連載私がやめた3カ条
自分の道は、非連続なキャリアにある──FoundingBase佐々木喬志の「やめ3」
起業家や事業家に「やめたこと」を聞き、その裏にあるビジネス哲学を探る連載企画「私がやめた三カ条」略して「やめ3」。
今回のゲストは、「自由」をアップデートするというミッションのもと、地方を軸にシェアオフィスや移住支援など官民共同で事業を開発する株式会社FoundingBaseの代表取締役CEO、佐々木喬志氏だ。
- TEXT BY YUICHI YAMAGISHI
佐々木氏とは?──突っ走っては人に助けられてきた、人間わらしべ長者
「今、香川県にいます」と佐々木氏。日焼けした顔にTシャツ姿と、今にも海水浴を始めそうなカジュアルな出で立ちで、車の運転席からリモート取材に応じた。香川県から今治、松山を回る予定だという。新しい取引先や自治体とのプロジェクト作りで全国各地を飛び回っていて「東京にいるほうが少ない」そうだ。
FoundingBaseは名実ともに、地方自治体と二人三脚で事業作りをしている。例えば、官民協働による滞在型宿泊施設、シェアオフィスや公設塾のプロデュース・運営など枚挙に暇がない(詳しくは同社noteを参照されたい)。コンサルティングに終わらず、プレイヤーとして自治体の中に入り込み、民間・行政の垣根を超えて事業開発していくさまは、まさに“地方共創”という言葉がぴったりだ。
佐々木氏には「飛び回る」「突っ走る」という言葉が似合うが、それを表す学生時代のエピソードがある。就職活動の時期に最終面談で不採用になった会社でどうしても働きたくて、無給でいいから働かせてくださいと頼み込んだのだ。東京で働いては卒業論文を書くために学校のある仙台まで、夜行バスで毎週、何往復もする暮らしを8カ月間続けた。やりたいと思ったら行動に移さずにはいられない。友人からの評価は「頭のネジが飛んでいるタイプ」だ。
ところが今回のやめ3は、すべて「突っ走る」方向を見直している。適切なタイミングで、適切に導いてくれる仲間に恵まれながら。
事業領域を絞ることをやめた
佐々木氏はFoundingBaseを創業する前、リクルートの人材情報メディア事業で営業パーソンとしてファーストキャリアを歩んだ。その頃に培った人材マッチングの知識と営業スキルを活かして、外国人留学生向けの就職支援サービスの会社を、リクルート時代の先輩と一緒に立ち上げた。
ところが3年も経つと、「これが本当に心の底からやりたいことなのかと感じてしまった」のだという。
佐々木自分たちで立ち上げましたから、当然のことながら社会的意義を強く感じていた事業ではありました。ただ、外国人留学生たちの中には、心の底からやりたいことを起点に就職を考えるのではなく、スキルを積むためのステップのように最初からジョブホッピングしていく考えの方も一定数いたんです。
もちろん、なりたい姿から逆算して専門的なスキルを身に付けることは、高いレベルで理想を実現する上では大切な考え方です。ただ、そうした文脈でキャリアをマッチングすることは、私自身のやりたいこととは離れているのではないか、と当時は感じてしまったのです。
なぜあなたは今までその生き方を選択してきたのか。それを踏まえた上で、社会のどういう領域に関わっていったらいいのか。そんなことを考えてもらう機会を作りたかったのに。
今思えば、彼・彼女たちに対して「本当はどう生きたいの?」と腹の奥底まで深堀りしてサービスに落とし込んであげられればよかったのかもしれません。
当時は創業から3年が経っていたが、運転資金はほぼ回っていなかったという。資金が不足していたため余計に「売れるサービス」を作ろうと意識が向いていた。ところが、かえって売上を伸ばそうと留学生とのカウンセリングをすればするほど、違和感は大きくなった。その一方で、自分の創りたいと思う事業で会社の事業売上/利益をつくっていきたいと思うようになっていった。
佐々木そんな頃に、ずっとまちづくりをやってきた林(現FoundingBase共同代表CCO林 賢司氏)と出会ったり、当時、一緒に住んでいた友人から「今の喬志は喬志らしくない」と指摘されたりしました。「もっと頭のネジを外してみたらいいんじゃないの?」と。
それらが重なって、いまの自分は社会に対して何を提供したいのか、生きている間に何がしたいのか、考えるきっかけになりました。今までのキャリアを活かせる延長線上で「売れるサービス」を作る発想から、本当に自分が熱中できるやりたいことへと、意識を切り替えていったのです。
そうして出てきたサービスアイデアが、現在のFoundingBaseに通ずる「優秀な大学生が、町長付として1年以上移住してまちづくりに取り組むプログラム」だった。持っているスキルや知識の延長線上にキャリアを描くのは、多くのビジネスパーソンの間では当たり前かもしれない。だが佐々木氏は、自身の意志に素直に耳を傾けた結果、敢えて非連続なキャリアを選んだのだ。
