連載私がやめた3カ条

やめた先に残ったのは「仏スタイル」──デジタリフト百本正博の「やめ3」

インタビュイー
百本 正博

1995年大学卒業後、株式会社大広に入社。営業局にて総合流通業(GMS)やメーカー等を担当し、ブランド開発、メディアプランニングやイベントの企画立案及び実施管理に従事。2005年に退社の後、ITベンチャーのコンサルティング、サラブレッドの輸入販売育成業を経て2012年11月に株式会社デジタリフトを設立し代表取締役に就任。2021年9月に東京証券取引所マザーズに上場を果たした。

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起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。

今回のゲストは、「カスタマーの意思決定を円滑に」をビジョンに掲げ、デジタルマーケティング領域のコンサルティング事業と、広告運用事業を行っている株式会社デジタリフト代表取締役の百本正博氏だ。

  • TEXT BY RYUSUKE TAWARAYA
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百本氏とは?──“冷静”と“情熱”の2つの顔をもつ広告パーソン

「やめたこと、6つぐらいあるんですが、良いですか?」。百本氏の軽快なトークが、冒頭から和やかな雰囲気を作り出す。それもそのはず、百本氏はファーストキャリアからこの業界を歩む、まさに“広告パーソン”だ。

百本氏が広告業界を志したのは、まだインターネットが世間に浸透していない1995年。雑誌や口コミなどを頼りに、就職活動に関するさまざまな情報を収集するなかで、百本氏はある結論に行き着く。

百本人とコミュニケーションをする営業職に興味が湧きました。そのなかでも、特に広告代理店の営業が良いなと思ったんです。

広告って、無形商材で提案時点では存在しないものじゃないですか。しかし、難しいからこそ成功すればやりがいも大きいだろうなって。

広告代理店では、アカウントエグゼクティブとしてメガバンクや大手通信会社、自動車メーカーを相手に、10年間ブランド設計など総合的なマーケティングの知見を磨いた。

退職してからは、一度マーケティングから距離を置き、大手インターネット広告会社で営業コンサルティング、ITスタートアップの顧問やアドバイザーに従事。その後、プログラマティック広告の黎明期だった2012年にDSP(Demand Side Platform)にいち早く注目。DSPを中心としたデジタルマーケティングツールの運用を行うトレーディングデスク(TD)として、デジタリフトを創業する。

創業当初から、デジタルマーケティングという方法を使い、真摯にクライアントの課題解決に取り組んできた。2021年9月にはデジタルマーケティング全般の支援とコンサルティングを行う企業として、東証マザーズ(現:グロース市場)への上場も果たす。その過程で、百本氏は何を残し、何をやめてきたのだろうか。

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競合を気にすることをやめた

DSP黎明期に創業した百本氏。すでに競合のトレーディングデスク事業のプレイヤーが数多く参入していた。同業者からは、「なぜ、レッドオーシャンの市場にあえて参入したのか」と言われたこともあった。

だが百本氏は「個人的には、レッドオーシャンとは考えていませんでした」とあっけらかんと語る。一体どういうことなのか。

百本当時は黎明期ということもあり、良い代理店も、悪い代理店も玉石混交の状態でした。だから、優位性を出せばポジションをとれると思っていたんですね。

多くのプレイヤーが混在していることは、裏を返せば市場は誰にも独占されていない状態ともいえる。いち早く優位なポジションを確立すれば、競合は気にならないということだ。

とはいえ、とりわけ広告業界は競合と比較される機会が多い。たとえば、広告代理店は結んでいる契約の内容や業績によってランク付けがなされ、優秀な代理店はクライアント企業の公式サイト内に発表・掲示されることがある。ひとつのクライアントが複数の代理店と契約することで、代理店の間で「パイの取り合い」のような睨み合いが生まれるのだ。

しかし、事業においては競合や市場よりも、クライアントからの評価、ひいては広告の受け手にクライアントの届けたい価値を伝えることが大切であろう。

百本広告業界に長く身を置いていたこともあり、確かに創業当初はつい癖で競合が気になってしまうこともありました。

しかし、途中からはお客様の声に集中しようと思ったんです。そうやってお客様から選ばれ続けることが、この世界で勝つ方法だと考えました。とにかく提案とデリバリーの品質を上げたら選ばれ続けるよな、と思ったんです。

百本氏の読み通り、その後デジタリフトはトレーディングデスクに特化したマーケティングカンパニーとして飛躍を遂げ、現在ではデジタルマーケティング全般の支援とコンサルティングを行う企業として成長する。敢えて競合を意識せず、クライアントとの向き合いに集中することが、独自の地位を確立できた所以なのだろう。

