連載VCが産業を語る
VCこそが“シルバー民主主義”を変革できる。
ヘルスケア領域にコミットするGCP福島智史、「社会課題」重視の投資哲学
産業の未来を見据え、 次代のスタープレーヤーに投資しているベンチャーキャピタリスト。 連載『VCが産業を語る』では、既存産業の行く末と新産業勃興の兆しを捉えるため、 彼らが注目している領域について話を伺っていく。
第8弾となる今回は、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)の福島智史氏にインタビューした。メドレーやカケハシをはじめ、主としてヘルスケアスタートアップへの投資を手がける福島氏。「社会課題の解決」を信条に掲げる同氏に、ヘルスケアスタートアップの現在地と未来、そして「民主主義システムの限界」を突破しうるVCのポテンシャルを聞いた。
- TEXT BY TETSUHIRO ISHIDA
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
「ヘルスケア=医療」ではない。“Patient Journey”の重要性
福島氏はこれまで、ヘルスケアスタートアップを中心に投資してきた。トラックレコードには、医療ヘルスケア分野におけるデジタル活用を進めるメドレー、電子薬歴・服薬指導SaaS『Musubi』を運営するカケハシ、内視鏡画像解析AIを開発するAIメディカルサービスなどが並ぶ。
しかし、一概に「ヘルスケア」といっても、福島氏が着目しているのは医療だけではないという。「予防」「診断」「治療」「予後」を包括した、カスタマージャーニーならぬ“Patient Journey”を見ているのだ。
福島病気にならないようにするための「予防」、罹患したかどうか判断する「診断」、病気を治す「治療」、そして余生や亡くなった後の過ごし方を考える「予後」。僕はこれらを総合して、「ヘルスケア」と捉えています。
たとえば、葬儀・葬式領域のスタートアップのよりそうにも投資している。Patient Journeyに則れば、葬儀やその準備も「予後」領域に該当する。
他に、ライフスタイル領域にも注目。オンライン少額短期保険サービス『わりかん保険』のjustInCaseや、宅配クリーニング『Lenet』を提供するホワイトプラスに投資している。
介護業界にも関心を寄せる。人手不足を背景に、業務の効率化やデジタルトランスフォーメーションを推進するスタートアップが増えているからだ。介護人材紹介の大手エス・エム・エス、介護施設マッチングサービスを運営するKURASERU、そして排泄を検知する装置『DFree』を製造販売するトリプル・ダブリュー・ジャパンなどが代表的。「今後もニーズは高まっていき、高齢者向けエンタメや採用サービス、マッチングサービスまで登場するかもしれません」と予測する。
福島ベンチャーキャピタルは、良い未来をつくる仕事。「明日から数千万円稼げる」といった視野のビジネスではなく、中長期的に社会課題の解決に取り組んでいる会社に投資したいんです。
投資先にヘルスケア企業が多いのも、その方針あってこそ。高齢者の数が増え、医療費が高騰していくのは不可逆な流れです。日本はこの社会課題が海外と比べて深刻化しているので、世界に先駆けて先行事例をつくり、グローバルに打って出られるポテンシャルも秘めていますしね。
まずはスタートアップ自身が「健康で長生き」を
社会課題の解決に取り組むスタートアップは、いわゆる「規制産業」に属するケースが多い。国の規制や業界の慣習に事業成長を左右されやすく、ヘルスケア産業も同様だという。
福島ヘルスケアのような規制産業は、規制緩和の波が来るタイミングを読むのが難しい。たとえば、メドレーが取り組んでいるオンライン診療は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、昨今は一気に規制が緩和されています。でも、事前にそれを予測するのはほぼ不可能ですよね。
だから、いつか来る波に備えて、待ち続けられる企業体力も重要なんです。メドレーも、人材プラットフォーム事業で生んだ利益を、オンライン診療をはじめとするSaaS型の医療プラットフォーム事業に投資する「二本柱のビジネスモデル」を構築できたから、待てた。
ヘルスケアスタートアップとして成功するためには、その会社自体が、健康で長生きしなければいけません。
