「シンプルだからファンが生まれる」
連続起業家・田村氏が
新サービス“mint”に込めた想い
個人の発信者とファンをつなぐオンラインサロン「Synapse」を立ち上げ、DMM.comへ会社ごと売却した田村健太郎氏。
6月に突然退職を発表した後、その動向が注目されていたが、3月半ばに、次なる挑戦として誰でもオリジナルポイントを発行できるサービス「mint」を発表した。
彼が以前から目指してきたと思われる「個人が経済活動できる世界」に、新サービスはどう寄与するのだろうか。
- TEXT BY YASUHIRO HATABE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
DMMを辞めて「mint」に至るまで
昨年2月に、それまで運営していたオンラインサロンプラットフォーム「Synapse」をDMM.comへ会社ごと売却し、その後6月に退職してDMMを離れた田村健太郎氏。
その後の動向が注目されていたが、3月半ばに、次なる挑戦として“だれでもオリジナルのポイントを発行し、ファンや常連さんに配ることができるアプリ「mint」をリリース予定であることを公表した。
運営母体であるMINT株式会社は2017年11月に設立したという。退職から約半年の間に、どんな経緯があり、新しい事業を始めようと思ったのだろうか。
田村Synapseを離れて、その後に何をするかは全く決めていませんでした。で、辞めた後、時間があったので、海外を旅して回ったんですね。
その時、特にアジア圏、インドとか中国を見て回っていて、本当にあらゆる社会階層の人がスマートフォンを持ち、それで買い物の支払いやお金のやりとりをしているのを目の当たりにして、衝撃を受けたんです。それが、今回「mint」をつくろうと思った原体験ですね。
一方で、昨年から仮想通貨やブロックチェーンが盛り上がってきて、自分でも実際に触り始めるようになり、「なるほど、これは革命だ」と思いました。何が革命かというと、誰でも“貨幣のようなもの”を発行できる、国とか大きな組織じゃなくてもできるという「非中央集権」なところ。
でも、せっかくそういうことができるようになったのに、私も含めてほとんどの人はそれが現実のものにはできていないなと思って、チャンスがありそうだと思いました。ただ、ブロックチェーンは多くの人にとってまだ難しいし、法的な課題も多いため、インフラ的なサービスを目指す「mint」では、ブロックチェーン技術は一切使用していません。
その先を聞く前に、「mint」とは何かを整理しておこう。“貨幣のようなもの”というが、仮想通貨ではなく、前述の通りブロックチェーンも使っていないという。3月15日からティザーサイトを公開し、ポイント発行者の先行登録を受け付けている。
田村氏の言葉を借りれば「スタンプカード」のたとえが、誰にも馴染みがあって分かりやすいだろう。従来の「スタンプカード」は、紙とスタンプ(ハンコ)で運用されるが、「mint」はその代わりになるものだ。
ポイントを発行したい人が「mint」に登録して申請すれば、無料で一定量のポイントが渡される。これは、「mint」がポイント発行者にスタンプカードの台紙の束とハンコを渡すイメージだ。
ポイント発行者はそのポイントに名前(○○ポイントのような)を付け、渡したい人に、渡したいときに自由にポイントを送る。もちろん「mint」のアプリを介して。これは、例えばお店の人がお客さんのスタンプカードにスタンプを押してあげるのと同じである。
そして、ポイントを貰った人が、そのポイントを使って引き替えられる「特典」を、ポイント発行者はあらかじめ設定しておく。紙のスタンプカードであるような「20個スタンプがたまったら何かと交換」みたいな特典でもいいし、いくつもためなくても、1ポイントと引き替えられる特典を設定してもいい。
仕組みとしてはこれだけの非常にシンプルなものだ。ただ、紙のスタンプカードと違うのは、ポイントのやりとりのログが残るということ。そして、ポイント発行者とポイントをもらった人の間に“つながり”ができ、ポイント発行者はポイント保有者にさまざまなお知らせを「mint」を通じて送ることができる。
