働き方より「働きがい」を改革。
セールスフォースが社員エンゲージメントに投資する理由とは
企業リサーチサイト「Vorkers」が毎年発表している「働きがいのある企業ランキング」で2018年の第1位になった株式会社セールスフォース・ドットコムに取材を敢行。
世は「働き方改革」の号令の下、残業時間削減、リモートワークの推進など小手先の施策に走りがちだが、本当の意味で社員の「働きがい」を重視する場合、企業には何ができるのか。
- TEXT BY YASUHIRO HATABE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
セールスフォース・ドットコムこそが自社のプロダクトを最も活用している
まず、皆さんがそれぞれどんな仕事をなさっているのかを教えてください。
伊藤私はプロダクトマーケティングを担当しています。Salesforceは、社名からもお分かりいただけるように営業支援・CRMのソリューションをクラウドで提供するものが主たる製品です。しかし実は、営業部門やカスタマーサポート部門“以外”の部門でもお使いいただけるプロダクトも幅広く取りそろえておりそういった製品を担当しています。
営業・サポートに限らずもっと会社全体でSalesforceを活用していただくと、例えば社内のコラボレーションを促進したり、組織の透明性を高めたりといった形で、社員の働き方を変える、今までにない働き方を実現することにつながると考えています。
浅田(靖)私は人事本部におりまして、その中で主にシェアードサービスという、人事のさまざまなオペレーションを統括しているチームの責任者をしています。
具体的には「コンシェルジュ」という、人事や総務・経理などのバックオフィス系の窓口を統合したプラットフォームをつくり、社内の事務手続きなどに要する手間や時間をできるだけ少なくし、本業にフォーカスできるようにしています。つまり、Salesforceのテクノロジーを、自社の社員が働きやすくするために活用しているわけです。
浅田(慎)私は、セールスフォース・ベンチャーズというベンチャー投資部門の責任者をしています。
「働きがいのある企業ランキング」の第1位になって、どう思われましたか?
伊藤狙って獲りに行ったわけではない中で、口コミベースで、OBや現社員に評価された意味を考えてみました。そこで見えてきたことは、セールスフォース・ドットコムという企業全体で、自分たちの製品であるSalesforceを使っていることが、働きがいを高めることにつながっているのではないかということでした。
浅田(靖)当社では「働きがい」をエンプロイー(社員)エンゲージメント」という言葉で表現しています。
Vorkersの「働きがいのある企業ランキング」の評価は現社員・元社員からの評価が元になっているということですが、会社に対する帰属意識を高めたり、社員のエンゲージメントを高めたりすることは、人事施策として注力すべき最も重要な要素だと捉えています。
顧客エンゲージメントは、そのまま社員エンゲージメントに転用できる
では、その「社員エンゲージメント」を高めようと意識しているわけですか?
浅田(靖)会社の「カルチャー」と「テクノロジー」「データ」を上手く融合させることによって、社員のエンゲージメントがより一層高まるという考え方を持っています。
伊藤セールスフォース ・ドットコムという会社は証券コードが「CRM」というくらいですから、CRMの会社として知られていますけれども、営業支援やCRM、マーケティングオートメーションなど、さまざまなシステムをOne Platformのクラウドサービスとして提供しています。
これらのシステム群は、顧客(カスタマー)を中心に据えて、セールス、カスタマーサポート、マーケティングなど、いずれも顧客とのつながりを管理し、促進するためのツールです。でも、これを顧客ではなく社員を中心に考えた場合、社員エンゲージメントを高めることに転用できるんですよ。
浅田(靖)例えば、先ほど話した「コンシェルジュ」のシステムは、本来は対顧客のサポート業務やコールセンター業務で使うソリューションをほぼそのまま使っています。
伊藤一般のコンシューマが、例えばある企業の顧客になり、サポートを受ける時に、自分が求めているものに近いほど「顧客エンゲージメント」は高まります。これを、顧客ではなく社内向けに行うと「社員エンゲージメント」が高まるということです。