規制産業の変革を推進する際には、現場を深く理解しなくてはならない。単にソフトウェアを導入するだけでなく、既存のオペレーションに合わせたサービス構築が求められるからだ。現場の人びとが何を想って働き、何に困っているかを知らなければ、新たなソリューションは支持されない。
福島医療現場の人に「儲かりますよ」と言っても響きません。患者さんの健康に寄与するための方法を熟慮しなければ、現場からの共感は得られない。既存のオペレーションを崩してまで新しいサービスを導入してもらうことは、とてもハードルが高いことなんです。
たとえば、先述した介護スタートアップのトリプル・ダブリュー・ジャパン代表取締役 中西敦士氏も、介護施設や老人ホームに泊まり込みで働いていた過去がある。業種は違えど、以前にFastGrowでも取り上げた、製造業の受発注プラットフォームを運営するキャディは、メンバーが町工場の従業員と直接会って話すことを奨励していた。
とはいえ、「現場に出る」ことが難しい領域もある。厳しい資格制度が敷かれている医療もその一つだ。そうした場合は、現場を「持ってしまう」手もある。投資ファンドが買収した病院で、スタートアップが情報収集を行うケースも現れているという。
GCPは、病院再生を手がけるユニゾン・キャピタルと提携。スタートアップが開発した技術を支援先の病院に導入し、フィードバックを得る機会を提供している。
プロフェッショナルファームの優秀層の多くが、スタートアップ業界に参画
福島氏は、もとからヘルスケア産業に携わっていたわけではない。2007年に新卒入社したドイツ証券では、上場企業のM&Aと資金調達に従事。ソフトバンクの2兆円ローン組成や3,000億円の社債発行などを支援してきた。
スタートアップの世界に飛び込んだのは、なぜだったのか。
福島優秀な人たちの多くが、スタートアップ業界に参入していたんです。そもそもドイツ証券に入社したのも、身の回りの優秀な人たちが、みんな投資銀行に入っていたから。
マネーフォワード取締役執行役員の金坂直哉さんや、メドレーの取締役CFOを務める河原亮さん、Spiral Capitalパートナーの千葉貴史さん、それにインターン時にメンターを務めてくれたメルペイ代表取締役CEOの青柳直樹さん……彼らはみんな、投資銀行にいました。尊敬していた彼らと一緒に仕事がしたい一心でした。
ところが彼らは、早々に投資銀行を去り、スタートアップの世界で活躍しはじめた。もう一度、彼らと働くにはどうすればいいか──そう考えるうちに、僕も一緒に世界を変えていける、ベンチャーキャピタルという仕事に出会いました。
ドイツ証券のときに、ソフトバンクを支援するなかで孫正義さんに圧倒され、起業家が世の中を変えていくパワーに強く惹かれていたことにも背中を押されましたね。
2014年、福島氏はGCPに転職。最初の2年は、暗中模索の日々が続く。起業家をはじめ、スタートアップ業界の内外の人びとと話す機会を増やし、投資家として追いかけるテーマを探っていった。
「高宮慎一(GCP 代表パートナー)さんに『まずは、お友達を100人つくりましょう』とアドバイスしてもらって(笑)、とにかく人と会っていましたね」と振り返る。
地道な活動を積み重ねていくうちに、元より社会課題の解決に関心があった福島氏の目は、自然とヘルスケアに向いていく。祖父母が薬局を営んでおり、医療が身近な存在であった点も後押しした。
ヘルスケア領域でのプレイヤーを増やすための、草の根活動も重ねていった。国内のヘルスケアスタートアップの数が少なかった時期から、ヘルスケアテクノロジー分野に特化した専門メディア『HealthTechNews』を運営する吉澤美弥子氏(現・Coral Capital Senior Associate)、トーマツベンチャーサポートでヘルスケア領域にコミットしていた緒方憲太郎氏(現・Voicy 代表取締役CEO)らとも協力した。
兄貴分・河野純一郎(現ANRI)との失敗から学んだ、VCの真髄
暗中模索の時期を抜け、福島氏がベンチャーキャピタリストとして自立できた感覚を得られたのは、ある「大失敗」がきっかけだったという。初のメインかつリードで抜擢された案件が、半年後には回収見込みが立たなくなってしまったのだ。
その案件は、伊藤忠テクノロジーベンチャーズに在籍していた河野純一郎氏(現・ANRI パートナー)と共同で手がけていたという。投資は失敗に終わったものの、河野氏から「VCの真髄」を学んだ。
