連載私がやめた3カ条
転べ、そして起き上がれ!──rakumo御手洗大祐の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。
今回のゲストは、クラウド拡張ツール『rakumo』を提供するrakumo株式会社の代表取締役社長CEOの御手洗大祐氏だ。
- TEXT BY WAKANA UOKA
御手洗氏とは?──七転八起。学び続ける起業家
御手洗氏は、2004年に日本技芸(現rakumo)を創業。創業当初は上場を考えてはいなかったものの、2020年に東証マザーズ(現グロース)市場上場を実現した。「意識してやめたというより、徐々にやめていったニュアンスなんですよね。何から話しましょうか……(笑)」。朗らかに切り出す御手洗氏。和やかにインタビューが始まった。
そんな雰囲気とは裏腹に、御手洗氏の歩んだ道のりは決して平らではなく、まさに茨の道だったという。経営状況が悪化し会社の存続が危ぶまれた時期もあった。今回の取材で、「成功体験に頼ることはない」と繰り返し語った御手洗氏。語り口に謙虚さがにじみ出るのは、挫折や葛藤を繰り返してきたからだ。過去の成功体験にとらわれない、「失敗の哲学」を見ていこう。
過去の経験だけから即断することをやめた
長年、インターネット関連領域でベンチャー企業を経営してきた御手洗氏。その経験上、事業が成功するか否かについて、「最後はタイミングの問題」だと思うようになったと語る。例として、御手洗氏はニューヨークで広告のカンファレンスに参加した際に耳にしたエピソードを挙げた。1997年と2001年に同じような事業を始めた2つの会社。このうち、前者は2001年に倒産、その年に事業を開始した後者は上場に至ったというのだ。
また、国内においても、名刺管理サービス企業Sansanの成功例が挙げられる。インターネットを活用したビジネスが始まって以来、何度も同様のサービスが出ては消えを繰り返してきた名刺管理サービス。Sansanの登場時も例外ではなかったが、結果はご覧の通りだ。これも、市場環境や人の意識といった流れを上手く掴めたからこその成功例といえる。
こうした事例を踏まえ、御手洗氏は「過去の事例だけを見ているとチャンスを逃す」と指摘する。
御手洗過去の失敗は、その時点においてのものであり、時期を変えて再チャレンジすれば成功する可能性があるんです。rakumo創業の前にIT系メディアサイトを立ち上げた時も、今行っているグループウェアビジネスを始めたときも、周りからは「今更?」「またやるの?」と言われました。でも、私はそのときに既存サービスがやっていない差別化ポイントに着目するようにしています。だから、最初に事業アイデアが世の中に生まれたときにはない視点が生まれるんです。
過去の事例に引っ張られすぎては、新しいアイデアは出せない。自分でも意識しつつ、バイアスを持って考えているなと自覚したときは、役員や友人とざっくばらんに話すようにしています。
参考になるのは自分の失敗例だけではない。他社の失敗事例も、別のタイミングでは成功の種となる可能性がある。御手洗氏は、これら過去のアイデアを頭の中にストック。もちろんナレッジマネジメントツールなども活用する。
大切なのは、できるだけ情報を抽象化し、共通点を見つけて新しい文脈を作ること。価値の違う2つのものを上手く結びつけることで、イノベーションを起こせるのだ。
変わらないことを選ぶのをやめた
御手洗氏がこれまでのビジネスパーソン人生において最大のハードシングスだったと語るのは、やはり2013年ごろの経営危機だ。ネットイヤーグループの子会社となり、支援を受けることとなった。その背景には、受託事業をやりながら新規サービスを始めたことで経営が行き詰まったことがある。その危機を救ってもらう形で完全子会社化となったのだ。
子会社化ののち、経営は安定した。特に新規事業は伸びを見せた。しかし、なかなか軌道に乗らなかったものもある。それが、創業期から続けていた受託事業だ。これを手放す決断ができなかったと、後悔を口にする。
御手洗受託をやめるという大きな変更をするよう舵を切れば、このときにもっといい方向にいけたのかもしれません。ただ、変えるのは大変です。変わらなければいけない岐路では、経営者である自分が1番覚悟を決めてやらなければならなかったでしょう。
先陣を切って変化を選ぶ。新たな道を開拓する。起業家のイメージに通ずるものだ。しかし、御手洗氏は自身のことを「そういうタイプではない」と見ている。
御手洗もともと、先陣を切って周りに訴求していくのは苦手です。でもその出来事があってからは、変わるか変わらないかの選択を迫られたら、変わる方を意識的に選ぶようになりました。変化によって新たに学ぶことが多いので、自分自身は楽しいですね。メンバーに支えられている部分も大きいです。
rakumoでは「独立した人が集まって1つの目標ややりたい方に集まってきていて、そこで働いていることが自分たちのためにもなるとみんな思ってやっている」というスタンスが前提。行動指針は「情熱と協働と変化」の3キーワードなので、変化に前向きなメンバーに支えられている部分はありますね。
高い家賃のオフィスへの投資をやめた
御手洗氏の3つ目の「やめた」は、高い家賃のオフィスへの投資だ。この価値観に至るまでには、身の丈に合っていない家賃のオフィスを借り、大変な思いをした実体験がある。優秀な社員を採用するためにいいオフィスを作ろうと考え、高い家賃のオフィスを借りた結果、リーマンショックがやってきて大変な目に遭ったと苦笑いする。
また、自身だけではなく、周りからも労働集約系の会社であるためにオフィスを増やしたものの、業績が伸び悩み、オフィスが負債になった話を耳にしたことがあると語る。
御手洗不動産は、文字通り「不動」なものですから、そこに費用をかけるのはよほどの覚悟を持たなければならないということを痛感しました。
会社として、根本にあるべきは株主・社員への還元だと私は考えています。還元に使うのではなく、高い家賃を支払ってオフィスに入ることにどれだけの意味があるのか。入居の判断をする前には、この疑問を何度も反芻した上でなければいけないと繰り返し話しています。もちろん、きれいで立派なオフィスであれば、メンバーに気持ちよく使っていただくことができますね。
ただ、メンバーに対してはオフィスへの投資よりインセンティブに使った方がモチベーションアップになるでしょうし、事業成長のための投資や株主への還元を優先したいと考えるようになりました。
現在のオフィスは、以前より広くもなければ、綺麗でもないという。だがそんなオフィスが、今のrakumoには最も合っている、そう自信をもって考えている。
急成長期には、あえて身の丈に合わない大きなスペースを借りるスタートアップもいる。これも一つの正攻法と言われている。御手洗氏もそうした経験をしつつ、今の価値観を得ているわけだ。
オフィスについては、広さ、設備、立地エリアなど、検討する材料はいくつもある。すべての要素を合理的に検討するのは簡単なことではないだろう。今は、必要とされるのは「社員が1番集まりやすく、かつ営業で回りやすいところ」だったと、自信を持って選定基準を語る御手洗氏。その語り口からは、「変化を恐れない」という強い気持ちが感じられた。
御手洗氏が語った3つの「やめた」。いずれも、明確な時期やきっかけをもって「やめた」というより、失敗を経て徐々に「やめていった」方が近い。
しかし、その一方で「若いころにいっぱい失敗するのも大事」だとし、自分も失敗したからこそ今があると穏やかに語った。失敗を徹底的に振り返り、次に活かす社風であることも、御手洗氏を始めとしたrakumo社員が失敗から学べる理由だ。失敗を苦いもので終わらすことなく、成長の材料にできるかどうかは、経営者の考え方次第。おごらずに学び続ける謙虚さがいかに大切かが伝わる御手洗氏の「やめ3」だ。
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