データで社会を変えるシステムを創造する。そんなプロフェッショナルに、なりたくないか?──NECが誇るデータサイエンティストに近づく3つの方法を、本橋洋介本人に訊く

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インタビュイー
本橋 洋介
  • 日本電気株式会社(NEC) AI・アナリティクス事業部 兼 データサイエンス研究所 兼 価値共創センター シニアエキスパート 

大学院修了後の2006年、新卒でNECに入社。同社研究所にてAI、機械学習、データマイニング技術等の研究開発を担当。2012年以降はNEC独自のコア技術である異種混合学習技術を広く産業界で活用していくミッションにも携わりながら、40以上の業界・100以上の企業へのAI導入実績を築いた。並行してAI領域のエヴァンジェリストとしての役割も担い、ビジネスカンファレンス等での講演活動や企業トップ層へのコンサルティングも実施している。著書に『業界別! AI活用地図 8業界36業種の導入事例が一目でわかる』(翔泳社)、『人工知能システムのプロジェクトがわかる本 企画・開発から運用・保守まで』(翔泳社)がある。

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今からちょうど1年前、FastGrowは「NECにおけるAIビジネスの顔」=本橋洋介氏へのインタビューを公開した。そして、この記事はデータサイエンティストを目指す若手人材に限らず、多方面から大きな反響を得た。なぜなのか?

当時のメディアの論調が、「AIってすごい」「これからはデータサイエンティストだ」などと神輿を担いでいたのに対し、本橋氏が示したのは「AIを“すごい技術”で終わらせず、リアルなビジネスで活かすにはどうすべきか」だったからだ。「個人はどう向き合うべきか」「組織はどう機能すべきか」が冷静かつ客観的に語られていたからだ。

そこで2度目の登場である今回は、テーマを絞りきった。「どうすれば若手人材が本橋洋介のようなプロフェッショナルになれるのか」、その1点に絞って話を聞いた。

  • TEXT BY NAOKI MORIKAWA
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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「目的」が一番大事、そんなあなたが目指すべき道

前回の本橋氏へのインタビューを読んでいないかたに向け、ポイントをおさらいしておくと、まずNECはAI導入において実は多数の実績を持っている。種々のデータ分析ツール・技術を効果的に用いていくことによって、業務改善や技術変革、あるいは新規事業確立を目指す企業は今や無数に存在するが、同社はこれまでITシステムの提供等を軸に築き上げてきた幅広い業種との信頼関係を背景に、AI領域においても実績を積み重ねてきた。

そのうえ、同社の研究所は新しい理論や技術も導き出し、人工知能領域における難関国際会議への論文採択数でも、日本トップクラスの実績がある。

つまり、アカデミック分野においても、実務寄りのビジネス貢献分野においても、抜きん出た成果を上げている集団だということだ。「大企業だから発注が多いだけ」とか「先進性は外部のスタートアップを呑み込んで手に入れているだけ」などという、ありがちな根拠なき揶揄は通用しない。「AIに関わる仕事がしたい」と思いながらNECが頭に浮かんでいないとしたら、チャンスを逃すことになるかもしれない。

とはいえ、当のNECもここへ来てようやくブランディングを加速したところ。「もっとデータサイエンス分野での実績を多くの人に知ってほしい」となった時、決まって引っ張り出されるのが本橋洋介氏。『業界別! AI活用地図 8業界36業種の導入事例が一目でわかる』、『人工知能システムのプロジェクトがわかる本 企画・開発から運用・保守まで』といった著書に加え、イベントやセミナーにも登壇して情報発信の担い手を務め、いわば「NECの顔」となっている。当の本人も、自覚を持ってこれらの活動をしているようだが、いたって謙虚に静かに笑いながらこう語る。

本橋持ち上げすぎですよ(笑)。私はあくまでも「ビジネスサイド・データサイエンティスト」のベテラン選手だというだけです。

「ビジネスサイド・データサイエンティスト」という呼び名の真意は後々聞くとして、まずはストレートに「本橋洋介の歩み」について聞いていった。

本橋もともと私は機械工学に夢中な学生時代を過ごしていました。特に自動車が好きで、世界最高峰のレースであるF1に出走するフォーミュラ・カーに魅せられていたんです。ただ、エンジンや空力の可能性に没頭するというよりも、どちらかといえばソフトウエア分野に関心があった。

