「金融出身」で勝負する人材に、スタートアップでの活躍はない。
3社の経営層が語る、カオスな環境に適応できる人材像に迫る
リスクマネジメント、株主構造、M&A、IR…スタートアップがスケールするにつれ、求められるのがファイナンス面で強みを持つ金融出身者の存在だ。しかし、業界間に乖離があるからか、スタートアップには金融業界にバックボーンを持つビジネスパーソンは希少だ。興味を持っていても、実例が少ないばかりに、足を踏み出せない人は多いのではないだろうか。
『金融出身者がスタートアップを選ぶ理由』と題したイベントに、金融業界出身のスタートアップ経営陣が集結した。登壇者はラクスル株式会社 取締役CFOの永見世央氏、Sansan株式会社 執行役員CFOの橋本宗之氏、株式会社メルペイ 代表取締役の青柳直樹氏、モデレーターは株式会社メルカリの石黒卓弥氏が務めた。
金融出身者がスタートアップで活躍するためには、なにが要諦となるのか。3名のキャリア観が交錯したイベントの様子を、ダイジェストでお送りする。
- TEXT BY HUSTLE KURIMURA
- EDIT BY MONTARO HANZO
金融業界で感じた、“経営のコア”に近づけないジレンマ
今回登壇した3名は、金融業界でキャリアを積んだのち、第一線で活躍するスタートアップ企業で経営に携わることを選んだ金融の「プロフェッショナル」ばかりだ。
2014年にCFOとしてラクスルに入社した、永見世央氏のファーストキャリアはみずほ証券。M&Aのアドバイザリー業務に従事した後、外資系プライベート・エクイティ(“PE”)ファームへ転職した。PEでは、社外取締役として投資先の経営に携わる機会はあったものの、社内から事業推進に携わりたい思いが募り、スタートアップの道へと足を踏み入れることとなった。
イベントでは各人が「なぜスタートアップを選んだのか」「スタートアップでは、金融業界の経験が活かせるか」といった、素朴な質問から議論がスタートした。
永見スタートアップで働くことを決めたのは「一人称で経営をして、社会に価値を創出したかったから」。PE時代に投資家の立場から投資先企業を支援する中で、「社内の人間」になることで自分はどれだけバリューを発揮できるのかを知りたくなったんです。同時に、投資先の舵取りが思うようにいかなくてもどかしさを感じることもあり、「自分で経営した方が価値創造できるのではないか」と自信もありました。
実際にラクスルで働くなかで、金融業界で身につけた投資家視点がスタートアップでは希少であり、バリューを発揮できていると実感しています。なので、金融業界出身者でスタートアップを目指す人は、自分を必要以上に過小評価しなくてもいいはず。活躍できる場は、想像するよりも多くあると思います。
永見氏に続くのは、今年6月に東証マザーズでの上場を果たしたSansanでCFOを務める橋本宗之氏。
橋本氏は、2004年に投資銀行リーマン・ブラザーズに新卒入社。2007年にはニューヨーク本社に海外転勤するものの、翌年に自社の経営破綻に巻き込まれる。その後、買収先での勤務を経て、日本に帰国。日本政策投資銀行の子会社に移籍し、バイアウトの経験を積んだ。橋本氏はSansanに入社した2017年を振り返り、当時の心境を告白する。
橋本私も永見さんと同じく、転職のきっかけは経営というものに対する興味が高まったことです。金融業界に長くいるほど、事業会社の経営の「核」は何かを感じたい欲求が強くなっていきました。
そんなモヤモヤを抱えるなかでお誘いいただいたのが、Sansanからのオファーでした。当初、スタートアップへ行くことは選択肢にありませんでしたが、周りの人から背中を押してもらい、チャレンジしてみようと思いました。これまでSansanに携わるなかで、金融業界での経験はスタートアップで活きると強く実感しています。
3人目には、青柳直樹氏が登壇した。利用者数日本一のフリマアプリを運営するメルカリから、金融関連の新規事業を行うメルペイを1年半前に立ち上げ、今年2月にサービスをリリースした。現在も同社で代表取締役を務めている。
青柳氏はファーストキャリアを世界最大級の金融機関であるドイツ証券で過ごした。その後、創業間もないグリーに転職。小さなIT企業がメガベンチャーに駆け上がるまでの姿を、目の当たりにしてきたという。1年の休職期間を経て、メルカリから新規事業の立ち上げオファーをもらうこととなった。
金融業界で経験を踏まえつつも、なぜ早期からスタートアップでのキャリア選択をしたのか。その経緯が、明かされた。
青柳もともとはバンカーとして、仕事を続けるつもりでした。ですが、一回り上の先輩が銀行の独特なルールに揉まれ、行き詰まった姿を見たときに、「このままではキャリアを築くのに時間がかかり過ぎる」と、キャリア転換の必要性を感じました。当時、クライアント先であった楽天の経営陣には、理想のロールモデルとなる方々が多く、スタートアップで働くことの魅力を感じるようになっていったんです。
