BPaaSの仕組みを知らずして、SaaSの進化は語れない──ChatworkのCEO・COOが語る、ビジネスチャット×PLG×BPaaSという戦略の結節点とは

登壇者
山本 正喜

電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中に兄と共に、EC studio(現 株式会社kubell)を2000年に創業。以来、CTOとして多数のサービス開発に携わり、Chatworkを開発。2011年3月にクラウド型ビジネスチャット「Chatwork」の提供開始。2018年6月、代表取締役CEOに就任。

福田 升二

2004年伊藤忠商事株式会社に入社。インターネット関連の新規事業開発・投資業務に携わる。2013年に株式会社エス・エム・エスに入社。介護事業者向け経営支援サービス「カイポケ」や介護職向け求人・転職情報サービス「カイゴジョブ」などを中心とする介護領域全体を統括する。2018年に同社執行役員に就任。2020年4月よりChatwork株式会社(現 株式会社kubell)に入社し、2020年7月に執行役員CSO兼ビジネス本部長に就いた後、2022年4月に取締役COOに就任。

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国内最大級のビジネスチャットサービスを事業の主軸に据え、ビジネスチャットというコミュニケーションプラットフォームにSaaSを連携する構想を基盤として中小企業のDX推進に取り組んできたChatwork。着実に重ねてきた事業成長の裏側には、中小企業にフォーカスするからこそたどり着いたProduct-Led Growth(以下、PLG)の概念に基づくサービス展開の成功や、その提供を通じて知った中小企業とSaaSの間に立ちはだかる課題など、さまざまな気付きがあった。

そして2023年、同社はPLGに加え、BPaaS(Business Process as a Service)を戦略の主軸として掲げ、さらなる事業成長に向けた新たな道を歩み始めた。ソフトウェアの提供(SaaS)だけでなく、業務プロセスそのものを提供するBPaaSへ。大きく舵を切った経営判断は、中小企業の本質的な課題解決に真摯に向き合ったからこそ導き出されたものだという。ビジネスチャット領域をリードしてきた中で、なぜ今BPaaSに挑むのか。中小企業のDX推進を阻む壁と、同社の持つ事業の強みの結節点とは。

2023年2月25日~26日に行われた「FastGrow conference 2023」のセッションの1つである「SaaSの未来・新潮流『Product-Led Growth』×『BPaaS』とは?」では、同社の代表取締役CEOである山本正喜氏と取締役COO福田升二氏が登壇し、打ち出された新戦略の背景と今後の展望について語った。

  • TEXT BY YUKI YADORIGI
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SaaS市場は本当に“冬の時代”を迎えたのか?

2004年設立以降、Chatworkはビジネスチャット『Chatwork』の提供(2011年サービス開始)と、その周辺サービスを展開することで成長を続けてきた。企業間のコミュニケーションに用いられる電話やメールに代わる手段としてビジネスチャットを提案し、従業員が創造性を発揮しながら楽しく働ける環境づくりに貢献する。この基本的な事業の考え方は、創業当初から変わらない。そして同社の描く未来像は、コロナ禍や働き方改革といった時流の追い風を受けたことも相まって、業種・業界を問わず中小企業を中心としたビジネスシーンに波及していった。

2021年に発表された同社の中期経営計画では、2024年までに中小企業向けビジネスチャット市場でのシェアNo.1、40%達成を目指し、投資スピードを最大限に加速するという目標が掲げられている。翌2022年に発表された株式会社ミナジン(以下、ミナジン社)のM&Aは、まさにその姿勢を象徴するニュースだった。

しかし、同年の米国の金利上昇を受けてSaaS業界に垂れ込んだ暗雲は、国内市場にも大きな衝撃を与えている。国内におけるSaaS黎明期を開拓したといっても過言ではないChatworkは、この現状をどのように捉えているのか。イベントの序盤、山本氏と福田氏はSaaS業界の現状を踏まえ、新戦略を打ち出した真意について語った。

山本SaaSは収益面での安定性が高く、非常に美しいビジネスモデルだと考えています。一方で、その安定したビジネスモデルのもとで積み上げられる売り上げに対しては、これまで過度な期待が寄せられてきたのも事実です。米国の金利上昇をきっかけに市場評価が一転したことを受け、SaaS業界は現在“冬の時代”にあると語られています。しかし、一般的なIT企業と比較すれば、SaaS企業の株価は依然として高い傾向にあり、私たちはSaaS業界全体がそれほど過酷な状況に陥ったとは捉えていません。

福田SaaS業界に逆風が吹いているというよりは、今までの追い風が強すぎたというほうが正しいかもしれません。資金調達の環境が以前に比べて厳しくなったのは確かですが、むしろ以前が良すぎたので、普通に戻っただけという印象を持っています。

