領域で事業を立ち上げたのだろうか。
黒﨑起業する際は「どの産業の課題を解決するか」という視点で、いくつかの業界を研究しました。その中でも、物流領域には運送会社が約6万2000社、就業者が約180万人いるにも関わらず、目立ったITサービスがないことが不思議でした。
そこで「何か課題があるはずだ」と興味を持ち始めて、様々な資料を探しながら詳しく調べていったんです。そうして物流業界での起業に的を定めて、毎日のように運送会社にヒアリングをしてみると、「人材の採用が難しい」という声が多くあがりました。その時に「現状の高額な採用費用よりも低コストで人材を採用できるんじゃないか?」と思ったことが、物流領域で事業を始めたきっかけです。実際に集客やマッチングを試してみると想像通り上手くいったので、その経験が現在の事業につながっています。
私が事業を創る際にまず着目するのは、需要と供給のギャップです。例えば採用要件に合った人を探すコストや、発注先を見つけるためにかかるコストなど、目的を達成するために必要なコストが、あるべき状態に対してどれくらい乖離しているのか。それらを一つひとつ紐解いていき、差分を解消することができれば、それが事業になると考えています。
クライアントによって異なる背景を一つひとつ丁寧にヒアリングし、ギャップや課題をしっかりと抽出した上で提案すると、クライアントの反応も大きく変わるという。
黒﨑物流と言っても全てが伸びているわけではないので、一括りで捉えることはできません。例えば、ECや冷蔵・冷凍の荷物は増えていますが、観光や自動車部品、イベント設営に関連する物量は減っています。
また、ドライバーの働き方にもグラデーションがあります。荷物を目的地まで運ぶだけなのか、それとも現場に陳列までするのか、もしくは企業に導入提案するセールスドライバーなのか、それによっても採用要件は大きく異なります。
テクノロジーとネットワーク外部性が、Moatを作り出す
ではギャップを把握したら、黒﨑氏は次に何を考えるのだろうか。
黒﨑需要と供給のギャップが今後どう変化していくのか。現時点での需給ギャップだけではなく、5年から10年先のマクロトレンドを捉えるようにしています。仮にいまは需給ギャップが大きかったとしても、あまり重大な問題でなければ次第に解消されていくからです。その課題自体が社会構造の変化の中で強まっていくのかどうかは、マーケットを選定する上で欠かせない視点です。
EC化率の高まりを受け、国内の宅配便取扱個数は50億個に迫る勢いだ。2016年度は約40億個だったことを考えると、コロナ禍の巣ごもり需要の高まりなども追い風となり、宅配便取扱個数はこの5年間で25%近く増えている。一方でこのままでは、2027年に24万人ものドライバーが不足するというシナリオもある。
そのような状況下ではEC化率が下がり物量が減ることや、人手不足が自然と解消されてドライバーが一気に増えることは考えにくい。黒﨑氏はそうした不可逆的な潮流をピン留めし、さらに情報収集を重ねて、今後どのような変化が起きるのか自分なりの考えを持つようにしているという。
黒﨑課題が今後より一層強まっていくとわかったら、実際に課題を抱えている企業が想定するよりも安価にサービス提供できるかどうかを考えます。セールスやマーケティング、テクノロジーを含めたオペレーションを作り込み、まずその時点で収支を成り立たせることがPMFだと考えています。
しかし、いくらオペレーションを改善して提供コストを下げ、クライアントが満足する状態になったとしても、それがセールスやマーケティングだけに支えられているのであれば、他社が同じ戦い方をしてきた時に差別化を図るのは難しい。
黒﨑中長期でも勝ち続けられるように、Moat(*1)を築くことは意識しています。特に私たちが重視しているのは、テクノロジーとネットワーク外部性です。
採用で言えば、プロダクトが強ければ強いほど、マッチングなど人的オペレーション業務がテクノロジーによって代替されます。 そうしてサービス提供コストが下がりクライアントの満足度が高まれば、求人数の増加につながります。すると今度はそれに伴いユーザーの利用価値が高まるため、最終的にはユーザー数の増加につながります。
事業を運営する上では、こうしたループをいかに生み出してMoatを築くかを常に意識しているという黒﨑氏。テクノロジーのレバーを用いながら、低いコストで高いバリューを生み出すために最適な手段を選ぶことは欠かせないという。
ノウハウやテクニックは通用しない。
徹底的な顧客理解と商品理解が事業の成否を分ける
世の中の新規事業のうち9割は失敗すると言われているが、事業がうまくいく・いかないの境目はどこにあるのだろうか。そんな率直な疑問をぶつけてみると、黒﨑氏は「事業創造をノウハウやテクニックで片付けようとすると失敗に陥りやすい」と話してくれた。
黒﨑私は顧客理解や商品理解の深さこそが事業の成否を分けるポイントであり、事業創りにノウハウやテクニックは通用しないと思っています。
たとえ他社のビジネスの型や・骨組みのようなものは参考にできたとしても、ほとんどの場合ノウハウを当てはめることは難しいです。なぜなら仮に同じようなビジネスモデルだとしても、対象となる市場や顧客が異なれば、商慣習や構築すべきオぺレーションなどは全て変わるからです。
事業構築においては、いかに精緻な洞察から良質な仮説を持てるかどうかが鍵であり、ギャップとトレンドを捉え、オペレーションを磨き込んで、とにかく自分で考えるしかないと黒﨑氏は強調する。
しかし他にも事業の失敗確率を下げるための秘訣など、特別な要素はないのだろうか?