田村ただモノを買って支払いをするだけだったら、普通ならその場限りで終わってしまいます。でも、購買活動って1回売って終わりじゃなくて、買ったモノやサービスが気に入ってまた買う、リピートするということは当然ありますよね。そういう意味での“つながり”をイメージしています。
これまでは、例えばお店だったら、SNSでお店のアカウントやファンページをつくって、ファンや常連さんと交流したり、お知らせを送ったりしてきたと思うのですが、本来は身近でプライベートな関係の人と交流するSNSでそれをやるよりは、独立させたほうがお店側にもお客さん側にも使い勝手がいいと考えました。
シンプルなプロトコルが、ユーザーの創造性を喚起する
想定しているユーザー(ポイント発行者としての)は「主に個人ないしスモールビジネスを営む事業者」だと田村氏はいう。「ただ、大きな法人でも使えますし、逆に家族同士だけで使うなどプライベートでも利用できるものだと思っているので、そこはあまり限定していない」と続けた。
田村「リピートしてほしい何か」を持っていて、何かしらの取引が発生している場面でなら誰でも使えます。ただ、その取引は法定通貨が絡む取引である必要はなくて、個人的にしてほしいことを誰かにしてもらう、みたいなケースも含みます。
「買ってくれてありがとう」「助けてくれてありがとう」といったような「感謝」の気持ちをリワードとして渡すのと同時に、「また今度よろしくね」という意味合いでポイントを渡す。“つながり”を継続するインセンティブを与えるサイクルが成立する構図があれば、何にでも使えます。
何かのお店で使うのであれば、例えば「500円につき1ポイント」とか「雨の日は3倍」みたいな使い方もできますし、商品が売れ残っているから、今この時間に買ってくれればポイントを多めに渡しますとか。
商売ではなく、個人的に「いいフィードバックをくれたからポイントをあげる」とか、「何か分からないことについてヒアリングさせてくれたからポイントをあげる」みたいな使い方もできます。
繰り返しになるが、面食らうほどシンプルな仕組みだ。ただそれがかえってアイデアを呼び起こすのか、ティザーサイト公開直後から、Twitterではハッシュタグ「#mint_point」付きで「自分だったらこう使ってみたい!」というアイデアをつぶやく人が続出した。
田村あくまでも「mint」は、フリーでオープンなプロトコルに近い仕組み。ブロックチェーンではありませんが、限りなくそれに近いような、皆さんに使っていただける“インフラ”としてご提供したいと考えています。
そのためも、ユーザーの皆さんにmintのポイントの送り方と特典を上手く設計していただいて、人に動いてもらうインセンティブを与えられたり、逆に動いてくれたことに感謝の気持ちをポイントとして送れたり、といったトークンエコノミー的な経済圏ができることが大事。だから、「使ってみる」までのハードルは限りなく低くしていきたい。
インターネット上にEメール送受信を可能にする極めてシンプルなプロトコルがあるように、ポイントの受け渡しができるプロトコルが生まれたと捉えていいのかもしれない。Eメールをどう使って、何に役立てるかはユーザーの自由であるように、「mint」もユーザー次第で、便利なものになりうるだろう。
田村氏はなぜそのような仕組みを提供しようと思ったのか。このシンプルな仕組みの先に、どのような世界が生まれると考えているのだろうか。
みんなが個人で経済活動を行える世界がいい
「mint」のティザーサイトに合わせて公開された田村氏のnoteでは、「僕がmintを通じてやりたいのは、経済の非中央集権化です。組織に所属するだけじゃなくて、みんなが個人でも経済活動を行っていける世界を、僕は望んでいます」と高らかに謳っている。
スタンプカードをスマホアプリに置き換えただけと考えると、そこまで「革新的」とも映らないし、企業は法定通貨と結びつくポイントシステム──例えば1ポイントを1円として使えるというような──を導入していたりもする。あえて新しいオリジナルなトークンを発行できる仕組みをとったのはなぜか。
田村まず、法定通貨を絡めるとやはり法的な制約がどうしても多くなってしまうということがあります。できるだけ自由にできるところから始めたほうが、面白いことができそうと考えているということですね。
あとは、「そもそも法定通貨ってそんなに必要なんだっけ?」とも思っていて。せっかく“貨幣のようなもの”を発行するのが自由になりつつあり、中央集権的だったものが分散していく大きな流れの中にある今、法定通貨にこだわるのは革新的ではないなと。
