「成功したい」と叫ぶより、「提供価値」を積み上げろ!──30歳で『Yahoo!トラベル』の事業責任者に抜擢された一休・平氏が気づいた、「成長志向の20代」に欠けている視点
Zホールディングスの注力分野である『Yahoo!トラベル』を、ヤフーの子会社である一休の若手メンバーが牽引している。
その話を聞き、FastGrowは、事業責任者である、一休の平玄太氏のもとを訪れた。同氏は一休に新卒入社後、宿泊事業部のセールスとしてキャリアを積み、20代で営業企画部を立ち上げ、部長に就任。2021年の春、30歳にして『Yahoo!トラベル』の事業責任者に抜擢された。
『Yahoo!トラベル』は、20年近くの実績があり、認知度も高いサービスだ。ホールディングス内でも期待を寄せられるこの事業を牽引することになった平氏のキャリア論には、若くして成功を収めるためのヒントが隠されているはずだ。
だが、同氏に取材を申し込むと──。
- TEXT BY RIKA FUJIWARA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
そもそも、自分の成功を目的化していない
「いやぁ、成功ですか……難しいですね」
今回のインタビュー企画の趣旨を伝えた時、平氏から真っ先に出た言葉だ。若くしてZホールディングスの注力分野とも言える事業を牽引する立場ながら、自己顕示欲を感じない。「むしろ、失敗だらけでしたね」と、振り返る。
謙虚な姿勢を見せる平氏だが、現在は榊氏とともにヤフーに出向し、『Yahoo!トラベル』の責任者として100人の部下を率いる凄腕のビジネスパーソンだ。同サービスは、2021年春、事業競争力向上のために一休との連携を強化した。ヤフーと一休は、2016年に経営統合をしたものの、マーケティング施策は両社それぞれで立案・実行していた。地域に根ざしてより効率的なマッチングを行うため、ヤフーの「集客力」と一休が創業以来注力してきた「ユーザービリティ」、双方の強みを生かした事業展開を模索している。
日本から世界をリードすることを目指すZホールディングス。その注力事業の責任者に、平氏は30歳で抜擢された。若くしてビジネスのフィールドで活躍したいと願うビジネスパーソンにとっては、「理想的に成功したキャリア」とも言えるだろう。
だが、同氏は「そもそも、自分の成功を目的にしていない」と語る。目の前の小さな変化に飛び込み続けた結果、気がついたら大きな渦に巻き込まれていったのだ、と。
「昔から自分の成功や自己成長には、関心がなかったのか」と問いかけると、「以前はそんなことはなかったんですよ」と微笑んだ。かつては「自己成長」を第一に考えていた時期もあったそうだ。ここで平氏は、自身の生い立ちを振り返る。
平氏は、福島で生まれ育った。もともと実家は米穀店を経営していたが、規制緩和によってスーパーでも米を購入できるようになり、少しずつ衰退していく。変化に対応し、自立をしなければ、生き残ることができないと強く実感した。
平実家の影響もあり、「経済的に自立することは、決して簡単ではない」という意識がありました。「どんな環境にいても、成果を残して、最低限の生活を営める力」を身につけようと決めたんです。
大学に進学し、就職活動の時期を迎えてもその意思は変わらなかった。漠然とインターネットビジネスに関心を持つ中で出会ったのが、一休だ。当初は、志望度はそこまで高くなかったものの、リサーチを深める中で印象が180度変わっていった。
平社員数が100名前後と少ないながら取扱高、売上ともに130%成長を続けていて、「一体どんなビジネスを展開しているんだろう」と興味をそそられていったんです。
面接を重ねていく中で、裁量の大きさと、メンバーの熱量に惹かれていきました。「新卒ではあるもののじっくり育てるのではなく、即戦力として、どんどん現場経験を積んでもらう」と言われたんです。育成に半年ほどの時間をかける企業も少なくない中で、一休は入社1カ月程度でフィールドに出て仕事ができる、と。企業にぶら下がるのではなく、ビジネスパーソンとして自立できる実力を身につけたいと考えていた私にとっては、願ってもいない環境でした。
