AI×SaaSが高成長を続ける理由を、「共進化」に学ぶ──PKSHA上野山が振り返る、創業からの事業展開ヒストリー

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インタビュイー
上野山 勝也
  • 株式会社PKSHA Technology 代表取締役 

未来のソフトウエアの研究開発と社会実装をライフワークとし、人と共進化/対話をする多様なAIアシスタントを創業以来累計約2600社に導入。ボストン コンサルティング グループ、グリー・インターナショナルを経て、東京大学松尾研究室にて博士(機械学習)取得後、2012年PKSHATechnologyを創業。
内閣官房デジタル行財政改革会議構成員、内閣官房デジタル市場競争会議構成員、デジタル庁参与等の公務に従事し、社会におけるAI/ソフトウエアの在り方を検討。

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「AIを活用したSaaSプロダクト」と言えば?FastGrowの読者なら、すぐにいくつか思い浮かぶかもしれない。だが、その中にPKSHA Technology(パークシャテクノロジー:以下、パークシャ)の提供するプロダクトは入っていただろうか。あまり入らないように感じられる。この企業に対してはどちらかと言えば、AIソリューションのイメージを持っている人が多いだろう。

それを否定するわけではないのだが、実はSaaS事業が唯一無二の価値を発揮するほど、進化を遂げているのだ。ARRは18四半期連続で増加中で50億目前だ。導入企業数は2200社を超える。この事実を知らない読者が、少なからずいるだろう。

なぜここまでの成長を実現できているのか?それはもちろん、AIソリューション事業や、その根幹をなすR&D事業といった基盤があってこそだ。そしてこの基盤を形成する思想が「共進化」。この記事で解き明かすキーワードがこれだ。

事業だけではない。組織も、メンバー一人ひとりの自己成長も、すべてがこの「共進化」によって形作られている。

なお、何も同社が特別な企業だから「共進化」を実現できているというわけではない。どんな企業でも、どんな事業でも、転用できる学びは少なからずある。それを紐解いていくのが、この記事だ。

  • TEXT BY YUICHI YAMAGISHI
  • PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
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仕事の本質とは──。
“人との対話・相互作用”で、人は進化する

SaaSはここ数年のビジネストレンドといえるだろう。急成長を遂げているのは、企業の人手不足を補ったり、ユーザーの生活をさらに便利にしたり、現代社会のニーズを的確に捉えたプロダクトたちだ。

しかし、パークシャはその半歩先を行く。なぜなら、ニーズに合致することはもちろんのこと、「人と対話し、人を進化させるソフトウエア」だからだ。

上野山未来のソフトウエアは人と言葉で話し、対話をしているはずです。15年間ソフトウエア進化の探求を続けて来ましたが、たどり着いた結論がそれです。なので、我々は対話技術を軸に事業を展開しています。人とソフトウエアが対話を通じ「共進化」する世界を創りたい。プロダクトだけでなく、弊社の組織や文化、そして事業構造にも、対話を通じて進化するという「共進化」という思想が宿っています。

冒頭でも紹介した事業が高成長を続けている所以がここにある。圧倒的な業績は結果でしかなく、パークシャが実現しようとしているのは人とソフトウエアが対話し進化し続ける社会なのだ。

ところで、「共進化……? それってただの進化とは何か違うの?」とお思いの読者諸氏。共進化の概念は深い。しかし最後まで読めば、新しい概念があなたの脳に確実にインストールされる。

取材中に何度も出てきたこのキーワード。生物学に由来する耳慣れない言葉だが、本来は「密接な関係を持つ複数の種が、互いに影響し合いながら進化すること」を指す。

パークシャでは生物学に限定せず、人やソフトウエア、組織、社会などさまざまな関係性の中で使われ、パークシャの事業や思想を表わすのにぴったりな言葉だ。

上野山共進化とは「対話を通じ、双方が良い方向に進化する」ことです。例えば、チームの中で個人と個人が共進化すること。人とソフトウエアが対話を通じて共進化すること。企業が社会と共進化して、事業モデルがアップデートしていくこと。すべて共進化だと捉えています。また、私たちの会社やビジョンも、社会との共進化を経て、経営戦略や事業戦略がアップデートされてきたんです。

