連載「事業成長×組織拡大」の方程式──話題企業のCxOに聞く
”渇き”こそ、スケールアップの原動力だ──X Mile渡邉×SmartHR芹澤による、急拡大企業の組織マネジメント論
Sponsoredスタートアップが何よりも重視すべきは、“渇き”だ──。渇きとは、一般的に喉の潤いがなく水を欲する状態のこと。しかし、ビジネスにおける“渇き”は、単なる欠乏ではない。それは、創造性を引き出す触媒となりうる。
もし、あなたの喉がカラカラで手元に水もお金もなかったらどうするだろう。コンビニも自動販売機も見当たらない。公園なら水飲み場があるかも、誰かに頼めば水を恵んでもらえるかも、そういえばここは井戸水が出そうな地形かも……。リソースが限られた状況下で、人は必然的に創意工夫を始める。
当たり前に使えるものが封じられたとき、人は“他に採り得る選択肢”を徹底的に探り始める。スタートアップは、なにもない土地にビジネスという街を起こすようなもの。土地には水もなければ、ともに耕す仲間も少ない。しかし、その“渇き”こそが、イノベーションの源泉となる。
なかでも、“潤い”と“渇き”という相反する要素を絶妙なバランスで操り、事業成長と組織拡大を実現してきたのがX MileとSmartHRだ。
X Mileは、年率500%という驚異的な成長も見せるスタートアップ。2019年の創業から数年で組織規模は300人を突破。同社が前回ファインディとの対談記事で語った“Day1意識”と“半歩先”を追求する経営論は、まさに現代における組織・事業の成長の両立を体現するものだった。
一方、SmartHRはT2D3達成後もなお加速度的な成長を続け、ARRが前年比150%成長、組織規模は1,200人を超えている。
当記事では、このような異次元的な成長曲線を描く両社のX Mile COO渡邉氏とSmartHR CEO芹澤氏に、スケールアップ企業を目指すための本質的なノウハウを伺っていく。組織の創造性を最大化する仕組み、ハイレイヤー人材の真のポテンシャルを引き出す術、そして急成長期に潜む見えざるリスクとその対策──。本対談は、すべてのスタートアップパーソンにとって、まさに道標となるはずだ。
- TEXT BY HARUKA YAMANE
- PHOTO BY SHINICHIRO FUJITA
“渇き”が引き出す創造性の潮流──組織と人材の共進化を促す「健全なる渇望」の正体
日本の産業構造を根底から変革する──。両社はともに革新的なサービスを提供し、従来の働き方に新たなパラダイムをもたらしている。
X Mileは、日本の産業基盤である物流・建設・製造といったノンデスク産業に真っ向から挑む。働き手の不足を解消するHRプラットフォーム『X Work』や労働生産性を改善するSaaS『ロジポケ』など複数の革新的なソリューションを展開。2024年1月には成長加速に向けたシリーズBラウンドの資金調達を実施(累計26.8億円)し、テクノロジーの力で伝統産業の未来を切り拓く挑戦を続けている。
一方のSmartHRは、HRテクノロジー領域における黎明期から、人事・労務の業務効率化やタレントマネジメントを支援する『SmartHR』を筆頭に、圧倒的な存在感を示してきた。さらに、2024年7月にはさらなる飛躍に向けた約214億円のシリーズEラウンドを実現。日本を代表するSaaS企業として、その勢いは今なお加速の一途を辿る。
そんな両社に共通するのが、ある“異質な戦略”だ。それは“加速度的な組織拡大”という選択である。企業が事業成長に伴って組織を拡大する流れは一般的だが、両社はあえて能動的に組織拡大を急いでいるというのだ。この一見、急進的にも見える戦略の背後には、どんな経営哲学が隠されているのか。
