連載VCが産業を語る
“スタートアップムラ”から飛び出そう。
Coral Capital澤山陽平氏が語る、スタートアップ業界の現在地と未来
産業の未来を見据え、次世代のスタープレーヤーに投資しているベンチャーキャピタリスト。連載「VCが産業を語る」では、既存産業の行く末と新興産業の兆しを捉えるため、彼らが注目している領域について話を伺っていく。
第9弾となる今回は、Coral Capitalで創業パートナーを務める澤山陽平氏にインタビューした。ポートフォリオにはSmartHR、カケハシ、空、HOMMAなどが名を連ねる。
HRテック、インシュアテックなど、領域を絞らずシードステージの企業60社以上への投資を重ねている澤山氏は、「この領域が注目されているから投資しよう、では遅すぎる」と語る。
「業界をさらに盛り上げるために、“スタートアップムラ”の外からも人を呼び込みたい」と意気込むVC界の新星。彼が見る、スタートアップの現在地と未来とは?
- TEXT BY KOUTA TAJIRI
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
- EDIT BY MASAKI KOIKE
市場が立ち上がってからでは、投資は遅すぎる
澤山氏はどのような領域に注目し、投資をしてきたのか。その問いには「あえて領域は絞らない」と答えた。
澤山「この領域が注目されているから投資しよう」では遅すぎるんです。たとえば、最近は「インシュアテック」が注目を集めていますよね。僕らは、その言葉自体がまだ世の中に認知されていない、3年ほど前から投資してきました。
澤山氏は「起業家の優秀さ」や「解決しようとしている問題の大きさ」に注目するという。また、多くの投資家が使うフレームワーク「3つのWhy※1」に対する起業家の答えや「人を集める能力」も、起業家の能力を判断するうえで重視している。
澤山シードステージの企業は、プロダクトも実績もない状態。アイデアやプロトタイプがあったとしても、その素晴らしさを実証することは難しい。
それならば、起業家の「人を集める能力」で判断するしかありません。究極的には、社長の仕事は人を集めることだと思うからです。
好例は、SmartHR代表取締役社長の宮田昇始さん。自社で働くメリットをわかりやすく言語化し、ブログで発信することで優秀な人をたくさん集めていますよね。
起業家の業界知識から学ぶことも大切にしている。Coral Capitalは、仮想通貨領域に特化した「レグテック」(レギュレーション×テクノロジー)サービスを提供するBassetに投資している。同社の創業者は、bitFlyerで最高情報セキュリティ責任者とブロックチェーン開発部長を歴任した竹井悠人氏だ。
仮想通貨領域のセキュリティノウハウを持つ竹井氏が、仮想通貨事業に必須なコンプライアンス業務にITを取り込むレグテックに取り組む。その経歴を信頼し、澤山氏は投資を即断即決したという。
澤山起業家は24時間365日、事業のことを考えています。僕ら投資家が業界の将来性を値踏みするのはおこがましいでしょう。あくまで起業家から教えてもらう、というスタンスを大事にしています。
命を削った下積み時代が、審美眼を養った
澤山氏は、もともとVCを志していたわけではない。学生時代は研究者を目指し、プログラミングやコンピューターシミュレーション、原子力の研究に明け暮れていた。
しかし、大学院1年生の頃、ゴールドマン・サックスでのインターンをきっかけに、「資本主義ど真ん中の世界に興味を持った」という。大学院2年生の夏には、ハーバード大学医学部とマサチューセッツ工科大学の共同研究機関に短期留学。
帰国後はキーエンスの開発職やゴールドマン・サックスのテクノロジー部門から内定を得るも、「金融のど真ん中の方が未知の領域で面白そう」という理由でJPモルガンの投資銀行部門に就職した。
JPモルガンではM&Aアドバイザリーやグローバルオファリングのサポートなどに従事し、超大手企業の数千億円規模の買収に携わるなど経験を積んだ。
澤山JPモルガンでは、あらゆる領域を広く浅く知る必要があったので、“朝から次の日の朝まで”働いていましたね。財務、会計、税務、法務、法人営業……幅広い経験を積み、さまざまな業界の専門知識を身につけられました。
入社して3年目、澤山氏は世界的な大不況のあおりを受け、チームごと解雇されてしまう。そんな中、ヘッドハンター経由で野村證券の未上場企業調査部門である野村リサーチ・アンド・アドバイザリー(NR&A)からオファーを受け、転職。ITセクターの未上場企業の調査、評価、支援業務に従事した。
4年間で、フリークアウト、Voyage Group、弁護士ドットコム、GunosyなどのIPOを支援。ここでの経験が「伸びる会社」を見極める今の業務に役立っているという。
澤山このテクノロジーがどうすごいのか、どれくらいのポテンシャルを秘めているのかをリサーチして言語化する仕事をしていました。
NR&Aのミッションは、野村證券の法人営業が開拓してきたベンチャー企業を見極め、主幹事として上場支援する際の判断材料とするというものでした。支援するベンチャー企業を見極める際に、僕のようにテクノロジーの素養もあって、金融をわかる人が必要だったんです。
個人技だけで魅せる“野武士集団”にはなりたくない