弊社ならではの概念ですが、実はみなさんもそれに近い経験を日常的にしていると思うんです。例えば「お客さんに鍛えられました」という経験ってありますよね。仕事や顧客と対話して共に進化して、個やチームの能力が上がっていく。言い換えると、外界との動的なインタラクション(相互作用)で自分が書き換わっていく。こういったことが、仕事の喜びや人間の成長の本質なんじゃないかと思います。

よりイメージがしやすいように、教育分野向けのアルゴリズムをベネッセコーポレーションと共同開発した「共進化」の事例を挙げよう。これまでの教育現場では「教師が生徒に対して一方的に教える」のが当たり前だった。この関係性にAIを導入することで、出題者側も学習していく仕組みを構築した。

上野山勉強は基本的に、先生が一人ひとりと対話したほうが学習効果が高い。そんな考え方から生まれたのが「個別指導」ですよね。私たちはそれを、ソフトウエアの力で拡張できないかと考えました。

やったことはシンプルです。生徒の「つまずきデータ」「間違いデータ」をAIで吸収して、個人の学習に合わせて出題の仕方を変えられるソフトウエアを設計したんです。

言い換えれば、先生側が、生徒側のつまずきデータを学習し、仕事の仕方を変化させます。これがまさに先生と生徒の共進化です。

生徒の進化だけではなく、教師の進化にも着目している点がミソだ。互いに進化し合うから、結果として従来の目的である「生徒の学力向上」を、他の生徒も含めて実現できるようになる。

このように、「共進化による動的な相互作用が世の中にもっと広がるべき」だと上野山氏は力強く語る。「いかにして事業をスケールさせていくか」を日々考えているFastGrowの読者にとって、活用しないわけにはいかない考え方なのではないだろうか。

人とソフトウエアの共進化(PKSHA Technology提供)

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事業が持つ3つの共進化構造ーー。
それは先端技術をカオスな社会に実装していく仕組み

パークシャはなぜ、このような考えのもとに経営を続けてこれたのか、そんな疑問もわくだろう。だが、上野山氏の答えは「今振り返ると、パークシャ自体が、社会と共に進化してきた」。つまり、最初から完全に思い描いてこのように進めてきたわけでもないのが実態だ。

事業は現在、3層で構成され、R&Dを軸とした「Layer 0」、個別のクライアントに対しAIを用いたソリューションを提供する「Layer 1」、SaaSプロダクトを展開する「Layer 2」と説明される。Layer 0、Layer 1での蓄積を経て、Layer 2における事業拡大を一気に加速させるフェーズにある。

この3層は初め、1層(Layer0) しかなかった。事業モデルの成り立ちを知ることで、パークシャ自身の共進化の歴史を知ることができる。

上野山このLayer 0~2の概念は創業当初からあったわけではなく、Layer 0→Layer1→Layer2という順序で成長していきました。今振り返ってみると、その成長が弊社と社会、様々なクライアントとの共進化プロセスそのものでした。様々なクライアントとのディスカッションを経てより良い方向に共に進化してきました。

PKSHA Technologyの3つの共進化(根→幹→果実化)(PKSHA Technology提供)

パークシャは10年前、最先端情報の技術者らのチームが東京大学からスピンアウトして始まった。

機械学習や自然言語処理、画像処理などの技術をいかに社会実装しようかとチャレンジを開始。創業当初の事業内容が、Layer 0だ。

上野山そもそもデジタルのイノベーションが起きている領域は不確実性が高く、社会実装という意味ではカオス(混沌)な状態です。

大学の工学系研究者はほぼ皆、技術を社会実装したいと思っています。しかしあまり実現できません。その理由は、社会実装までの不確実性が高すぎるからです。その間を仕組みでつないでいるのが、当社の三つのLayerの事業です。