そんな中、大学院でTUIの研究というものに携わることになったんです。

TUIとは、タンジブルユーザーインターフェースの略。マサチューセッツ工科大学の石井裕教授が提唱し、世界的に賞賛されたユーザインターフェースの形態を指す。簡単に言えば、数式やキーボードといった特殊な入力装置を使わず、より簡素で身近なインターフェースを用いていても、遠隔地への情報伝達を可能にしたとのこと。

本橋氏が向き合った研究では、肉声や体温をはじめとする生体情報のセンシングなどによって、相手方の感情を推定していく試みがなされたのだという。

本橋たぶんこれが、私の現在につながる最大のきっかけだったと思います。つまり、この研究で私は初めて「“観測できない何か”を当てにいく、つまり推定・推量するアプローチ」に触れ、その面白さにハマっていったんです。ある種の機械学習をここで体験したことになります。

でも何より一番の気づきは、自分が目的志向の人間なのだということ。目的に向かって自分の持てる力を費やして、それが面白いことにつながっていくような仕事に就きたい、と思うようになったんです。

そこで浮かび上がってきたのが、企業所管の研究所。ビジネスゴールを目的にしたテクノロジーと向き合っていこうと決め、最終的にNECの研究所に就職をしました。

いま、ビジネスサイドにもかなり身体を張り出してきた中で思うのは、やはり「技術は手段でしかない」ということ。自分がやりたいのは「学術や研究」ではなく「新しい技術の社会実装」だったと分かったので、良い選択だったと振り返っています。

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自分にとって大事なのは論文じゃない。
「リアルに役に立つのか」を突き詰める

「技術を研究する」だけでなく、その先にある「社会実装」まで担えてこそ、やりがいのある仕事であると感じた本橋氏。だからこそ、学術的な研究所ではなく、企業系の研究所を居場所として選んだ。そしてまさに「企業系の研究所」ならではの活躍の場を、入社から6年後の2012年に得ることができた。その出来事を振り返ってもらう。

本橋この時期に、あらゆる業種の企業がビッグデータ解析というものの可能性に注目し、「これからはデータ活用だ」という一大ムーブメントがあったんです。そして、ちょうどそのタイミングで私も携わったチームの研究成果が『異種混合学習』でした。これが私にとって「最大の転機」になったと思います。

それまでデータサイエンスによって行われていた推定や予測といったものは、特定のデータにみられる単一の規則性にフォーカスとしていた。だがNECの研究所が形にした『異種混合学習』は、文字通り多種多様なデータと向き合い、そこから複数の規則性を抽出して、より奥深い推定や予測につなげていくもの。一定レベルの完成を見た時点で、誰もが「これをビジネスの世界に導入したら、革新的な変化が起きる」と予感したという。

一連のエピソードは前回のインタビューでも語られていたが、改めて本橋氏は語る。

本橋「よし、売るぞ」という気運で盛り上がったのは良いのですが、ビッグデータ解析ブームとはいえ、まだまだAIやデータサイエンスの概念は一般的には浸透しておらず、NECの営業部隊がいかに奮闘しても、それだけでは真の価値は伝わりづらいだろう、と。「『異種混合学習』のことをしっかり語れる研究者が帯同すべき……じゃあ、いったい誰がそれを引き受ける?」という空気の中で「やるか?」と聞かれた私は、自分でも意外なくらい自然に「やります」と答えていました(笑)。

かくして、データ解析、データ活用に関するNECの研究成果を多くの企業に伝え、活かしてもらい、買ってもらうためのチームが結成された。結果として、『異種混合学習』は数多くの企業に導入された。つまり、「売れた」のだ。

本橋技術や理論を理解してもらうために説明し、その価値に気づいてもらい、最終的にそれらが導入されていく。それが実に嬉しかったし、楽しかった。そして導入先で自分たちの創ったものが機能して、お客さまのビジネス成果につながっていることがわかると、さらに喜びは増していきました。

どんな企業も知りたがる。「その技術や理論がどれほど凄いのかはわからないが、本当にウチのビジネスに役に立つのか?」、「役に立つというのなら、どういう場面で、どんな風に役立つというのか?」と。そこで腹落ちできる返答が得られなければ、『異種混合学習』は決して売れなかったはずなのだ。

本橋どの分野にせよ、研究者たちが新たな発見や研究成果を「論文という形にする」のと、それを「実用に生かすピースにする」のとでは、話がまったく違ってきます。「論文」と「実用」との間には、深くて大きな谷があるんです。

