「日本一の人材を求めていた」—坪田朋をCXOに迎え、delyが作る技術者主体の事業と組織
「大竹さんに呼ばれて堀江さんと初めて会ったときには、ほぼ意志を決めていたと思います」
そう語るのは、株式会社Basecamp CEOの坪田朋氏だ。
2019年7月1日、dely株式会社のCXO(Chief Experience Officer)に坪田氏が就任すると発表された。delyは7月中に坪田氏が代表を務めるデザインインキュベーションファームのBasecampを買収する予定だと発表している。子会社化した上で、坪田氏をCXOとして迎え入れる構想だ。
これまでdelyは、執行役員/CTOの大竹雅登氏がテクノロジーとプロダクトのトップを兼任し、エンジニアやデザイナーといった技術者を主軸とする組織体制を構築してきた。今回、プロダクトに携わる部分を坪田氏に任せ、大竹氏は新規事業にフルコミットしていくことになる。
Basecampで数多くの企業を支えてきた坪田氏は、なぜdelyのCXOという道を選んだのか。その背景を伺うとともに、坪田氏が大きな可能性を感じたという、delyの「技術者を軸に進化する組織体制」について、坪田氏と大竹氏に話を聞いた。
- TEXT BY AYA MIZUTAMA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY KAZUYUKI KOYAMA
坪田氏は「プロダクトデザインで日本一の人物」
大竹成長速度を上げ続けていくためには、レベルの高い人材の獲得が欠かせません。であれば、僕の代わりにプロダクトを見てもらう人は「プロダクトデザインにおいて、日本一の人」でなければいけない──そのように堀江(※dely代表取締役 堀江裕介氏)から言われたとき、真っ先に想起したのが坪田さんでした。

dely株式会社 執行役員/CTO 大竹雅登氏
2018年7月に発表されたヤフーの子会社化を経て、delyは既存事業の料理・レシピ動画サービスの「kurashiru(以下、クラシル)」だけでない新たな事業展開を模索し続けてきた。それを担うのは、クラシルという強力なプロダクトのグロースを担ってきたCTOの大竹氏だ。
ただ、既存のCTOとしての業務、加えて新規事業までを担うのは意識が分散しすぎ、フォーカスがブレてしまう。そこで大竹氏は、2019年1月に自身のnoteにてCTOポジションを譲ると発表。後任として、技術とプロダクトのトップを担う人材を探しはじめていた。
白刃の矢がたったのが、大竹氏が「プロダクトデザインで日本一の人物」と考える坪田氏だ。
大竹以前から坪田さんの記事を読んだり、講演やイベントにも積極的に足を運んでいました。何度かお話させていただいたこともあり、その考え方やプロダクトとの向き合い方にはとても共感していた。「この人しかいない」と思ったんです。
坪田氏は、livedoor、DeNAで大規模プロダクトのマネジメントや、デザイン組織の構築を経て、BCG Digital Ventures(以下、BCG)東京オフィスの立ち上げに参画。同社でユニ・チャームとBCGのジョイントベンチャー(Onedot株式会社)を立ち上げて、中国向けの育児事業「Babily」のCCOとして事業を牽引してきた。
並行して、2017年にはデザインインキュベーションファームのBasecampを創業し、数々の事業をデザイン側から支援してきた経験を有する。一例を挙げると、バーチャルライブアプリ『IRIAM』を展開するZIZAIの支援や、キャスターに事業譲渡した告知サービス『bosyu』の立ち上げなど、さまざまなプロダクトを成長させた実績を積んできた。

狙いを定めた大竹氏は、堀江氏とともに坪田氏をカフェに誘った。具体的な話はせず、気軽な感じで連絡をしたが、二つ返事で坪田氏の約束が取れた。大竹氏が出したnoteが、坪田氏の目に止まっていたからだった。
坪田『累計70億調達、1500万DL突破の「クラシル」のCTO、譲ります。』というnoteを読んでいたので、興味は持っていました。その時点でのdelyのイメージは、代表の堀江さんが、とてもとがっている起業家という印象。CTOを譲る発表をした大竹さんも、なかなか面白そうな人だと思っていました。純粋に会ってみたかったんですね。