この三つのLayer構造から見ると、共進化とは「先端技術が不確実性の高い中、社会との共進化と経て社会実装されていくための方法論」とも言い換えられます。私たちは、先端技術と社会をつなぐ事業をしているというわけなんです。

なお、同社の事業のすごさは、ほんの一部に社会実装しているだけではない点にある。AIチャットボットやFAQシステムのSaaSプロダクトや、クレジットカードのAI不正検知スコアリングシステムで国内トップシェアを獲得しているのだ。そうしたつながりを、次のセクションから具体的に見ていこう。

PKSHA TechnologyによるAIの社会実装イメージ(PKSHA Technology提供)

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先端技術を、手のひらに届ける。
行き着いた先は人と対話し共進化するソフトウエア、
“AI SaaS”

Layer 0で培った技術を、レゴブロックのようにモジュール化して組み合わせ、エンタープライズ企業へソリューションとして提供する。それがLayer 1だ。

Layer1では日本を代表する大企業と共に、業界課題をソフトウエアでどう解決するかという対話を積み重ね、AIソリューションを提供している。ひとつの企業に閉じた課題ではなく業界全体がどう進化するかを見据えて、多様な業界のクライアントの知見にソフトウエアの専門性を掛け合わせ社会価値を創出する。

さらに、Layer1で培った業界知見・ノウハウをプロダクトという形で広く社会に提供をするのがLayer2の「AI SaaS」事業だ。今は自然言語処理技術・音声認識技術を基盤にしたチャットボットやFAQシステムといった複数のAI SaaSを主に社内従業員業務領域と顧客接点領域向けにサービスを展開している。市場シェアNo.1(※)のチャットボットの累計対話数は3億回を超える。(※出典:富士キメラ総研2022人工知能ビジネス総調査)

上野山Layer 1は、ナショナルクライアントとも呼ばれるような大企業を対象に、パークシャのアルゴリズムをインストールする進め方でした。インフラのように広がる大きなアセットを活用しながら、どこまで世の中にインパクトを与えられるのかを実践しながら試してきました。さまざまな企業とプロジェクトを通じて議論する中で、私たちもお客様も共に進化してきました。2つの個やチームが高め合いながら、循環していく。

しかし、ソリューションの開発と提供が済むと、アルゴリズムは使い続けられますが、プロジェクトが終わり、ディスカッションがなくなってしまう。また、一社一社カスタマイズ型で提供できますが、多くの数の企業様に同時に使って頂くのは難しい、何か方法はないかと考えて、プロダクト開発に行き着きました。

つまり、より多くの企業と共進化しながら、価値を提供し続けられる形態がLayer 2です。より広く届けたいとの思いから、Layer 1からLayer 2へと事業が広がっていきました。木の枝や葉の部分をモチーフにしているのも、この理由からです。

さまざまな顧客と試行錯誤する中で、共通的なニーズや業界全体の課題に巡り合い、事業構造がLayer 2へと共進化していった。さらに、Layer 2のプロダクトの原型である「対話エンジン」が生まれた。

上野山人と対話し、人と共進化するAI SaaSを創っているのがLayer2です。特に現在は、コミュニケーションをエンパワーメントすることに注力しています。社会も企業活動もコミュニケーションでできています。

それらからコミュニケーションを引くと、実は何も残りません。しかしそのほとんどが、デジタル化されていません。「AIが人の仕事を奪う」と言われることがありますが、仕事を奪うのではなく、働く人や生活者と対話をし共に進化していくことを目指しています。例えば「受ける電話の2割がクレーム」といわれるコールセンターでは、チャットボットなどのバーチャルエージェントが1次受けし、高度な設定と言語処理を通じて顧客の状況をヒアリングして理解・整理します。その上で電話をオペレーターにつなぐことで、電話を架ける側、受ける側共にストレスは減り、より人間のクリエイティビティが発揮される課題に向き合うことが可能になります。