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受注をやめた

創業当時は、業界でのブランクもあり顧客につながるような人脈もなかったという。まさにゼロからのスタート。百本氏自身が1日200件近くテレアポをして、一心不乱に顧客獲得に励んだ。決断の連続を迫られる日々に身を置くなかで、少しずつその行動の成果が花開いていく。

トレーディングデスクに特化して事業を展開していたことも要因の1つだったと言う。当時、DSPやアドネットワークを扱う代理店はそこまで多くなく、クライアントもその情報を求めていたこともあり、今ほど受注難易度は高くなかったそうだ。ただ、創業3年目ごろから、少しずつ対応が追いつかなくなる状態が発生してきたと百本氏は振り返る。

百本あらためて当時を振り返ると、自分達が提供できる能力を大きく超える数の受注をしてしまっていたと思います。受注を続けて事業を成長させる選択もありましたが、会社のメンバーの成長や幸せにつながらないと思って、一時的に受注をストップしました。中長期的な企業価値の向上にむけて、提案やデリバリー(配信)の品質向上、採用強化などに注力しました。

業界で優位性を得るには、高い提案力をつけるのは必須と考えていた。だからこそ、新規の受注をやめ、次なる成長のための基盤を作ろうとしたのだ。もし競合を過剰に意識していたら、受注も過剰になることが予想される。競合を意識しすぎない思考を持っていたからこそ、「受注ストップ」という選択が可能になったのだろう。この選択が、デジタリフトの成長を加速させることになる。

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ロジカルに詰めるのをやめた

百本氏は、広告業界の第一線で長年活躍してきただけに、経験から裏打ちされる示唆には絶対の自信があった。だからこそ、創業当初は部下の些細なミスや詰めの甘さに、つい口出ししてしまったという。組織全体の提案力向上を図ろうと、「メンバーを育成しなくては」という考えが先行していたのだ。

百本広告の仕事って、クライアントによって予算や状況が異なるから正解がなくて。担当者の腕にかかっているんですよね。だから、レポーティングの細かい部分まで厳しくチェックしていました。

社員との仲は決して悪くなかった。まだ社員数が一桁ほどの創業期は、社員たちと毎晩飲んでプライベートから仕事までお互い知りすぎていたくらいだ。飲みの場が、ある種不満を打ち明ける無礼講の場にもなっていた。

しかし、5〜6年目に入り、メンバーも30人ほどまで増えた。百本氏が現場すべての意思決定に入ることが難しくなっていったという。そうして、百本氏は「ロジカルに詰めるのをやめた」のだ。

百本会社も大きくなり、自分が動くことに限界を感じたんです。私は人一倍細かいことに気付くので、ロジカルに詰めてしまうクセがあって。本人にそのつもりがなくても、体格が大きいこともあって、威圧的に思わせてしまっていたんですね。

まずは、皆が主体的に動けるような雰囲気を醸成しました。例えば、ミスをしても良かった点を見つけるように心がけましたね。それから、メンバーの力を借りることも増えました。自分ではなくて他のメンバーを通してフィードバックを伝えるなど、コミュニケーションの工夫を心がけました。

メンバーに仕事を任せるようになってから、経営者本来の職務である中長期的な計画を考えることにフォーカスできたという。

百本ある程度の組織規模になったら、「自分がやらなくては!」という気持ちがなくなりました。メンバーの能力を引き出した方が再現性も高くなるし、従業員満足度やキャリアアップにもつながります。クロージングなど売上に直結する業務も、メンバーに任せていきました。

一連の変化を振り返り、百本氏は「自分のなかで、勝手に“仏スタイル”と表現している」と笑う。しかし、権限移譲と品質は切っても切り離せない関係だ。まず、レポーティングツールやデータを導入し、リサーチの時間を効率化した。さらに、同じ組織だった運用とレポートを完全に別組織にし、専用チームで分業することで、品質の底上げと権限移譲を両取りしていったのだ。

百本氏の元来の強みである冷静さと、情熱の二面性が見えたインタビューだった。

おそらく、創業当初は事業成長のためにロジカルさを発揮せざるを得ない局面が多かったに違いない。しかし、組織の規模が大きくなると、経営者はプレイヤーのままではいけない。社員を信じて権限移譲し、中長期的なビジョンをつくる必要がある。インタビュー中に、百本氏が口にしていた“仏スタイル”がまさにそれを実現している。

経営者になる人は皆優秀だ。だからこそ、自分の能力を抑えて、他人に任せることができない人も多い。今回の“仏スタイル”を実践する百本氏から、我々は学ぶことがたくさんあるように感じた。

こちらの記事は2022年08月05日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

俵谷 龍佑

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