連載私がやめた3カ条
プロダクト一辺倒では真のユーザーファーストとならない──DROBE山敷守の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。
今回のゲストは女性向けパーソナルスタイリングサービス『DROBE』の開発・提供を行っている株式会社DROBE 代表取締役社長CEO、山敷守氏だ。
山敷氏とは?──。ファッションから遠回りしたキャリアを経て。徹底したバランス感覚の持ち主
艶のあるブロンドのマッシュヘアが眩しい山敷氏。元々ファッションは好きだった。 しかしキャリアを紐解くと、しばらくはファッションとは無縁の時代を過ごしていたようだ。
東京大学在学時には学生向けSNS事業を立ち上げ、友人との休日のバーベキューの場にもスーツを着用していくほどビジネスに勤しんでいた。卒業後は2010年に新卒でディー・エヌ・エー(DeNA)に入社。ソーシャルゲームプラットフォーム「Mobage(モバゲー)」事業責任者などを歴任し、2016年にBCG Digital Ventures(BCGDV)の日本拠点の立ち上げフェーズから参画した。ここで、DROBEを立ち上げるきっかけに出会うことになる。
BCGDVはクライアントに対して新規事業のアイデア出しにとどまらず、事業立ち上げ、グロースに至るまでワンストップで伴走することを強みとしている。そんな中携わったのが、三越伊勢丹ホールディングスのデジタル化推進プロジェクトだ。
ユーザーに徹底的にリサーチを行う中で、ファッションの悩みを聞くことが多く、「女性はこんなにもファッションのことで悩んでいる」と思い知った。そこで生まれたのがスタイリストがチャットでユーザーの要望をヒアリングし、自宅に配送する形でファッションを提案するサービス「パーソナルスタイリング」のアイデア。これがDROBEの前身というわけだ。
2019年4月に三越伊勢丹の子会社として創業したが、約2年後の2021年5月に調達した5億円でMBOを実施し、独立を果たした。
ユーザーが体形や悩みなど70項目に渡るアンケートに回答したり、スタイリングに対してフィードバックをしたりするのは、全てLINEを通じて完結する仕組み。LINEで回答さえすれば、商品が自宅に届くのを待つのみということだ。だがその裏側では、アンケートを元に15万点を超えるアパレル商品の中から顧客データを元に予算に応じたものをAIが抽出。アイテムは業務提携しているスタイリストの目でコーディネートされ、やっとユーザーの元に配送される。取り扱いブランド数やスタイリングの提案力に高い支持を得ている。
ここまで高付加価値なサービスを作り上げるために、山敷氏は一体どんな決断を下してきたのだろうか。「意思を持ってやめたこと」を聞いてみた。
プロダクトオーナーをやめた
二項対立。開発サイドとビジネスサイドは、「製品が悪い」「売り方が悪い」など、時に衝突することがある。立場の異なる両者がいくら話し合ったところで議論は並行線から抜け出せず、結果的に両者ともに余計なリソースやストレスを抱えてしまうこともあるだろう。そんな時に互いの状況を俯瞰的に見てバランスを取れる存在は貴重だ。
toC型のサービスを展開するスタートアップは、設立当初は代表や社長がプロダクトオーナーとなるケースもある。だが山敷氏はDROBE立ち上げ当初からプロダクトオーナーを敢えてやらなかった。
山敷設立時からCOOの長井がプロダクトオーナーを務めています。今後DROBEを発展させていくためにはビジネスとプロダクトの両方の目線を持っておくことが必要だと考え、プロダクトオーナーは最初から降りました。
パーソナルスタイリングはスタイリストやブランドなど、多数のステークホルダーを抱えるビジネスだ。顧客にとって価値のあるプロダクトを届けることにこだわるが故に、商品、ユーザー、システムを調和するバランサーになろうという意図があった。
とはいえ、「ユーザーファースト」はあらゆる企業で掲げられている概念だ。だが、山敷氏の考えるそれは、ステークホルダーと三位一体で成し遂げるもの。一体どう違うのだろうか。
山敷一つの視点に偏りすぎると、ユーザーファーストではなく、ユーザーのことだけを考えて他はどうでもいいというユーザーオールになります。そうするとブランドの皆さんが離れてしまい、結果ユーザーに還元できず本当のユーザーファーストもできません。
たとえば、弊社が今ユーザーから支持を得ている要因の1つに、加わって下さっているブランドさんが豊富であることが挙げられます。
2019年4月に創業したものの、1年後には新型コロナウイルスの流行で多くのブランドさんが実店舗の経営が厳しくなっていました。つまりサービスの成長以上にブランドさんが増えすぎてしまうと、せっかく加わってくれたブランドさんも離れてしまうと考えたんです。
この時に、もしもサービスだけにフォーカスしていたら、これほど多くのブランドさんには加わっていただけなかったかもしれませんね。だからまずは、スタイリングの提案力でユーザーの満足感を高め、会員数の増加とともにお取り扱いするブランド数も増やしていきました。
提案力のみならず、スタイリストが無理なく働ける接客スタイルもこだわっている点だ。ユーザーへのヒアリングの形式を、チャットからアンケート方式に変えたのもその一環。ローンチして暫くの間は、スタイリストがユーザーの悩みや嗜好性をチャットでヒアリングしていたが、仕事終わりの時間帯に予約が集中し、スタイリストが夜間に稼働せざるを得ない状況が続いた。
現在は会員登録時の設問や、提案したスタイリングに対して商品配送前・配送後のフィードバックを得ることで解像度の高い情報を得られているため、サービスの質を担保しながら自由度の高い働き方が可能になった。