芹澤「ミッションを達成するため」の一言に尽きます。真の社会変革には、“人”の力の結集が不可欠なんです。
SmartHRは『well-working 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。』というミッションを掲げています。この壮大な目標を実現するには、強い影響力を持って世の中に出ていかなければなりません。
そして、その影響力の源泉となるのが“人”なんです。短期間で達成するには、人材採用を加速させ続けなければ間に合いません。私たちは本気で社会を動かそうとしている。そのために組織拡大は避けて通ることのできない重要な取り組みなんです。
渡邉X Mileでは『令和を代表するメガベンチャーを創る』というミッションのもと、大きな挑戦を続けています。日本の社会課題の一つとして経済規模の低迷があげられますよね。これは看過できない問題です。私たちはテクノロジーとイノベーションの力で日本経済の活力を取り戻したい。
そのためには、人口減少が進む社会でいかに強い影響力を身につけるか。それには圧倒的な人材確保が急務です。「人を多く採用できる状態=競合優位性」という図式が成り立つ。それが私たちの確信です。
数字が物語る両社の躍進──。『SaaSスタートアップ 従業員数ランキング』の最新データは、その異次元的な成長を如実に示している。SmartHRは311人増加の1,255人、X Mileは207人増加の373人という圧倒的な数字で、両社は増加人数ランキングの頂点に立つ(Next SaaS Media Primary調べ)。
SaaSスタートアップ 従業員数ランキングをアップデートしました!(2023年12月⇒2024年10月)… https://t.co/KfcxtxVVE0 pic.twitter.com/Oy9N2IVH7i
— 早船 明夫 | Next SaaS Media Primary 運営 (@CraftData2) October 18, 2024
しかし、ここで立ち止まって考えたい。「事業成長のために人材を大量採用すれば良い」という単純な図式は、本当に正解なのか。
芹澤氏は鋭い指摘を投げかける。「いつでも人をプロジェクトにアサインできる状態は悪手にもなり得る」と。その真意は、“渇き”という意外なキーワードに隠されていた。
芹澤スタートアップ初期はみんな渇いている状態ですよね。リソースが限られているからこそ、どう実現しようかともがいてきた。それが原動力だったんです。けれど組織が拡大し採用がコンスタントにできるようになると、必要なときにすぐ人が配置される状況が当たり前だと考えるようになる。そこで危険なのは、”渇き”が次第に薄くなってしまうこと。
渡邉その危険性にはとても共感します。上層部に増員したい意図を伝えると、安易に足りないリソースを人の力で補う癖ができてしまう。
芹澤まさにその通りです。人って渇いている状態のほうが創意工夫をする。「リソース足りないけどどう実現する?」という切迫感から、むしろ画期的なアイデアが生まれる。だからこそ、“渇きと潤いのバランス”をどう保つか、さらにはどう人工的な“渇き”を生み出すかが重要なんです。
渡邉なるほど……!その表現にはグッときました。“渇き”という言葉に、私たちが追求してきた本質が凝縮されている気がします。
例えば弊社では創業後数年間は、営業側で使っている顧客管理システム(Salesforce)をなんとか開発・改修するかたちで、その中に社内稟議機能・採用管理機能(ATS)・キャッシュフロー予測機能を搭載していました。