Salesforceは、マーケティングの世界でいうところの「カスタマー・ジャーニー」、つまり、見込み客の時点から、やがて商品を買って実際に顧客となり、商品やサービスのファンになり、リピート購入する──という一連のサイクルに即して、各フェーズでエンゲージメントを高める機能を提供しています。
これと同じように、「社員ジャーニー」というものを考えることもできますよね。「見込み客」ならぬ「見込み社員」をリクルーティングして、候補者を管理し、採用に至る。入社して実際に社員になったら、できるだけ早く組織に馴染んで戦力になってもらう。戦力になったら、知見をうまく社内に展開してもらい、周りとコラボレーションしてもらう。そして退職後にもつながりをうまく維持できれば、いつかまた一緒に働く機会を見つけられるかもしれない。そういうことを、Salesforceを使うと促進できるわけです。
浅田(靖)社員エンゲージメント高める上で重要なことは、テクノロジーの会社である当社が、自社のテクノロジーとデータを活用しながら、「働きがい」を感じられる働き方、それを促進するカルチャーをつくっていることがポイントだと思います。
Chatterという社内SNSがあるのですが、そこで社員同士がいろいろな情報交換、ナレッジシェアリングをする仕組みがあるんです。ある営業の社員が、「今度、こういうお客さんに提案にいくんだけど、こういう情報をもっている人はいませんか?」とポストすると、瞬く間にいろんな人が、「こんな資料や情報があるよ」と協力を申し出るんです。こんな会社は他にないだろうな、と思いました。
浅田(慎)これはテクノロジーによって人の価値観や仕事の仕方をうまく変えられた例だと思っています。昔は、書面を送ろうとしたら手紙を書くしかありませんでしたが、やがてファクスが生まれ、メールが出てきて、今はチャットになった。コミュケーションの仕方がテクノロジーによって変わっていくことで、人の価値観や働き方も変化していきましたよね。
僕が3年前に入社した頃、日系大手SIer出身のベテラン中途メンバーが入社されたことがありました。おそらく、20年とか30年という期間、しっかりと稟議が必要な組織で働いてこられた方でしたが、そういう人でも、Chatterを使ったらあっとういう間に慣れて、コミュニケーションも意思決定も入社直後と比較してめちゃくちゃ早くなったことがあったんです。そういうふうに、テクノロジーが働き方や人の行動に影響を与えるということは、確かにあるのだと思っています。
あらゆる意思決定が数字ドリブン
マーケティング活動をする中でさまざまな企業と接点を持つ伊藤さんから見て、世の中の「働き方改革」についてどう思いますか?
伊藤直接話をしていると、確かに「残業時間を減らす」「リモートワークを導入する」といった話になりがちで、社員一人ひとりのモチベーションだとか、社員エンゲージメントに意識が回っている会社はまだ多くないのかな、という印象です。
ただ、われわれもHRの会社ではなく、あくまでもCRMの会社ですので、世の中の働き方改革のあり方に何か物申すつもりはありません。
たまたま光栄なことに「働きがいのある企業 No.1」という評価をいただいたので、他の会社と当社との「違い」は何だろうと考えてみると、当社が「Salesforceを使っている」という点は間違いなくある。それをピックアップして、マーケティング活動を通じて、「当社はこうしていますよ」ということを伝えています。
御社では、なぜ社員エンゲージメントを高めることが「是」となっているのでしょうか。
浅田(慎)社員エンゲージメントを高めることがビジネスに良い影響を与えることは、数字にも表れています。
われわれのようにクラウドでサービスを提供するSaaSビジネスは月額課金制です。そのため、継続して使っていただくことが非常に重要な指標になります。継続をするということは、お客様が満足してくださっているということです。
同じことがセールスフォース・ドットコムの社員の継続(定着率)にも当てはまります。半期に一度、全世界の社員に対して社員満足と調査が行われるのですが、人材の定着率の向上が目的です。そして、当社でそのグローバルデータを解析してみると、「社員の満足度」が高いと定着率も高くなることが分かったんです。
Salesforceが表面的な「働き方改革」に陥らず、本質的な社員エンゲージメントを追求できている背景には、何か理念や考え方があるのでしょうか。
伊藤当社のCEOであるマーク・ベニオフが、ハワイが大好きなんですよ。
ハワイ、ですか?