独りだけで売上を追うのをやめた
次の「やめた」タイミングは、FoundingBaseのメンバーが約15名まで増えた頃だった。売上高が1億円に届こうかという時期にありながら、「社長の自分だけしか数字(売上)のことを考えてない状態」が苦しくなったそうだ。
佐々木当時は、例えば300万円売り上げても260万円分を原価(原価率87%)で使ってしまう状態でした。もちろん「社会や地域の農家さんをもっと良くしたい」との想いゆえのことです。「いいことをしたい」と集まってくれたメンバーだったこともあって、売上などの数字に対して注文したことがありませんでした。
社長の自分が数字を考えて引っ張っていかないとメンバーを食わせられないという意識が強かったのでしょう。いま思えばおこがまし過ぎるのですが(笑)。
「メンバーは社会貢献性に共感して集まってくれている。売上の責任を追うのは自分だけでいい」。そう思っていた。だが事業にお金が残らず、持続性を考えきれていない状態に「どんどん苦しくなった」という。
佐々木私はとうとう、メンバーに対して心情を吐露しました。独りで数字のことを考えているのは苦しい、と。
すると「そんなに独りで抱えないでください」と、泣き出すメンバーがいたんです。私が苦しさを抱えていたことを知らなかったメンバーもいました。
このときに「自分がメンバーに求めていなかったんだ。この自分のマインドほうが問題だ」と気づきました。今振り返れば、人に頼るのが下手だったと思います。みんなを頼りにしてないわけですから、全員が辞めてもおかしくない状態でした。
それ以降は、コミュニケーションを変えたという。売上の数字を追うのは大前提。その上で、どのようにクライアントに喜んでもらえるかを、メンバー個々人が考えるようになった。
口出しをやめた
3つ目の「やめたこと」は、COO(最高執行責任者)に片岡寛明氏を採用したタイミングだった。片岡氏とは、佐々木氏が30歳の頃に知り合い、以来9年間の付き合い。定期的に近況を報告し合う仲だった。
FoundingBase創業から約5年。佐々木氏は悩んでいた。売上もそれなりに立つようになり、一人で経営と組織マネジメントを担うのは限界に達していた。両立は難しいと考えていた頃だった。FoundingBaseの非連続で飛躍的な成長を目指すには、経営と執行を分離する必要がある。
そんな悩みを片岡氏に相談しているうちに、COOとしてジョインしてもらえることになった。
佐々木COOに就任するにあたって片岡は「持っている仕事の全てを預けてくれ」と言ったんです。正直、迷いました。私の責任を少しは残したほうがいいのでは、と。ただ一方で、社長の私が担っている部分をぜんぶ預けてくれというのは、相当の覚悟がないと言えません。
葛藤はありつつも、信じて経営メンバーに入れようと決めたからには、彼にぜんぶを任せようと決めて、口出しするのもやめました。
そう決めてからは、片岡氏に組織マネジメントから売上の管理に至るまで、言葉の通り、全てを預けた。その結果、佐々木氏は3カ月間は社内無職の状態になった。
佐々木その間に2つのことを決めました。1つ目は、すでに走っている事業を伸ばし切ること。2つ目は、新規に今の延長線上にない事業をつくることです。というのも、今まではクチコミの評判や知り合いの紹介で事業が拡大してきたため、新規開拓の営業をしたことがありませんでした。
私が自らトップ営業を開始して以降、昨年2021年はいろいろな自治体とのつながりが増え、新規で9案件も増えました。「自分たちのサービスを創ろう」から、「日本のインフラとなるサービスにしていくためにはどうしたらいいのか」という発想に近頃は変わってきました。
口出しをやめて以降は、佐々木氏自身が自治体を訪れ、直接提案、営業をする機会が増えた。これは決して、売上の責任を再びひとりで抱え込もうとしたのではない。非連続な成長を生むために、トップセールスに注力しようとしたわけだ。
片岡氏らのおかげで業務の仕組み化が進み、事業のスピード感や再現性が増した。佐々木氏は安心して事業のアクセルを踏めるようになったのだ。
自身を「向こう見ずな性格」と分析するが、適したタイミングで適した人に助けられてきた、「人間わらしべ長者」を地でいく、人たらしの人だ。「この世に生まれたからには全ての人に意味がある」「機会さえ得られれば全ての人が自分の道を見つけられる」と信じているという佐々木氏。不器用ながら真っ直ぐな想いが、周りの人を惹きつけるのだろう。
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