当時はそれぞれのシステムを購入・運用するリソースがなかったための苦肉の策なのですが、結果として今ではSalesforceが社内の基幹システムとして上手く利活用されている実感があります(笑)。
特にX Mileは創業直後にコロナ禍に直面し、リソースが十分にない中で、知恵を出して事業・組織をつくっていった実感があります。この観点は会社が大きくなっても大事にしようと、バリュー(行動指針)として「限られたリソースで、顧客価値を最大化しよう」というワードを設定しているほどです。
芹澤実際、組織拡大の過程で痛感したのは、人海戦術的な解決策がむしろ組織の創造性を阻害するという事実です。ただ、さじ加減は難しい。確立されたセオリーもない。だから僕は時に「もうちょっと渇けるんじゃない?」とあえて判断して人数を絞っています(笑)。
すると驚くべきことに、1カ月もすると「なんとかなりました」という声が返ってくる。これは偶然ではありません。人を多くアサインする行為は、他のアイデアを封じてしまう不思議な魔力がある。だからこそ、”渇き”の演出力が組織力につながり、最終的には事業成長にも派生すると確信しています。
渡邉その考えには深く共感しますね。ミッション実現のためには組織拡大が急務な一方で、スタートアップらしい”渇き”の感覚を失うと、私たちの本質的な強みが失われてしまう。人を採用する“潤い”と人を成長させる“渇き”のバランスは、まさに経営の要諦と言えるかもしれませんね。
これまでFastGrowでは、両社に何度も取材を重ねてきた。そのなかで、彼らが体現する“渇き”を幾度となく感じてきた。それは偶然ではない。企業という芽を伸ばすために必要な水を、まさに“渇き”によって創出できるからこそ、両社は圧倒的な成長を続けているのだ。
「ハイレイヤーは放っておけば育つ」という幻想──ミドルマネジメント育成の真髄に迫る
急成長企業が直面する最大の課題の一つが、組織の力を最大化する仕組みづくりだ。制度設計の重要性は論を俟たないが、両社はより本質的な要素として“ミドルマネジメントの重要性”を指摘する。
組織の心臓部とも言えるミドルマネジメントは、現場と経営層をつなぐハブであると同時に、戦略実行からチームパフォーマンスの向上まで、組織の成否を握る重要な存在だ。一般的に、一定の経験を積んだハイレイヤー人材がこのポジションに就くことは定石とされている。だが、ここに落とし穴が潜んでいる──。「勝手に成長する」という安易な期待は、経営の死角となりうるというのが両社の見解だ。
芹澤組織は人が増えるとフェーズが変わり、組織づくりの難易度も加速度的に上がっていきます。その際、制度設計は大事。しかし、それはたくさんある必要条件のほんの一部に過ぎません。
結局は制度を使いこなせるマネージャーがどれだけ多く存在するか、ということこそが重要なんです。なぜなら、マネジメントは人と人の間で行われるもの。どれだけ精緻につくり込まれた人事制度であっても、うまく利活用されていかなければ、存在意義がありません。だからこそ僕は、制度の中身を何度も磨き上げるよりも、各マネージャーのマネジメント能力を高める研修をしたほうがコストパフォーマンスが良いと考えています。
渡邉そうですよね。ミドルマネジメントがいかに機能するか、それこそがスケールし続けるための鍵になっていくと感じます。
ただし、ここで直面する大きな課題が、ミドルマネジメント層を社外から採用するか、社内から育成するかという選択です。内外それぞれに一長一短があるのですが、SmartHRさんでは、どのようにこの課題を乗り越えてこられたのでしょうか?
