“レガシー産業”と書いて“ポテンシャル産業”と読む。
リアルとデジタルを行き来し、最高難易度のイノベーションに挑む

登壇者
山本 徹

1978年生まれ。北海道大学工学部卒業後、2001年4月大手不動産デベロッパーに入社、2002年10月合資会社エス・エム・エス入社後、組織変更に伴い、株式会社エス・エム・エスの取締役に就任。創業からマザーズ上場まで経験。2013年4月、株式会社フーディソンを設立し、代表取締役に就任。生鮮業界に新たなプラットフォームを構築するべく事業運営中。

武井 亮太

宇都宮大学教育学部卒、新卒ベンチャーバンク、その後HRスタートアップの事業グロースを経て、花き産業への可能性を感じ2014年9月に株式会社Crunch Style(現ユーザーライク株式会社)を創業。もともとは教師を目指していたが、より多くの人へ影響を与えたいという想いから起業に至る。ユーザー起点でサステイナブルな産業構造へと花き業界をアップデートし、花を飾る文化を日本中に普及を目指し、2016年6月より花のサブスクリプションサービス「ブルーミー(bloomee)」を開始。

関連タグ

歴史が長く、大企業が多く存在するような産業や業界について、“レガシー”という表現が当たり前のようにされる昨今。「DXがなかなか進まない、参入が難しい領域だ」というネガティブなイメージを持ってはいないだろうか。もしそうならば、今回招いた2人のセッションを聞けば、その印象が180度変わったはず。知られざるポテンシャルを秘めているだけでなく、難易度が高い課題を解くスキルが求められ、ビジネスパーソンにとっては格好の成長環境なのだ。

招いたのは、水産業と花き産業という第一次産業で事業を展開し、イノベーションを起こそうとしているスタートアップ2社。飲食店向け食品Eコマース『魚ポチ』など水産を主軸とした生鮮流通の新たなプラットフォーム構築を目指すフーディソンの代表取締役山本徹氏、花のサブスクリプションサービス『ブルーミー(bloomee)』などを手掛けるユーザーライクの代表取締役武井亮太氏だ。

古くから必要とされてきた産業だからこそ、現在もなお巨大な需要が横たわっている。さらに、既存のプレイヤーを上手く巻き込みながら社会に新しい価値を創出する存在となるのは、ゼロからビジネスを立ち上げるよりも、ある意味で難易度の高い所業といえる。

「レガシーだから自分ごと化しにくい」と、飛び込むのを敬遠してはいないだろうか?成長したいビジネスパーソンには“穴場”ともいえるチャレンジングな場所であることは、2人の言葉から容易に想像がつくはずだ。

SECTION
/

未経験で第一次産業に飛び込み、想像以上だったのは「ポテンシャルの大きさ」

まずは、レガシー産業で事業を展開する魅力を解き明かすため、読者の多くにとって馴染みのないであろう水産と花きという業界に参入したきっかけを聞いた。

山本氏のキャリアを紐解いてみよう。新卒で門を叩いたのは不動産業界、そこから介護業界のエス・エム・エスの創業を経験している。「『業界を知っているかどうか』にはそもそも強いこだわりを持っていませんでした」と明かす。

山本とにかく、「面白い仕事ができそうか」を重視してきたんです。創業から携わったエス・エム・エスでは、業界のインフラになることでビジネスの広がる可能性を強く感じました。だから起業を考える際にも、自分たちがインフラになりうる業界を念頭に置いていました。

いずれは経営者が引き継がれていくような息の長い事業にしたいという想いから、大きなマーケットを探していました。でも、条件にあう事業領域をなかなか見つけられなかったんです。そんなある時、サンマ漁師の方と出会いました。

当時の相場ではサンマがとても安価に売買されていて、「自分の子どもには、とてもじゃないが漁師を継がせることなんてできない」と話すのを聞いて、消費者から見えている世界とその裏側の生産者の現状の乖離が大きいことに気づいたんです。

