半径1kmの地図を塗り替える──「広告ゼロ・1.5万UU」エンジニア集団イオリアが仕掛ける、大手プラットフォームの死角を突くスモールジャイアント戦略

インタビュイー
松原 元気

1994年長崎県生まれ。2013年に株式会社東芝に新卒入社。グリー株式会社、株式会社ディー・エヌ・エーでのゲーム開発、某EdTech企業での教育プロダクトの開発を担当。2023年10月にイオリア株式会社を創業。

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地方のプレイヤーにとって、デジタルプラットフォームでの成功は容易ではない。大手企業がしのぎを削る中で、地域特化型のサービスは、成長の壁に直面することが多いからだ。しかし、この常識を覆す挑戦が始まっている。

イオリアが開発する『SpotsNinja』は、半径1kmという極めて限定的な範囲の地域情報に特化したソーシャルメディアだ。広島県限定のアルファ版リリースからわずか1ヶ月で、広告費をかけることなく1.5万人の月間ユニークユーザーを獲得。大手プラットフォーマーが手を出しにくい「地域の隠れた価値」を可視化することで、独自のポジションを確立しつつある。

「エンジニアリングの力で、世の中にまだない価値を生み出していきたい」。その挑戦的な構想を掲げるのは、東芝、グリー、ディー・エヌ・エーでのエンジニア経験を経て2023年に起業した、イオリア株式会社 代表取締役CEO 松原 元気氏(過去FastGrow掲載記事はこちら)だ。18歳で上京した際に痛感した地方と都市の情報格差という社会課題に対し、テクノロジーで解決策を示そうとしている。エンジニア起業家による地方創生への挑戦は、スタートアップの新しい成長モデルとなりうるのか。そのビジョンと戦略を聞いた。

  • TEXT BY SHUTO INOUE
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半径1kmに閉じ込めた理由。
エンジニアが見出した“地元の再発見”

提供:イオリア株式会社

スマートフォンで地図アプリを開けば、その土地の「定番のスポット」は簡単に見つかる。しかし、本当の地域の魅力は、星の数や口コミの多さだけで測れるものだろうか。むしろ、私たちが見落としている価値こそ、その地域を特別なものにしているのではないか。

イオリア株式会社が開発する『SpotsNinja』は、この問いに独自の解を見出そうとしている。ユーザーの現在地から半径1km圏内の情報に特化したソーシャルメディアプラットフォームは、広島県でのアルファ版の限定リリースから1ヶ月で1.5万人の月間ユニークユーザーを獲得。

一般的な観光情報サービスが「遠出」を前提とするのに対し、日常的な行動範囲の中にある「まだ知らない価値」の発見を促している。

松原実は、生まれ育った地元であったり、10年近くその地域に住んでいる人でさえ知らない魅力的なスポットって、どの地域にもあるんです。

長崎の実家に帰省した時、地元の市の観光マップを何気なく見ていたんですが、18年間そこで生活していたはずなのに、全く知らない場所が結構ありました。試しに実際にそのマップで紹介された場所に行ってみると、地元なのに新しい発見ばかり。当たり前だと思っていた地元の風景が、全く違って見えたんです。

同社代表取締役CEOの松原 元気氏は、この原体験を事業構想の起点に据えた。東芝、グリー、ディー・エヌ・エーでのエンジニア経験を経て起業を決意した背景には、18歳で上京した際に痛感した地方と都市の圧倒的な情報格差への問題意識があった。

松原九州の長崎から東京に来て、当初ものすごくカルチャーショックを受けたんです。

私の地元の長崎県南島原市では高校卒業後、半数は大学に進学しないような文化圏。僕自身、高校時代にプログラマーになりたくて働き口を探しても当時県内で検索した際には1社しかIT系の会社がなかった。でも、東京にはプログラマーとしてのキャリアの選択肢が星の数ほどありました。当時、僕はまだガラケーユーザーだったのに、東京に行けばみんなスマホを使っていた。そういった情報格差をすごく感じて、率直に“不公平”だなと思ったんです。

『SpotsNinja』の機能は一見シンプルだ。位置情報をトリガーに、ユーザーの属性や興味関心に合わせてスポット情報をレコメンドする。しかし、その裏には最新のテクノロジーを活用した情報構造化と、独自のデータベース設計が存在する。

