連載VCが産業を語る
「セールステック」領域で、インサイドセールス勃興の兆し。
セールスフォース・ベンチャーズ浅田氏が語る、BtoBSaaS市場の展望
産業の未来を見据え、 次代のスタープレーヤーに投資しているベンチャーキャピタリスト。本連載では、既存産業の行く末と新産業勃興の兆しを捉えるため、 彼らが注目している領域について話を伺っていく。
第3弾となる今回は、セールスフォース・ベンチャーズで日本代表を務める、浅田慎二氏にインタビュー。株式会社ビズリーチ、freee株式会社、Sansan株式会社、株式会社ヤプリをはじめ、数々のBtoBSaaSスタートアップへの投資を行ってきた浅田氏は、セールステックの中でもとりわけインサイドセールス領域に注目し、「日本のBtoBSaaSスタートアップは、アメリカに圧倒的な差をつけられている」と危機感を露わにする。
プレイヤーから投資サイドに転じたプロフェッショナルが見る、BtoBSaaS市場の現在地と未来とは?
- TEXT BY MASAKI KOIKE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
BtoBSaaSのプロが注目するのは、「セールステック」領域
浅田氏が日本法人の代表を務めるセールスフォース・ベンチャーズは、法人向けに企業活動を支援するエンタープライズソフトウェア市場で、投資活動を行なっている。2009年の設立以降、世界中の約280社のBtoBSaaSスタートアップに、総額1,000億円ほどを投資してきた。日本の投資先には、ビズリーチ、freee、Sansan、ヤプリなどが名を連ねている。
世界中の最先端のBtoBSaaS市場を日々ウォッチしている浅田氏が注目するのが、企業のセールス業務を効率化する「Sales Tech(セールステック)」領域だ。
企業が向き合う法人顧客は、成約確度に応じて大きく3種類に分けられる──まだ検討段階の「Prospect(潜在顧客)」、導入意向は高いもののまだ合意に至っていない「Qualify(見込顧客)」、そして成約に至った「Close(受注/既存顧客)」。この3段階の顧客それぞれへのセールスアプローチを、テクノロジーを活用して効率化するSaaSスタートアップが勃興しているのだ。
新たな潜在顧客を開拓するためのデータベースを提供するSaaS、見込顧客の行動をもとに受注確度をランキング付けしてくれるSaaS、受注確度に応じて自動で適切なメールを送付してくれるSaaS…セールステック領域に取り組むスタートアップは数多く存在するが、そのほとんどがアメリカの企業だという。
浅田セールステックに取り組む目立った日本企業は10社もありませんが、シリコンバレーを中心としたアメリカには、比較にならないほどの数が存在しています。
日米差を生んでいる根本的な理由は、カルチャーの違いでしょうね。アメリカでは少しでも業務プロセスや時間を短縮することを是とする価値観がありますが、日本では、特にセールスにおいては、効率化が「手抜き」とみなされがちです。
アメリカの20年遅れ。日本でも「インサイドセールス」を普及させるべき理由
セールステックのなかでも、浅田氏が注視しているのが、見込顧客の育成に取り組むスタートアップ。「営業は気合いと根性で乗り切る」というカルチャーがまだまだ支配的な日本において、受注確度に応じて見込顧客を分類し、オフィスの中から電話やメールで効率的に営業活動を行うこの分野は、ブルーオーシャンだからだ。
見込顧客の育成は、セールスフォースが提唱する効率的なセールスの仕組み「The Model」における、「インサイドセールス」領域に該当する。「The Model」とは、セールスを「営業」と一括りに捉えるのではなく、潜在顧客を獲得する「マーケティング」、潜在顧客を見込顧客へと育成する「インサイドセールス」、見込顧客を受注へと導く「フィールドセールス」、契約済みの顧客からの売上最大化を目指す「カスタマーサクセス」の4つの部署に分けるモデルのこと。こうして分業化することで、ボトルネックと打ち手が明確化し、効率的に売上をアップさせられるのだ。
日本でも、マーケティング部署が独立して置かれることは一般的になった。また近年では、売り切り型ではなく継続的に売上を積み上げていかなければいけないSaaSのビジネスモデルの性質上、カスタマーサクセスにも一定の注目が集まるようになってきた。しかし、インサイドセールスへの注目度はアメリカに比べるとまだまだ低いという。
浅田アメリカでは1990年代にインサイドセールスという概念が生まれていました。対して日本では、最近になってようやく認識されはじめたレベル。