ユーザーからの高い支持を実現しているのは、提携するスタイリストやブランドとの最適な距離感を見出しているからだろう。確かにプロダクトオーナーにはない視点があるからこそ、山敷氏の事業家としてのバランス感覚は実現できるのかもしれない。
ファッション業界のセオリーに則るのをやめた
コロナ禍の影響を受け、出社に制限がかかりリモートワークを余儀なくされた企業は少なくない。しかし山敷氏はコロナに関係なく、会社を健全に運営させるために必要だという理由から出社することをやめた。
業種によっては、出社スタイルはコロナ次第で決まるかもしれない。もしそうではないのであれば、「何のために出社する必要があるのか」「リモートワークにするとどんなメリットとデメリットがあるのか」を今一度考え直すことも必要だろう。
山敷2つ目のやめたことは「出社すること」ですね。全ての業種をフルリモートにしました。この事業を始めてから、スタイリスト業界の働き方の課題も見えてきたんです。
新型コロナウイルスはきっかけに過ぎない。業界を変革するのが山敷氏の腹の底にある思いだ。
ファッション業界といえば、取材陣が抱いていたのは華やかでクリエイティブな印象だ。業界の課題とは一体何なのか──。山敷氏にそう質問を投げかけると、口を衝いて答えが返ってきた。
山敷例えば、スタイリストが深夜までモデルの撮影に付き合うことや、繁忙期の販売員が閉店後にバックヤードの仕事に取りかからざるを得ないことって、実は業界ではよくあるんです。しかしこのような働き方では、続けたくても子どもが産まれたり、家庭の事情が変化したりすると辞めざるを得えません。
ファッションが好きで子どもの頃から夢だった仕事を、このような理由で辞めてしまう方がいらっしゃるのは勿体ないと思ったんです。だからDROBEは、プライベートの状況に応じて自由に働ける環境を目指しました。
業務委託のスタイリストも含めると、メンバーは約150名ほど。元々スタイリストは新型コロナウイルスの流行に関係なくフルリモート・フレックス形態にしていたのだ。
しかし、なぜ全職種をフルリモートに移行する必要があったのか。「出社の有無で入ってくる情報の差ができてしまうことに課題を感じていました」と語る山敷氏。オンラインとオフラインが社内に共存することで、少なからずコミュニケーションのギャップが生まれてしまった。だから、意思を持って全職種をフルリモートにした。
美学の押し付けをやめた
採用現場では「カルチャーフィットを重視している」という声をよく聞く。フィットする人材であるほど、候補者・企業双方のメリットとなるだろう。
しかし経営者たる者、自分の胸に問いかけてみてほしい。「自分の仕事の美学を押しつけていないだろうか?」と。そうならないためにも、サービスの成長だけに目が向いているのか、ともに働く社員個人の人生まで考えられているのか考える必要があるだろう。
「それは本当にその人のためになり、また長期的な視点でみると事業としても良いことなのか?」──自身の原体験から、山敷氏は美学を押しつけることをやめた。
山敷新卒入社したDeNAは、良い意味でカルチャーの浸透が徹底されていたので、学ぶことも多くビジネスパーソンとして大きく成長させていただきました。「人に向かわずコトに向かえ」など、今も忘れずに大事にしている考え方です。
ただ、そういった考え方を自分が伝える立場になった時、相手の個性やパーソナリティに踏み込みすぎる恐れがあるのではないかと思ったんです。例えば「会議の場では率先して発言しろ」というのも、人前で話すのが苦手だろうと誰に対しても要求しました。もちろん中には、それが良いきっかけになることもあるでしょう。ですが「こうするべきだ」と、相手に強く踏み込みすぎたのではないかと思うんですよね。
自分にとっての当たり前は他者にとってもそうであるとは限らない。バリューを徹底的に浸透させていた組織のメンバーだったからこそ、トップに立った現在はそのやり方を顧みるようになったのだ。
とはいえ、DROBEにもバリューはある。「オーナーシップ」「オープン」「レバレッジ」の3つだ。押し付けをやめたのなら、一体どのように浸透させているのだろうか。「バリューを浸透させながら、メンバーの個性を活かすための最適解は試行錯誤をしている最中ですね」と前置きするが、注力しているのは採用だという。
山敷採用面では「環境に応じたオーナーシップが発揮できるかどうか」を重視しています。「自分の頭で考えて行動できる」というのも大事ですが、そこはスキルと紐付く部分でもあるので能力・経験・環境によっても左右されます。
DROBEで関わるメンバーとの関係性は、短期的なもので終わらせたくないんです。何かを押しつけられながらではなく、時間をかけて意見を尊重しながらサービスを作っていく方が強いサービスができると考えています。
メンバーの年齢は30代が中心。スタートアップの中では落ち着いた雰囲気だ。自立自走を重んじるカルチャーだからこそ、自ら考える人材が集まるのだろう。それがユーザーの支持を集めるプロダクトづくりに紐づいている。
取材を通して垣間見えたのは、山敷氏のバランス感覚だ。ファッションへの関心もさることながら、ビジネスを成功させるためにステークホルダーやメンバーへの配慮にも余念がない。
課題や疑問は自分の中で徹底的に考え抜く思考の深さと、業界、社内、そして未来を見通す視野の広さを持っている。それが、成長し続けるスタートアップであるための秘訣なのかもしれない。
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