提供:イオリア株式会社

提供:イオリア株式会社

松原例えば、いつもの帰り道と1本隣の道を比較して、「あなたの興味に合うスポットが見つかります」という提案ができる。

例えば僕は、ゴジラが好きなので、もし1本隣の道にゴジラのポップアップストアが出店していると知れば、絶対に寄り道します。ユーザーの興味関心を理解し、普通に生活しているだけでは気づかない新しい発見をテクノロジーで生み出す。そういう「新しい情報体験」を作りたいんです。

興味深いのは、このアプローチが大手プラットフォーマーとは異なる視点を持っていることだ。検索されやすい人気スポットではなく、むしろ光の当たっていない場所にこそ価値を見出す。人手では網羅できない地域情報を、テクノロジーの力で可視化することで、新しい地域体験の創出を目指している。

地域の価値は、決して情報量が少ないわけではない。ただ、それらが適切に構造化され、必要な人に必要なタイミングで届けられていないだけだ。松原氏は、テクノロジーの力で地域情報の非対称性を解消し、誰もが自分の住む地域の価値を再発見できる世界を目指しているのだ。

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広島から始まる、隙間市場の攻略法

地域特化型や位置情報を使ったプラットフォームは、これまでも数多く挑戦されてきた領域だ。2008年頃には現カバー社の谷郷元昭氏が提供していた『30min.』や2013年頃の位置情報SNSの『EyeLand』、近年では『マチマチ』のような先行サービスも存在したが、その多くはXやインスタグラムのようなSNSや食べログのような機能特化型のプレイヤーに市場を奪われていった。なぜ今、再びこの領域に挑戦するのか。そこには、テクノロジーの進化がもたらした新しい戦略が存在する。

松原食べログやホットペッパー、Rettyなど、日本の場合は機能ごとに情報が分断されています。でも、ユーザーからすると、インスタやTikTokで見た気になるスポットが、実際どこにあるのかわからない。それを一元管理できるプラットフォームがあれば価値があるはずだと考えました。

『SpotsNinja』の差別化戦略は、大きく3つの軸で構成されている。 1つ目は、徹底的な「ロングテールSEO戦略」だ。

「イタリアン」という一般的なキーワードではなく、「〇〇地区 イタリアン」といった地域名とキーワードの組み合わせに特化。大手プレイヤーが収益性が低いと判断し注力していないエリアの検索クエリを徹底的に押さえにいく。

松原大手が握っている人気キーワードは検索する人が多いためPVも多く収益に直結しやすい。我々はスタートアップなので大手が狙う一見派手な領域はあえて狙わない。その代わり、より地域に根差した検索ワードで、これまで大手が手を加えきれていない領域に特化する局地戦を行います。

仮に先行企業などの競合がいる場合でも、注力していないエリアであれば弊社の強みでもある生成AIによる社内業務の自動化や最新の技術によるモダンな技術スタックを始めとした最新のテクノロジーをうまく活用することで、人手では対応できない細かな地域情報まで網羅できるんです。

2つ目は、「既存SNSプラットフォームとの共存戦略」だ。

InstagramやTikTokと真正面から競合するのではなく、それらのプラットフォームで見つけた場所を保存・管理できる「第二の地図アプリ」としてのポジショニングを確立する。

松原例えば“デートスポットおすすめ700”みたいな投稿って、インスタでよく見かけますよね。でも画像だけだと、実際どこにあるのかわからない。そういった情報を地図上で管理して、実際の行動に繋げられる。それがGoogleマップのお気に入り機能とも違う、私たちならではの価値だと考えています。

3つ目が、マイクロインフルエンサーを活用した「地域密着型の情報拡散戦略」だ。

広島での実証実験では、フォロワー数1万人規模の地域インフルエンサーとの協業を開始。大手インフルエンサーによる一極的な情報発信ではなく、地域に根差した等身大の情報発信を促進している。

松原このサービスではユーザー同士のつながりも重視しています。その地域ならではの“県民あるある”みたいな投稿から、地域のディープな情報まで。UGC(ユーザー生成コンテンツ)を活性化させることで、地域特有のコンテキストも含めた情報共有を実現したいんです。

興味深いのは、これらの戦略がすべて「大手プレイヤーが取りづらい領域」を狙っている点だ。ロングテールのSEO、地域密着型のインフルエンサー、既存プラットフォームとの共存。一見、遠回りに見えるこれらの戦略は、実は地域情報プラットフォームとして持続可能なポジショニングを確立するための必然だった。

