世界を変えたければ、「起業家」は「事業家」に進化せよ──起業家の脱皮を請け負うDMM村中・ベクトル長谷川両氏が明かす、急成長する事業創造の哲学
Sponsored資金調達、バックオフィスの整備、法務体制の確立……「全部任せて、事業に専念してほしい」。
DMM.com COOの村中悠介氏と、ベクトル 代表取締役社長の長谷川創氏。取材中に自然と事業の相談が始まるほど親しい二人は「事業家に提供する環境」を問われ、上記のように口をそろえた。
両社ともに40以上の新規事業を抱えるが、それを牽引してきたのが村中氏と長谷川氏だ。「子会社戦略」という表現は、今や陳腐に聞こえるかもしれない。しかし、その真の狙いは、事業創造の本質を突くものだった──。
- TEXT BY RYOTARO WASHIO
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「起業家」と「事業家」の違い──事業創造に最短距離で向かえるのは?
長谷川村中さんと私の社内での立ち位置には、かなり近い部分がある。事業規模は私たちが10分の1くらいだけど(笑)。すごく共感できる方だなと思って、尊敬しています。
「新時代の事業創造カンパニー」ともいえる、DMM.comとベクトル。両社で事業創造を牽引してきた二人に話を聞くと、共通点が多いと分かった。互いの信頼は厚く、インタビュー中にもかかわらず、自然と事業の相談が始まってしまうほどだ。
両氏は「事業創造」に対して熱く、強い想いを抱いている。それこそが、それぞれ40以上の新規事業を率い続けられているゆえんだろう。
そして、「起業家が必ずしも事業を創造できるとは限らない」と両氏は口を揃える。その真意を問うと、共通した思想がくっきりと表れた。
村中会社を立ち上げる人(起業家)と、事業を創造する人(事業家)は違います。起業家が、必ずしも事業家にはなれるとは限らないんです。
事業創造という目的に、あらゆる手段を講じて最短距離で向かっていける人こそが事業家だと思っています。人に頼れるポイントはとことん頼り、借りられるものはなんでも借りる。会社を興すだけなら誰でもできますが、事業を伸ばすにはまた別の素養が必要です。
長谷川私も同じ意見です。起業は一人でもできますが、事業創造には仲間が必要です。いろんな人を巻き込んで、いろんな人に頭を下げて、いろんな人と折衝していくことが必要なんです。
こうした経営哲学のもと、事業創造を続ける両社。「起業家が事業家になりやすい環境かな」と村中氏が語るDMM.com、「経営者を育成する装置として子会社を利用しているっていうのが、正しいかもしれない」と長谷川氏が語るベクトル、それぞれの魅力はどこにあるのだろうか。
40以上の事業部を擁する、toC事業の王者
DMM.comは、EC、メディア、教育、金融などのtoC領域を中心に、40を超える事業を展開している。「領域とわず、なんでもやる」を標榜する同社が、ここ数年の間に生み出した新規事業は主に以下の通りだ。
DMM.comが多数の事業を展開する理由を、村中氏は「たくさんの点を結びつけ、面をつくるため」と表現する。
村中多くの事業を展開していれば、ある事業が伸びなくても、他の事業でカバーできます。
長谷川私も、コロナ禍で見通しが不安定になり、事業ポートフォリオを分散させておくことの大切さを改めて認識しました。
村中また、領域を超えた連携も可能にしてくれます。他領域で培ったノウハウやアセットを、別の事業に転用できるんです。
転用した事例の一つが、インフラトップが提供する『DMM MARKETING CAMP』だ。インフラトップは2014年の創業以来、社会人向けプログラミングスクールを展開し、2018年にDMM.comグループへとジョインした。その後、インフラトップが構築してきた教室運営やカリキュラム作成のノウハウと、DMM.comが培ってきたマーケターの育成ノウハウを組み合わせ、『DMM MARKETING CAMP』が生み出されたのだ。