さらに調べていくと、この業界のDXにチャレンジしている人は当時少なかった。だから、「今から参入しても大きく伸ばせる」と感じました。

セッションの様子

創業メンバーとしてエス・エム・エスを伸ばした経験が成功体験となり、馴染みのない業界に飛び込むことに対する抵抗がなかったという山本氏。業界経験にこだわる必要は、あまりないのかもしれない。

一方で武井氏のきっかけを辿ると、両者が意外な縁で結ばれていたことが明らかになった。

武井僕たちは「ユーザーさんの、うれしいを創る」というミッションが先にありました。それを最大限達成できる業界を探していたので、自然と既に成熟している業界よりもIT化の進まないブルーオーシャンに目を向けていたんです。

花を選んだのは、前職を退職する際に花束をもらったのがきっかけです。「花っていいな」と、率直に感じました。

また、当時フーディソンさんの創業のニュースを見たことも影響しています。「第一次産業のポテンシャル」を感じさせてくれて、決断を後押ししてくれました。

鮮魚・花という異なる領域でも、同じレガシーな第一次産業で戦う同志としてお互いの存在が支えになっていたようだ。

ここからは2社が挑む市場の規模やポテンシャルについて探っていく。国内の漁業産出額は2020年で約1.3兆円(農林水産省の統計による)。そこから小売や加工・飲食まで含めた場合、「10兆円を超えるような巨大市場」と山本氏は語る。

ポテンシャルのある市場でありながら、他の第一次産業と同様に、直面しているのは深刻な人材不足や高齢化である。それなのに、いまだに通信手段は電話やFAXが主流で、まとまって設備投資ができるプレイヤーもほとんどいないため業務のIT化や機械化が進んでいない。

そんな旧態依然とした産業に新たな循環をもたらすべく、まずは自らが卸売や小売のプレイヤーとなって産業に入り込み、取引や業務で必要となるITシステムの開発や機械化を進めてきたのがフーディソンである。

山本テクノロジーの活用という文脈で考えれば、マーケットのサイズは申し分ありません。

例えば、例えば、コロナ禍で飲食店向けの既存サービスは軒並み影響を受け、弊社の『魚ポチ』も例外ではありませんでしたが、コロナ禍を経て飲食店の業務効率化ニーズや非接触型のECへのニーズがより一層高まっているため『魚ポチ』の成長は加速している状況です。今や水産のECとしては日本最大級のサービスになっていると自負しています。

続いて、花の流通の実態にも目を向けたい。「実は、全国には花を扱う店が2.5万店もあるんです。コンビニの数が5.5万店と言われているので、気付いていないだけで消費者と花のタッチポイントは身近にあるんですね」。武井氏が熱を持って切り出すように、“花き産業”もまた、隠れたポテンシャルが眠っているのだ。

花き業界の市場規模は9,000億〜1兆円程度(矢野経済研究所による)。大手流通企業も存在する中、ユーザーライクは既存のシェアを奪おうとしてきたわけではない。なぜなら、ターゲットは、「花を買う文化がなかった人、つまり市場の外にいる人」であり、新しい需要を呼び込もうとしているからだ。

「5年で10万世帯の会員が獲得できたので、これを10〜100倍に伸ばすポテンシャルはあります」と武井氏は手ごたえを感じている。

セッションの様子

市場の外にいる層をメインターゲットにする──。とても興味深い戦略だと感じる読者も多いだろう。「もともとこの層に刺さることを知っていたのか?」。山本氏から武井氏に、素朴な疑問が投げかけられた。

武井ターゲットは、最初から狙っていたというのが近いです。今のサブスクのサービスは、花をギフトとして贈るECのサービスからピボットして行き着いた事業なんです。

EC時代のヒアリングから、多くの人にとって花は身近なものではなく、日々の生活から想起しづらいことを痛感していました。だからこそ初期から馴染みのない層に使ってもらえるようなサービス設計を意識していたんです。