また、一休の人たちは、心から仕事が好きな人が多い。面接で出会う一人ひとりが事業の魅力を自分の言葉で語っていて、面接を受けたどんなベンチャーの人々よりも当事者意識を持ち、とても楽しそうに働いている様子が伝わってきました。「自分がやりたい」と手を挙げれば、年次関係なくどんどん任せてもらえるからこそ、生き生きしているのだと感じましたね。
プレッシャーがあり、程よく自分を追い込みながらも楽しく働けそうだと感じ、一休への入社を決めました。
「アンチユーザーファーストなことはしない」
信念を支えたのは、仲間の存在
入社後は、宿泊事業部のセールスとして配属された平氏。新規掲載を希望する宿泊施設に訪問してサイトの掲載につなげたほか、既存クライアントの課題を分析して送客を増やす施策立案も実行していった。
早い段階で、セールスとしての経験を多く積めたが、葛藤もあった。ユーザー体験と、クライアントの要望バランスだ。時には、クライアントである宿泊施設の要望とユーザービリティが相反することもあった。
平宿泊施設からは、「新しいプランを作ったのでガンガン宣伝してください」「メルマガをもっとたくさん送って欲しい」といったオーダーが来ます。本当にユーザーのためになるのかを咀嚼して、折り合いをつかなければいけなく、当初は苦戦をしました。
一方的な宣伝をしてしまうと、ユーザーの体験を毀損してしまいます。けれど、クライアントの要望には応えたい。いっそのこと、言われた全てのクライアントの要望を受け入れてしまった方が、満足度アップにつながるのではないか、と短絡的に考えたこともありました。
セールスは、ユーザーの声には頻繁に触れないものの、クライアントである宿泊施設とは毎週のように顔を合わせる。それゆえ「クライアントファーストになってしまうのは仕方がない」と平氏は言う。板ばさみとも言える状況に陥ったものの、一休のカルチャーである“ユーザーファースト”との両立を決してあきらめなかった。
平完璧なユーザーファーストは難しくても、せめて「アンチユーザーファースト」なことはしないと決めたんです。
「アンチユーザーファーストなことはしない」。この信念は、「ユーザーからの支持の獲得」という恩恵をクライアントにもたらすことになる。
平氏が、ある高級ホテルのクライアントを担当していた時のことだ。そのホテルは、熾烈な争いをしていた競合のホテルに予約数や売上が追いつけずに苦戦していた。クライアントからは競合に打ち勝つために、「もっとたくさんメルマガを送ってほしい」といったような、販売施策の強化が求められた。だが、ここで平氏は、販売施策の強化ではなく「ユーザーの理解」に徹することを決めたのだ。
平サイトに貯まったデータを分析しながら、「なぜユーザーは、競合のホテルに予約をするのか?」「どんな商品を、いつ、どのように予約をするのか?」と、仮説を立てていきました。ユーザーの心理や行動が明確になると、次第に競合のホテルとの差が見え、刺さるアプローチの仕方が見えてきたんです。データをもとに、ユーザーに喜ばれるプランやアプローチを一つひとつ提案し、実行したところ、競合のホテルよりも高い成長を実現。遠く及ばなかった予約数も、肩を並べるレベルまで増えていきました。
クライアントに言われたとおりに、闇雲にプロモーションをするのではなく、ユーザーの気持ちや行動に沿って販売していくことが、クライアントにとってもベストな結果をもたらすのだと痛感しました。
前述のホテルは、平氏の姿勢が功奏した事例だ。だが、「アンチユーザーファーストなことをしない」という信念を貫くにあたり、様々なクライアントから反発の声が上がるなど、想像以上の痛みを伴った。時にクライアントの要望に「No」を突きつける場面もあるため、宿泊施設と良い関係が築けなくなり、心が折れそうになることもあった。そんなとき、救いとなったのが、仲間の存在だった。
平正直……想いが受け入れられずに辛い思いをしたこともありました。そのような状況でも、意思を貫徹できたのは、社長である榊や、事業責任者の存在が大きかったですね。
彼らとコミュニケーションを取り「どのような思いで『一休.com』を運営しているのか」「長期的にユーザーに愛されるサービスとはどういうものか」を理解していきました。私自身も、ユーザーファーストにかける思いには非常に共感していましたし、ポリシーに反する行動はとれないな、(クライアントにも)想いを込めて伝え続ければいつかきっと伝わる、と奮い立たされましたね。