dely株式会社 CXO/株式会社Basecamp CEO 坪田朋氏
約束のカフェで、堀江氏は前談なくdelyの今後の戦略を事細かに語っていった。
ラフな面会をイメージしていた坪田氏は「そう来たか」と思ったものの、かねてから尖った起業家と一緒に働きたいとも考えていた。堀江氏はぴったりの人物だ。加えて、大竹氏が構築してきた「技術者がプロダクトを主導する組織」にも高い共感を覚えた。何より、堀江氏と大竹氏の熱量の高さに押された。
坪田僕は比較的、意志決定が早いんです。今思うと、1回目に話した時点で心は決まっていましたね。ただ、その後もすごかったんです。2回目には組織の構想と僕の管掌をぎっしりまとめた手書きメモをもとに、大竹さんから熱心な説明を受けました。加えて、プロダクトマネージャーの奥原拓也さんがBasecampのオフィスまで来て、クラシルの展望を半日くらいずっと語ってくれた。僕はまだ入社の意思を伝えていないのに(笑)。
実は、坪田氏はCCOを務めているOnedotの契約終了が近かったこともあって自身の進退を考えていた時期だった。そのことも合わさり、意志決定はスムーズだった。
大竹氏は、一連のアピールを「かなり意識的に動いていた」と振り返る。

大竹氏が手書きした説明資料
大竹何かを始めるときは、最初が肝心だと思うんですよ。正直、無理な相談をしているとわかっていたからこそ、姿勢で誠意と本気度を見せなければいけない。僕がまとめたメモも、手書きの方が本気度が伝わると考えていましたし、実は4回くらい書き直したんです。これも僕なりの誠意ですね。
今持てる手札で考えない。理想から逆算しM&Aへ
当初、坪田氏はBasecampの経営を続けつつ、delyへコミットする道を想定していた。だが、堀江氏と大竹氏からは、想像と異なる提案を受けた。M&Aというアプローチだ。
坪田「会社ごと、全部一緒にやりましょうよ」と言われたんです。驚きましたが、こうした発想は実現したいものと実直に向き合っていなければ、考えつきません。改めて“delyのメンバーになりたい”と強く思い、迷う余地もなく頷きましたね。
この提案が生まれたのは、delyが持つ文化が大きく影響していると大竹氏は考える。
大竹普段からdelyでは「今持てる手札で考えない」と、口癖のように話しています。実現可能と思える、既存の選択肢から考えているようでは、できそうなことしか実現しません。やりたいことから逆算し、選択肢を導き出す。今回の場合、ファイナンシャル面でレバレッジをかけられるなら、M&Aも選択肢のひとつとしてありだったんです。
Basecampを子会社化することで、同社が抱える優秀なクリエイターにdelyを適宜サポートしてもらうといったシナジーも考えられる。日本の事業会社によるデザインファームの買収実績はまだまだ少なく、その先行事例としても社会に伝えられるメッセージがある。ゆえに、坪田氏としても自身の携わる2社を同じ船に乗せる覚悟を決められたのだろう。

技術者がプロダクトを牽引する強みは「ボトムアップな変化」
CXOとして坪田氏に託されたのは、これまで大竹氏がCTOとして担っていた業務の内、プロダクト領域を牽引することだ。
組織の現状を知るため、坪田氏は正式なCXO就任を前にdelyのSlackに参加。現場がどのようにプロダクトを作っているかの肌感覚を得る時間をとった。ただ、そのSlack内で、坪田氏は衝撃を受けたと言う。素早く、かつ膨大な情報量のコミュニケーションが飛び交っていたからだ。
坪田キャッチボールは、お互いの感覚をさぐって球を投げる速さを徐々に加速させていくじゃないですか。でも、delyは最初から剛速球で投げ合う人たちが集まっている会社だったんです。意思決定も早いですし、やる気も馬力もある。みながプロダクトをよくしていこうと日々動きを加速させている。よいメンバーが揃っていてポテンシャルを感じたし、僕の好きな巻き込み型のモノづくりスタイルがフィットすると思いました。
組織構造も大きく異なる。一般的には、プロデューサーやプランナーといった役割の人が施策を練り、デザイナーはデザインだけを、エンジニアは実装だけを担うやり方が多い。一方、delyの場合はデザイナーとエンジニアといった“技術者”が自らプロダクトをよくすべく、主体的に意志決定をしているという。

