いま必要なのはスタートアップの「オープンソース化」だ。
DMM VENTURESが見据えるコミュニティの未来
国内スタートアップ市場の拡大に伴い、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルの投資額が増加し、支援手段も多様化の一途を辿っている。
昨年10月、日本最大級の非上場コングロマリットDMM.com Group(以下、DMM)も、ベンチャーコミュニティの活性化や若手起業家の早期チャレンジ促進を目的に、マイノリティ出資を行う100億円規模のファンド「DMM VENTURES」を発足した。
「起業家は、科学とエモーショナルを兼ね備える、矛盾した生き物であるべきだ」と語るのは、昨年10月より新CTOに就任し、本ファンドをテクノロジー面で支える松本勇気氏だ。同じくDMM VENTURESの中心人物であり、主にビジネス面からサポートするCOOの村中悠介氏とともに、マイノリティ出資に踏み切った理由や、スタートアップ市場に対して抱いている課題感と展望を明かしてもらった。
- TEXT BY HAYATE KAWAJIRI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
起業家は「矛盾した生き物」であるべき
「起業に必要なノウハウは世に出回っているはずですが、実践に活かせている人はまだまだ少数だと思います」
「グノシー」や「ニュースパス」等のアプリで知られる株式会社Gunosyで過去にCTOを務め、エンジェル投資家としても活動していた松本氏はこう語る。
DMMは昨年10月、同氏を新CTOとして迎え入れDMM VENTURESを発足すると同時に、全社を挙げて取り組む新ビジョン「DMM TECH VISION」を公開した。「当たり前をアップデートし続けよう」をテーマに、AGILITY(敏捷性)、SCIENTIFIC(科学的)、ATTRACTIVE(魅力的)、MOTIVATIVE(意欲的)の4軸で組織体制を強化していく。DMM VENTURESの設立も、新ビジョン実現に向けた施策のひとつだ。
同社がベンチャーキャピタル設立に踏み切ったのは、国内スタートアップ市場の現状に対する課題感からだった。
松本経営は「科学」だと思っていて。組織とユーザー、市場が複雑に絡み合う環境下で、データをもとに立てた事業モデルや仮説に基づいて施策を実行し、結果が出たら予測との差分から学びを得る──そのプロセスを繰り返していくことが基本です。
こうした「科学的」なアプローチが足りていない企業を、数多く見てきました。ユニットエコノミクスの考え方や資本政策、マネジメントに関する理論など、個別のノウハウは体系化が進んできていると思うのですが、それを学んで実践に活かせている起業家はまだまだ少ない。DMM VENTURESでの支援を通じて、僕たちが持っているノウハウを起業家に注入し、そうした溝を埋めていきたいんです。
しかし、科学的アプローチだけでは不十分だとも言う。起業家は「長期的なビジョンに基づくエモーショナルな感情」も兼ね備えておかねばならないと、松本氏は続ける。
松本「科学」するだけでなく、熱い気持ちを胸に秘め、中長期的スパンでビジョンを描くことも必要です。起業家は「科学」と「エモーショナル」を兼ね備える、矛盾した生き物であるべきだと思うんです。
一方で村中氏は、「目の前のチャンスを掴むために、一歩でも多く前に踏み出す意識を、もっと持つと良いのではないか」と語る。
村中なり振り構わず行動する姿勢を、日本のスタートアップはもっと持った方がいいかもしれません。以前、大学で講義をしたとき、海外の学生が恥ずかしさを微塵も感じさせないくらい次々と質問してくる姿を見て、「日本人には見られない性質だ」と感じました。日本にはシャイな方が多いですが、スタートアップの起業家はもっと厚かましくあってくれると嬉しいですね。
IPO以外のオプションがあってもいい。起業家の取りうる選択肢を広げる
IPOを目指す場合、限られた期間で資本戦略の策定や、ガバナンスの整備を行っていく必要がある。しかし企業によっては、5年、10年といった長期的なスパンで事業に取り組む戦略がベターなケースもあるだろう。
起業家が取れる選択肢の幅を広げるのも、DMM VENTURESが設立された理由だった。
村中バリエーションを上げていくためのプランに、IPO以外のオプションがあってもいい。会社を成長させるための道筋は、事業内容や起業家の意志を踏まえた上で考えていくべきこと。私たちは、起業家が成長プランを策定する際に、選択肢を提供したいと思ったんです。
松本エグジットプランとして、「DMM.comによるM&A」が用意されている点がDMM VENTURESの大きな特徴です。M&AによってDMMのエコシステムに加わることで、傘下にある40以上のサービス運営を通じて得たデータやマーケティングノウハウ、ネットワークを利用できるようになる。そうした資産を活用することで、独力の場合と比べてスピーディーにビジネスを展開できるケースも少なくないんです。
さらに、「安定的な事業基盤をもち、ビジネスとテクノロジー両面で長年ノウハウを蓄積してきたDMMだからこそ、長期的な視点に立って起業家を全面バックアップできる」と松本氏は語る。
松本技術支援だけではなく経営手法に到るまで、一歩ずつ足りないノウハウを埋めるサポートができるはず。予測し、実行する。そして結果を計測して、予測との差分を学習する──スタートアップを「科学」するプロセスを、投資先の企業へインストールすることにも取り組んでいければと思います。
審査時間は15分。ピッチでの悔しい経験が導いた「マイノリティ出資」