成長が頭打ちだったんじゃない。チャンスが見えていなかったんだ
クライアントからの信頼と実績を積み上げていった平氏だが、4年目を迎えるころ、頭には「転職」の二文字がよぎる。セールスとしての業務を一通りやりきり、「このまま一休にいても、成長は頭打ちなのではないか」と考えるようになった。
平『一休.com』は、顧客基盤ができているうえ、顧客とユーザーがサイト上でマッチングするビジネスモデル。そのため、セールスが自分の介在価値に気づきにくいんです。自分が休んでいる間にも予約はどんどん入っていきますし、売上げも上がっていきます。
もともと、「どんな環境にいても自力で稼いでいける力を身に付けたい」という思いがありました。自分の成果によって会社の業績にダイレクトなインパクトを与えられるようなシビアな環境に身を置いたほうが、成長できるのではないかと考えたんです。
一休に対して不満があったわけではない。体が二つあれば、両方の道を選びたかったと、当時を振り返る平氏。自身の将来を考え、断腸の思いで転職活動を始め、内定をもらった。
内定先の企業のオファーレターにサインをし、一休に退職を報告。ここで、ふと我に返る。本当に転職をしていいのだろうか、と。
平転職活動をしていたときは、「転職をしなければ自分に成長はない」と切羽詰まっていたんです。しかし、冷静になって周囲を見渡してみたら、チャンスが転がっていることに気づきました。
ちょうどヤフーグループへの参画も決まったタイミングで、経営体制もメンバーも大きく変わっていた。経営統合により、グループ内に同じ領域で事業展開をする『Yahoo!トラベル』が加わったことによる、変化の兆しがあったんですね。このような、他の会社ではなかなか経験できないチャンスを逃して、転職してしまってもいいのだろうか、と思いました。
自分の成長に囚われるあまり、目の前のポジティブな変化を見落としていたことに気づいたんです。
「一休に残ろう」と決意し、夜中の0時にCHROの植村氏(執行役員 CHRO 植村弘子氏)に電話。残留の意思を伝えた。非難も覚悟の上だったが、植村氏は歓迎してくれた。
「まるで憑き物が落ちたかのようにすっきりした」と、当時を思い返す平氏。一度すべてを白紙に戻し、「妄想で理想的なキャリアプランを描くのをやめ、目の前の波に乗ろう」と覚悟を決めた。
そこから平氏は変わった。腹をくくった。セールスの範疇を超えた仕事にも乗り出していったのだ。誰のタスクとも定められていないような、「三遊間のボール」を拾うことに尽力した。
平まず、提案したのは、「営業環境の整備」や「営業目標の改定」です。体制が変わり、組織の目標が変わりゆく中で、手をつけなければいけなかったものの、宙に浮いていたボールを自ら拾いに行きました。
すると、「リーダーやってみる?」と言われ、新しく立ち上げた営業推進のリーダーに就任したんです。
当初は、「リーダーとしての価値が出せず」に苦しんだこともあったという。だが、平氏の頭からは、「自己成長」の文字は消えていた。ただただ、目の前の変化を捉え、成果を出し、サービス価値を向上させることに専念をする。ムダなことはあまり考えなくなった。
だが、運命とは皮肉なものである。同氏自身の目が、自己成長から価値提供へと向いた瞬間に、キャリアにも追い風が吹き始める。着実な成果を重ね、営業組織の成長に貢献したことが評価され、20代で営業企画部長へ。社歴や年齢にこだわらず、成果に対して報いる「本物の成果主義」が浸透している一休において、給与も新卒入社時の倍以上に上がっていた。
それから3年。入社から一貫して宿泊事業の成長に大きく貢献したことと、「拾うべきボール」として、『Yahoo!トラベル』との組織横断の取り組みも積極的に行ってきたことが評価され、事業責任者に抜擢された。両社の連携の強化が必要なタイミングで、「架け橋」としての役割を期待されたのだ。
平以前は「この年齢までには〇〇な経験を積んで、〇〇なポジションに就く」といったように、自分なりのキャリアプランを立てていました。でも、転職を踏みとどまってからは、目の前の変化を見逃さず、自分が「会社や社会に提供できる価値」を考えていきました。小さな積み重ねが功を奏して、気がついたら「大きな変化」につながっていた。