芹澤私たちも正直、試行錯誤の連続です。特に、ミドルマネジメントを「社内」から出すことに固執しすぎていたという反省が大きくあります。
創業期からのカルチャーを意識しすぎるあまり「外部の人材をパラシュート的に配置することは難しい」という思い込みが少し強すぎました。でも、いまは社外からのマネージャー登用を積極的に進めるようにしています。
そして驚くべきことに、これが予想以上に機能している。むしろ、先のフェーズを知っている人材が入ることで、組織全体の成長が加速する効果も生まれています。
もちろん選考段階でカルチャーマッチは大事にしますが、社外採用を恐れる必要は全くないと確信しています。
渡邉社外採用の場合、最も注意すべきはいわゆるパラシュート人事に陥らないことですよね。ハイクラス人材を採用した際、過度な期待は禁物。
私自身、直属のメンバーになる人たちに対しては、入社直後からしばらくの間、かなりきめ細かなフォローをするように心がけています。社内のキーパーソンとの1on1を戦略的に設定したり、社内的な手続きまわりを丁寧にフォローしたり。
たとえばベンチャー執行役員や起業の経験を持つ吉田という者が入社した際は、あえて新卒の社員のメンバーと同様のオンボーディングプログラムを受けてもらいました。管理職として期待のある方でも、あえて最初に現場の泥臭いオペレーションも含めた実務に触れていただくことで、事業理解が深まるように考えています。既存のオンボーディングに対してのフィードバックももらえますしね。またその期間に並行して、社内のキーパーソンとの1on1やご飯会の設定などもしていきました。
芹澤ハイクラス人材への適切なオンボーディングは成功の鍵だと私も強く感じます。「ハイレイヤーのメンバーは、勝手に成長する」という考えは、非常に危険です。どれだけ優秀で経験豊富な人でも、環境が変わればゼロからの学びが必要なのは当然のこと。
とくに最初の3カ月は私たちのカルチャーや価値観に馴染んでもらうため、毎日コミュニケーションを取り、情報を徹底的にインプットし、社内のキーパーソンを紹介する。これをしっかり継続して初めて、その人の真価が発揮されるんです。
渡邉まさにその通りですね。「こういうケースではどうしたらいいですか?」と積極的に質問してくださると本当に安心します。しかし、それだけで満足せず、むしろこちらから前のめりでフォローしにいく姿勢が必要だと肌で感じています。
ミドルマネジメントを社外から採用することに恐れは不要。しかし、ハイレイヤーだからといって育成に手を抜いてはいけない。ある種、現場と経営層のハブ的な役割を担うマネジメント層に対してこそ。手厚いフォローで仕事をサポートするべきなのだ。
渡邉社内からミドルマネージャーを育成する場合の最大の課題は、そのプロセスの設計です。当社でも、プレイヤーとしての実績や信頼をどう評価し、どう育成していくか。最低半年〜1年という時間的コストに加え、一度昇進させると元の職責に戻りづらいという課題も感じています。
芹澤興味深い指摘ですね。私がCTOを務めていた頃は、より柔軟なアプローチを取っていました。「とりあえずトライしてみよう」という実験的な姿勢です。昇格という重たい位置づけではなく、“役割の変更”というフレームでマネジメントに挑戦してもらう。
具体的には、「半年間、マネジメントを体験してみませんか?」と打診するなどですかね。その期間を通じて「これは自分に合っている」と感じれば、本格的にマネジメント側のキャリアを一緒に考えていく。
逆に「向いていない」と感じたら躊躇なくプレイヤーに戻れる。重要なのは、これは降格でも何でもない、という認識を組織全体で共有することです。
渡邉なるほど。正式な役職を任せる前に、まずは挑戦の機会を提供する。極めて理にかなったアプローチだと感じました。そういった取り組みは、チャレンジ昇進や抜擢のような表現で一部の成長企業でも実践されていますよね。
社内からミドルマネジメントを育成する場合には、“役割の並行スライド”という柔軟な発想が鍵となる。それによって、社員が安心してマネジメントに挑戦できる余白が生まれるということですね。