この差には、地理的条件が関係していると思っています。国土が広大なアメリカでは、フィールドセールスでカバーできる範囲に限界がある。カリフォルニアの企業がフロリダのお客さんに「明日来てください」と言われても、距離的に難しいですよね。
一方で日本は、そもそも都市一極集中型の人口モデルですし、国土が狭いので地方にも低いハードルで行けてしまう。それゆえ、わざわざインサイドセールスを行う必然性が生まれにくかったのでしょう。
浅田しかし近年は、働き方改革の余波で労働生産性の向上が急務になっているので、インサイドセールスによる業務効率化に取り組む理由が生まれています。
また、テクノロジーによる効率化をサービスとして提供するスタートアップが増えたことも、インサイドセールスの普及を後押している面があるでしょう。お客さんに効率化を促しているのに、自社がアナログな営業スタイルにとどまっているわけにはいかないですからね。
インサイドセールス導入のキモは「誰でもできる」業務設計にすること
セールスフォース・ベンチャーズを含め、セールスフォース・ドットコムは、インサイドセールスのパイオニアとして、日本中のさまざまな企業への導入支援も行なっている。人材育成からノルマ設定、昇格要件まで、ハンズオンで徹底的にサポートしてきた。
数々の企業のインサイドセールス導入のプロセスを見てきた浅田氏に、「インサイドセールスを導入する留意点」を尋ねると、「業務スコープを誰でもできるレベルに設定することが大事」と答えてくれた。
浅田インサイドセールスに受注を目指させるのは、特に単価の高い法人向けソリューションの場合、無理があります。あくまでも、フィールドセールスのアポイントを取ってもらえばいいんです。そのためには、シンプルにその潜在顧客が「本当に自社サービスに興味があるのか、それとも冷やかしなのか」を見極めるだけで十分。
インサイドセールス、リードナーチャリングといった字面だけ見ると、何か特別なスキルが必要なようにも思えますが、要は「仕分け」をしているんです。もちろん最初は確度が低くても、競合の成功事例を見たり、イベントに参加するなどして、徐々に興味を抱くようになるケースもあります。したがって「仕分け」は一回だけで終わるわけではないのですが、タスクを誰でもできる「仕分け作業」のレベルに落とし込むことで、スムーズに導入できるんです。
さらに「The Model」の4区分を一気通貫し、自動化させることに取り組むスタートアップも現れているという。なかでも浅田氏が期待を寄せているのが、セールスフォース・ベンチャーズの投資先企業でもある、アメリカの「HIGHSPOT」。見込顧客の属性や行動履歴をもとに、適切なプレゼン資料を自動生成してくれるサービスだ。精度も高く、十分実用に足るレベルだという。
「クラウドソフトウェアは劇的に業務を改善する」BtoBSaaSに魅せられた原体験
セールステックのSaaSスタートアップ市場の現在と未来を、鋭く見通す浅田氏。こうした市場観は「仮説や予想ではなく、すべて自分の原体験に基づいて形成された」という。
その原点は2000年代半ば、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社で、企業向けにサーバーを販売していた時期に遡る。全力で取り組んではいたものの、成約したが最後、製品がどう活用されているのかも分からず、値引き以外に顧客へ価値を提供している感覚がなかった。
煮え切らない思いを抱えながら、法人向けの人事クラウドソフトウェアを販売する新規事業を立ち上げた。そこでの経験が、エンタープライズソフトウェアのセールスに対する、浅田氏の考え方を変えてくれた。
浅田クラウドソフトウェアのセールスは、「売って終わり」では解約されてしまうので、実際に顧客が課題を解決する段階までサポートする必要がある。提供している価値が分かりやすく、目の前でお客さんが喜ぶ姿が見られる、クラウド型ソフトウェアの魅力を知り、心の底からやり甲斐を感じました。
その後、マサチューセッツ工科大学でスタートアップに関わる理論やケーススタディを学び、2012年より伊藤忠テクノロジーベンチャーズ株式会社に参画。現在に至る、ベンチャーキャピタリストとしてのキャリアをスタートさせた。
浅田投資サイドにまわってからも、株式会社ユーザベースやBoxなど、クラウドソフトウェアの企業に出資してきました。そして、クラウドのSaaS企業は軒並み伸びていったんです。セールスフォース・ベンチャーズに移ってからもその傾向は変わらず、「クラウドソフトウェアは業務を劇的に改善してくれる」と、漠然と感じていた仮説が確信に変わりました。
投資判断の際は、「人」ではなく「プロダクト」を重視する
プレイヤーとしての原体験をもとに投資活動を行う浅田氏らしく、現在においても、「日常的に手を動かす」ことを最重視している。メディアで情報収集をする際も、気になったサービスは使ってみるようにしているという。