金融企業にいる頃から経営者に触れ合う機会は多く、スタートアップで働くことに抵抗は全くありませんでした。事業テーマに関心を持ったり、一緒に働きたい社長に出会えたことで決意が固まったんです。
金融出身だからといって、常に強みが活かせるわけではなかった
「金融業界での経験は、スタートアップにも活きる」と永見氏や橋本氏は背中を押す。だが、金融業界での実績は、必ずしもスタートアップでの活躍を保証するものではない。「スタートアップで活躍する金融マンの共通点」はあるのだろうか。
青柳「カオスな状況で踏ん張れること」だと思っています。CFOといった「マネージャー職」でジョインする場合、金融の実務だけでなく、「組織づくり」を進めていかなければならないのが、前職との大きな違いです。前職から活かせるスキルは1割ほどで、営業や人事など、あらゆる業務を担当する覚悟がないと務まらないでしょう。
橋本「環境に適応する力」が重要だと思います。スタートアップで働くことを決めてからイメージトレーニングをしていたのですが、実際には想像を超えた出来事が頻出しました。フェーズによって求められる役割をこなすためにも、行動力を持って会社に貢献するのが大事だと思います。
また、金融業界の出身者に多く見られるネガティブなマインドに「客観視しかできない」ことが挙げられます。もちろんマクロな視点で見ることも重要ですが、「内部の人間」として手を動かさければならないことに、自覚的になる必要があると感じています。
永見「アンラーニング」の姿勢です。金融業界やプロフェッショナルファーム出身のプライドや役割意識が捨てきれず、個人としての成長機会を逸してしまう人を、これまでも見てきました。長期間のコミットメントが求められるスタートアップでは、内部の人間として自らを「ローカライズ」し、社内外の多くの人から学ぶ姿勢が重要だと感じています。
「金融のスペシャリスト」としてのプライドを捨て、「会社の一員」になる覚悟を──。その言葉通り、永見氏や橋本氏は、金融の領域のみならず、採用にも積極的に携わっている。イベントでは「人事」としての判断軸も掘り下げられた。
橋本業界にかかわらず、若手人材に必要なのは「学ぶ姿勢」だと考えています。特に、金融業界からの転職希望者と対話する際には、成長を妨げるプライドがないかどうかは厳しくチェックし、コミットする姿勢を求めています。
青柳私は「好奇心の強さ」を見ています。ビジネスでも、プライベートでも、「直近1年間で新しく始めたこと」を聞き、好奇心を持って何事もチャレンジするマインドを重要視しています。
「なんでもやります」の一言が、今につながった
イベントの終盤では、「金融出身」にかかわらず、スタートアップで活躍する人材像が語られた。
橋本昨年CFOに就任してから、上場に向けたIRチームや投資チームの採用もかなり時間をかけてきました。CFOという肩書きはあれど、会社に貢献するためにできることをするのがスタートアップでのあるべき姿だと感じています。
青柳まだ社員が10名に満たないグリーにジョインして、会計の管理部門を担いつつも、人事や法務、オフィスの机作りまで(笑)、あらゆる業務を担当してきました。
こうした「なんでもやる」スタンスは、一見すると「金融出身のバリューを発揮できていない」と不満に感じる人もいるかもしれません。しかし、実際にメルペイの代表取締役になってから、「創業期にはこういったメンバーが足りなかったな」と、なんでもやった経験が、人集めの参考になりました。
『金融出身者がスタートアップを選ぶ理由』をテーマに、各人のキャリア変遷から活躍する人物像など、スタートアップで働くうえでのヒントが明かされた今回のイベント。
登壇した3名に共通していたのは、CEOやCFOという肩書きに捉われず「会社のためにできること」を見つけようとするひたむきな姿勢だ。金融出身者はもちろん、スタートアップで働く全ての人が心得ておくべき教訓が詰まっていた。
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こちらの記事は2019年09月24日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
ハッスル栗村
1997年生まれ、愛知県出身。大学では学生アスリートを取材し、新聞や雑誌の制作・販売に携わる。早稲田大学文学部在学中。
姓は半蔵、名は門太郎。1998年、長野県佐久市生まれ。千葉大学文学部在学中(専攻は哲学)。ビジネスからキャリア、テクノロジーまでバクバク食べる雑食系ライター。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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