そういう谷を越えていくには、また別の努力が求められるわけですが、私はそれが得意だったようなんです(笑)。やってみて、自分でも初めて気づきました。「研究者としては中途半端だった自分にも、ようやく得意なことが見つかった」と思えて、嬉しかったんです。

「中途半端」という表現を謙遜だと思い、軽く聞き流そうとすると、本橋氏は真顔で言う。「いや、これは謙遜でもなんでもない」のだと。

本橋どんな研究をしている者でも、「関連するすべての工程が得意だ」などという天才は滅多にいません。たいていは「自分の得意なもの」を1つ、2つ見つけて、そこで成果を上げることによってチームに貢献していくものなんです。研究所にいた頃の私が、自分の得意なことをなかなか見出せないでいたのは紛れもない事実。

でも、この「売っていくプロセス」でついに見つけたんです。ですから「これからはビジネスに架け橋を渡していく役目をやろう」と強く決心したんです。

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「AIが社会で使われる」ためには“人間の手”が不可欠。
ただ、どう仕組み化するかが難しい

以上のような過程を経て、本橋氏は「ビジネスサイド・データサイエンティスト」として東奔西走の日々を始めるに至った。扱うのは『異種混合学習』ばかりではない。システムインテグレーション等の取り組みを通じ、NECはありとあらゆる業界の企業と太いパイプを持つ。

業種によって、企業によって、抱えている経営課題はまちまちだ。ましてやデータ活用という新しいアプローチによって、既存のIT技術で解決できなかった課題をどうにかできないものか、という期待が高まっている。求められているのは、具体的なオーダーメイドの処方箋を各社に提示していくような活動である。

まさに「論文」と「実用」の間にある谷を、1つひとつの企業、1つひとつの課題に合わせて見据え、ジャンプしていく日々。本橋氏は「これが私の得意領域」と確信し、楽しみながら幾つもの谷を飛び越えていった。その結果が冒頭で示した40業種100社以上の導入実績だったのである。

本橋例えば、中古品売買にデータサイエンスを活用したケースがあります。

中古品の買取事業をしている企業としては、常に持ち込まれる品を適正な買い取り価格で扱わなければ、利益率に大きく影響してきます。ところが、中古市場は常に様々な外部環境から影響を受けるため「●●年製の●●タイプの中古品ならば、常に●●円で買い取るのが最適」というように固定できない。従来はベテランによる長年の勘なども用いられ、アナログなプロセスで決定していたそうですが、日々集まってくる多様なデータを解析しながら「今この時期ならば●●円が適正」という風に、デジタルな指標をシステムが示せたなら、より効率の良いビジネスが成立します。そこにNECのAIを組み込もうということになりました。

要は査定価格決定プロセスに、データ解析の成果を導入するアプローチ。素人考えではさほど難しくもなさそうに感じるが、そうはいかないという。

本橋この市場でなければ、査定価格をAIが10回見積もって、そのうち9回が結果として利益の最大化につながる答えだったとしても、許されるかもしれません。ところがこの市場の製品は、1つひとつが非常に高額でした。10回の内1回でも、とんでもなく高い査定をしてしまったなら、その企業は大損することになります。つまり確率90%じゃダメ、100%じゃなければいけない、という理屈なのですが、現状のAIで100%は無理なんです。

まさに、これこそが現実の「谷」だ。どうするのか?肩を落として撤退するしかないのか?

本橋それじゃ私が参加している意味がありません(笑)。「さてと、どうしようかな」と考えました。そうして、「今提示したこの査定価格がハズレかもしれない確率」も示せばいいのではないか、そんな考えに到達したんです。

まさに“目からウロコ”の発想。そもそも、中古品売買における価格の最終決定は人間が行うのだ。すべてをAIが自動化してしまえれば業務効率は飛躍的に上がるだろうが、「100%間違いのない査定」を現状のAIが実現できない以上は、必ず最終ジャッジに人間の手が加わる。それならば「この製品の適正と思える買い取り価格は●●円。ただし、この査定が間違っている確率は●%存在する」という結果さえ示せれば、この内容を人間がいかようにでも料理していけば良い。