JPモルガン、NR&Aを経た澤山氏は、2015年に友人だったJames Riney氏と、米国発祥の500 Startupsの日本向けファンド、500 Startups Japanを立ち上げる。
同社では、 43社に投資したほか、当時の日本では珍しかったSPV(Special Purpose Vehicle)でSmartHRのシリーズBでの15億円調達を支援。2019年にはJames氏とCoral Capitalを設立した。
Coral Capitalの強みについて問うと、「担当制にしていないこと」と教えてくれた。
澤山僕とJamesが合意したときしか、投資の意思決定は行いません。また、支援においては会社ごとに担当がつくのではなく、全て“Coral Capitalとして”支援しているんです。
チーム一丸で臨むのは、投資先への専門的な支援という点でも強みとなる。Coral Capitalでもチーム制を導入する以前は、澤山氏とJames氏が手探りで投資先の採用やPRを支援していた。
しかし、支援できる範囲に限界があり、スケールもしにくい。そこで、グリーで人事経験のある津田遼氏と、マーケティングや広報実績が豊富な吉澤美弥子氏を採用し、採用とPRの支援を任せる方針に切り替えた。
澤山一般的に、VCは個人プレーで業務を進めるケースが多く、業務も属人化されている。しかし、それでは組織である意味が薄くなってしまいます。
僕らは、個人技だけで魅せる“野武士集団”にはなりたくなかった。「チームで戦いたい」という想いが強かったんです。
属人化された業務をチームで支援する仕組みをつくり、そのうえで個人技を魅せられる二段構えの組織を目指した結果、ファンクショナルなチームでの支援に行き着きました。
さらなるブレークスルーに向けて必要な、「ヒト」と「カネ」
日本にはユニコーン企業が少ないとよく言われる。しかし、澤山氏はその状況を悲観していない。「以前に比べれば、スタートアップが“メガベンチャー”へと成長する環境は醸成されつつある」と語る。
とはいえ、楽天やソフトバンクのように成長するスタートアップはまだまだ多くない。澤山氏は、スタートアップ業界のさらなる成長には「ヒト」が必要だと話す。
澤山いわゆる“スタートアップムラ”の外から、いかに人を呼び込むかがポイントになるでしょう。いまはどこも人手不足で、優秀な人材の奪い合いになっている。計画通りに採用が進んでいない企業が多く、スタートアップ業界の出身者を採用するだけでは足りないからです。
そのための打ち手として、Coral Capitalはスタートアップ数十社が一堂に集結するキャリアイベント『Startup Aquarium』を開催。1,000人以上が来場し、730件以上の面談が行われた。参加者の2割以上を、大手企業の勤務者が占めたという。
スタートアップに関する情報発信を行っているオウンドメディア『Coral Insights』も、ほぼ毎日更新し、多様な読者へのリーチを図っている。
さらに、「カネ」に関してもさらなるブレークスルーが必要だ。澤山氏によれば、海外の投資家と起業家をつなぐことが鍵になるという。
澤山SmartHRがシリーズCの資金調達を実施する際に、「最低30億円は出す」という海外の投資家もいて。海外から見ると、日本のスタートアップは伸びしろがあるのです。そういった海外の投資家を、さらに呼び込んでいく必要があるでしょう。
澤山氏は、スタートアップを取り巻く「ヒト」と「カネ」が新たなフェーズに差し掛かりつつある現状に「キャズムの突破」を見る。
澤山最近、「スタートアップという言葉がキャズムを超えてきた」とおっしゃっていた方がいて。かつては、一般の人が聞いてもピンとくる言葉ではなかったので、いい兆しだと思いました。
僕はこの流れをさらに加速させたい。スタートアップが「社会を変える手段」として広く認知されるよう、活動を続けていきます。
これまで日本には、100億円規模の出資を受けるスタートアップは少なかった。しかし、メルカリ、Sansan、freeeなどがガラスの天井を突き破ったことで、「日本でもユニコーン企業が生まれるんだ、という期待が投資家たちの中で膨らんだ」と澤山氏は語る。
日本のスタートアップに目を向ける投資家が増えたいま、国内で新たなユニコーン企業が誕生する日も遠くないだろう。
こちらの記事は2020年05月18日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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執筆
田尻 亨太
編集者・ライター。HR業界で求人広告の制作に従事した後、クラウドソーシング会社のディレクター、デジタルマーケティング会社の編集者を経てフリーランスに。経営者や従業員のリアルを等身大で伝えるコンテンツをつくるために試行錯誤中。
写真
藤田 慎一郎
編集
小池 真幸
編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。
1986年生まれ、東京都武蔵野市出身。日本大学芸術学部文芸学科卒。 「ライフハッカー[日本版]」副編集長、「北欧、暮らしの道具店」を経て、2016年よりフリーランスに転向。 ライター/エディターとして、執筆、編集、企画、メディア運営、モデレーター、音声配信など活動中。
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