超巨大産業を相手に、ニーズを的確に見つけて事業を展開しているこの2社。長い歴史を持つ産業でもあるため、一部を切り取れば、市場が縮小する部分もあるわけだが、それでも新たに参入する余地はまだまだある。こうした点から、無限のポテンシャルが眠っているのは想像に難くない。

SECTION
/

巨大市場を構成するのはスモールプレイヤーたち。
それはまるで「指揮者のいないオーケストラ」

ここからは、レガシー産業を攻略する難しさについて探っていきたい。2人はそれぞれの業界の、どのような部分に課題を感じているのだろうか。

武井先ほど全国に2.5万店の花屋があると言いましたが、これらの多くは個人経営です。DXを推進する巨大なプレイヤーがいないため、デジタル化が全く進まないという状況です。

山本そもそもサプライチェーンの中で生産・仕入れ・卸・小売と各プレイヤーごとに役割が分担されていて、業界全体を見渡して最適化する発想がなかったんですよね。初期に様々な関係者にヒアリングしていましたが、これだけ成熟したマーケットのサプライチェーンを一気通貫で見直すのは、数年がかりで取り組む必要があると思います。社内では「指揮者のいないオーケストラ状態」と呼んでいました。

もちろん「変えたい」と思った業者もいたでしょうが、スキルやノウハウがなかったから難しかったという側面が大きかったのでしょう。

ここはまさに、他業界からデジタルなスキルを持った人材が入ってくることでしか解決できない部分で、自分たちの存在意義だと感じています。

不動産や製造業といった領域では、巨大プレイヤーによってサプライチェーンを包括したDXが行われやすいが、水産と花きの業界ではそのような全体最適を考える役割がおらず、多数の中小プレイヤーが細分化された役割を担っているという現状のようだ。

セッションの様子

次にレガシー産業にスタートアップが参入して事業を行うことの難しさを聞くと、両者から創業時の生々しいエピソードがこぼれた。

山本一番苦労したのは取引先の皆さんの信頼を獲得することです。やはり僕の場合、「介護業界からやってきた人の言うことなんて、聞いてもしょうがない」という感じなんですよね。だから、「水産業界を変えたい」という想いを繰り返し伝えて、一つひとつ実績を積み重ねてきました。

仕入れの発注を初めて頂いた時、当時は車もなかったので、鯛を電車で運びました(笑)。それくらい、小さな仕事をがむしゃらに積み重ねて、信頼を獲得していきました。

武井僕たちも似ていますね。花の流通経験のない人間が、平均単価が5,000円程度のところを「500円で花をポストに送りたい」と伝えても、理解すらしてもらえないという状況でした。

だから、「たくさんの人に、新たに花を届けたい」という想いが伝わるまで、泥臭く営業を繰り返しました。

やはり他業界から参入するにあたって、信頼を勝ち取ることは最重要事項と言えそうだ。一つひとつ実績を積み上げて信頼残高を貯めていくことが、攻略の近道となる。

SECTION
/

サプライチェーンを一気通貫で変革。
横か縦か、描く未来とは

両者が及ぼす社会へのインパクトも、伝わってきただろうか。現状でも十分すぎるほど、業界変革に寄与している2社だが、現在の体制に満足しているわけではない。

DX事業の戦略について聞くと、両者に共通するのは「業界を一気通貫でアップデートする存在になること」。一方で、他業界に横展開するか、特定の業界にとことん根を伸ばすか──。ここに、両者の特徴が見られた。

武井ユーザーライクではとにかく『ブルーミー』という一つのプロダクトを磨き込んできました。初期はお店からユーザーさんに届けるだけでしたが、今では工場を自社で設置していますし、仕入れ業者とも連携を拡大しています。段々とプロダクトの範囲を広げてきました。いずれは生産者のところまで伸ばして業界を一気通貫でDXできるような長いプロダクトにしていきます。

