連載私がやめた3カ条
やめたことで確立出来た「自分自身と仕事のスタイル」──MOON-X長谷川晋の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。
今回のゲストは、「ブランドと人の発射台」をミッションに掲げ、あらゆるジャンルのブランドと「共創型M&A」という形でタッグを組んで、より良いブランドを作り上げる取り組みを行っているMOON-X株式会社代表取締役CEOの長谷川 晋 氏だ。
- TEXT BY KAORI ONO
「辞めたこと、たくさんあるんですよ。
その中でも3つに絞ったものを時系列でお話しますね」
インタビュー前にご自身の考えを整理して臨んでくださったと分かる話出しと淀みのない言葉に感謝と感嘆を覚えながらインタビューがスタートした。
長谷川氏のキャリアはとても多彩だ。ファーストキャリアは東京海上火災での法人営業。その後、P&GジャパンにてPampers、SK-Ⅱ等のマーケティング及びマネジメントを統括、楽天の上級執行役員としてグローバル及び国内グループ全体のマーケティングを掌握、2015年にはFacebook Japan(現メタ)の代表取締役に就任、2019年8月にMOON-Xを創業し現在に至る。グローバル文脈の強さは幼少期をシアトルで過ごしたことがバックグラウンドにあるという。
この多彩なキャリアの中で気づきを得て「やめること」を決めたのは、P&Gジャパン、Facebook Japan、そしてMOON-X創業後の3つのシーンでの経験からだ。P&Gジャパンでの気づきにおいては、最新の著書にも関連がある。
順に紹介していこう。
「その場の頭の回転で勝負すること」をやめた
長谷川氏は2002年にそれまで勤めていた東京海上火災からP&Gジャパンに転職。そこで法人営業から、対象商品にまつわるあらゆるマーケティングを行うプロジェクトリーダーを任されることとなった。ここで衝撃的な経験をする。
長谷川自分のスキルとか能力が全く通用しないんです。同期は最初からバンバンプロジェクトを回してどんどん結果を出してるのに。
前職では結構やれてたと思っていただけに、かなり焦りました。
前職の法人営業では良い成果を出していたのにどういうことなのか?
それは、前職では話す人達が皆、保険を扱う者同士であったのに対し、P&Gジャパンではプロジェクトチームの中にそれぞれ異なる専門分野のスペシャリスト達がおり、自分にない知識を持った、かつベテラン勢の多いその人たちを束ねなければいけないという違いがあったためだ。
長谷川メンバーから「プロジェクトリーダーとしてこのプロジェクトをどうしていきたいのですか?」と聞かれても、言葉にすることも出来なければ具体的に考えることも出来なかったんです。多分心の片隅で上司や先輩が教えてくれると思っていたのでしょうね。まずは自分の頭で考えなければいけないと、この時痛感したんです。
このときから、「その場の頭の回転で勝負すること」を辞めた。この場所では、場当たり的な思考では通用しないということに気づいたのだ。
そこで、「話したいことを1ページにまとめて会議に臨む」ということを始める。
長谷川話したいことを数行箇条書きにして1ページにまとめたものをプリントアウトして会議に持って行ったんです。そうしたら初めてスムーズに話が進みました。これで難しかったり揉めそうな会議もうまく仕切れるようになりました。
「1ページにまとめる」とは、ただまとめるというわけではなく、会議の目的やゴール、その中でチームメンバーに何を求めたいかを事前にしっかりと自分の頭で考え抜いて、整理・準備した結果を数行の箇条書きに落とし込むということ。
そうすることで、会議当日には自分の頭の中に具体的なビジョンが存在しているので、メンバーからの質問にも答えることが出来、課題が生まれても解決に向かうことが出来るのだ。
長谷川ただ、ビジネスやリーダーシップは自由だと思っているので頭の回転で勝負できる人はそれで良いと思うんです。グローバルな仕事をして来て感じるのですが、世界中で見ると自分より1,000倍頭の回転が早いと思う人がゴロゴロいますから。
でも、そんな中で私が、同じ頭の回転だけで器用に立ち振る舞ったとして上手くいく確率は低いなと。
「準備や整理をして物事に臨む人が、意外に少ない」というのも感じたし、自分はそうすることで上手くいったので、今はこれが自分のスタイルになっているんです。