そうしているうちに、未来を予測するとか、長期目標を作るとかって本当に必要なのかな?と思うようになりました(笑)。小難しく考えるよりも、目の前の「価値提供」に専念したほうが、結局うまく回ることに気づいたんです。そうした気付きを得てからは、余計な力が抜けて、純粋に目の前の変化を楽しめるようになりましたね。
今いる環境でできる、最高の価値提供は何かを考え続けろ
「成長志向」をやめ、目の前の変化に向き合うようになった平氏。今も、ともにヤフーに出向する榊氏や、マーケティング部長の土屋氏の知見を借りながら、『Yahoo!トラベル』の顧客体験を磨き込んでいる。「責任範囲は大きくなったものの、事業上の判断には一切迷わない」と、平氏は穏やかな笑みを浮かべる。判断軸は、ピュアにユーザーに喜ばれるか否か、だからだ。
平『Yahoo!トラベル』のユーザービリティに関して、さまざまな提案をしたいという思いはあったものの、これまでは管轄外だったこともあり、深い関与ができなかったんです。責任者になったことで、当事者としてどんどん改善を加えていけることが非常に面白いですし、チャレンジングなフェーズだと実感しています。
30歳にしてZホールディングスの注力事業を牽引する平氏には、起業をし、その会社を上場まで導く実力も気概もありそうだ。いくら『Yahoo!トラベル』がチャレンジングなフェーズとはいえ、いち会社員としての挑戦は限界がある。より金銭的なリターンも大きく、実力を試せる「起業」は視野に入れないのだろうか。
平起業は視野に入れていますが、私の本心として、今の仕事を続けたい気持ちが強いんです。事業責任者になったばかりですし、まずはここで成果を出したい。そもそも自分で会社を立ち上げても、会社に属していても、業績を上げなければ、給与は上げられませんよね。「成果を出した人が報いを受ける」という観点に立てば、どちらも同じじゃないかと思っています。
一休は各自の事業貢献に応じてシンプルに「報酬」で「こんなにいいの?(笑)」というほど返してくれる企業です。だからこそ、私もプロフェッショナルとしての自覚を持ち続けられるし、納得感が高いのだと感じています。そうした思考で、こうした環境にいられるからこそ、「見栄や外部からの評価よりも、純粋に挑戦したいこと」を大切にして、進むべき道を選びたい。私が今一番やりたいことは?と聞かれたら、迷いなく答えられます。「事業責任者として一休に残り、価値を提供したい」。だって、それが一番楽しいですし。
一休という環境で、ユーザー、クライアント、社内のメンバーへの価値提供のみを考え抜く平氏の姿は、成功や自己成長に囚われる以前に、見つめるべき大切なコトを教えてくれているようだった。
平成長意欲が強い人ほど、「この会社が好きだけど、このまま居続けても成長できない」というジレンマに陥ってしまうかもしれませんね。けれど、私自身が気づいたのは、どんな環境であっても、周囲への価値提供を続けた先にしか自分の成長はない、という点でした。価値を提供した先に、それによって救われる人が現れ、感謝の証としてお金もポジションも、チャレンジングな仕事も付いてくるでしょうし、そうした積み重ねの結果として「成功」といわれる状態が待っている。
だからこそ私は、成長目標と今の状態のギャップに焦りを感じている人にこそ、目の前の環境に自分が付加できる価値はなにか?ということに意識を集中させてみてほしいなと思います。
なんだか偉そうに語ってしまいましたが、20代で社会人になったばかりの自分にも、「成長とか成功とか叫ぶ前に、自分以外の誰かに価値を提供することだけ考えろ!」って言ってやりたいですね。
こちらの記事は2021年08月27日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
藤原 梨香
ライター・編集者。FM長野、テレビユー福島のアナウンサー兼報道記者として500以上の現場を取材。その後、スタートアップ企業へ転職し、100社以上の情報発信やPR活動に尽力する。2019年10月に独立。ビジネスや経済・産業分野に特化したビジネスタレントとしても活動をしている。
写真
藤田 慎一郎
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