「AIはあくまでも人間の決断を手助けする相棒として、出来る限りの力を発揮すれば良い」という本橋氏の発想がこの対策につながったのだ。

本橋この案件はかなり前に着手したのですが、5年以上が経過した今でも私たちが提供したシステムを変わらず活用していただいています。それが嬉しいですし、自慢でもあるんです。

一般的にデータ活用の営みは、学習データが増えれば増えるほど精度が上がって改善されていくものだと思われていますよね。でも、必ずしもそうとは限りません。

どんなビジネスの領域でも、最近は年に1回くらいの頻度で「想定外の事態」が生じています。市場が予想を超える勢いで変化したり、企業の業績に非連続な変化があったり。例えばコロナ禍でマスクが爆発的に売れましたが、この状況を過去の膨大なデータがあるからといって、予想できたでしょうか?

しかし、事業をやる上では「不測の事態だからやむを得ない」などと言っていられません。その都度対応が求められる。そういう現実にありながら、このAIを活用したシステムが長年有効活用されているというのは、手前味噌ですが凄いことなんですよ。

こう話した上で、本橋氏はビジネスサイド・データサイエンティストが心得ておくべきポイントが2つあるのだと示す。1つは「AIを使うのはあくまでも人である」ということ。もう1つは「使うのは仕事という局面においてである」ということ。

後者の心得で本橋氏が強調するのは「仕事で使われるからには“常に動いている”ことが必須で、なおかつ、どんな状況を迎えようとその算定クオリティに変化があってはならない」ということだ。

その他にも本橋氏が手がけた事例は数多いが、印象に残るものとして次に挙がったのは、インフラ事業を営む大企業との取り組み。テーマは、事故の防止対策につながるデータ解析だったというが、この事案で本橋氏はテキストマイニング、文書解析のアプローチを大いに使っていったという。

本橋データサイエンスで用いるデータの種類は、今でこそ実に幅広いものになっていますが、ほんの数年前までは、もともと数値化されているようなデータソースを使うケースが大部分でした。文字や文書などのデジタル化しにくい情報類をデータサイエンスの俎上に乗せる技術は、この数年で一気に進化をしたんです。

サイエンティストとして「これは近いうちに絶対に“来る”ぞ」という直感が働きましたし、ぜひともこの文書解析の成果を「ビジネスに実装する最初の担い手になりたい」とも思っていました。

あくまでも「実験」ではなく「実装」なのだと念を押す本橋氏。「実験」段階でしかないものは、結局のところ谷の向こうの「アカデミックな領域」で行われているに過ぎない。「実装」し、リアルなビジネスに「実用化」され、「結果」となって表れることにワクワクする。それがビジネスサイド・データサイエンティストのやりがいというわけだ。

本橋氏が3つめの事例として挙げたのは、企業の案件ではなく経済産業省が主体となって進める地域経済分析システム「RESAS(リーサス、Regional Economy Society Analyzing)」だった。

本橋私が携わったのはごく一部の機能なのですが、簡単にいえば日本全国の都道府県・市区町村のあらゆる実情データをワンクリックで呼び出せるシステムの構築です。無数の地域データが集積されているものの、あまりにも膨大かつ多様過ぎて、いざという時に確認したい情報にすぐたどり着けないという課題がありました。

それを、ITだけでなくデータサイエンスのロジックも用いて、欲しい情報に瞬時にたどり着けるようにしたんです。面白かったのは、この時、あえて機械学習の手法をそこまで用いずにチャレンジしたこと。これもまたやりがいを感じました。

NECという幅広い業種・業界とのつながりゆえ、前例が通用しないことも多々あっただろう。だが、困難ややりがいに突き動かされる本橋氏は、むしろ楽しんで取り組んだという。

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ビジネスサイド・データサイエンティストに必要な3つの才能

冒頭で示したように、今回のインタビューでは「プロフェッショナルなデータサイエンティストになる方法」がテーマだった。本橋氏が語ってくれた「自身が歩んだ道のり」からは、先進的な論理や技術を追いかけるのもデータサイエンティストだが、本橋氏のように実ビジネスが抱える課題の解決や、ビジネス変革の実現に、「谷を越えて」挑んでいくビジネスサイド・データサイエンティストという生き方があることも実感できたに違いない。

だが、それでも改めて聞いてみた。本橋氏のようなビジネスサイド・データサイエンティストという立場になり、成果を上げ、達成感を満喫しようというのなら、何が必要なのかを。