山本 フーディソンは業界全体を包み込むプラットフォームになるため、細かいサービスを組み合わせていく計画です。業界の課題の全体像から設計して各所で課題を解決できるサービスを作っています。いずれは業界全体の情報・商流・物流を繋げていくことが目標で、商売だけでなく人材などもマッチングさせられる大きなインフラになる余地があると考えています。

一つのプロダクトの範囲を少しずつ伸ばしてきたユーザーライクと、各領域で作ったプロダクトを繋げていくフーディソン。アプローチの方法は違えど、業界のサプライチェーン改革という観点では、目指している姿には重なるものがある。

一方で、今後のプロダクト戦略はというと、それぞれ違った構想があるようだ。

山本最近、ややフェーズが変わってきていますね。ある程度足場は固まってきたので、ここから幅広いネットワークを作りに行こうと考えています。水産流通のIT化の“プレイヤー”から、“インフラ”あるいは“プラットフォーマー”になっていくフェーズだとは社内にも伝えています。

武井花以外のドメインへの横展開は、これから考えていきます。もちろん『ブルーミー』も進捗は5%といったところです。サブスクの会員数は増えてきましたが、業界全体のアップデートはまだまだ挑戦していく余地があります。

向かう市場が大きいだけに彼らの事業の成長に終わりは見えない。これからの数年で2社がどのように産業を変革していくのか、必見だ。

SECTION
/

優秀な人材にはたまらない、“最高難易度のDX”

ポテンシャルを秘め、業界を根底からアップデートできる、レガシー産業のDX。業界の課題を見つけ、既存のプレイヤーを味方に付けながら市場を共創していく。まっさらなマーケットに参画するよりも、ある意味で難易度は高く、インパクトの大きい局面もあるだろう。

最後に、2人にこのドメインに挑む醍醐味を語ってもらった。

山本産業の基盤を作り替えるというチャレンジはとても魅力的だと感じています。テックだけでは完結しない泥臭いことがたくさんあって、実現させるための難しさはレベルが違います。

世の中の流れとして、テックだけで浸透する業界のDXは完結してきていて、テックとリアルを掛け合わせて未開拓領域に挑むことが主流になりつつあります。だからこそ、テックをリアルに浸透させる経験の市場価値は高まっていくでしょうね。

武井僕も業界全体を変革するという壮大なチャレンジに魅力を感じています。業界全体を見渡すととにかく変数が多くて、特に優秀な人は理論だけでシンプルに行かないところにやりがいを感じてもらえると思います。

セッションの様子

山本たしかに、難しい課題に向き合って思考することが好きな人は、こういう業界でのチャレンジに向いていますね。

水産流通のDXという文脈では自分たちがほぼ先頭を走っているという状況なので、業界内では参考にできるところはあまりなくて、他業界をリサーチしてアナロジー思考で戦略を作っていかなければいけないのは、難しく面白いポイントだと思います。

また、裏を返せば大きなプレイヤーも魅力的だと思った瞬間に参入してくるはずです。後からひっくり返されないように、中長期的にトップであり続ける戦略を練るのもまた面白いですね。

武井大きなプレイヤーが参入してきても負けない、そういう事業にしていく事が大事ですよね。そのためのチャレンジがまだまだ多くて、面白い局面が続きます。

レガシー産業のDXは、その市場の大きさや複雑さがゆえに、魅力的なチャレンジが多くなる。社会的なインパクトも、当然大きい。ただし、難易度もものすごく高い。

このように抽象的にまとめると、当たり前のことのように思えるだろう。だからこそ、現場に飛び込み、取り組み続けることが非常に稀有な経験になる。この2社をはじめとした舞台こそ、あなたの躍動すべき場所かもしれない。

こちらの記事は2022年10月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

記事を共有する
記事をいいねする

おすすめの関連記事

会員登録/ログインすると
以下の機能を利用することが可能です。

新規会員登録/ログイン