あえて、法定通貨でもなく、また法定通貨に連動する仮想通貨やポイントシステムでもない、ある種の純粋なトークンで経済がどれだけ回るのか試してみたい。だって、高知にお住まいの著名ブロガーであるイケハヤさん(イケダハヤトさん)のご自宅に遊びに行くと、近所の人達同士では物々交換しているんですよ。特定コミュニティ内であれば、信用やトークンの交換だけで経済が成立しているのをこの目で見たんです。
信用できるかまだわからない、コミュニティ外から来た人たちがその経済圏内でしょうがなく使用するのが法定通貨、というイメージ。だから実際、私の構想では、トークンで経済はめちゃくちゃ回ると思っているので、それを広められたらいいなと。
そして、一つ一つ経済圏の規模は、あまり大きくなくてもいいと思っています。
Synapseをやっていた経験からいうと、運営しやすいコミュニティのサイズは100人前後だなと。100人を超えると、一人ひとりを相互に認識ができなくなってくるんですよね。もちろん個人差はありますが、その辺りが一つの目安になると思っています。
何かのお店を想定した場合、常連さんの数と考えると、なんとなく想定できるんじゃないでしょうか。月に1回来てくれるお客さんの顔はだいたい覚えるじゃないですか。売っているものや、業態によっても異なるでしょうけれど。
「mint」には、その辺も含めた社会実験的な側面がありますが、だいたいそのくらいの規模感で上手く経済が回るんじゃないかと思っています。
マスではなく、小さな経済圏で生きていける選択肢を
何かビジネスをするなら、できれば大きな市場で、少しでも多くの人にサービスを提供できたり、モノを買ってもらえたりするほうがいいのではないかと思えるが、「mint」がつくり出すような「小さい経済圏」が回ることにどんな意義があるのだろうか。
田村僕は子どもの頃からずっとインターネットが好きで。12歳くらいからずっとインターネットに触れている中で、当時から「個人」が発信する面白いコンテンツがたくさんあったんですけど、それがマネタイズされていないという課題意識をずっと持っていました。
テレビとかより全然面白いことをやっている人がいるのに、その人に経済的な意味では何も返せないもどかしさといいますか。
なので、そこを解決できる仕組みを作れないかということで、学生時代に起業して、課金サイトの仕組みを開発したり、電子書籍、Webマンガなど、コンテンツパブリッシングと課金にまつわるいろいろなトライをしたりしてきました。
インターネット、とりわけSNSの力で、需要と供給が出合う効率がよくなって、マスに向けて発信する必要性は下がり続けている。
マスの大多数には刺さらないが、ごく一部の人には深く刺さるコンテンツをつくる人がいる。その“ごく一部の人”は、お金を出してでもそのコンテンツを楽しみたいと思っている状況ができつつあるというのが田村氏の見立てだ。
田村「Synapse」を始めたのは2012年頃だったと思いますが、あれも結局同じことです。個人に近いコンテンツ発信者と、それを楽しむ個人をつなぐ方法として出てきたアイデアが「コミュニティ運営」であり、そこへの参加に対する「月額課金」だったということです。
私の中で解決したい課題はずっと前から変わっていません。
最近、僕は1日3時間くらいYouTubeを観ているんです。仕事じゃなくて、家に帰ってから(笑)。YouTuberの方の中には、すごく有名になって事務所に所属している人もいる一方で、そこまで有名ではないけれど、それなりに大きな収益を上げている人もいます。
今はコンテンツの話をしましたけれども、もっとリアル世界でも、マスを相手にするのではなく、小さくても深くつながる経済圏でそこそこの収益を上げていく世界がつくれると面白くなるんじゃないかと思うのです。
コンテンツだとオリジナルなものなのでその人から買うほかありませんが、オリジナルじゃない商品、他でも買える、しかも安く買える商品を、あえて「その人から買う」「その店で買う」ことってあると思うんですよね。
例えば、お店の人が服をコーディネートしてくれて気に入ったので、またその人から買いたいとか。欲しい自転車があって、買おうと思えばAmazonでも買えるんだけど、お店で店長さんと話しながら買うほうが楽しいとか。