投資基準を「ジャンル・規模を問わず次世代を担う人材(「ヒト」への投資)」と公表しているように、投資の可否は事業内容だけでなく、起業家の人柄も注視しているという。
村中ビジネスプランが優れており、シェアを伸ばす余地が大きいことは、もちろん重要です。しかし何より、人柄や情熱が魅力的な“人”への投資を積極的に行っていきたい。事業が成長していく過程で課題を乗り越えていけそうか、周囲に「ついていきたい」と思ってもらえそうか、いかなるスタイルで決断を下すタイプか…そうした「人間性」の部分も重視しているんです。
できれば、素直で物事を吸収しやすい若者の方がいい。何度でも挑戦しやすいし、仮に失敗してしまっても、学びを得てその先で成功する確率が高いはずですから。
松本面接では、「事業を手がけている理由」「その人が手がける必然性」「成功に向けてやるべきこと」の3点が明確かどうかを、確かめることが多いです。
なかでも「成功に向けてやるべきこと」を適切に把握する能力は重要。若い起業家のなかには「プロモーションをブーストすればサービスが伸びるはず」と考える方も多いのではないでしょうか。ですが長期的な目線に立って考えると、ユーザー満足度をはじめとしたあらゆる観点で検討し、「事業が継続的に成長していくためには何が必要か」を見極められなくてはなりません。
投資先の企業は、シード期やアーリーステージのスタートアップが中心だ。書類審査を経て設けられる対面での審査時間の目安は、わずか“15分”。出資可否を即断するようになったのは、スタートアップに関連するカンファレンスでの経験が大きいという。
村中ICC(Industry Co-Creation)やIVS(Infinity Ventures Summit)といったカンファレンスには、以前から亀山(会長兼CEO)を含めDMMの役員数名で参加していました。ICCやIVSのピッチ時間は、およそ5分。このスピード感を参考に、DMM VENTURESではプレゼンから質問までの時間を15分から最大30分ほどに設定しました。内部の話し合いで「投資したい」と合意に達した際は、出資先へ即日連絡しています。
カンファレンスでの経験は、投資機関を設立するモチベーションの源泉でもあったと、村中氏は続ける。
村中起業家を応援していきたい気持ちがあっても、DMMには実行できる部門がなかった。「より若い人たちへ投資したい」いう想いだけが募ったまま、指をくわえてピッチを見ているしかなかったんです。
そうした状況から抜け出すため、挑戦したい有望な若者との接点を幅広くつくり、応援していける取り組みとして、新たにマイノリティ出資をはじめました。
情報はクローズドにしない。スタートアップの“オープンソース化“が必要
DMM VENTURESをスタートさせて数ヶ月経ったが、引き合いには伸び代を感じているという。
村中起業家からの問い合わせは、3ヶ月で約100件程度。単純にまだ知られていないだけかもしれませんが、これは想定していたよりもはるかに少ない。本質的に若い人をサポートしていくためにはどうすればいいのか、僕らもまだ模索している最中です。
今後はDMM VENTURESに限らず、社内の仕事を透明化し、DMMという会社の魅力を発信していこうと考えています。オウンドメディアや外部メディアを通じ、会社での取り組みや若い人でも活躍できる環境の魅力を伝えていくなかで、DMM VENTURESへの関心も高めていけると嬉しいですね。
さらに、「世界で戦えるプロダクトを生み出すための土壌をつくりたい」と語る村中氏の話は、教育にまで発展していった。
村中構想段階ですが、スタートアップで必要な知識や事業の仕組みを学んでもらうことで、「サラリーマン以外にも選択肢がある」と気づけるようになって欲しいんです。日本から世界で戦えるプロダクトを生み出すための下準備になるはずです。
松本氏は、今後のキーワードとして、「スタートアップコミュニティのオープンソース化」を挙げた。
松本ノウハウをクローズドにしようとは思っていません。オープンソースの世界観が共有されているエンジニアコミュニティのように、ノウハウをお互いに提供し合うことで日本のスタートアップコミュニティが前進していく未来を願っています。
一般的なベンチャーキャピタルの主目的は、投資先のIPOやM&Aを通してリターンを得ることである。対してDMM VENTURESが見据えている先は遥か遠く、自社や投資先に限らず、日本の未来を背負っているようにも感じた。
長期的な視点をもってスタートアップを全面バックアップできるDMMだからこそ、時勢に左右されず、“若い才能”たちとの伴走に注力できるのだろう。
「3年で世界基準のテックカンパニーになることを目指す」と宣言するDMMは、業界を牽引する存在となることを予感させる。DMMの挑戦は、まだはじまったばかりだ。
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こちらの記事は2019年02月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
川尻 疾風
ライター・編集者(モメンタム・ホース所属)。在学中に、メルマガ・生放送配信やプロデュース・マネジメント支援を経験。オウンドメディアやSNS運用などに携わったのち、現職へ。起業家やクリエイターといった同世代の才能と伴走する存在を目指す。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
デスクチェック
花井 智子
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