山本私たちが本年2月に発表した新戦略も、決してこうしたSaaS市場の変化を受けて打ち出したものではありません。

長期ビジョンに「ビジネス版スーパーアプリ」というキーワードを掲げ、ビジネスチャットから端を発し、あらゆるビジネスの起点となるプラットフォームを構築することを目指して私たちは歩んでいました。その方針に変わりはなく、今回発表した戦略は、ビジョン達成に至る道のりの解像度をより高めたものと表したほうが適切かもしれません。

私たちがこれまでビジネスチャット事業を展開する中で見えてきた中小企業の現状や課題、そして提供すべき価値について再考した結果たどり着いたのが、BPaaSという概念です。

登壇中の様子(山本氏)

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中小企業のDXに直面してたどり着いたBPaaSという答え

BPaaSとは、Business Process as a Serviceの略称である。SaaSにおける“ソフトウェア”が“ビジネス・プロセス”に置き換わっていることからわかるように、業務プロセスそのものを提供するクラウドサービスを指す。ChatworkがこのBPaaSに注目したきっかけは、中小企業に対するSaaSの提案には限界があると気付いたことだった。

山本ビジネスチャットの普及率は現状約18.1%(*)と言われています。この数値は、イノベーションが先進層から一般層へと波及する際の壁と言われる“キャズム”の基準値を超えたことを表しており、ビジネスチャットがマジョリティに利用されるフェーズに到達したことを示唆するものです。実際、『Chatwork』というプロダクトをご利用いただいているお客様は介護・製造など業界としても幅広く、利用者層がIT業界に限られているわけではありません。

こうしたお客様方のDX推進に役立つよう、私たちはビジネスチャットとSaaSの連携についてお客様にご提案を続けてきました。しかし、先に挙げたようなマジョリティ層のお客様は、そもそも複数のSaaSを利用すること自体に慣れていません。多様なSaaSを連携することで、『Chatwork』というプロダクトをビジネスの起点となるプラットフォーム化するという構想は、思うように定着しませんでした。その学びから、私たちはSaaS連携よりもさらに踏み込み、業務プロセスそのものを巻き取るほうがマジョリティ層のDXには適していると考えました。これが、BPaaSに取り組む理由です。

(*) Chatwork依頼による第三者機関調べ、2022年9月調査、n=30,000

同社が提供するBPaaSの構想は、ユーザーにとって極めてシンプルで使いやすいものだ。まず、ユーザーは『Chatwork』というプロダクトを経由し、さまざまな業務を依頼できる。その依頼を受けたオペレーターは、各業務に適したSaaS利用を代行したり、税理士や社労士といった専門職の方々とコミュニケーションを取ったりして、依頼された業務を遂行する。

山本このサービスは、単なる労働集約的な価値を提供しているわけではありません。私たちは代行業務を型化・自動化することに注力し、より高い価値と収益を生み出すことができると考えています。ビジネスチャットを起点として、スタートアップのような先進的な働き方をマジョリティマーケットに届けることが、私たちがBPaaSを通じて実現したい未来です。

登壇中の様子(山本氏)

福田BPaaSという概念は、お客様となる中小企業のDXについて考えたからこそたどり着いた答えです。というのも、ほとんどの中小企業は、そもそも本質的なDXの意味や、経営課題を解決するためにDXに取り組むことが重要であることをそれほど認識していません。昨年中小企業基盤整備機構から出された「中小企業のDX推進に関する調査」でも、DXの具体的な取り組みや検討内容は何かと問われた際に、ホームページの作成と答えた企業が50%近くに達するなど、DXに対する意識が大きくずれているのが現状だと思います。そういったお客様に対して、私たちが何をすべきか改めて考えたとき、業務プロセスそのものを担うことが最適解だと考えました。

ちなみにBPaaS提供に挑戦するのは、私たちが国内初というわけではありません。先行事例を挙げると、外資系の大手コンサルティング・ファームがBPaaSという言葉を掲げてビジネスを展開し、エンタープライズ(大企業や公的機関など)に対して同様の価値を提供することに成功しています。ただし、彼らはコンサルティング起点のサービスを提供しているので、中小企業にとってはハードルの高い価格帯であったことは補足が必要です。

山本ITリテラシーの高いアーリーアダプターに対しては、これまでと変わらず直接SaaSを提案し、マジョリティに対しては新たにBPaaSを提供する。この2つのアドバイザリーサービスを確立することで、お客様の状況やニーズに応じたハイブリッドな価値提供を目指していきたいです。SaaSとBPaaSがビジネスチャット上にあり、用途に応じて使い分けられるようになることが、先に述べた私たちの長期ビジョンである「ビジネス版スーパーアプリ」の実現につながっていくでしょう。

