より健康的な「スナッキング」へ、
変わる米国ミレニアル世代の食事観
- TEXT BY GEN HOSOYA
知的労働における生産性を最大化するには、いかに脳を最適な状態にするのかが重要になってくる。これを達成するにはいくつかの方法がある。たとえば適度な運動、十分な睡眠・休息などが挙げられる。
食事も同じくらい重要だ。何をいつ、どれくらい摂取するのかで、生産性が大きく変わってくるからだ。世界保健機関(WHO)の研究によると、「適切な栄養」を摂取することで、国全体の生産性が20%上昇することが明らかになっている。
いま米国西海岸のテックシャビー・起業家層の間で、生産性最大化を目的とした食事の人気が高まっている。「Soylent」はそんな食事の1つだ。
大豆ベースのジュースで、これ1本飲めば1食分と同等のエネルギー(約400kcal)を摂取できる。昼食にライスやパスタなど炭水化物を摂取すると眠気が誘発され、著しく生産性が低下するが、液体であるSoylentは眠気を誘発せずに、脳に必要な栄養素を供給することができる。
このため食事に時間を割きたくないという忙しいビジネスパーソンの間で人気を博しており、なかには1日Soylentだけで過ごすというひともいるという。
2018年4月には米小売大手ウォルマートに置かれることが発表され、起業家層だけでなく、一般層にも普及拡大する見込みが出てきた。主なターゲットは健康意識の高いミレニアル世代だ。
米国のミレニアル世代の間では、食事や栄養に対する考え・需要が大きく変化しており、「機能フード」や「スナッキング」といった健康を意識した新たな食事や食文化が生まれ、広がりを見せている。
今回は米国ミレニアル世代の間で広がる食のトレンドについて、その実例を紹介するとともに、このトレンドを後押しする要因を考察してみたい。
「スナッキング」という新しい食トレンド、ミレニアル世代の食事観
「スナック」というと脂っこいチップスや着色料・保存料がふんだんに使用されたお菓子を連想してしまい、健康的な響きはしないかもしれない。
しかし米国ミレニアル世代の間では「スナック」または「スナッキング」は、生産性や健康状態を高めるための新しい食トレンドとして認知され始めている。
ニールセンが2017年末に発表したレポートによると、2013〜2016年にかけて米国のスナック市場全体が拡大するなかで、もっとも成長したカテゴリはパフォーマンス改善や体重管理などを目的とした「健康バー」であることが明らかになったのだ。また、他のカテゴリにおいても、「保存料ゼロ」や「グルテンフリー」「オーガニック」など健康を謳うスナックプロダクトの売上増加が顕著であることも分かった。
Amplify Snack Brandsなどが実施した調査では、X世代や団塊の世代に比べミレニアル世代の健康スナック消費頻度が高く、ミレニアル世代が健康スナック市場拡大をけん引していることが分かった。1週間に1度は健康スナックを食べるというミレニアル世代の割合は89%、また少なくとも3回は食べるという割合は55%に上ったのだ。また同調査では、ミレニアル世代は健康スナックを選ぶ際に、原材料・栄養素だけでなく味の良さも吟味していることが判明した。
ミレニアル世代の間で高まる健康スナック需要。この需要を取り込もうと健康スナック分野のスタートアップが次々に立ち上がっている。
米カリフォルニア拠点のFarmhouse Cultureはプロバイオティクスベースの飲料とスナックを製造するスタートアップだ。米食品製造大手ゼネラル・ミルズのベンチャー部門から出資を受けるなど、注目度の高い企業だ。コロラド拠点のPurely Elizabethもプロバイオティクスベースのスナックを製造するスタートアップ。同じくゼネラル・ミルズのベンチャー部門から出資を受けている。
このほかにもSnoopやRevereなど植物性タンパク質をベースとした健康スナックを製造するスタートアップ、さらにHum NutiritionやMoon Juiceなど海藻類ベースの健康プロダクトを製造するスタートアップなどが登場している。
健康スナック製造だけでなく、健康スナックに特化したデリバリーサービスを提供するスタートアップも登場。SnackNationは、世界1500以上のブランドから厳選した健康スナックをボックスに詰めて宅配するサービスを提供。個人だけでなく法人向けの宅配サービスも提供しており、クライアントにはマイクロソフト、オラクル、マッキンゼー、マリオット、ヒューレット・パッカードな大手企業が名を連ねている。
ミレニアル世代の健康意識の高まりの背景、米国が抱える「時限爆弾」
なぜいま米国でここまで健康を意識した食事に注目が集まるのか。ミレニアル世代の健康意識が前の世代に比べ高くなっているということがその大きな理由であるといわれている。
ではなぜ米国ミレニアル世代の健康意識が高くなっているのか。その理由の1つは親世代にあたるX世代やその上の団塊の世代で定着した食文化が健康的ではなく、その影響が社会・経済に深刻な問題をもたらしているという認識と危機感の高まりによるものと考えられるかもしれない。
1000億ドル(10兆円ほど)近いコストの発生に加え、生産性低下による3920万日以上の労働日数の消失。これは2000年前後の米国の「肥満」による経済損失を推計した研究が明らかにした数字だ。当時米国ではすでに30%ほどの成人が肥満であったといわれている。このとき国際労働機関(ILO)は特に生産性の観点から米国の肥満問題の深刻さを指摘し、なんらかの対策が実施されないと状況は悪化するだけだと警鐘を鳴らしていた。
このILOの警鐘から20年近くたったいま、米国の肥満問題はどうなったのか。なんと米国の肥満率は2000年頃からも増え始め、2014年には37%に到達。OECDによる2017年のデータでは、38.2%とさらに増えていることが判明したのだ。米国の肥満率はOECD諸国最大(OECD諸国平均は19.5%、最小は日本の3.7%)で、今後も増えていくと予想されており、2030年頃には45%を超える可能性も指摘されている。
上記の経済損失の数字は米国の肥満率がいまより低かったときのもの。肥満率が40%近くになった現在、さらに45%を超える可能性が指摘されている未来の経済損失が甚大なものになるのは想像に難くないだろう。
最悪のシナリオを回避するには、食事や栄養に対する考えを根底から変え、新しい健康的な食文化をつくっていくことが必須になる。新しい食文化を醸成する上で、ミレニアル世代にの健康意識の高まりや健康スナックトレンドの拡大が起爆剤となるのか、今後の動向に注目していきたい。
参考
こちらの記事は2018年06月14日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
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シンガポール在住ライター。主にアジア、中東地域のテック動向をウォッチ。仮想通貨、ドローン、金融工学、機械学習など実践を通じて知識・スキルを吸収中。
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