結局のところ、優秀な人材が必ずしもマネジメント業務に適性があるとは限らない。だからこそ、過度なプレッシャーを避け、むしろ新しい可能性への挑戦として位置づけることで、社員が前向きに新しい役割にチャレンジできる土壌が育まれていくのである。
スケールアップ企業は「スピードとどれだけ共存できるか」がキモ
採用や育成といった手厚い組織づくりをしながら、驚異的な成長カーブを描く両社。
多くの企業が急成長・急拡大のスピードに戸惑いを覚える中、両社はさらにその先を見据えている。それは、急成長・急拡大のスピードをいかに味方につけるかという、新たなマネジメントの領域だ。
芹澤スケールアップ企業特有の課題は、このスピードに伴う成長痛です。当社やX Mileさんのような成長曲線を描く会社自体が稀有な存在で、私たちは今、誰も経験したことのない痛みと向き合っていると思っています。
渡邉その通りですね。500人〜1,000人規模を目指す際の実践的なノウハウや、シリーズB~C以降の具体的な知見って、ほとんど世の中に出ていませんよね。
芹澤実は興味深い発見があって、インターネット上には確かに情報が少ないんですが、大企業の方が集まるような人事系のコミュニティには貴重な知見が眠っているんです。
SNS上では表に出てこないような日本を代表する大企業の人事リーダーたちから、数々の示唆に富むノウハウを教えていただきました。とはいえ、私たちのような急成長を実際に経験してきた人や企業はかなり少ない。結局は自分たちで切り拓いていくしかないと考えています。
では、スケールアップ企業ならではの“成長痛”とは何か──。芹澤氏は、それが急成長特有の構造的な課題だと指摘する。
その最たる例が、前項で議論したミドルマネジメント層の構築だ。組織の急拡大に合わせて、いかにマネジメント機能を最適化できるか。それ以外にも、企業フェーズの変化に伴う制度の急速な陳腐化や、継続的な採用による人事部門の慢性的なリソース不足など、課題は多岐にわたる。
特に深刻なのが、バックオフィス部門の戦略的機能の形骸化だと芹澤氏は警鐘を鳴らす。
芹澤事業拡大において、多くの企業が見落としがちな真実、それはバックオフィスとは、本来事業の加速装置となるべき存在であるということ。
単なる管理部門ではない。企業を伸ばすための屋台骨として、戦略的な投資と強化が不可欠です。確かに創業初期はどうしてもコーポレート採用が後手に回りがちですが、サイバーエージェントやリクルートといった成長企業に共通するのは、例外なく強力なバックオフィス部門の存在なんです。
渡邉当社も今まさに、その重要性を身をもって実感している最中です。数ヶ月で社員数が200人以上増加し、組織の様相が一変しました。今後さらに規模が2倍になることを見据えると、このスピードに対する備えは急務です。
特に興味深いのは、同じ“30人の採用”でも、組織規模によって求められる体制が全く異なること。200人規模の企業に30人が加わる場合と、400人、1,000人規模での30人では、必要なインフラストラクチャーが根本的に違ってくる。
だからこそ、採用や育成のシステマティックな仕組み化を含め、企業の土台となる機能を絶え間なく洗練させていく必要があると実感していますね。
このように、スケールアップ企業では、その急速なスピード感に目を奪われがちだが、実はそのスピードがもたらす痛みやリスクへの的確な対処こそが成功の鍵を握っている。
両社の取り組みから見えてきたのは、真のスケールアップとは、“成長”と“基盤強化”の同時追求にほかならないという事実だ。前例のない道をどう切り拓き、どんな答えを見出していくのか──。前例のない挑戦は、まだ始まったばかりなのかもしれない。
制度の“賞味期限”とどう向き合うか──急成長企業における陳腐化との戦い
スケールアップ企業ならではの成長痛の中でも、とりわけ深刻な課題が、“制度の陳腐化”だ。
創業初期の企業では、フェーズも体制もまさに日々刻々と変化していく。その中でも特筆すべきは、両社における異常とも言えるスピード感だ。彼らは、この課題にどう立ち向かっているのか。
芹澤スケールアップ企業はとにかく成長のスピードが早いので、どれほど精緻な制度を構築しても、あっという間に陳腐化が始まる。