ただ、そのつながりって記録として残らないので、時間が経つと忘れてしまったりする。目に見える形で、つまり「mint」でポイントを渡しておけば、それは常に手元のスマホにあるし、お店からお知らせが来て「また行こう」という行動につながります。そういう流れが、よりスムーズに、自然に回るようにしたいですね。
みんなが使えて楽しめるサービスをつくりたい
シンプルかつ利用にお金がかからないとはいえ、会社としては当然売り上げを上げていかなければならないわけで、気になるのはどこでマネタイズをするのかということだ。田村氏に率直に聞いてみたところ、「いやあ、どうしましょうかね?(笑)」とはぐらかされた。
田村ポイントに関する「mint」の仕組み自体を使うことに対して課金する気は一切ありません。それは最初の一定期間だけキャンペーンで無料ということではなくて、ずっと無料です。それは、先にも話したとおり、インフラとして皆さんに使ってもらいたいからです。
ただ、それ以外のところでマネタイズする方法は、当然僕らも考えています。ただ、具体的には……まだ内緒です。
今回、改めて起業する際に考えたのは、一部のマニアックな人たち、リテラシーのある人たちだけが使うサービスをつくっても意味がない、ということ。みんなが使えて、みんなが便利になるものをつくりたいと思いました。
そのほうが社会的に与えられる影響は大きいし、自分を「起業家」として考えた場合、前回は売却したので、次はもっと大きく育てたいと思うのは自然です。
田村氏はそういって、ビジネスのサイズとしても大きくなるという算段があっての起業だということをうかがわせた。「mint」の正式リリースは6月ごろ予定しているそうで、いまはそこに向けた準備の真っ最中ということだ。
田村リリース後、中長期的な観点では、ポイントを付与するための仕組みに関してオープン化していこうとも考えています。例えば、何かしらの取引に応じて自動でポイントを渡せるようにするといったことですね。僕らが提供する仕組み自体はシンプルに。味付けはユーザーさんにしてもらえばいいと思っています。
あるいは、「こういうことやったら面白いんじゃない?」というアイデアをお持ちの方がもしいたら、たぶんそれは当社でやることなので、ぜひ僕らのところに来て一緒に考えてほしいですね。トークンエコノミーを研究されているような方が思いつきそうなことは、だいたい僕らのビジネスの対象になっていくと思いますから。
こちらの記事は2018年05月21日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
畑邊 康浩
写真
藤田 慎一郎
おすすめの関連記事
「国策」と「スタートアップ」は密な関係──ユナイテッド・PoliPoliが示す、ソーシャルビジネス成功に必須の“知られざるグロース術”
- ユナイテッド株式会社 代表取締役社長 兼 執行役員
このPdMがすごい!【第2弾】──時代をつくるエースPdMと、エースを束ねるトップ層のマネジメントに迫る
そんな事業計画、宇宙レベルで無駄では!?プロ経営者と投資家が教える3つの秘訣──ラクスル福島・XTech Ventures手嶋対談
- ラクスル株式会社 ストラテジックアドバイザー
「PMFまでの苦しい時に、資金と希望を与えてくれた」──ジェネシア・ベンチャーズ × KAMEREO、Tensor Energy、Malmeの3対談にみる、“シード期支援のリアル”
- 株式会社ジェネシア・ベンチャーズ
「IPOは目指さなくていい」──ジャフコ出身キャピタリストに訊く、次代のシード起業家こそ押さえたい事業&ファイナンスの鉄則
- インキュベイトファンド株式会社 代表パートナー
「令和の西郷 隆盛」、宇宙を拓く──Space BD代表・永崎氏が語る、“一生青春”の経営哲学
- Space BD 株式会社 代表取締役社長
【独占取材】メルカリの0→1事業家・石川佑樹氏が、汎用型AIロボットで起業した理由とは──新会社Jizai立ち上げの想いを聞く
- 株式会社Jizai 代表取締役CEO
「オープンイノベーションに絶望したあなたへ」──協業に泣いた起業家が、起業家を救う?UNIDGEに学ぶ、大企業との共創の秘訣
- 株式会社ユニッジ Co-CEO 協業事業開発 / 社内新規事業専門家 連続社内起業家