AI SaaSのARRは約50億円とそれなりの規模になってきましたが、Layer 2の伸びしろを考えればまだ始まったばかり。これからが楽しみで仕方がありません。

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活躍するのは元JAXA、元コンサルのエンジニア。
異能が共進化する組織を目指して

これまで謎が多かった同社の事業について、イメージが湧くようになってきただろうか。

だが一方で、構想がきれいに整い過ぎて、実効性に疑問を持つ読者もいるかもしれない。そこで最後に、どのように組織が構成されているのかという部分に触れていこう。もちろんここでも、キーワードは「共進化」だ。ちなみに、具体的な事業やプロダクトについては、追って記事化するので楽しみにしていてほしい。

(PKSHA Technology提供)

このスライドは共進化を実現する要素について、旧来型の会社とパークシャとの対比を書いた社内資料です。トップダウンで意思決定をするのではなく、一人一人が動的に課題に試行錯誤し、対話することで事業に日々向き合っているという。自分と他者との違いを、パークシャでは差分や変化量を意味する「デルタ(Δ)」と呼んでいる。「異なる専門性が組み合わさって価値につながり、人と人との違いが価値になるべきである」という思想がパークシャの根底にある。周囲に同調して合わせるのではなく、尖るのでもなく、違いを楽しむことが大切だと考える。異なる関係性のほうが、新たな価値をもたらす。

自分や仲間のデルタとは何かを理解し、コラボする。同調圧力ではなく違いを楽しむ。これが、共進化の原型であり、まったく同じ人が2人いても共進化は生まれない。こうした考えが、組織づくりの根底にある。

上野山私たちは、ソフトウエアの力によって社会から同調圧力を減らし、もっと多様性溢れるものにしたい。 不要な同調圧力が減れば、皆もっと自分らしくいられる。結果的に、隠れた多様性が見えるようになるはずです。

「イノベーションは基本的に新結合、つまり複数の新しいものをつなげることで起こる」と上野山氏。複数の違い(デルタ)が、自分の領域を超えて上手くつながることで、イノベーションは起こるのだと言う。この、自分自身が元来持つスキルや考え方の領域から踏み出すことを「越境」と呼んでいる。

上野山逆に言えば「新結合を生むために、越境し、異なるデルタと共進化する」。そんな感覚も私にはあります。せっかく尖った技術を持っていても、それが何につながるのか分からなかったら、社会にとって価値はないわけで。

違い(デルタ)を価値につながるためには、どの技術がどのニーズに当てハマるのか知るために自ら運動しなければならない。議論しインタラクションしなければならないし、その中でイノベーションは起こっていくと思います。だから新しい価値を創るには越境する必要があります。

実際パークシャには、JAXAの技術者や半導体SSDを作っていたメンバー、コンサルティングファームから転職してきてエンジニアになったメンバー、グループ会社の経営を担うメンバーなどが在籍する。転職自体が大きな「越境」であり、かつパークシャ社内でも職種間で「越境」が起きている。

上野山意外だと言われるのですが、機械学習が未経験のエンジニアを当社はかなり採用しています。共進化を意識しお互いに学びあえば、ゼロからでもスピーディーに成長し、価値を発揮できるようになります。

AI SaaS事業も、未経験のメンバーが少なくありません。 未経験者の方が、ゼロベースで考え、イノベーティブな価値を創出することもあります。

新しいことを体験したい、成長したい。そんな人が、パークシャに向いていると思います。現状のスキルが大事なわけではなく、共進化し成長できるポテンシャルを大切にしています。

冒頭でも触れた事業成長の実績を考えれば、こうした組織づくりはやはり意外でもある。共進化は、一方通行ではなく双方向。互いに高め合いながら循環する概念だ。パークシャはこれからも、共進化という巨木のような生態系をさらに大きくして、テクノロジーを社会に実装し、成長していく。

取材陣に「私の仕事も共進化させたい」という想いが生まれたこと自体が、共進化が起こった証だろう。

こちらの記事は2022年11月28日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

山岸 裕一

写真

藤田 慎一郎

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