黒﨑事業検証する際に、成功や失敗の要因がマーケットに起因するものなのか、それとも自分たちに起因するものなのかを明確にわかるようにしておくことが重要です。事業はKPIの組み合わせなので、そのうちの一つだけでも自分で動かせなければ、当然ながら複数を同時に動かすことは難しいでしょう。そのためにまずは現場でオペレーションに従事して成果を出し、自身の実行力を高めることは必須です。
黒﨑氏もエス・エム・エスでオペレーションを任され、その後事業責任者を経験したことで、事業の成功や失敗の要因がどこにあるかの判断がつくようになったという。
黒﨑例えば集客の視点だけで成果を追い求め、一定数の見込み客を集めたとしても、蓋を開けたら売上につながっていないこともあるので、事業運営では一つの視点に縛られず全体視点を持つことが求められます。
サービス提供プロセスの頭からお尻まで全部を見た上で、事業の変数のどこをいじればより大きなインパクトが出るのか、その複雑性をコントロールできるようになってはじめて、事業の統括ができるようになると考えています。
テクノロジーのレバーを引き、
業界全体をあるべき姿に近づける
スタートアップでは、いかにPMFを目指すかについて語られることが多いが、プレックスはこれからどこに向かうのだろうか。
黒﨑直近1年くらいでテクノロジーのレバーを強く引き、一気に事業を伸ばしていく考えです。現状は前年比150%〜180%くらいの成長ペースですが、それ以上に伸ばしていきます。その後も150%以上の成長を維持しながら、強みを生かして隣接領域での事業も着実に伸ばしていけば、売上200億円くらいはそう遠くない未来に到達できると信じています。
国内のドライバーは約80万人ほどいるとされるが、プレックスのサービス登録者数はすでに6.7万人おり、近いうちにシェア10%に到達する勢いだ。
黒﨑いわゆるホワイトカラーの人材紹介の場合、セールスやマーケティングから、バックオフィスや財務まで、登録者が希望する職種の幅はかなり広いですよね。そうすると求職者一人ひとりが何をやりたいのかを把握し、それを踏まえてどのような業界のどういった企業を受けるかまで、数週間から数ヶ月伴走しなくてはいけません。
一方でドライバーの場合、85%くらいはそのままドライバーとして転職します。働く人達のジョブはいくつかのパターンで定義できるため、テクノロジーでマッチングを効率的に進められるという仮説を持っています。このまま既存事業のオペレーションを磨き込めば、より低価格で良いサービスを顧客に提供できるでしょう。
何もしなければ物流の需要が伸び、働き手が減るという構造的な課題は拡がる一方だが、黒﨑氏はこの課題解決を通じて物流の未来を作っていくことを当面のビジョンに見据えている。
黒﨑ただし、人材紹介だけでは十分なバリューは発揮できません。業界自体がインターネットのない時代からの旧態依然のルールを引っ張ったまま存在しているので、産業母体そのものをあるべき状態に向けて作り直していきたいと考えています。
業界全体では下請け構造が常態化している。その結果、サービス内容や料金体系が見えづらかったり、過去の慣習を引きずったままのワークフローになっていたりするため、荷主側にも物流を担う企業側にも多くの無駄が生じているという。
黒﨑例えば、軽貨物以外の建設機材や医療機器、産業廃棄物などはどこに発注すれば適切な金額なのかも分からないような状況です。誰が何を運ぶことが得意なのか、それによりいくら費用が掛かるのかさえ可視化されていないため、価格比較するにしても手間がかかり、荷主は身近な業者に発注しがちです。
そのような状況を解消すべく物流企業の得意領域を可視化して、適切な発注が直接企業に届く状態をつくることができれば、業界のパラダイムシフトを促すことが可能だと考えています。具体的に、テクノロジーによって運営される、特定業界に特化した受発注システムの構築など、いくつか構想段階のものはあります。
