採用ブランディングで短期的な成果を求めるな。
HRのプロたちが語る、“自社らしさ”の育み方
採用ブランディング。一時期バズワード化したものの、目立った成果を出せている企業は一握りにも見える。
より多くの企業で採用活動を成功に導くために、HRのプロたちがナレッジをシェアするイベント「HR Villege Knowledge Sharing」が開催された。vol.1のテーマは「採用ブランディング」。採用とブランディングを融合させて成果を出している3社を招いた。
登壇したのは、パナソニックで採用ブランディングを牽引する杉山秀樹氏、主にスタートアップを対象とした採用コンサルティング事業を手がけるスターマインのCEO・宮川雅大氏、インターネットメディア事業とデジタルマーケティング事業を展開するキュービックで採用を牽引してきた荒木珠里亜氏だ。
ブランディング、マーケティング支援を手がけるエフアイシーシー(FICC)でマネージャーを務める徳田遼氏がモデレーターを務め、強いブランドをつくるための真髄に迫った。登壇者たちは「採用数を追わないこと」が重要なポイントだと口を揃える。採用ブランディングの真の目的と、実践のポイントとは?
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「採用」と「採用ブランディング」は別物
最初にマイクを取ったのは、パナソニックの杉山氏だ。同氏はスタートアップで10年以上キャリアを積んだのち、2016年、パナソニックに入社。採用ブランディング課の課長として、同社の採用ブランディングを牽引している。
パナソニックは採用と採用ブランディングを担う部署を分割し、それぞれが独立して業務を行っている。杉山氏はその理由を「目先の採用数を追わないようにするため」と説明する。
杉山ブランディングとは、競合と区別してもらうためのもの。取り組みのタイムスパンとしては、新規事業づくりに近いと思っています。なぜなら、会社に中長期的なバリューをもたらすことが目的であり、短期的なリターンを求めるものではないからです。
採用に紐づく予算を使ってブランディングすると、「この投資で何人採用できるのか」といった議論に行き着いてしまいがちです。だから、採用と採用ブランディングの部署を分けているんです。
スターマインのCEO・宮川氏も同意する。宮川氏は、DeNAでヘルスケア領域の事業開発やメディア営業に従事した後、スタートアップを数社経験。新規事業や人事を経て、2017年にスターマインを創業した。
宮川採用ブランディングに、費用対効果の議論を持ち込んではいけません。「採用目標数の達成」ではなく、「採用活動を通じた、ビジョン・ミッションの発信」を目的とすべきです。一人ひとりの社員がメディアとなり、自分の言葉でビジョン・ミッションを社外に伝えていくことで、採用ブランドはつくられていきます。
社員がメディアとなってブランディングを行っている会社の例として、宮川氏はこれまで新卒採用に携わってきた企業を挙げた。
宮川前職のスタートアップの採用では、たくさんの人に会い、ビジョン・ミッションを伝えていました。あわせて、「うちのインターンには優秀な学生が集まる」とも繰り返し話していた。
就活生は、まず先輩に尋ねますよね。「どこでインターンをすれば優秀な同世代に会えますか?」と。聞いてまわったときに、何度も同じ会社の名前を聞けば、関心を持たざるをえません。
モデレーターを務めたFICC・徳田氏も、「伝えたいキーワードを固定し、繰り返し伝えること」の重要さを指摘する。
徳田Webサイトはもちろん、面接や面談の場、インターンシップ当日のコンテンツなど、候補者との接点すべてにキーワードを入れていました。繰り返し見て、聞くことにより、キーワードが企業に紐付けられていく。地道ではありますが、そうした積み重ねが強いブランドをつくっていくんです。
キュービックの荒木氏も、ヒトが持つメディアとしての力を実感している。キュービックは「長期インターン」の第一想起ともいえるポジションを獲得しているが、そうしたブランディングには「口コミ」が大きく寄与している。長期インターンとしてジョインしてくれた学生が、友人や学生にその経験を話してくれることで、「長期インターンといえばキュービック」と認知を得られたからだ。
ブランディングに必須の「一貫性」は、組織構造で担保する
社員にメディアとしての役割を果たしてもらうためには、「一貫性」が必要だ。
会社のトップから現場社員まで、誰もが同じメッセージを発信しなければ、獲得したいブランドイメージは得られない。社員が語るメッセージの一貫性はもちろん、会社のブランディングと採用ブランディングのコンセプトも一貫している必要がある。
パナソニックは大規模な組織体ゆえ、PRや宣伝の部門と採用部門との距離が遠かった。ここに採用マーケットでブランディングを仕掛けられる可能性を感じたという。