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非効率が蓄積されたマジョリティマーケットに適した、PLGの考え方

Chatworkは中小企業にフォーカスした事業展開を続けている。エンタープライズへの価値提供で成長に弾みをつけようとするSaaS企業が多いなか、これだけ中小企業にこだわる姿勢は特異であるようにも感じられる。

なぜ同社は中小企業向けのサービスを展開し続けるのか。山本氏はその理由として、マーケット効率の悪さをカバーできるサービスと強みを自社が持っていることを挙げる。

山本 多くのSaaS企業やコンサルティング・ファームは、エンタープライズを対象としてサービスを展開します。それはビジネスとしては自然な考え方です。というのも、中小企業は数こそ多いものの一社あたりの規模が小さいため、マーケット効率が悪いのです。つまり、中小企業はある種「見捨てられたマーケット」とも言い替えられます。このマーケットに対し、ビジネスチャットというコミュニケーションツールを介して効率的にアプローチできることこそ、私たちの市場優位性につながっています。

私たちは無料で『Chatwork』というプロダクトを提供してユーザーを獲得したうえで、その利用率を分析しています。そして、フリーユーザーの中から利用率が高いユーザーを抽出し、対象を絞って活用方法の提案などを行うことで、有料ユーザー獲得と継続利用の促進を効率的に進めてきました。

登壇中の様子(福田氏)

こうしたアプローチは、いわゆる「Product-Led Growth(PLG)」そして「フリーミアム」と呼ばれる戦略に則ったものだ。PLGとは、営業・マーケティングの機能をプロダクトに内包するビジネスモデルを指す。セールスがアポイントを取って受注を重ね、より多くのライセンス獲得をめざす「Sales-Led Growth(SLG)」とは対極にあり、中小企業をターゲットとするサービス提供においては必然とも言える考え方だと山本氏は語る。

そしてこのPLGと人的なセールス活動を組み合わせることで、同社は中小企業という非効率なマーケットに対して適切なコミュニケーションを取ることに成功してきた。さらに、ビジネスチャットという価値を提供しているからこそ、このマーケティングに加えてネットワーク効果を発揮できる強みを持つ。

福田 『Chatwork』というプロダクトは、取引先から指定されて導入されることの多いツールです。例えば税理士や社労士といった士業のユーザーも多く、企業にとって欠かせないパートナーである専門職の方々からの紹介がきっかけで『Chatwork』というプロダクトを利用し始める中小企業が少なくありません。

たとえ日ごろから使っている電話やメールに対して強い危機感や疑問を抱いていなかったとしても、取引におけるコミュニケーションを通じて利用してもらえる。この導入ハードルの低さが、マジョリティマーケットと対峙するうえで極めて効果的です。

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3つの要素を掛け合わせた新戦略が描く未来

ビジネスチャットが持つ価値、PLGに基づいたマーケット戦略、そしてBPaaSという新たな方針。この3つの要素を掛け合わせた先に同社が描くのは、中小企業が抱えるDXへの課題を一網打尽に解決する未来だ。

山本私たちが描く戦略は、他社と比較して極めてユニークなものだと思います。PLGに基づいた効率的な営業を仕掛け、ビジネスチャットというコミュニケーションツールを基盤としたBPaaS事業を展開していく。この構想は中小企業のDXに対して本質的な解決策を提案するものであり、競合他社不在の市場で日本国内の労働生産性を高めるという課題に集中できる魅力的なものだと考えています。

日本企業の労働生産性が低いという課題はほうぼうで耳にするものですが、実際のデータを見てみると、大企業の労働生産性はここ数年で向上しています。一方で、中小企業の労働生産性は過去30~40年間で横ばい状態。つまり、日本企業の労働生産性の問題の本質は、中小企業のDX推進にあるとも考えられるのです。この課題に対し、私たちは彼らの生産性を劇的に高めるサービスと、そこにアクセスできるチャネルを持っています。さらにBPaaSを取り入れることで、私たちは中小企業のDXに対する最適解を提供できると考えています。

例えば、バックオフィスはその効果を大きく感じられる領域だと思います。複数事業を有する大企業の場合は、バックオフィス機能を一括して担うケースが多く、各事業部・子会社は事業に集中できる環境があります。一方、中小企業は各社の担当者がさまざまな業務やニーズに対応しなければならず、非効率的です。

社労士レベルの知識とDXコンサルタントのスキルをあわせ持つようなマルチな人材は、そう多くありません。BPaaSは、そういった課題を持つ中小企業に対してこそ効果を発揮するものです。『Chatwork』というプロダクトが、中小企業全体のバックオフィス機能を集約するプラットフォームになれば、中小企業各社が事業に集中できる環境を提供することにも貢献できるはずです。