顧客基盤を活かしたスピーディーな事業展開で、
日本のインフラの未来を創る
さらに黒﨑氏は、「15年ほどかけて日本のインフラの未来をつくる事業を作っていきたい」と中長期のビジョンを語ってくれた。そのために物流領域や人材紹介というビジネスモデルに留まらず、長く勝ち続けられる事業を構想している。
黒﨑領域やビジネスモデルが異なるところにやみくもに手を広げても、キャッチアップまでに時間がかかります。また既存ビジネスとの相乗効果が期待できなければ、中長期で強固な事業基盤を作ることはできないので、同一領域でビジネスを拡張する、もしくは同じビジネスモデルを隣接領域に拡げていく予定です。現状は物流と似た産業構造を持つ領域で事業展開をしていこうと考えています。
具体的には、法規制が複雑で資格制度が存在していて、なおかつSMB(*2)が多い領域をリサーチしています。そのような領域はIT化が遅れ情報が整っていないことも多いので、需要と供給のギャップが大きい傾向にあります。例えば、交通や建物、エネルギーといったインフラ領域で、洗練したオペレーションを切り口に事業を展開していきたいと思います。
人材紹介は初期投資を低く抑えることができ、小規模事業者でも参入しやすい領域とされるが、黒﨑氏は顧客基盤を活かした事業展開ができることもこのビジネスモデルの特徴だという。
黒﨑人材紹介は成果報酬型なので、当然ですが成果が出て初めてフィーをお支払いいただくビジネスモデルです。そのため基本的には、SaaSのように解約に至るということがなく、数千、数万社のクライアントと常に接点を持ち続けることが可能です。
そうした顧客基盤を活かせば、新たに参入する領域においてもクライアントがどんな課題を抱えているのか、より抽出しやすくなるでしょう。
あらかじめ複数の事業を創ることを想定した場合、大小さまざまな顧客からタイムリーに経営課題をヒアリングできる状態であることは、事業創りをスピーディーに進めるための一つの武器といえそうだ。
実際に同社がクライアントにヒアリングしたところ、好意的な反応を示す企業は多数あるという。最終的にマルチサイドプラットフォームの構築を目指すのであれば、すでにその片方と協力関係にあるのも大きなアドバンテージになる。
そんなプレックスでは、スピード感と深堀りのバランスをとりながら、一緒に複数の事業を立ち上げて、グロースさせていく仲間を必要としている。
黒﨑ゼロベースでプレックスのビジネスモデルや新たな産業の理解、別の言い方をすれば商品理解や顧客理解を深めながら企画をし、収支を合わせるところまでやりたい人にとってはかなり面白いフェーズだと思います。
細かいファンクションごとのKPIはかなり緻密に作り込んでいるので、コンサルやスタートアップを経験した人に事業の成り立ちを見てもらえば、「この規模でここまでしっかりやっているんだ」と思ってもらえるでしょう。
オペレーションをやりきって起業したけどうまくいかなかった人や、起業するかどうかは決めていないけど、事業を立ち上げて再現性高くグロースさせるスキルを身につけたい人にとっては、相性の良い環境のはずです。
プレックスの構想にある「インフラの未来をつくる」活動は、彼らの時間軸の中ではまだ始まったばかり。物流やインフラは一見すると新規性に欠ける堅い領域のように思えるが、その市場規模と世の中に与える影響度は莫大なものであることは間違いない。このタイミングで同社にジョインし、スピード感ある環境で共に成長していけば、想像以上にエキサイティングな経験が積めそうだ。
こちらの記事は2021年08月02日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
磯部 俊哉
写真
藤田 慎一郎
編集
島田 啓佑
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