理想的なブランディングを実践できている企業として、杉山氏はメルカリを挙げた。
杉山とりわけ印象に残っているのは、初期のメルカリのエンプロイヤーブランディングです。現・取締役社長兼COOの小泉文明さんが起点として進められていた、あらゆる発信に一貫性を感じました。一貫性を保つために、組織体制や席のレイアウトまで気を配っていたとも聞きます。
組織のフェーズごとに方法論は変わりますが、トップダウンでやりきれるスタートアップこそ、徹底的にこだわることで効果が表れやすいのではないでしょうか。
荒木氏も、ブランディングに関する部署を統合することの重要性に同意する。キュービックは「ピープルエクスペリエンスオフィス」というチームに統合している。
荒木キュービックと接点がある人たちの体験に、一貫性を持たせたかったんです。統合後、会社の理念やカルチャー、クレドに対する認識を、ピープルエクスペリエンスオフィス内で徹底的にすり合わせました。企業サイトや採用サイトのリニューアルに際しても、すり合わせた認識をもとに「こんな要素を押し出した方がいい」「ここをアピールすべき」と意見を出し合ってアウトプットに一貫性を持たせましたね。
想いと文脈が、“自社らしさ”をつくる
杉山氏は、採用ブランディングの際には、“自社らしさ”を発信することが大切だと語る。
以前、新卒採用の一環で「流行っているから」と多額の賞金を掲げたビジネスプランコンテストを企画したものの、エントリーが想定の1/10も集まらなかった。
杉山ただ流行を追っても、うまくいかないと知りました。その後、伝えるべき自社“らしさ”とは何か考え、脱出ゲームと採用を組み合わせた企画を行いました。当時在籍していた会社が大事にしていた言葉が、「with entertainment」だったんです。採用に遊び心を加えることが、“らしさ”だと考えて募集したところ、約1,000人からのエントリーを獲得できました。
杉山氏は「“らしさ”とは『想い』と『文脈』から紡ぎ出されるもの」と語る。『想い』とは、「どんな社会をつくりたいのか」「その会社自身がどうありたいのか」といった、強い気持ちのこもった意志を言語化したもの。『文脈』とは、その会社が辿ってきた歴史の中で、行動や意思決定の背景に常に横たわり続けていた、価値判断の軸のこと。両者を踏まえて"らしさ"を言語化することで、偽りのない一貫性を引き出せる。
続けて、宮川氏は発信すべき“らしさ”を見つけるための方法を語った。
宮川多くのメンバーが「自社らしい」と感じた人が持つ、素養やスタンスを因数分解してみることがおすすめです。たとえば、短期インターンシップに参加してくれた学生に対して、役職や年次もバラバラな複数のメンバーから「あの子うちらしいね」「あの子ちょっと違うね」とアセスメントしてもらうんです。そうすれば、自ずと“らしさ”が明確になっていきます。
徳田氏は、コミュニケーション戦略を立案する際、「POP(Point Of Parity、同質化要素)」と「POD(Point Of Difference、差別化要素)」を明確にすべきだとする。
徳田たとえば、候補者にとって給与額が重要な要素の場合、その金額が採用競合と大きく違えば、候補者の選択候補に入りづらくなる。「同質化させないと比較検討にまで達しない可能性が高い」要素を知り、どう戦うかを考える必要があります。そのうえで、競合にはない自分たちの強みとなる「らしさ」を見つけ、どのようにコミュニケーションに落とし込んでいくかを設計しなければなりません。
そのうえで、競合にはない自分たち“らしさ”を見つけ、どのようにコミュニケーションに落とし込んでいくかを設計しなければなりません。
今回のイベントから見えてきたのは、採用ブランディングを中長期的な施策として捉え直す必要性だ。
採用は売上や利益の向上に直結する施策ではないゆえ、ROIの測定は不可能。だからこそ、短期的な「採用数」を追ってしまう傾向がある。
しかし、採用には2つの側面が存在する。不足する労働力を補い、短期的な課題を解決する施策としての側面と、ビジョン・ミッションの実現を引き寄せる、中長期的な課題解決策としての側面だ。
HRのプロたちのトークからは、採用ブランディングを、後者の中長期的なスパンで考えることの必要性が浮かび上がってきた。
パナソニック(株)新卒採用情報
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こちらの記事は2020年02月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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