現在は会議の為だけでなく、企画書、あるいは自身の人生設計までも、1ページにまとめる手法を取っているという。
最新の著書「今すぐ結果が出る1ページ思考」にその手法や考え方がより詳細にまとまっているので、詳しく知りたい方はぜひ手に取ってほしい。
「リーダーとしてのオーラを出すこと」をやめた
P&Gジャパンの後に楽天の上席執行役員を務め、その後2015年にFacebook Japanの代表取締役に就任した長谷川氏。ここでの経験で2つめの「やめたこと」が生まれる。
長谷川入社する前にFacebook社の色々な人と会ったのですが、その中で入社するきっかけになった人物が2人いるんです。1人は現COOのハビエル・オリバン氏。一応面接というか面談だったと思うのですが、コーヒー飲もうよと言われてコーヒースタンドに行って、そこで年齢が同じで趣味のサーフィンも同じということで友達のように話が盛り上がりました。
ハビエル・オリバン氏と言えば、当時からFacebookの国際戦略を担っていた大物だが、かなり気さくな印象だ。
長谷川その足でハビエルにCEOのマーク・ザッカーバーグ氏の部屋に連れて行かれて。
有名人ですし、どんなオーラがあるのだろうと構えていたら、良い意味で裏切られました。威圧感なんて全くなく、フラットで、その時の印象は“コンピューター好きのお兄ちゃん”という感じ。自分が思う今までのリーダー像が覆されてかなり衝撃でした。
それまで思っていたリーダーとは、「リーダーとしてのオーラをまとった存在」だった。
それは決して威圧感を与えるのというのではなく、ポジションが上がれば上がるほど自分で手を動かすのではなく周りの人にいかに正確に、気持ちよく動いてもらうかを考えるようになるような人物のことだ。そのために、目線、表情、言葉の細部にまでこだわってリーダーシップを発揮するべきと教えられてきた。
しかし、Facebookで出会ったオリバン氏とザッカーバーグ氏はどうか。
オーラというオーラは、なかったという。それでも、言うまでもなく世界中に多大な影響を及ぼしている2人である。だとすれば、オーラの有無はリーダーの必須条件ではないのだと気づき、良い意味で拍子抜けして肩の荷が下りたのだ。もっと人間らしく、素の自分でいて良いのだと。
とはいえ決して、「オーラを出すリーダー」が悪いと言いたいわけではない。
長谷川オーラを出すことも、リーダー像を作り上げる手法の1つであると思います。ビジネスと同じようにリーダーシップもまた自由。その人なりのリーダー像がオーラを出すスタイルであって、それでうまくいく人はそれで良いんです。自分には時には弱いところも見せるくらい人間らしく素でいる方がしっくり来るというだけです。
リーダーがリーダーシップを持って向き合うのは、仲間である社員。
業界やメンバーの年齢等によっても変わるかもしれないが、もし自分が部下だったらどんなリーダーが良いかと考えた結果でもあるという。それまで持っていた自分のリーダー像とは全く別のリーダー像があると知り、それまでの自分を変えてしまう程の衝撃的な体験であったと長谷川氏は語った。
「ゼロイチだけにこだわること」をやめた
Facebook Japan代表取締役を退任後、2019年にMOON-Xを創業した長谷川氏。「ブランドと人の発射台」というミッションを掲げた同社は、当初ゼロからブランドを立ち上げることを主力事業としていた。
長谷川スタートアップですし、「ブランドと人の発射台」になるにはまずは自分たちがブランドを作って飛躍させるべきだろうと考えたんです。2020年から2021年はその方針で事業を伸ばしていっていました。しかし、2021年の後半に行った共同創業者とのミーティングで大きな気づきがあったんです。
同社はここまでの2年間で、新しくゼロからブランドを立ち上げ、そのブランドをスケールさせるための手法や人の集め方といったノウハウがかなり多く蓄積されていた。
このノウハウを、世の中に沢山ある「顧客に愛されていて好調ではあるものの、まだまだ飛躍出来る可能性を秘めたブランド」に対して提供し、一緒に大きくしていけないかと考えたのだ。具体的には対象企業に対しM&Aを実施して社員ごとグループ入りしてもらい、MOON-Xの提供するノウハウを用いて両社二人三脚で事業を大きくしていこうといった取り組みだ。