伊藤ええ。ハワイ語には「Ohana」(オハナ)という言葉があります。これは「家族」を意味する言葉なんですが、単純に血縁の意味以外にも、つながりや分かち合いを大切にしようとする考え方や、お互い助け合うことをいとわない間柄、という意味合いを持つ言葉です。
マーク・ベニオフは、この「Ohana」が代表するカルチャーを「Salesforce Ohana」として会社に持ち込みました。そのようにして、社員同士だけでなく、お客様やパートナー、地域社会など、当社と関係するすべての人々に対して家族のような思いやりを持って接し、世界をより良い場所にするために行動する企業文化をつくろうとしています。
伊藤このようなカルチャーが社会で浸透していることが、社員エンゲージメントを高めるというところにもつながっていると思います。
Salesforceは“売ったら終わり”という製品ではなく、サブスクリプションモデルでご利用いただくものである以上、お客様に継続的にご活用いただいて、お客様のビジネスが成功してこそ、当社自体もグロースしていくことになります。
そう考えれば、その成功を支える社員エンゲージメントにコミットしていく、投資していく必要がありますし、何より顧客エンゲージメントを語るのであれば、自社の社員エンゲージメントが高くないと説得力がありません。
浅田(靖) 会社が社員を「管理」するという考え方ではなく、「いかに社員が自律して、エンゲージして、生産性を高められるかが重要である」ということを理解して、施策を打っているかどうかが今回の結果として現れると思います。管理するための施策ではなく働く環境を整備して、社員の成長を促すことで会社の成長をドライブする、というのがセールスフォース・ドットコムの発想ですね。
浅田(慎)日本語では「人事」という組織名なんですが、英語の組織名はHRじゃなくて「Employee Success(社員の成功という意味)」という部署名であるところにもそのようなカルチャーが色濃く反映されています。
浅田(靖)これは元々、「Customer Success」から来ているキーワードです。営業部門が顧客本位で考えるのと同じように、われわれは社員本位でサービスを提供するという考えです。
組織の透明性が「働きがい」につながる
個別の施策で、社員エンゲージメントを高めるのに大きく寄与したものとしては、どんなものがありますか。
伊藤会社としての価値観やフィロソフィーをきちんと隅々まで伝播させないといけないということで、当社で独自に構築した、「V2MOM」という仕組みを導入しています。グローバルで3万人という規模になる組織の意思統一を図るためのフレームワークです。
CEOのマーク・ベニオフが、会社としての方向性と目標を打ち出して、それを達成するために、アジア圏では何をするか、日本のセールスフォース・ドットコムでは何をするか、どんどんブレイクダウンしていきます。さらに各部門、チーム、個々のメンバーにまで、目標とやるべきことを細分化していきます。
「V2MOM」とは、Vision(ビジョン)、Values(価値)、Methods(方法)、Obstacles(障害)、Measures(基準)の頭文字をつなぎ合わせた名称です。この5つの要素を、一人ひとりの社員について、達成したいビジョンは何か、どういう方法で達成するのか、克服しなければならない問題は何か、測定可能な目標、という形で決めていくわけです。
浅田(慎)V2MOMで重要なことは、全社員のV2MOMを、全社員がそのまま見ることができるということなんですね。ガラス張りの透明性が担保されている。
すると、例えば私が伊藤さんのV2MOMを見て、「あ、伊藤さんはこういうことを達成しないといけないんだ。だったら、自分はこういう形で協力できそうだな」と考えられるわけです。
浅田(靖)全社のビジョンと目標の達成に対して、全社員が何をもって貢献するかが明確にされているということですから、自然と社員のエンゲージメントを高めることにつながっていると思います。
ただ、V2MOMを一度決めたらそれで終わりというわけではありません。ビジネスやマーケットは常に変化しますので、四半期ごとに、状況を確認しながらブラッシュアップしていきます。
当社は、一昨年まで年間の目標を決めて、進捗を管理していくやり方をとっていたのですが、昨年度からそれはやめました。代わりに、毎月少なくとも1回はマネジャーが部下に対して「1on1(ワンオンワン)ミーティング」を実施してフィードバックを行います。そこでは、社員自身が成長できるような活動を行っているかどうかを確認しています。
伊藤私がセミナーやイベントの登壇時にお話しする時に、オーディエンスの方が強く興味を示してくれる話が、実はこの「1on1」なんですよね。上司と行う1on1や、直属の上司のさらに一つ上の上司と行う「スキップ1on1」をマンスリーで必ず行い、組織と個人の向かうべき方向にズレがないか確認し、もしズレていれば、その場ですぐに軌道修正を行います。
お話いただいた御社のカルチャーを知れば、セールスフォース・ドットコムで働いてみたいと思う人も多そうです。
伊藤当社では、リファラル採用を人事サイドで推奨しています。会社のカルチャーやビジョンにフィットする人を社員に紹介してもらったほうが、お互いにハッピーですので。
浅田(慎)でも、部署によって色がありますよね。営業でも大手企業向けと中小企業向けだと雰囲気に違いがあるように、僕からは見えますし、僕のチームには “投資チームらしい”パーソナリティの人が集まっています。起業を考えている人やベンチャーに興味がある人に、ぜひ来て欲しいですね。
浅田(靖)会社の成長とともに自分も成長したいという方には、ぜひチャレンジしていただきたいと思います。
こちらの記事は2018年04月17日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
畑邊 康浩
写真
藤田 慎一郎
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