村中氏は、全事業の業績管理、事業部間の連携促進を一手に担う。順調に業績が伸びている事業には「口出しはしない」が、進捗が芳しくなければ細部のKPIをモニタリングして立て直しを図る。
DMM.comにおける事業創造の道筋はさまざまだ。たとえば、社内外問わず、起案者が事業部長に提案し、議論と承認を経てCxO陣に持ち込まれるパターンや、村中氏に事業案が直接持ち込まれるパターンがあるという。
村中事業を生み出すことには責任が伴います。DMM.comだけでなく、産業全体を良い方向に導いていかなければいけませんから。類似事業の成長率や利益構造、マーケットの規模や課題といった情報を、ありとあらゆる手段を用いてかき集め、慎重に判断しています。
昨今は、グループ化による事業立ち上げが増えているという。資金面がネックとなり、事業成長のスピードを上げきれないスタートアップが、IPO後と同等の資金調達環境を求めて相談に訪れることもあるそうだ。
村中これまで多数の事業を伸ばしてきたDMM.comの社内には、「1→10」「10→100」フェーズの事業推進を得意とするメンバーが揃っています。そうしたメンバーと起業家たちにタッグを組んでもらうことで、事業の芽をスピーディーに、大きく育てることが可能なんです。
「PR」の概念を拡張し、200以上の事業を立ち上げたベクトル
DMMが「toC事業の王者」ならば、ベクトルは「toB事業の王者」といえる。PR会社としてのイメージが強いが、PR事業の売上は全体の47%にとどまる。残り53%は、新規事業が生み出しているのだ。まさに今同社は「事業創造カンパニーに変容しつつある」といっても過言ではない。
ベクトルが擁する子会社の数は、41にのぼる。toB領域を中心に、200以上の新規事業を立ち上げてきた歴史を持つ。その200回にも及ぶ事業立ち上げの「成功と失敗のノウハウ」を糧にしながら、2018年まではPR領域、それ以降は「PR」の概念をD2CやAIにまで拡張してきた。外部リソースの活用やアライアンスによる事業創造にも積極的だ。
ベクトルが多数の事業を立ち上げるのは、「PRのデジタルトランスフォーメーションを加速させる」ためだ。
長谷川私たちはPR会社としては後発企業。創業した1993年は、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、いわゆる4マス広告の全盛期でした。当然、PRの主要領域も4マスで、老舗の大手PR会社がマーケットの主導権を握っており、後発としては苦戦を強いられましたね。
でも、インターネットの普及に伴って、デジタルという新しい領域が登場しました。「PRのデジタル化」に活路を早々に見出し、トップランナーとして牽引し続けてきたことで、事業を成長させられたと思っています。
現在、目指すのは「コミュニケーションのSPAカンパニー」だ。SPAとはファッション業界で誕生した「製造小売業」を指し、製品の企画、製造から販売までを社内で完結させるビジネスモデル。ユニクロが飛躍する鍵となったモデルだ。
これまでは、ニュースを発信し、第三者であるマスメディアに取り上げてもらえれば、十分話題を集めることができた。しかし、情報流通環境の変化により、企業が伝えたい情報を生活者に届けにくくなった昨今、旧来のようなやり方では話題を起こすのは難しい。情報流通の川上から川下まで、全てを一括して担うことが重要になった。
それゆえベクトルは、戦略立案からコンテンツ制作、そして情報と消費者との接点であるメディアまで、ターゲットに向けて個別化したコミュニケーションを図るべく、あらゆる手段を保有する「SPA企業」への変容を目指しているのだ。そして自社に不足している「手段」を補うその過程で、結果的に200以上もの事業を立ち上げてきたのである。
そんな新規事業に長けたベクトルの事業立ち上げを統括している長谷川氏は、大きな裁量権を与えることを基本方針に、業績をモニタリングしつつ、必要に応じて事業運営をサポートしているという。