福島とにかく最後の最後まで、できることは全部やりました。起業家や関係者と粘り強くコミュニケーションを取り、最善の着地点を探り続けた。なんとか収束させられましたが、「こんな失敗をしてしまったら、もう投資家としてやっていけないのではないか」とまで思いました。
でも、全部終わった後の帰り道に、河野さんが「次の案件もまた一緒にやろうな」って声をかけてくれて。実際にその後、「あのときのリベンジマッチだね」とカケハシの投資を共にしています。
たとえ投資としては失敗に終わっても、できることを一生懸命やっていれば見てくれる人はいると実感しました。投資家として、周りの人たちの信頼を積み重ねていくことの大切さを学んだんです。
ベンチャーキャピタルは、“シルバー民主主義”の突破口になる
業界のさらなる発展に向け、最も変革すべきなのは「カルチャー」だと福島氏は言う。
福島ヘルスケア企業には、社会貢献の意欲が高く、“性格の良い人”がたくさん入ってきてくれます。それ自体は素晴らしいことですが、事業成長に対するコミット力がやや不足してしまうことも少なくありません。
「なんとしてもKPIを達成しよう」といったカルチャーが弱く、それゆえに事業成長のスピードがゆるやかになりがちなんです。
ですから、他の業界で成功体験を積んだミドル層の優秀なビジネスパーソンにもっと参入してもらいたい。事業成長にコミットするカルチャーを強くしていく必要があると思っています。
一方で、他業界の出身者がヘルスケアスタートアップを立ち上げる際は、課題に対する理解が深まりきらないケースも多いという。
福島思い浮かんだ課題が、現場の方々にとっても“課題”なのかどうかは、慎重に検討しなくてはなりません。医療従事者からすると「たいして困っていない」課題に取り組んでしまうケースも多いんですよ。“nice to have”ではなく“must have”のサービスとなっているか。
身の回りで健康に困っている人はもちろん、医療現場のプロフェッショナルまで、できるだけ多くの人たちの声を聞いて理解しながら検証してほしいと思っています。
最後に今後の展望を聞くと、社会課題への関心が高い福島氏らしく、スタートアップ業界を超えた視点で話してくれた。
福島ベンチャー投資を通じて、世代間の不平等を解消していきたいんです。GCPは、年金基金をはじめとする機関投資家の方々からお預かりしたお金を運用しています。これは、上の世代の方々が積み上げてきてくれた資金に“新しい色”を添えて、次世代の若者が新しい社会を作る創造活動に投資することだと捉えているんです。
特に、高齢者向けのビジネスを手がけているヘルスケアスタートアップに投資すれば、良いサイクルが実現できます。シニア層が積み上げたお金が若手に渡り、それを原資に生み出されたサービスで、より質の高い医療が実現できるからです。
現在、少子高齢化が進む日本の平均年齢は48歳、有権者の平均年齢は54歳。民主主義システムにおいては、どうしても構成比で多くなるシニア層を向いた短期的な議論が優先されてしまいます。
でも、ベンチャーキャピタルを介すれば、その状況を打開できる。政治だけでは解決できない問題に、経済からアプローチしていきたいんです。
2020年4月現在、新型コロナウイルス感染症の猛威により、かつてないほどヘルスケアへの関心が高まっている。医療のオンライン化だけでなく、「予防」領域に該当する家庭内でのエクササイズ、ストレスマネジメントなど、重要性は高まるばかりだ。
社会課題に対峙する事業は、すぐに芽が出るものではない。数十年先の未来を見据え、イノベーションの種に伴走し続ける福島氏の姿には、「日本が抱える機能不全にメスを入れる」覚悟が表れていた。
こちらの記事は2020年06月22日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
石田 哲大
BizDev/ライター(モメンタム・ホース所属)。国際基督教大学(ICU)卒業後、ITコンサルティング企業を経て、ロボット系スタートアップの創業期に参画。スマート農業分野の商品開発にPdMとして従事。関心領域は、政治思想、文化人類学、環境学、カウンターカルチャーと音楽史。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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