本橋3つの才能と言えばいいのか、努力と言えばいいのか、そこはまとまっていませんが、とにかく大事な要素が3つあると思っています。

1つは「数字勘」。数字にまつわる直感力といえばいいでしょうか。データサイエンティストをアスリートだと見立てた場合、この数字勘こそが動きのすべてを左右するインナーマッスルに当たります。じゃあ、どうすれば数字勘を高く維持できるか、という問いへの答えもアスリートで例えられます。要するに、筋トレあるのみなんです(笑)。

ここまですべての話を俯瞰的かつ客観的に、ビジネスに絡んでくる理不尽な事情まで呑み込んで大局的に語ってくれた本橋氏だが、ここでは直球で「数字勘」という要素を示してきた。じゃあいったい、どんな「筋トレ」を本橋氏は実践しているのか?

本橋私の経験上、中学受験くらいのレベルの数学の問題を解いたりするのが、一番インナーマッスルに効きますね(笑)。これを欠かさずやっています。あとはセンター試験の数学の問題にも取り組み続けていますし、プレゼンの場でパワーポイント等のスライドに数表が示されたりすると、条件反射的に暗算を始めています。

まあこのへんは努力というよりも、習性といったほうが良いかもしれません。とにかく、数字というデータの基本と向き合い続け、それが物語っているものを読み解く習慣を続けていくことで、直感は明らかにひらめきやすくなります。

次に本橋氏が示した2つめの才能は、打って変わってビジネス寄りのものだった。

本橋相手の気持ちを常に考える。それを努力して続けていくことができる才能です。私がクライアント企業のかたがたとお会いする時には、たいていNECサイドも複数の人間がいますし、「自分はデータサイエンスの専門家なのだから、専門家として発言できればいい」と決め込んでサボることも可能です。

ただ、とにかく多種多様な業種や企業と向き合うわけですから、その都度「未知のビジネス領域」に直面します。どんな仕事をされている会社で、近年の業績はどうなっていて、今日お会いする社長がどういう人物なのか、といった情報は事前に容易に調べられますよね。

通訳の人がCNNを見るのと一緒で、私は決算短信などを読み込みます。数字の裏にある意味がわかるようになるためです。

どんなビジネスにも、直接携わっているかたがたにとっては当たり前になっている常識があります。それを知らずにデータサイエンティストが自分の専門領域の頭だけで物事を考えるのと、少しでもクライアントの皆さんが備えている常識を知った上で、解決すべき課題と向き合うのとでは大きな違いがでます。なぜなら、私たちの使命はお客さまのビジネスを良くすることだから。

「何をしている人たちで、日々どんなことを感じているのか」に興味が持てる人は、ビジネスサイド・データサイエンティストとしての才能を持っている。私はそう確信しています。逆にお客さまのビジネスに関心も好奇心も持てないサイエンティストには、その会社にとって最良のAIを提供することなんてできやしないと思ってもいます。

最後に本橋氏が挙げた3つめの才能に、思わず笑ってしまった。もちろん、当の本橋氏は真剣そのもの。

本橋眠くない人です。「え?」と思いますよね(笑)、でもこれ非常に重要なんです。ちなみに私は、これを重視していますから、どんな多忙でもグッスリ眠って、常に「眠くない人」として仕事に携わっています。ワケは簡単です。データサイエンティストにとって最も重要なのが「頭の瞬発力」だからです。

もちろん、実際のプロジェクトを進行していく上では、積み上げ式に持久走のような脳の使い方もしますが、重要な気づきを得る時に必要なのは、先に挙げた数字勘であり、それを万全の状態で発揮して瞬発力を示すことにあります。最大の敵は眠気。ですから、私は自分のチームのメンバーにはしつこく言い続けていますよ、「徹夜は禁止」と。

気の遠くなるような膨大なデータ群と渡り合うデータサイエンティストの仕事は、ともすると緻密で辛抱強い脳の使い方をしている印象になりがち。本橋氏も「そういう側面ももちろんある」とは言うが、例えばAIのミスを発見するのは非常に困難なのだという。そんな時効果を発揮するのが、瞬間的な気づきとのこと。冴えた頭で絶対にあり得ないようなことまでやってのけるのも、データサイエンティストの務めというわけだ。

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誰もが名前でググられる時代。
データサイエンティストも“個人名”出して目立つべし