感覚的には、組織規模がプラス100人に達した時点で、既存の制度はほぼ機能しなくなる。そのライフサイクルの短さは想像を絶するものです。だからこそ、半年〜1年という短いスパンでマイナーアップデートを繰り返す必要があるんです。
渡邉まさにその通りです。急成長に対応するために、会議体や1on1の運営方法、あらゆるオペレーションの型化は不可欠。でも、その“型”自体が成長の足かせになる瞬間が必ず来る。人事制度や評価制度も例外ではありませんよね。だからこそ、作って終わりではなく、定期的な見直しが生命線ですね。
芹澤中でも最も顕著な例が、定例MTGです。気付いた時にはすでに目的を見失い、いわばゾンビ化している。これは企業規模に関係なく誰もが陥る罠です。だからこそ、半年に1回の棚卸しは必須だと考えています。
たとえば、SmartHR創業者の宮田さんが立ち上げたNstockでは、定期的にすべての定例MTGを一旦白紙に戻し、本当に必要なものだけを復活させる手法を取っているんです(注:10Xが実践していた手法を取り入れているとのこと)。一見ワイルドなアプローチですが、MTGの存在意義を根本から問い直す機会として非常に効果的なんです。
渡邉その発想は斬新ですね!頭を完全にリセットして考え直せる点が実におもしろいです。
結局のところ、スケールアップ企業には定期的な制度のメンテナンスが不可欠。「この型が当たり前」という思い込みこそが、最大の敵なのかもしれません。
芹澤特に注目すべきは、時間という最も貴重なリソースの使い方です。定例MTGや1on1は確かに重要な施策ですが、同時に驚くほど多くの時間を消費してしまう。
ここで重要なのは、やみくもな廃止ではなく、「一つひとつの会議や面談に明確な目的と意義を持たせること」。安易に全廃してしまうと組織が急速にドライ化してしまう。そのバランスが極めて重要なんです。
渡邉その指摘は他人事ではないですね(笑)。以前の職場で定例MTGを一括で廃止した経験があるのですが、見事に無機質な雰囲気が生まれ始めました。つまり、このバランスを取る技術こそが、現代の経営に求められる重要なスキルなんですよね。
このように、制度の陳腐化を防ぐには、地道かつ継続的なメンテナンスと棚卸しが必須となる。
その際の要諦は明確だ──。新しい仕組みを導入する際には、必ずその存在意義を明確にする。定期的なメンテナンスの際には、その目的に立ち返り、本当にその制度が今も必要なのかを徹底的に問い直す。そして、必要性が認められればさらなる進化を、不要と判断されれば思い切った廃止を決断し、その時間をより価値の高い活動へ再配分する。
まさに、錆びついた車輪をいつまでも回し続けるのではなく、常に新しい動力を得られるよう、メンテナンスのサイクルを回し続けること。それこそが、急成長企業における制度の陳腐化を防ぐ究極の処方箋なのだ。
“創造性”という最強の武器を身につけよ──スケールアップ企業が目指すべき姿
両社との対談を通じて、スケールアップ企業の本質が次第に明らかになってきた。それは単なる組織拡大や事業成長の方程式ではない。真のスケールアップ企業となるための、三つの重要な布石だ。
その第一は、多くの企業が見落としがちなコーポレート機能の戦略的強化にある。芹澤氏は、この静かに進行する課題について、警鐘を鳴らす。
芹澤多くのスタートアップに共通する課題があります。創業時は、ビジネスのプロフェッショナルやプロダクト開発の専門家が集まって情熱的にスタートするわけです。
その結果として、コーポレート機能がどうしても後手に回る。「人材が必要だから、そろそろ採用部門を」「経費処理が追いつかないから、経理部門を」と、事後的な対応に終始してしまう。
さらに深刻なのは、この場当たり的なアプローチによってバックオフィス部門が単なるオペレーション部隊として固定化されてしまうことです。
芹澤この課題に気付いた当社は、ここ2年間、コーポレート部門の強化に本気で取り組んできました。多くの企業がバックオフィスを“守りの要素”と位置付けがちですが、実際に投資してみると、その効果は劇的。
コーポレート部門を強化することで、事業の推進力が驚くほど向上する。人事部門も見違えるほど変わりました。正直に言えば、もっと早くこの取り組みを始めるべきだったと痛感しています......。