浅田実際にサービスサイトを訪れ、ユーザー登録をして使ってみることで、価値が体感できます。そうすることで、新たな投資先候補を見つけるのに役立つのはもちろん、既存の投資先のサービス改善をアドバイスする際の材料にもできる。資金調達ニュースを見て終わりではなく、気になったら必ず実際に使ってみるようにしていますね。
「使ってみること」にこだわる浅田氏は、投資判断にあたっても、独自の哲学を持っている。「事業ではなく人を見て投資する」と語るベンチャーキャピタリストは多いが、浅田氏はそうではない。
浅田人も見ますが、プロダクトを重点的にチェックしています。もちろん、優秀な経営陣がいるスタートアップが伸びやすいことには同意しますが、ユーザーには関係のない話ですよね。有名企業出身だろうが、MBAを取っていようが、サービスが使いにくければユーザーには刺さらない。
そして、プロダクトの良し悪しを判断する際、実務家としてSaaSビジネスに従事していた経験が活きていると感じます。最新トレンドに関する知識だけでなく、実際に“バットを振っていた”経験があるからこそ、ユーザー目線でプロダクトの提供価値を判断できるんです。
スタートアップの“ムラ”に閉じこもっていては、世界には通用しない
最後に、日本のスタートアップ市場の展望を尋ねると、「現状は、良くも悪くも“ムラ”化してしまっている。そこに、アメリカをはじめグローバルなノウハウを注入していくことがカギだ」という答えが返ってきた。
浅田ここまでお話ししてきたように、アメリカは日本に比べて、テクノロジーによる効率化がかなり進んでいます。それは、「伝統的な大企業に勝てないと生き残れない」状況にあるからです。テクノロジー企業と大企業が同じ土俵で戦っていて、だからこそ大きなインパクトを残すスタートアップも現れている。
浅田対して日本は、まだまだスタートアップが閉鎖的な“ムラ”に閉じこもっている印象を受けます。一部上場企業の時価総額ランキング上位に食い込めている新興企業も、ほとんどいないですよね。グローバルノウハウを学び、その“ムラ”を大きくして大企業と対等に戦えるようになってこそ、スタートアップが世界を変えられるようになると思うんです。
グローバルノウハウを最大限活用し、日本のトップ企業に食い込むようなスタートアップが出てくれば、そこの出身者が新たなスタートアップにノウハウをシェアすることで、エコシステムが循環するようになる。しかし、グローバルノウハウを輸入する際に留意すべきは、小手先のテクニックだけでなく、「OSごと」アップデートすることだという。
浅田アメリカでは、日本と仕事のスタイルが180度違います。スピード感も圧倒的に早く、成果を残していれば年齢関係なく権限を委譲してもらえる。枝葉のツールや組織制度といった“アプリケーション”だけでなく、カルチャーをはじめとした会社の“OS”ごと輸入しないと、グローバルレベルで戦っていくことはできないでしょう。
冒頭でも触れたように、「SaaS元年」と呼ばれた2018年は、SaaSスタートアップへの注目が一気に高まった年だった。同年6月に邦訳版が刊行された『カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則』が話題を呼び、カスタマーサクセスの重要性が脚光を浴びたのも記憶に新しい。実際にFastGrowでも、カスタマーサクセス管理ツールを開発するHiCustomer株式会社の鈴木大貴氏に、カスタマーサクセスの要諦について話を伺った。
浅田氏の話を伺っていると、2019年のSaaS市場は、カスタマーサクセスの重要性はある程度の共通認識となったうえで、「インサイドセールス」が新たに重要性を帯びてくる兆しを感じさせられた。実際、2018年12月の「Inside Sales Conference 2018」、2019年1月の「bellFace Inside Sales Meetup 2019」など、インサイドセールスに特化した大型カンファレンスが続々と開催されている。
ますます存在感を増しているSaaS市場。その未来を正確に見通すことは難しい。だからこそ浅田氏のように「実際にユーザーとして使ってみる」姿勢が、ユーザーへの本質的な提供価値を考えるうえで重要なのではないだろうか。
こちらの記事は2019年02月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
写真
藤田 慎一郎
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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