最後の最後に、「NECにおけるデータサイエンティストの顔」をしていることについて聞いたみた。業務で忙しい中、講演やインタビューなど、大変じゃないのですか?と。すると意外な答えが返ってきた。データサイエンティストを抱える企業にとっても、これから本橋氏のようなビジネスサイド・データサイエンティストを目指そうとしている個人にとっても、大いに参考になる話だったので紹介したい。

本橋NECは大企業です。10万人以上が働き、3兆円以上の売上を上げています。そういう場で働くことを善しとするかどうかは個々の価値観によりますが、NECに限らず巨大な組織の一員となって働いていると、「個人としてはなかなか観測されない存在」になりやすいですよね。その社員がどんなに物凄い成果を出していても、なかなか世間には気づいてもらえません。起業したり、少数精鋭のスタートアップで働いている人たちの方が、個人としてはずっとクローズアップされやすいですよね。

私個人の人生観からすれば、正直そんなことどっちだって良いじゃないか、という気持ちはあります。ただ、今日のビジネス環境や、そこで従事するAI関係者やデータサイエンティストの働きぶりの実態を見るにつけ、こう思うようになったんです。「ある意味、コンサルタントなどと似たような部分がデータサイエンティストにはあって、“どの組織に属しているのか”以上に“その個人は今までどんな成果を出してきたか”が問われる職種になりつつあるな」と。

例えば、自社の特定領域に、データ活用やAI導入でブレークスルーを目指そうと考えた経営者や現場マネージャーがいたとしたら、2つのアクションを起こすはず。

1つはこれまでに付き合いのあるビジネスパートナーの中に、データサイエンスにおいて成果を上げているところがあるのかどうかを調べること。もう1つは、今取りかかろうとしている課題解決と類似したケースで、すでに成果を上げたAI集団もしくはデータサイエンティストが存在するのかどうかを調べることだ。

後者の調査を企業が行った時、例えば「NECの本橋氏が●●年に●●社のこういう事案で、こういうアプローチをして成果を上げた」と判明すれば、仮にその会社にNECとのつき合いがそれまでなかったとしても触手は動く。いわゆるIT系のプログラマーや製造業の特定分野のエキスパートにも起こり得る現象だろうが、それよりももっと高頻度でこうした動きが現れやすいのがデータサイエンスの領域だろう。それは本橋氏が指摘したように、コンサルタントや弁護士などにも通ずる「個人名の重みが大きい職種」になりつつあることを示している。

本橋つまり、データサイエンティストは“もっと目立つべき”なんです。今の時代、名刺を渡したら誰だってググられますよ?学生と話すとき、必ずそう伝えています(笑)。だから、何かと名前を出しておいたほうがいい。

そういうわけですから、私は自分が「NECの顔」として講演で話したり、著書を書いたりすることを楽しんでやっています。

1つには「そうしてNECの価値を少しでも上げることに役立つのなら嬉しい」という気持ちもあってのことですが、もう1つ「私の個人名が知られていくことにもちゃんと意味がある。だから引き受けている」という気持ちもあるんです。そして、そう思っているからこそ、私のチームのメンバーには「イベントにどんどん登壇して話をしてこい」と言っています。誤解を恐れずにお教えしますが「いざという時、NECを辞めても食べていけるように、自分の名前をどんどん売ってこい」とまで言っているんですよ。

話の上手い本橋氏のこと、ちゃんとオチはある。

本橋私自身もそうですけれど、「いつ会社を辞めても食べていける」くらいに自己を発信することができていれば、人というのはその会社を辞めようとはしないものです。だって、NECにいるからこそたくさんのチャレンジができるんですから。そして、その成果を自分の名前でまた発信すれば、それはNECのブランドにもつながるんです。なにも無理に会社を辞める必要なんてない、という理屈に落ち着きます(笑)。

だからこそ胸を張って言います「私の仕事は、部下がこの会社を辞めやすくすることです」と。

もう何も書き足すことはない。「なんだかワクワクする話だ」とさえ思えば、資格は十分だ。まずは扉をたたいて話を聞きに行こうとしてみる、それがプロフェッショナルに近づくための第一歩になるのではないだろうか。

こちらの記事は2020年12月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

森川 直樹

写真

藤田 慎一郎

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本橋 洋介
  • 日本電気株式会社(NEC) AI・アナリティクス事業部 兼 データサイエンス研究所 兼 価値共創センター シニアエキスパート 
公開日2019/12/25

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