長谷川私の主な仕事は、業績が落ち込んでしまっている経営者に伴走すること。親会社に頼らずとも改善のサイクルを回せる子会社の経営者もいて、そういう場合はそのまま勝手にやってもらう(笑)。私が使える時間も限られていますからね。
ベクトルにおける事業創造のプロセスは、主に3つある。まず、「リアルプレナー会議」。ベクトル本社の経営陣が、グループからの起業家・経営者育成と中長期的な成長を見据え、事業を考案していく。社内から担当者を起用し、責任者として事業を推進してもらう。
続いて、「Weekly BizDev会議」。子会社の主要PMやエンジニアが一同に介する会議で、日本国内だけではなく、欧米諸国の新サービスや市場動向に関する議論が俎上に乗せられる。それらのトピックからアイデアの種を見つけ、事業に昇華させる。
そして、社内外からの持ち込み。「グループの内外問わず、扉は常に開かれている」と長谷川氏。サービスのPRを依頼に訪れたスタートアップのことを気に入ったあまり、グループ入りを打診してしまったこともあるという。
長谷川Weekly BizDev会議での「進める」「進めない」の最終判断は私がしており、「進める」となれば、責任を持って会長や役員会を巻き込んで説明し、承認をもらいます。でも、事業内容に口を出すことはほとんどありません。会議でメンバーの議論を聞きながら、「やった方が良さそうだな」と判断できたら、立ち上げにかかるコストだけ聞いて、「じゃあ、GOで」と。聞くのは「いくらかかるのか?」「回収期間はどのぐらいか?」だけです(笑)。
村中ベクトルの事業展開を見ていると、DMM.comは一貫性が欠けていると気付かされますね(笑)。toB領域で事業を展開してきたベクトルの強みは、事業間の親和性の高さでしょう。グループ内の既存事業と相性の良い新規事業を立ち上げることで、相乗効果を生んでいるのだと思います。
「プロダクトに専念できる」環境構築に専念
DMM.comとベクトルが間断なく事業創出を続けられる大きな要因として、事業運営に集中してもらうための、バックオフィス業務の支援体制がある。
村中財務、法務、経理、総務といったバックオフィスは、継続的に事業を伸ばしていくためには欠かせない要素。でも、事業家の本来の役割は、プロダクトやサービスを磨き込み、拡大させることです。バックオフィス業務は親会社で巻き取り、事業づくりに最大限の時間を使ってもらいたいんです。
「自分たちの力だけでやる」といったこだわりを捨て、使えるものはすべて使って事業成長にコミットする。それが、事業家のあるべき姿だと思います。
長谷川資金繰りに追われてしまうのも、もったいないですよね。銀行から融資をしてもらうための事業計画書づくりに時間をかけるくらいなら、ベクトルが貸付を行う、と。
スピード感を損なわないよう、場合によっては、子会社独自のルールでバックオフィス業務を遂行させることもあるという。あくまでも目的は、事業拡大のスピードを上げること。「いつでもバックアップできる体制は整えているが、明確なルールは定めておらず、臨機応変に対応を決めている」と村中氏は付け加えた。
また、フラットで風通しの良い企業カルチャーも、両社の共通点だ。
長谷川DMM.comとベクトルで、事業づくりに関する意見交換会を定期開催しているのですが、メンバーの雰囲気が似ていたんです。役職や年齢に関係なく、意見をぶつけ合える環境が、活発な議論や、既存の枠にとらわれない自由な発想を生んでいるのではないでしょうか。
ベクトルは、事業家をモチベートするための制度設計にも力を入れている。子会社が上場を目指すことを容認しているのに加え、上場を目指さない子会社には「グループ内ストックオプション制度」を設けているという。企業価値を評価し、潜在株式の数%を子会社代表に分け与える。与えられた株式の用途は限定されないため、代表が専有することも、ボードメンバーや従業員に配布することも可能だ。
設計時に設定した業績条件を達成したのちに、企業価値を再評価。評価額に応じた株式を、親会社であるベクトルが全て買い取ることで、株式の保有者は、購入時と売却時の差額を利益として享受する。バリュエーションは外部の企業に委託し、客観的に評価を下しているという。すべての子会社の従業員に、大きな金銭的インセンティブを得るチャンスが与えられているのだ。