松原アメリカ発の『Craigslist』は、ローカルに特化することで大きく成長しました。日本でも、地域に密着した情報プラットフォームとして、独自のポジションを築いていきたい。グローバルプレイヤーが真似できない価値を、テクノロジーで作り出すことが私たちの挑戦です。

人気スポットの情報が溢れる中で、まだ見ぬ地域の価値を再発見させる。そんな情報体験を作るための戦略が、着実に形を現し始めている。

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「技術への憧れ」から「価値の追求」へ。
エンジニア起業家の覚醒

「すでにあるものを改善するのではなく、まだない価値を発明していく」──。イオリア株式会社が掲げるバリューは、一見、プロダクトアウトな印象を受ける。しかし、それは数々の試行錯誤を経て、到達した境地だった。

松原最初は「地方×テクノロジー」という漠然としたビジョンしかなかったんです。2024年2月、FastGrowの主催する起業合宿に参加したのですが、当初は釣りに特化したマップサービスを構想として発表しました。でもその直後、先ほどお話した長崎への帰省で、もっと本質的な課題に気づいたんです。

その課題とは、地域情報の非対称性。観光マップとの偶然の出会いが、18年間住んだ地元の知られざる魅力を教えてくれた。この体験こそが、現在のミッション「新しい情報体験を通して、行動に変革を」の原点となった。

しかし、この方向性に至るまでには、大きな失敗、つまりピポットも経験している。『SpotsNinja』以前に開発していた『タイパニュース』は、生成AIを活用したニュース×教育サービスだった。

松原グロービスでの社会人教育の経験から、教育格差の問題を痛感していました。最初のプロダクトの『タイパニュース』は生成AIを使ってニュースを読みながら経済の仕組みや会計などを学習するサービスでした。ですがそちらのサービスは市場規模を見誤り、また既存の競合、例えばSmartNewsさんが早い段階で参入してきて差別化が難しかった。エンジニアとして“技術的に面白いもの”を追求しすぎて、市場での優位性や戦略を見失っていたんです。

この経験は、現在のビジョン「作り手のワクワク、使い手のドキドキ」にも影響を与えている。

松原私たちはエンジニア主体の会社なので、プロダクトアウト的に“とりあえず作ろう”という文化は大切にしています。ただし、それは技術的なこだわりではなく、本当にユーザーが求める体験は何かを追求する姿勢に変わってきました。

その姿勢は、ターゲット層の見直しにも表れている。当初、『SpotsNinja』は30代の主婦層をメインターゲットとして想定していた。しかし、10名以上へのユーザーインタビューを通じて、予想外の発見があった。

松原ユーザーインタビューで印象的な声がありました。地元で就職したいという高校生が「近所の優良企業の情報って、どこを見ればいいんだろう」と。大手求人サイトには載っていないけれど、地元にも魅力的な企業がたくさんあるはず。そういった企業を写真や動画で紹介してほしいという声でした。

こうした生の声は、プロダクトの方向性を大きく変えるきっかけとなった。現在のターゲットは15歳から23歳。特に23歳という年齢は、「新社会人」という転機に着目したものだ。

松原このサービスは、新しい街に引っ越してきた人にも刺さりやすいんです。高校進学や大学進学、就職と人生の転機で引越しなどで住環境が変わる時、新しい土地で近所のことを知りたいというニーズが高まる。そこに、パーソナライズされた地域情報を届けることで、新生活に合わせて新しい発見を促せると考えています。

プロダクトアウトとマーケットインのバランス。それは多くのスタートアップが直面する課題だ。イオリアは、エンジニア的な創造性を保ちながら、徹底的にユーザーの声に耳を傾けることで、その着地点を見出そうとしているのだ。

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「広告費ゼロ」で月間UU1.5万人。
大手の死角を突き、独自の成長路線へ

スタートアップの成長戦略において、「規模の経済」は避けて通れない命題。特に地域特化型のサービスは、ローカルで成功してもスケールするのが難しく、大きな成長を実現できないケースが多い。しかし、イオリアは異なるアプローチを選択した。

松原広島県限定のアルファ版リリースから1ヶ月で、月間1.5万人のユニークユーザーを獲得できました。しかも、これは広告費を一切かけずに達成した数字です。一見、地域を限定することは成長の制約に見えますが、むしろそれを武器にできると考えています。