クラウド型就業管理及び人事評価システムの企画・販売、並びに給与計算等の労務アウトソーシングなど、人事労務領域の事業を展開してきたミナジン社をグループ会社化したことは、こうした戦略を実現するための一歩だった。

山本ミナジン社のグループ会社化によって、私たちはまず人事労務領域におけるBPaaSの確立を実現しました。今後はさらに採用、マーケティング、コーポレートサイトの運営代行など、さまざまな領域でBPaaSを展開していく予定ですが、これらを包括したTAMは極めて大きいと考えています。

福田ミナジン社はもともと私たちと同じ世界観を描いていた背景があります。彼らも私たちと同様、中小企業のDX推進に対してどのようなソリューションを提供するべきか考え、BPaaSという答えにたどり着いていました。一方で、それを実現できる、つまり中小企業に幅広くアプローチできるプラットフォームは、業界を見渡してもなかなか存在しません。そのため、『Chatwork』というプロダクトと連携し、BPaaSを展開していくという構想を話したときは、この大きなマーケットに手を取り合って挑戦していこうという想いを共有することができ、互いに意気投合しました。

登壇中の様子(福田氏)

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中小企業のDXを停滞させる本質的な課題を解決するために

Chatworkが掲げるミッションは、「働くをもっと楽しく、創造的に」だ。テクノロジーの発展やDXという概念の浸透によって、創造性を発揮しながら人々が活躍できる職場づくりへの関心は高まっているようにも感じられるが、その実現が叶っているのは、ほんの一部の大企業やリテラシーの高いIT業界にとどまっている。

国内市場の大多数を占める中小企業が、いまだ前時代的な働き方を続ける現状に、山本氏と福田氏はビジネスチャットの提供を通じて真摯に向き合ってきた。

山本中小企業のDX推進が停滞する要因として、ITリテラシーの低さが課題だとよく言われますが、より深刻なのは一種の“アレルギー”だと感じています。コロナ禍においても、表面上は在宅ワークを推奨しつつも、結局は出社を余儀なくされていた従業員の姿は少なくありませんでした。

IT企業から見ればSaaS活用やDX推進はすでに一般化しているように感じるかもしれませんが、中小企業ではいまだ電話やメールのコミュニケーションが主流ですし、FAXや紙の書類といった手段もまだまだ現役です。昨今のテクノロジーによって生産性が劇的に向上しているという印象は、ITに詳しいごく一部の人たちが作り上げたものにすぎません。

そんな現実を振り返ったうえで、ビジネスチャットという手段は一種の“アレルギー”を持つ中小企業であっても無理なく導入し得る、DXの一歩という捉え方ができます。例えばCRMも会計ソフトも難しい、よくわからないと感じる企業にとっては、チャットで相談すれば誰かが代わりにやってくれるBPaaSはじつに受け入れやすいものなのではないでしょうか。

登壇中の様子(福田氏)

福田よく『Chatwork』というプロダクトを、海外企業のビジネスチャットツールと比較する方もいるのですが、私たちの真の競合は電話やFAX、個人利用のLINEやFacebook Messengerだと考えています。それらをコミュニケーションの基盤とすることに違和感を持たない、あるいはDX推進の必然性を感じていないお客様に対し、いかに抵抗感なくDXへ踏み出してもらえるかが、中小企業と向き合っていくうえで重要なポイントです。

その点、取引先とのコミュニケーションの一環として自然に普及が広がるモデルを持つ『Chatwork』というプロダクトは、他と比べて圧倒的な優位性を持ちます。そこにBPaaSというDX推進の手段を組み合わせる新方針を打ち出したことで、私たちは改めて事業の勝ち筋を見出せたと思います。

あえて困難を伴うマジョリティ市場に挑むことを選んだ同社だからこそ導き出した、「BPaaS」という答え。その背景には、中小企業の本質的な課題に向き合い、プラットフォーマーとして提供し得る価値を追求し続けてきた道のりがある。

自身がパイオニアであるビジネスチャットという手段、PLGに基づいた効率的なマーケティング・セールスモデル、そして新戦略であるBPaaSという3つの強みを掛け合わせるからこそ、競合不在のマジョリティ市場への新たな道が拓けた。中小企業のDX推進に放たれるBPaaSという矢は、今後の中小企業の経営に根本的な変化をもたらし、一人ひとりの従業員が創造的に働ける環境づくりにも大きな影響を与えていくだろう。

こちらの記事は2023年03月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

宿木 雪樹

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