目指すは事業家たちの“かかりつけ医”
新規事業プラットフォーム企業として、数多くの事業を生み出してきたDMM.comとベクトル。今後の課題を聞くと、両氏は共に「人」だと答えた。
村中これまではIT畑の出身者を多く採用してきましたが、今後は銀行や商社など、私たちが採用してこなかった層へのアプローチを強めていきます。業界を問わずに優秀な人を採用し、まだ進出できていない領域での事業づくりに邁進していきたいですね。
長谷川コミュニケーションのSPA企業になるために、テクノロジーの力は必須です。もちろん、エンジニアリングのスキルがあるだけでは新たな事業は生み出せないので、テクノロジーへの理解があり、BizDevの経験もあるような人であれば、願ったり叶ったりですね。
新型コロナウイルス感染症の影響もあり、これから社会は大きく変化していくでしょう。事業の勝ち筋も変わっていくはずなので、その兆しをスピーディーに捉え、事業を生み出していける人が必要です。時代の一歩先を行く事業家に仲間になってもらいたいですね。
求める事業家像として、両者が共通して挙げるのは、人を巻き込む力を持つこと。そして、そのベースは、自身の力量を客観的に把握できる能力だという。
長谷川若くして子会社の社長になった人が、「自分の力だけで成果を出せている」と錯覚することがたまにあるんですよね。それを見たときは「自分の価値」のB/Sを書いてもらいます。「あなたの資産の中にはベクトルという会社の看板も含まれるし、そもそもベクトルからもお金を借りていますよね」と話をします。
すると、「あれ?自社のバリュエーションに占める自分自身の価値って、たったこれだけ?」と再認識する人が大半です。自分の資産と負債を、しっかりと把握できなければいけません。
村中おっしゃる通りですね。事業家である以上、人を巻き込む力はとても重要です。そのために、客観的に自分の「足りなさ」を知ることが大切。至らなさを謙虚に認め、人を頼れなければ、大きな事業はつくれません。
また、村中氏は事業面でも資金面でも、悩みがあればDMM.comに相談に来てほしいと起業家たちに呼びかける。
村中ラフに来てもらって、構いませんよ。壁打ち相手が欲しければ、お供します。ディスカッションを通して解決策が見つかるかもしれないですし、場合によってはお金を出すことも考えます。あ、でも私がtoB事業を立ち上げるなら、まずはベクトルへ相談に行こうかな(笑)。
長谷川もちろん歓迎です。起業家たちは常に時代の最先端を走っている。そのアイデアを聞くことで、私たちにもメリットがありますし、私たちからはこれまでの新規事業の経験から、起業家のみなさんが持っていない視点でのアドバイスができると思います。
安心してください、アイデアを盗んだりなんてしませんから(笑)。もし、アイデアが被っていたら、「ベクトルとしてもこんなことを考えていたのだけれど……」と正直にお話しします。一緒にディスカッションしたり、提携したりできるといいですよね。いずれにせよ、たくさんの起業家たちにふらっと遊びに来てもらい、お互いを高め合っていきたいです。
新規事業を多数生み出すプラットフォームであるDMM.comとベクトル。両者に共通するバックオフィス業務のサポート体制の裏にあるのは、「事業によって社会を変える」という経営哲学、そして事業家への尊敬と期待だ。
社会を変えるために、必ずしも“起業家”になる必要はない。事業家の道も、あるのだ。
こちらの記事は2020年08月17日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
鷲尾 諒太郎
1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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