注目すべきは、この成長を実現した組織体制だ。イオリアの開発チームは、少数精鋭のエンジニアで構成されている。エクイティでの資金調達も、現時点では見送っている。

松原生成AIが前提の時代では5人のチームで上場するような未来が来るかもしれない──、そんな議論を社内でしています。

生成AIの登場で、エンジニア数人と各職能のプロフェッショナルが数人いて、それ以外は生成AIやRPAで全自動化している組織が常に変化に対応でき最強になる可能性がある。これはまだ仮説段階ですが、私たち自身も実証実験をしていきたいと思っています。

また、事業の持続可能性を重視する観点から、「早すぎる規模の追求」を意図的に避けているという。

松原結果的に事業単体での黒字化が早かった場合、エクイティ調達で付与される上場努力義務が足かせになる可能性もある。むしろ、スタートアップだからこそ既存のしがらみに囚われず独自の価値を作り上げて、例えばよりローカルに特化したいGoogleマップの一部として買収されるようなEXITもありうる。大企業にとっては規模が小さいために優先度が低い地域データをどこよりも精緻に価値を持たせて蓄積することが、我々の本当の価値になるはずです。

その価値に、すでに大手企業も注目し始めている。プロ野球やJリーグといったプロスポーツ団体との提携の動きが出始め、テレビ東京での特集も予定されているという。

先に紹介した『Craigslist』も地域の求人情報で大きな収益を上げている。『SpotsNinja』も、地域に根差した情報プラットフォームとして、採用市場に新しい価値を提供できる可能性があるのだ。

成長の速度よりも、価値の持続可能性を重視する。その姿勢は、組織のあり方にも表れている。

松原私が目指したいのは、テクノロジーの力で地域の価値を最大化すること。そのために、まずは一つの地域で、確実に価値を証明していきたい。地域に根差しているからこそ見えてくるニーズがある。それに真摯に向き合い続けることが、結果として大きな成長につながると信じています。

スタートアップの成長には、様々な道筋がある。イオリアは、地域という制約を逆手に取り、持続可能な成長モデルを模索している。その挑戦は、急成長至上主義への一つのアンチテーゼとなるかもしれない。

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「日本に生まれてよかった」そう思える社会を目指して

人口減少、高齢化、若者の流出と東京一極集中──。日本の地方が抱える課題は、年々深刻さを増している。しかし、松原氏はここにイノベーションの可能性を見出している。

松原次の10年を考えると、日本の人口減少は深刻化し、様々な分野で人手不足が起こる。我々が独自に構築している地域データベースは、今後顕在化する課題に対する一つの解決策になると考えています。

例えばすでにアメリカでは、地方のロードサイドにカメラを設置し、解析した情報を音声AIが読み上げるラジオで配信する地域の情報をリアルタイムで提供する地域見守りサービスも登場している。日本の地方都市でも、今後同様の地域の情報を可視化したいニーズは確実に発生していくと考えています。

松原人口減少時代の地方には、人手を前提としないサービス設計が必要です。テクノロジーの力で、地方都市の住みやすさを維持し、より少ない人数でより大きな価値を生み出していく。市場として魅力を失っている地方でこそ、そういったチャレンジに果敢に取り組み成功事例を私たちから示していきたいんです。

しかし最終的に目指すのは、単なる効率化ではない。

松原私たちの一番大きなミッションは、「日本に生まれてよかったな」って思ってもらえる未来の社会を作ること。

最近は暗いニュースも多いですが、東京でも地方でも、今を生きている人たち、これから生まれてくる子どもたちのために、大人として良いレガシーを残していきたい。それをテクノロジーの力で実現する。それが私たちの挑戦です。

地域の価値は、決して失われてはいない。ただ、それを再発見し、適切に届けるための手段が不足していただけだ。長崎県南島原市で生まれ、18歳で上京し、エンジニアとしてのキャリアを積んできた松原氏だからこそ見えた課題と解決策。その視点は、地方創生における新しいモデルケースとなる可能性を秘めている。

「この場所に本当は何があるのか」──。

この問いに、テクノロジーで新しい答えを示すこと。それは、過疎化や人口減少といった社会課題に対する、エンジニアならではのアプローチと言えるだろう。地域の魅力を再発見させる『SpotsNinja』の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

こちらの記事は2024年12月18日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

井上 柊斗

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