坪田ダウンロード数が1,800万もの規模のサービスを運用しているのに、技術者自身がプロダクトづくりの意思決定をしていました。普通、この規模の事業になると、どうしても組織が肥大化していくのですが、delyは開発チーム22名という少ない人数がみな主体的に動いている。デザイナーもエンジニアも、それぞれが企画を考えるし、自分でサービスを実装させるところまで担っているんです。各々が主体的に動くので、ボトムアップに変化していける。こういった組織は強いですよ。
プロダクトを管掌してきた大竹氏も、プロダクトマネージャーを務める奥原氏もエンジニア出身。技術者が自ら事業を伸ばすために何をすべきかを考え続けてきた文化が、同社の技術者主体の組織を構築してきた。
大竹氏が、デザイナーとエンジニアの協働に力を入れるには、理由がある。それは、大竹氏自身がクラシルの立ち上げ当初、アプリ、サーバーサイド、インフラ、UIデザインにいたるまで、すべてを自力で担っていた経験からだ。
専門職ごとに担当領域を作り込むだけではなく、その領域を横断的に見てみると、実はそれぞれが切っても切れない関係性にあることに気づける。さらに、変化のスピードが速い現代においては、個別の領域をブラッシュアップをするだけでは、求められる変化に対応できない。必要なのは、ユーザーと向き合い、プロダクトを随時変え続けていく姿勢。だからこそ、テクノロジーとデザインは不可分で相互理解が求められる。
坪田氏も、大竹氏の考え方に首を縦に振る。

坪田delyには、高尚なコードを書きたいエンジニアや、よいビジュアルを作りたいデザイナーといった職人ではなく、サービス自体にコミットしたい人が集まっています。この文化は今後も大切にし続けたいですね。
「食」の領域にとどまらず、暮らし全般をカバーしていく
坪田氏をCXOに迎え入れ、delyは主に2つの軸での進化を見据えている。ひとつは坪田氏を中心とするクラシルのプロダクトのグロース。もうひとつは、大竹氏を中心とした新規事業の拡大だ。大竹氏は直近でコマース事業へのフォーカスを強めていくという。
大竹レシピメディアだけでは、まだ解決できていない食にまつわる課題はたくさんあります。毎食の献立を考えるのは大変ですし、小さな子どもを持つお母さんは、買い物にいくのも一苦労。つまり、物流にも課題があります。
その中でdelyは学生、夫婦、子どものいる家庭や一人暮らしまで、すべての人の食の課題を解決できるサービスをまずは育てていきたい。ユーザーの過去の履歴を元に献立がレコメンドされたり、献立に必要な食材をもっと簡単にネットで買えるようにしたいです。
一方、坪田氏が取り組むクラシルでは、成長角度をさらに上げ、圧倒的なポジションの確立を目指していく。
坪田まずは、クラシルをレシピサービスとして圧倒的ポジションを取るサービスにしたいですね。僕自身、livedoorやDeNA時代に、大規模サービスのグロースに携わってきたので、そこで培った経験を活かし、成果を積み上げていければと思っています。この組織なら、ナンバーワンになっていく過程を楽しみながらモノづくりできると思います。
ただ、両者が見据えているのは数年のスパンの話だけではない。delyは2019年3月に、利用者数国内No.1の女性向けメディア「TRILL」運営のTRILL株式会社を連結子会社化。クラシルとTRILLのWeb・アプリあわせると、月間利用者数は3,500万を突破する。これを土台に、delyは「食」、ひいては暮らしの領域へ道をつなげていこうとしている。

大竹これは坪田さんにお声がけをした時にもお話しましたが、delyの射程に入っているのは「食」だけではありません。TRILLをはじめ、徐々に暮らしの領域全般をカバーできるようなサービスを作っていきたいと考えているんです。
坪田デジタル化が当たり前の世の中において、衣や食をはじめとするさまざまな領域で暮らしを豊かにするサービスを届け、人々にとって必要不可欠な存在になっていければと思っています。
坪田氏という心強いパートナーを迎えたdely。その土台として、大竹氏が築き上げてきた“技術者”が主体的に意志決定をする組織は、どこまでその価値を発揮していくのか。坪田氏のもと、次なるフェーズでは、どこまで遠くへ行くのか。期待は高まるばかりだ。
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こちらの記事は2019年07月01日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
フリーランスの編集者・ライター。株式会社CRAZYにてオウンドメディア「CRAZY MAGAZINE」を立ち上げ、編集長に就任。コーポレートブランディングの変革を目的に、自社の働く環境を発信したのち、2018年7月からフリーランスへ転身。現在は、HR領域・働き方・組織論のテーマを中心に、Web・広告・小冊子の制作から、オウンドメディアの支援等。
写真
藤田 慎一郎
編集者。大学卒業後、建築設計事務所、デザインコンサル会社の編集ディレクター / PMを経て、weavingを創業。デザイン領域の情報発信支援・メディア運営・コンサルティング・コンテンツ制作を通し、デザインとビジネスの距離を近づける編集に従事する。デザインビジネスマガジン「designing」編集長。inquire所属。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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