長谷川共同創業者とは毎週ミーティングをしていますが、お互いグローバル経験があるので国内のみならず海外も含めたビジネスモデルを検証していくなかで生まれた発想でした。まずはやってみようと、追加メンバーの採用もせず既存のメンバーとともに始めたらかなり迅速に事業が立ち上がりました。
長谷川氏はこのビジネスモデルを「共創型M&A」と呼ぶ。これはMOON-X社が提唱する新しいM&Aの形だ。買収した側が主導権を握って巻き込んでいくようなやり方ではなく、買収した企業の経営陣や社員と二人三脚で互いの強みを持ちより、大切なブランドを今までの倍の力で一緒により良くしていきたいという想いからなっているものだという。
この共創型M&Aの結果、感慨深い事例もあった。
長谷川共創型M&Aを進める事業を始めてから大きなターニングポイントとなったのは、長野県塩尻市にあるベビー&マタニティブランドを持つケラッタにグループインしてもらったことでした。統合後、元々いた社員さんと二人三脚で事業を進めた結果、それまで以上にビジネスが飛躍し、現地の雇用も増えていったんです。
eコマースですから場所は関係なく、元々の社員の皆さんも我々も、長野の塩尻から全国に対して物作りが出来て、製品が広く世の中に届いていくことにとてもワクワクしています。これにより地方経済を良くしていけるという納得感を非常に感じました。共創型M&Aには、思った以上の社会的な意義があったんです。
この「共創型M&A」を成功させている実績も多いに影響し、昨年末にはシリーズB資金調達を累計34億円でクローズしている。
長谷川投資家の方々の中には社会的な意義を持った事業であるか?を重視している方も多かったので、今回のケラッタを始め共創型M&Aの事例は良い評価をいただけていたと思います。それまでの主力事業からの流れで始めたことでしたが、トライして軌道に乗せられたことを信じていただけた結果なので、引き続きしっかりと事業を伸ばしていきたいですね。
しかし、大きな事業の方向転換であるように思うが社内にハレーションは生まれなかったのだろうか?
長谷川共創型M&A事業が迅速に立ち上がった理由は2つあって、1つは「ブランドと人の発射台」というミッションは変えていないということです。ミッションとは最終的に成し遂げたいものでありますが、今回の共創型M&Aはミッションを成し遂げる為の手段(HOW)を、新規ブランドをゼロから作るというところから変えただけなんです。こうした「手段の変更」は、スタートアップには“毎日レベル”であっても良いのではないかと思うくらいです。
2つめは、成し遂げたいミッションの為に自分たちの持つ資源をどう使うか?と考えたときに、今ある人材やノウハウといった資源をより有効活用するための選択だったからです。
成功確率、事業のスケール、事業スピードが上がるチョイスだったと思っています。しかし、いま大成功しているというよりは、資金調達をしてこれから勝負するという段階です。軌道に乗り始めた実績に基づいて土俵に乗れたと思っているので、今後もより、良いブランドを広く皆さんに知っていただくために注力したいと思っています。
最後に、長谷川氏の言葉でもうひとつ印象的だったのが「人」にこだわっているという点だ。 ミッションにも「ブランドと人の発射台」とあるが、これを分解すると「人」「ブランド」と2つの単語からなっている。
ここまで話を聞いて、長谷川氏の辞めたことの背景には人との出会い、コミュニケーションがきっかけとなっている場合が多かった。そうであれば、この言葉もまた、次世代のキャリアを歩む人たちにとってとても有益な情報であろうと思う。
また、共創型M&Aという新しいアプローチが生まれた理由もまた「人」であるという。
M&Aをするにあたって、もちろん既存の業績が良いところに声をかけるが、M&Aされる側の企業オーナーが最終的に決断するポイントは「今の社員の為になるか?」というところだと言う。ここを気にするのは日本のM&Aのとても良いところだ、と言い、「共創型M&A」と名付けた理由のひとつだと語った。
華やかなキャリアを積んで来たように見える長谷川氏だが、今でも誰よりもプレゼンの練習をするなど努力も怠らない。それは、「人」を大切にするからこそ日々相対する人に全力を尽くすために考え抜いて準備をしていくという姿勢の表れであろうと思った。
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