渡邉当社も現在300人規模に達し、まさに人事機能の強化が急務となっています。これまでは事業の成長に焦点を当てすぎていたかもしれません。しかし、その“攻めの姿勢”を本当の意味で支えるために、バックオフィスの強化にも拍車をかけていきたいですね。
このように、事業で攻めるからこそ、それを支えるバックオフィスの強度が決定的に重要となる。
スタートアップの宿命として、立ち上げ期のリソースは限られている。しかし、ある一定のフェーズを超えた瞬間、その制約を意図的に解き放つ必要がある。なぜなら、持続的な成長のためには戦略的な投資が不可欠だからだ。適切なタイミングで、どんな強風にもしなやかに対応できる組織の骨格を形成する──。それこそが、真のスケールアップ企業への進化の鍵となる。
そして第二の指針が、やはりミドルマネジメントの戦略的な採用と育成だ。
芹澤確かに企業の成長には制度が必要です。しかし、より本質的なのは、その制度を使いこなす人材の存在です。極端な例を挙げれば、非常に優れたマネジメント力を持ち、人格的にも優れ、強いリーダーシップを発揮できるマネージャーがいれば、評価制度などある意味二の次なんです(笑)。
それほどまでにマネジメント力の影響は絶大です。だからこそ、本気でスケールを目指すなら、ミドルマネジメントの採用と育成は最優先事項の一つとして位置づける必要があります。
渡邉むしろ、マネジメント力が不十分だと、どれだけ精緻な制度を整えても「なぜこんなことをするのか」という根本的な反発が生まれてしまいますよね。
つまり、素晴らしい制度も、それを効果的に活用できるスキルセットがなければ、まさに宝の持ち腐れになってしまう。だからこそ、ミドルマネジメントの戦略的な内外からの登用と、各マネージャーの継続的な能力開発は、スケールアップ企業の最重要アジェンダですね。
本対談で繰り返し強調された“ミドルマネジメントの重要性”。それは、どれほど優秀な人材であっても、新環境での即戦力化は幻想に過ぎないという現実に基づいている。マネジメント研修の実施はもちろんのこと、デイリーでの1on1を通じて、経営陣の思考、組織の動き、直面する課題など、あらゆる重要情報を共有し、理解を深めていく。この地道なプロセスこそが、真の組織力を育む土壌となる。
そして第三の、最も重要な指針こそやはり、社員の創造性を最大限に引き出す“渇き”という触媒の存在だ。
コーポレート採用の確立、マネジメント層の充実など、組織基盤が整ってきたからこそ、むしろ警戒が必要となる。真の成長には、社員一人ひとりの潜在能力を解き放つという、より高次の経営手腕が求められるのだ。
「スケールするうえでは“渇き”のバランスが大事」という芹澤氏の言葉に、渡邉氏が深く頷きを見せる様子からも、その重要性がひしひしと伝わってくる。
確かに、スケールアップ企業にとって、安定した採用力、充実したマネジメント層、強固な組織基盤は不可欠の要素だ。しかし、両社が示す圧倒的な成長曲線の背後には、さらなる秘訣が隠されている。
それは、あえて「人が不足している」「リソースが限られている」という創造的な緊張状態をもたらすことだ。この“渇き”によって、メンバーは「限られた環境で、いかに目標を達成するか」という知的な挑戦を迫られる。この緊張感こそが、組織の潜在能力を最大限に引き出す触媒となるのだ。
前例のないスケールアップ企業への道を歩む両社の挑戦は、まさに現在進行形だ。しかし、一つだけ確かなことがある。それは、今まで誰も見たことのない景色を両社が見せてくれているということ。令和の時代を象徴する両社の航路は、日本のビジネスシーンに、新時代への航海図を示してくれるはずだ。
こちらの記事は2024年11月25日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。
執筆
山根 榛夏
写真
藤田 慎一郎
連載「事業成長×組織拡大」の方程式──話題企業のCxOに聞く
2記事 | 最終更新 2024.11.25おすすめの関連記事
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